Act9-74 適性と式場
「っ?」
「どうされましたか、主様?」
「いや、なんでも、ないよ?」
「左様、ですか?」
「うん」
モーレが不思議そうに首を傾げていた。
アルトリアにはギルドのことを頼んだけれど、プーレとの結婚式のことまでも手伝ってもらうわけにはいかなかった。
そこでプーレとの結婚式についてはモーレに助力を頼むことにした。
もともとモーレは経理部門から秘書へと配置換えをされたのだから、ギルドのことを第一秘書であるアルトリアに任せるのであれば、結婚式のことを第二秘書であるモーレに任せるべきだった。
アルトリアは有能な秘書だけど、さすがにギルドのことを一任させたまま、結婚式のことまで任せるわけにはいかない。
それにこれでモーレの秘書としての力量を測ることもできる。一石二鳥と言えることだった。
……まぁ、少しずつ適性は測っていたので、これも適性を測るための要因となるだろうなという程度としか俺は思っていないのだけど。
その適正についてだけど、いまのところモーレは真面目に仕事をしてくれているようだ。
まぁ、仕事と言っても結婚式を開くに当たっての支出の計算というモーレが一番苦手そうなことをしてもらっていた。
秘書だからと言って経理ができなくていいというわけじゃない。
むしろ秘書だからこそ経理ができなきゃいけない。
なにせトップである俺に一番近くにいるのが秘書なんだ。
支出についても精通しているとまでは言わないけれど、ある程度はわかってくれていないと話にならない。
そういう意味ではモーレが経理部門に配属されたのはよかったのかもしない。経理部長であるモルンさんに散々叩きこまれたスキルがいま活きていた。
「……はぁ、あの子に散々叩きこまれたことがこんなことで活きてくるとは」
モーレは静かにため息を吐いていた。
でもため息を吐きながらもその手は止まらない。モルンさんのしごきを受けた成果は出ているようだった。
「モルンさんのしごきは大変だったの?」
式場を選びながら、当時のことを尋ねるとモーレはひと言だけ「地獄だった」と言った。
地獄と形容するほどにモルンさんのしごきはすごかったようだ。
当時はモルンさんは、いやモルンさんだけじゃない。俺自身エレーンとモーレを結び付けてはいなかった。
だからモルンさんがモーレをしごいていたのも無理はないかもしれない。
いや、モルンさんのことだから実の姉とわかっていても問答無用でしごいていた可能性が高い。……仕事に関しては手を抜かない人だからあの人は。
「でもそのおかげでこうして主様のお役に立てているのだから、感謝していますよ」
「……いまは誰もいないんだから、主様じゃなくてもいいよ?」
「仕事とプライベートはきっちりと分けるべきです」
「真面目さんだなぁ」
「主様が不真面目すぎるだけでは?」
「かもね」
モーレのひと言につい笑ってしまった。そんな俺にモーレは仮面越しに笑っていた。そんなときだった。急に背筋が寒くなったんだ。
思わず振り返ったけれど、当然誰もいなかった。俺たちがいるのは執務室だった。
本当はアルトリアに執務室を譲るつもりだったのだけど、自室で十分だからということで俺たちが執務室を使わせてもらうことになったんだ。
アルトリアは自室にいて、いま執務室にいるのは俺とモーレだけのはずなのだけど、妙な視線を感じた。
けれど執務室にいるのは俺とモーレのふたりだけだった。ほかには誰もいない。
「主様?」
「……なんでもない。少し疲れているみたいだ」
誰もいないのに視線を感じるということは疲れていて誤認しているだけなんだろう。
でも疲れていてもプーレとの結婚式はもう間近に迫っていた。
「頑張らないと」
「そうですね。私もできるだけご協力しますので」
「うん。お願いするね、エレーン」
「はい。お任せあれ」
モーレと笑い合いながら俺たちはそれぞれの作業を進めた。
式場はレアから薦められた場所を確認しているのだけど、どうにも気に入ったものがない。
「やっぱり「エンヴィー」にまで行くべきかなぁ」
プーレの生まれ故郷である「エンヴィー」で式を挙げるべきかどうか。そのことを考えていると──。
「失礼します」
ノックとともにプーレが執務室に入ってきたんだ。




