Act9-93 訪れる時 その2
今回で結婚式は無事に終了です。
例の問いかけはだいぶ略させていただきましたので、ご了承ください。
加えてカレンの理性が若干薄いです←
振り返ってくれたプーレを見て、俺は息を呑んでいた。
「どうされましたか、旦那様?」
プーレは不思議そうに俺を見つめている。
普段通りの仕草、普段通りの言葉遣い、そして普段通りの表情。
けれど、いまは「日常」ではない。
「日常」の中にある「非日常」だった。それも一生に一回だけの「非日常」だった。
……まぁ、一生に一度とは言っても、人によっては何度もあることなのだけど、プーレに限ってはこれっきりだ。
俺はプーレを手放すつもりはない。
プーレを絶対に幸せにすると決めているし、お義父さんにも約束した。
だからプーレの場合はこれが最初で最後の結婚式だ。
そう結婚式なのだから、プーレがウェディングドレスを着ているのだってあたり前だ。そう、あたり前だ。あたり前なのだけど──。
(……なに、このかわいい生き物?)
振り返ったプーレを見て、思わず口元を押さえてしまっていた。
というか、押さえないと口元がだらしなくなりそうな気がした。それくらいにプーレはかわいかったし、すごくきれいだった。
プーレのウェディングドレスは普通とは違っていた。
通常のものはすべてが白で統一されているのだろうけれど、サラさんとティアリカの遊び心が盛り込まれているようで、プーレのそれは青いドレスだった。
青いドレスのところどころに白い模様が入っていて、プーレの髪の色に合わせたのか、それとも「エンヴィー」が港町だということを掛けているのかはわからないけれど、ウェディングドレスはまるで海を見ているかのようだ。
そんな海色のウェディングドレスを着たプーレは、普段のボブカットの髪を俺と同じく後ろでまとめ上げていた。白くきれいなうなじが露わになっている。
いまは振り返っているから誰の目にも入っていないけれど、いままで俺以外にもそれを見せていたと思うと、ちょっとだけ面白くない。
唇は紅いルージュで鮮やかに彩られ、そのみずみずしさは少し離れたここからでもはっきりと見て取れる。
よく重ねているから、別にいつものことではあるんだけど、いざキスしようとしたらすごく緊張しそうだなと思ってしまった。
なによりもちょっとだけ目に毒と言うか、つい目をやってしまいそうになるというか。胸元がかなり大胆に空いている。
正確には肩を露出している影響からか、胸元がだいぶ露わになっていた。
プーレよりも俺の方が体格的には大きいこともあるから、隣に立ったら目のやり場に困りそうだ。「見慣れているだろう」と言われたら否定はできないんだけども。
それらが合わさってプーレは普段の何割増しできれいだった。
その、いますぐに抱き締めたいと思うくらいには──。
「……旦那様、抱き締めているのですよ?」
「え?」
さっきまで距離があったはずなのに、なぜかプーレの声がすぐそばから聞こえてきた。
見ればなぜかプーレの顏がすぐそばにある。若干呆れているように見えるのはきっと気のせいじゃない。
でもそういうところもかわいいよね、と言いたいところだが、いまは横に置いておこうか。
「……えっと、どうしてこうなったかな?」
「旦那様が無言で歩いて来てそのまま抱き締めたからなのですよ」
やれやれとため息を吐いてくれるプーレ。
どうやら無意識でプーレの元まで歩み寄り、抱き締めてしまったようだ。
……なんか気づいたら抱きしめているとか多くないかな、俺ってば。
まぁ、それもプーレがかわいすぎるからいけないんだよね。うちの嫁には困ったものだぜ。
「困るのは旦那様の理性なのです。なんでそんなに薄っぺらい理性なのですか? もう少し理性を厚めにしてほしいのです」
「……ごめんなさいなのです」
うん、まぁ、そうですよね。
悪いのは理性が薄っぺらすぎる俺ですよね。
俺の理性ってなんでこうも薄っぺらいんでしょうね?
それこそコート紙くらいの、いわゆる薄い本の一ページ並の薄さなのかもしれない。
ふふふ、泣けてくるぜ。
「……たとえの意味がわからないのです」
「はい、ごめんなさい」
プーレの顏に思いっきり「仕方がない人だなぁ」と書かれているようで、とても胸に痛いです、はい。
もともと胸はないけれど、ここまで胸に来るひと言もそうそうないんじゃないかなって思います。
「……そういう旦那様を好きになってしまった私も困り者ですけどね」
ふぅ、とため息を吐くとプーレは顏を近づけてくれた。すぐに軽やかな音が響いた。
屋台街の皆さんから「おお」という声が聞こえてくる。
うちの嫁ズは「大胆ですねぇ」とか「羨ましいです」とか言っている。
「プーレママ、すごく情熱的だね」
「ふふふ、そうね。ちょっと妬けちゃうなぁ」
「わふぅ? プーレママはなにかしているの?」
「そうね。カティちゃんにはちょっと早いかなぁ?」
「わふぅ?」
愛娘ズとレアとプラムさんたちはなにやら穏やかな会話をしている。
耳に聞こえてくるものはすべてこの教会の中でのこと。
すぐそばから聞こえてくるはずなのに、どこか遠く感じられていた。
目の前にいるプーレに俺の意識は集中していた。
唇を割り、舌を絡めたいというまずい欲求が沸き起こるのだけど、どうにか堪えてプーレの体をそっと抱きしめるだけにしていた。そんなときだった。
「あー、こほん。宣誓の前にキスは早いかと思いますが?」
すぐそばから声が聞こえてきて、俺とプーレは慌てて離れた。
見ればコアルスさんが呆れた顔をしている。
なんか呆れさせることが多いなとしみじみと思うけれど、いまはそんなことを言っている場合でもない。
「あ、あの、その、申し訳ないです」
「ご、ごめんなさい、コアルス様」
「……気にしていませんからいいですよ。さて、牧師の代りをさせていたきましょうか」
そう言ってコアルスさんは件の宣誓を口にしていく。
健やかなときも病めるときも、というお決まりの口上は、どうやらこの世界でも同じようだ。
「カレン・ズッキー」
「は、はい」
「あなたはプーレ・アクスレイアを妻として愛し、敬い、慈しむことを誓いますか?」
「誓います。プーレに笑顔を浮かべさせられるように精いっぱい頑張ります」
「……余計な言葉は付け加えないでくださいよ、もう。まぁいいです。プーレ・アクスレイア」
「はい」
「あなたはカレン・ズッキーを夫として愛し、敬い、慈しむことを誓いますか?」
「はい、誓います。この命の限り、旦那様を愛することを誓います」
プーレはなんのためらいもなく誓ってくれた。それが嬉しくて喜ばしい。
コアルスさんが誓いのキスをと言うよりも速く、プーレを抱き締めてキスをしていた。
視界の端でコアルスさんが「やれやれ」と肩を竦めているのが見えた。
でも俺の視界のほとんどはプーレで占められていた。まぶたを閉じて、キスを交わしてくれているプーレを見つめていた。
そんな俺とプーレを祝福する拍手が教会の中で響いていく。
万雷の拍手とまではいかない。それでも無数の拍手がいつまでも俺とプーレを包み込んでいく。
そんな拍手に包まれながら、俺とプーレのキスは息が続くまで続いた。
こうして俺とプーレは正式に夫婦となったんだ。
結婚式はこれにて終了です。
でもまだ九章はもうちょっと続きます。というか、ここからが、ね。
次回は明日の十六時です。




