Act9-110 今日も嫁を怒らせる←
カティを抱き締めながら、一緒に見た朝日はとてもきれいだった。
カティは「きれいなの」と言って喜んでいた。目が見えないカティが知る由もないことを口にする姿に、俺はどうしようもない怒りと悲しみを憶えた。
でもその悲しみを抑え込みながら、世界が彩られていくのをぼんやりと眺め続けていると、不意にドアをノックされた。開いているよと伝えるとドアが開き、カティアの姿になったカルディアが部屋の中に入ってきた。
「おはようございます、カレン様。本日はいつもよりも若干早起きなのですね」
くすくすとおかしそうに笑うカルディアに「余計なお世話だよ」と返事をしながら、そっとカティを抱きかかえたまま、カルディアの元へと向かう。
「おはようなの、カティアママ」
「ええ、おはようございます、カティちゃん」
にこっと笑い掛けながら、カティの頭を撫でるカルディア。
カティは「わふぅ」とくすぐったそうに鳴いていた。
けれど嫌がっている風ではない。むしろカルディアに頭を撫でてもらって嬉しがっているようだった。
……そこだけを見るとまるで本物のカティのようにも見えるのだけど、カティはさっきからカルディアをたしかに目で捉えて会話している。
……カティができないはずのことを平然となしている。それはどうしようもないほどの違和感を俺に憶えさせてくれていた。
けれどいまここでそのことを言う気はない。そもそもカティが本当に別人なのかはまだ確定していないんだ。
もしただの気のせいであれば、無暗に娘を傷付けてしまったということになってしまう。そんなことは俺はごめんだ。
だから確信できるまでは決して言うつもりはない。
言うつもりはないけれど、カルディアはどう思うのかな?
いまのカティを見てどう感じるのだろうか?
違和感を憶えてくれているだろうか? それとも単純に俺の勘違いなのか。
いまのところ俺にはどちらなのかはわからない。わからないけれど、俺にできることはただいままで通りに振る舞うことだけだった。
「そろそろ朝食かな?」
「ええ。レア様にお呼びするようにと言われましたので」
「……使いっぱしりのようなことをさせてごめんね」
「いえ。これはこれで楽しゅうございます」
くすくすと口元に手を当てて笑うカルディア。そんなカルディアに自然と頬が熱くなる。
……ああ、俺はどうしてこうもカルディアには弱いのだろうか。
それだけ惚れているということなんだろうけれど。やっぱり一度死に別れたことがこれほどの想いを抱かせてくれるんだろうね。
(希望と再会できたらどうなるんだろう)
カルディアで、「獅子の王国」で会ったカルディア相手でもこうなのだから、もし元の世界から想っていた希望とであれば、どれほどの想いを抱くことになるんだろう。
その希望とでさえ、いまそばにいる希望が偽物だっていう確証はなかった。
タマちゃんの話を信じれば、あの希望は偽物ってことになる。
実際にあの希望からは違和感を抱かせてくれた。たぶん間違いなく、あれは希望ではないんだろう。
であれば、本物の希望はどこにいるんだろう?
どこに連れ去られてしまったんだろう?
わからない。わからないけれど、いつかきっと取り戻そうと決めている。
俺はもう誰も失わないと決めている。だから希望を絶対に取り戻すんだ。
「……カレン様。想い人が多いのは結構ですが、あまり浮気をされるべきではないと思いますよ?」
じろりとカルディアが俺を睨んでいた。どうやらヤキモチを妬かせてしまったようだ。
慌てて言い繕うとしたけれど、カルディアは聞いてくれそうにない。
「いや、あの、これは違って」
「はいはい。言い訳はよろしいです。カティちゃんと一緒にお顔を洗ってから食堂へとお越しくださいね」
ふんだと鼻を鳴らして、カルディアは部屋を出て行ってしまう。完全に拗ねさせてしまったようだった。
「……パパ、うかつすぎるの」
やや強めにしまったドアを見やりながらカティがため息を吐いた。
面目ないです、とだけ言って俺はカティとともに顏を洗いに洗面所へと向かった。
洗面所ではシリウスがひとりで顔を洗っていた。
言わなくてもいいのにカティはシリウスに俺がカルディアを怒らしたことを伝えてくれて、シリウスに呆れられることになった。その後俺はシリウスも連れて三人で食堂へと向かい──。
「おはようございます、旦那様」
食堂で朝食の準備をしているプーレと会ったんだ。




