Act9-90 たとえ忌み嫌われようとも
本日五話目です。
引き続き不穏回です。
「旦那様」たちが教会へと向かって行く。
その背中を眺めつつ、私は小さく息を吐いた。
「……お疲れ様でした、レア様」
「別に大したことはしていないよ。ただ少しだけ疲れたけれど」
特にこれと言ったことはしていない。ただ疲れはした。
ゴンの背中には私とアルトリアちゃん、そしてノゾミちゃん、らしきなにかと一緒だった。
アルトリアちゃんは表面上穏やかだった。そう穏やかだったのだけど、その目は抑えきれない殺意に染まっていた。
私でも少しだけ反応しそうになった。
そんな殺気を浴びているというのに、ノゾミちゃんは平然としていた。
鈍感というわけではない。単純に気にしていなかっただけなんだろう。
いくらアルトリアちゃんと親友だったとしても、あんな殺気を浴びれば一般人では気絶しかねないはず。
それなのにノゾミちゃんは平然としていた。それどころかのんきにアルトリアちゃんと話をしていた。
わかっていたことだったけれど、私はそれでより確信を深めてしまった。
私たちと一緒にいるのは本物のノゾミちゃんではない、と。
何者なのかはわからないけれど、ノゾミちゃんを演じる誰かなのだとわかってしまった。
「エンヴィー」までの空の旅はいわば敵だらけであり、心の休まる時間が一切なかった。
さすがの私も疲れてしまったほどだ。
「大変でしたね、レア様」
「まぁね。でも大変なのはここからでしょうね。あの子たちがこうしてプーレちゃんの結婚式に参加する理由はなんなのか。いまだにわかっていないもの。……アルトリアちゃん単体であれば、結婚式を潰すことが理由でしょうけど、もうひとりの考えは読めないのよね。というか、尻尾を掴まれているはずなのに、まるで気にしていないんだもの。……彼女はなにを考えているのかしらね」
「レア様の一番苦手なタイプですね」
「そうね」
そう、ああいう手合いが私は一番苦手だ。
考えていることが読めない相手。というか、そもそも考えてさえもいないのかもしれない。
そういう手合いを相手取るのが一番苦手だ。それも相手が「ルシフェニア」の関係者となればなおさら。
下手に全力を出してしまうのは、今後のことを考えると下策としか言いようがない。
「まぁ、少なくともカレンさんには手を出すことはしないでしょう。あなたもそのつもりで相手をすればいいんじゃないかしら?」
「……そうね。そうするべきかしらね」
そう、最悪でも守り通すのは「旦那様」だけ。
「旦那様」を守り切れれば私の、いや、私たちの勝ちだ。
そのためならどんな手段でも使おう。たとえその結果、「旦那様」に忌み嫌われることになったとしても、だ。
「……次帰ってくるときは笑顔で来なさいと言ったつもりだったのだけど」
「……ごめんなさい。さすがに無理みたい」
「そう。でも仕方がないか」
コアルスはため息を吐いた。
口調はすでにコアルスのものではなく、「お母様」のものになっている。
けれどこの場でコアルスをそう呼ぶわけにはいかない。
たとえ血の繋がりがあったとしても、いまだけはできなかった。
「というわけだから、あなたも折を見て出てきなさいね、エレーン」
「……気付かれていましたか」
エレーンが影から私に声を掛けていた。
すでに私たちの周囲には誰もいない。私が姿を現したことでみんな落ち着いてくれたようだ。
相変らずの住人たちのようで安心した。だからその住人たちを巻き込みたくはない。
世界の命運が掛かっているとはいえ、私の愛すべき住人たちにまで危害が及ぶことは避けたかった。
「できるだけのことはいたしますが、相手が相手ですので、どこまで被害を食い止められるかまでは」
「……できるだけでいい。あとは私が守るから」
「……左様ですか。ではそういう風に上には伝えておきますゆえ」
「ええ。お願いね、エレーン」
「お互いさまですので。それでは少しの間私は影から行動させていただきます」
「わかった。また後で」
「ええ」
それだけ言ってエレーンはまた影から影へと移動を始めたようだった。
本当に天使らしくないけれど、これも「彼女」がそう定めたからなのだろう。「旦那様」には少しだけ同情する。
「ああいう母親だと大変よね」
「あなたも人のことは言えないと思うけれど?」
なんとも言えないことを言われてしまった。
たしかに私も人のことをとやかく言える筋合いではなかった。悔しいことではあるけれど、それが事実だった。
「とにかく、この街では好き勝手にはさせないつもりだから」
「そうしてもらいたいところね」
やれやれとコアルスがまたため息を吐いた。本当に苦労ばかりかけさせてしまう。
悪い娘だと心の底から思うけれど、それでもそんな自分を変えることはできなかった。
「では、行きましょうか」
「ええ」
「旦那様」たちとはちょうどいい具合に離れただろうし、そろそろ私たちも教会へと向かおう。
「願わくば、無事に終わってほしいな」
絶対にそうはならないだろうけれど、それでもプーレちゃんの最後の思い出を穢さないでほしい。そう願いながら、私たちは教会へとゆっくりと向かって行った。
続きは二十時になります。




