Act9-68 覆面の下
恒例の土曜日更新となります。
まずは一話目です。
ドアの向こう側にいたのはカティアだった。
それも幾分か緊張した面持ち、でだ。いったいどうしたんだろうと思いながらも、立ち話もなんだからということで部屋に招きいれた。
カティアは「失礼します」と言いながら、手と足を同時に動かしながら、とてもぎこちない歩き方で部屋に入ってきた。
なんでこんなにも緊張しているんだろうと思いつつ、備え付けてあった机の椅子を引っ張り出した。
「とりあえず、ここに」
「ありがとうございます」
カティアが頭を下げて椅子に腰かけるのを待ってから、俺はベッドに腰掛けた。
個人用の部屋だから椅子が何脚もあるわけじゃないので、椅子を譲ったら俺が座れるのはベッドしかなかった。
客人がいるのにベッドに腰掛けるのはありなのかと思ったけれど、椅子の数が足りないという物理的な問題があるのだから、たとえ不作法だったとしても大目に見てほしいところだ。
「椅子の数が足りないんでね。こっちで失礼するよ」
「いえ、お気になさらずに。夜分遅くに尋ねた非礼がありますゆえ」
「別に気にしていないよ。「君」と俺の仲でしょう?」
「……仰っている意味がわかりかねます」
カティアは動揺する素振りさえ見せずに、首を傾げた。その仕草はカルディアとは違う。
けれど俺はほぼ確信している。目の前にいるカティアがカルディアだってことを。
意図的なのか、カティアの所作はカルディアとは違う。けれど、ふとしたときに見せる姿がカルディアと重なってしまう。
声だってよく聞けばカルディアのものだった。幾分か低めだけど、カルディアとほぼ同じ声だった。
そしてなによりもその紅い瞳が、宝石のような紅い瞳はカルディアと同じだった。
「「刻の世界」」
「っ!?」
カティアが目を見開いた。まだ不慣れではあるけれど、「刻」属性を使えるようにはなったし、シリウスが事あるごとに「刻の世界」を使っているからどう使えばいいのかはなんとなくわかっていた。
それに恋香から師事を受けたこともあって、「刻の世界」を使うことくらいであれば、俺でもできるようになった。
「これは」
「……「刻の世界」の中なら「君」もありのままの姿を露わにできるでしょう?
「ですから、仰る意味が」
「……わかっているんだよ。君がカルディアであることはわかっているんだ」
座っていたベッドから立ち上がり、カティアの元へと向かい、顔を隠す覆面に手を掛けた。
カティアは俺の手を払おうとしたけれど、その手を逆に掴み、その勢いを利用して抱き締めた。
カティアが腕の中で息を呑んだ。腕の中のぬくもりは、忘れようとも忘れられないもの。カルディアのものだった。
「……カルディア、なんだよね」
カティアに、いやカルディアに声を掛けた。でもなにも言ってはくれない。彼女が逡巡しているのが抱き締めながらでもわかった。
「……もし違うのであれば、俺を突き離してほしい。突き離さなければ、俺は君をカルディアだと扱う」
「横暴、ですね」
「横暴でいいよ。カルディアと触れ合えるのであれば、俺はいくらでも横暴になる。いや、横暴だろうとなんだろうとなってやる。俺はカルディアにずっと会いたかったから」
「……っ」
カルディアは体を震わせていた。けれど最後の最後で踏みとどまっていた。
どうしても踏みとどまるのであれば、こっちだって考えがあるんだ。
……プーレには悪いと思うけれど、こうでもしないときっとカルディアは素直になってくれないだろうから。
ごめんねとプーレに謝りながら、体を少しだけ離した。
「あ」
カルディアが残念そうな声をあげる。それまでの低めの声から、俺が知っているカルディアの声を、素の声を出してしまっていた。慌てて口元を押さえたけれど、もう遅い。
「カルディア」
カルディアの顎を少し上げる。カルディアが「ダメ」と言っているけれど、聞く気はない。
そもそもその目が言っているんだ。求めているんだ。だから止まる気なんてなかった。
「好きだよ」
「っ」
顔を近づけながら胸に宿り続けていた想いを口にする。カルディアの目が揺れ動くのを眺めながら、邪魔な覆面を外した。
「……やっぱりカルディアだったね」
覆面の下の素顔は忘れることなどできないカルディアのものだった。
「……違う、私は──んっ」
カルディアがなにか言おうとするよりも早く唇を奪った。
カルディアは最初抵抗していたけれど、すぐに身を任せてくれた。
カルディアとキスをしながら、後ろにあるベッドにとどちらからでもなく倒れ込んでいった。
続きは二十時になります。




