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Act9-112 カウントダウン

 本日は一話のみの更新となります。ご了承ください。

 旦那様が扉の向こうへと消えた。


 パタンと静かに閉じられた扉を、旦那様が出ていかれた扉をじっと眺めていく。


『プーレママ。大丈夫?』


 念話でシリウスちゃんが心配してくれていた。愛娘に心配をかけてしまうなんて。私はダメなママだなぁとしみじみと思う。


 けどママとしてはダメであっても、女としてはやれることはやったと思う。


『……大丈夫なのですよ、シリウスちゃん』


『でも疲れた顔をしているよ?』


『そんなことは』


『……わざわざ顔を近づけたのは、パパに余計なことを気づかせないようにするためでしょう?』


 シリウスちゃんがじっと私を見上げていた。


 胸が切なくなるほどにシリウスちゃんは私を心配してくれている。


 ……愛娘に心配をかけさせたうえに、行動の意味を読まれてしまった。


 やはり私はママとしてはダメなんでしょうね。


『……あと何日なの?』


『……旦那様の誕生日。その日いっぱいまでは生かしてやるだって』


 今日の朝リヴァイアサン様から念話をいただき言われたことだった。


 私の命は旦那様の誕生日が終わると同時に潰えることになる。


 わかっていたことですし、覚悟もしていたことなのです。それでもこんなにも胸が痛かった。


 でもまだ時間はあるのです。


 その時間が許す限り、旦那様のためにいろんなことをしたいのです。


 だからこそ旦那様にカルディアさんのところへと行ってもらったのです。


 ……旦那様がノゾミさんと同じくらいに想われているカルディアさんの元へと。


 私はもう旦那様のおそばにはいられない。


 でもカルディアさんがおられるなら私がいなくなってもきっと大丈夫なのです。


 私の代わり、いいえ、私なんかよりもはるかに旦那様を支えられる方がおられるのですから。


 だから大丈夫なのです。旦那様も最初は辛いかもしれないですが、きっとすぐに私のことなんて忘れられて──。


『……パパは諦めないよ』


『え?』


 ──シリウスちゃんがじっと私を見つめていた。その目は、その真剣な目は旦那様にそっくりでした。


 顔立ちも声も、そしてその瞳の色だって旦那様とはまるで違う。


 なのにいまのシリウスちゃんは旦那様そっくりでした。悲しいほどに旦那様そっくりでした。


『パパは最後の最後までプーレママを助けることを諦めないよ。プーレママのことを本当に愛しているから。だから絶対に諦めないよ』


『……でも私はもう』


 旦那様が諦めない人であることは知っている。


 けれどどんなに諦めない人であっても、神獣様の決められたことを破ることはできないのです。


 だから私を助けることはできないのです。それはシリウスちゃんが一番わかっているはずなのです。


 なのになんでそんないまさらなことを──。


『プーレママはパパを信じられないの?』


『え?』


『答えて、プーレママ。プーレママはパパを信じてくれないの?』


 ──いまさらなことなのに。いまさらなことであるはずなのに。シリウスちゃんは真剣に私を見つめていた。旦那様を信じられないのかと聞いてくる。その姿は本当に旦那様そっくりでした。


(……あぁ、本当にこの子は旦那様の娘なんですね)


 外見はなにひとつ同じ部分はない。けれど心の中は、心の有り様は同じ。すぎるくらいにまっすぐなところは、まっすぐすぎて心配になるほどにそっくりでした。


『……信じていますよ。もちろん』


『なら信じて。パパが最後まで諦めないように、プーレママもパパを最後まで信じてあげてほしいの』


 シリウスちゃんは真剣でした。真剣だけど、どこかすがっているようにも思えました。


(シリウスちゃんも本当は──)


 思い浮かんだ言葉を飲み込んだ。いま言うべき言葉ではありませんから。


 だから私はなにも言わなかった。それ以上のことは言わずに、ただシリウスちゃんの頭を撫でてあげました。


(もう、こうすることもできなくなるのでしょうね)


 少しだけ感覚が鈍かった。いまもシリウスちゃんの頭を撫でてあげているのに。その感触はわからなかった。


『プーレママ、少し痛いの』


『……ふふふ、これくらいで痛がってはダメなのですよ』


 くすくすと笑いかけながら、私はシリウスちゃんの頭を撫で続けた。感覚のなくなった手でずっと撫で続けた。

 続きは明日の十六時となります。

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