Act0-11 みずからの価値
空が青かった。
揺れる馬車の幌の上で、俺はひとり寝そべりながら、ぼんやりと空を見上げていた。空は空見町よりもはるかに澄んでいた。
空見町という名前通りに、あの町の空は意外ときれいだった。きれいではあるけれど、やっぱり都心からそう離れていない影響もあり、澄んだ空とは言えない。夜は星空はそれなりに見えるけれど、あくまでもそれなりしか見えない。
でもこの世界は、満天の星空が見える。実際昨日の夜、見た星空は視界いっぱいに広がっていた。あんなにもたくさんの星を見るのは初めてだった。
「おーい、カレンちゃん。そろそろ着くよ」
幌の中から、勇ちゃんの声が聞こえてきた。体を起こし、前を見やると、大きな城が見えた。いや城だけじゃなく、その城下町も少しだけ見えた。いまいるのが、高台だからこそ見える光景だった。
「あれが、「蛇の王国」か」
「ああ。首都「エンヴィー」さ。エンエンも首を長くして待っているだろうね」
「……だといいなぁ」
「そう卑屈にならなくてもいいんじゃないかい?」
「卑屈にもなるよ。一か月で金貨十枚なんて言われてもさ」
勇ちゃん相手に愚痴を言っても仕方がないというのは、わかっていた。それでも愚痴を言わずにはいられない。いや、まぁ、そりゃ俺自身頷いたことではあるよ。やってやると思ってはいたさ。それでもこうして、いざやるぞってことになると、どうにも卑屈になってしまう。もっといえば、怖気づいてしまっていた。
「ドラっちも考えあってのことだしさ」
「わかっているよ、そんなことは。でも、やっぱり不安だよ」
「カレンちゃん」
勇ちゃんの声が少し沈んでいた。どうにも俺の卑屈精神が、勇ちゃんにも悪影響を与えてしまっているみたいだった。まずいなぁとわかっているけれど、こればかりは、どうしようもなかった。
「まぁ、なるようになるか」
これ以上卑屈精神を前面に押し出したところで、意味はなかった。なら、もう卑屈になるのはやめにしよう。卑屈でいるよりも、これからどうするべきかを考えるほうがよっぽど有意義だった。
「まずは、どうしたらいいんだろう?」
「そうだね。まずは、エンエンのところに顔を見せた後、拠点の確保かな?」
「拠点?」
「うん。冒険者としてやっていくのであれば、拠点を確保するのは重要だよ? できる限り安く、けれど食事が美味く、サービス満点で、なおかつ美人でスタイルのいい受付の子がいるような宿を」
「殴られたい? 色ボケ勇者さん」
「……ごめんなさい、美人の受付あたりは冗談です。ただ、その前に言ったのは事実だよ。冒険者ってのは、体が資本だからね。いくら安宿でも、食事が不味くて、量も少なかったら、力なんて出やしないからね」
「……そういうところは、こっちの世界でも同じか」
地球には冒険者なんて職業はない。まぁ、似たような職種はあるだろうけれど、魔物と戦うことはない。まぁ、未確認生物と遭遇するってこともなくはないだろうけれど、少なくとも、こっちの世界の冒険者みたく、一年中魔物と戦っているみたいなことはないはずだ。魔物と戦うという一点を除けば、地球における労働者となんら変わらない。というか、よく考えてみれば、冒険者の仕事は、俺の実家の「なんでもや」の仕事に近いところがある。
もっともうちの家が経営している「すけひと」は基本的には、掃除系の仕事がメインだった。本来であれば、「町のお掃除やさん」と言ったほうがいいのだろうけれど、空見町周辺を掃除する仕事だけじゃ、食ってはいけない。なので、掃除部門と並列して、総合部門が存在していた。ちなみに俺はその総合部門の部門長補佐見習という肩書きを持っている。肩書きだけをみると、ナンバー3みたいに思えるけれど、実際のところは、ただの下っ端だった。黒いつなぎがその証拠だ。「すけひと」にとって、黒いつなぎは、新人、というか、末端社員の証とされている。まぁ、そのつなぎを俺は、数年は着ているけど。未成年だからだって理由だった。
「カレンちゃん? どうかした?」
「なんでもないよ。どうやったら、金貨十枚も稼げるかな、って思っただけ」
「まぁ、難しいだろうけれど、頑張るしかないかな?」
「頑張ってできるの?」
「だからこそ、ドラっちは言ったんだよ。君の価値を見せてくれってね。そうすれば、お膳立ては全部してくれるみたいだし、あとはカレンちゃん次第だよ」
「わかっているよ」
勇ちゃんに言われなくても、それくらいはわかっていた。わかっているけれど、それでも心配は募ってしまう。だけど、ここを乗り越えなければ、元の世界に帰ることなんて、とうていおぼつかなかった。
「頑張るしかないかぁ」
頑張ってどうにかなるとは思えない。けれどいまは頑張るしかないのだろう。徐々に近づいてくる「蛇の王国」その首都である「エンヴィー」の城壁を見つめながら、俺は一週間前のことを思い出していた。




