Act9-49 大好きですよ
本日四話目です。
びりびりと鍛冶場の中が震えていた。
それだけの大声をカティが出したようです。
ただまさかカティがそんな大声を出すとは思っていなかったので、手前は無防備にその大声を聞いてしまいました。
あまりの大声に耳鳴りが起きそうでした。
サラ殿と「旦那様」は耳を押さえていて無事のようです。
しかしなんでおふたりはカティが叫ぶのがわかったんでしょうね? というか叫ぶのがわかっているのであれば、手前にも教えていただきたかったです。
いや、まぁ、手前も矢継ぎ早にカティに謝っていましたので、伝える暇がなかったのかもしれませんが、それはそれで水臭いように思えるのですが。
「か、カティ?」
ですが、いまはなんでカティが叫んだのかを確かめる方が先ですね。「旦那様」たちの反応の速さの理由を尋ねるのはいまでは──。
「ティアリカままの、ばかぁぁぁぁぁーっ!」
──カティがまた叫びました。油断していたわけではないのですが、まさか二連続で叫ばれるとは考えてもいませんでした。
だからまた耳を押さえることさえできずに、カティの大声をまた聞いてしまいました。さっきは起きなかった耳鳴りでしたが、今回ばかりは耳鳴りが起こってしまいました。
でも耳鳴りだけではなかった。耳鳴りの次は胸に強めの衝撃が走りました。見ればカティが手前の胸の中に飛び込んできました。
「か、カティ?」
胸の中に飛び込みながら、「わふぅ!」と鳴きながら頭をこすりつけてくるカティ。いったいなにがあったのかと思いましたが、その理由はすぐにわかりました。
「……なんで泣いているのですか、カティ?」
カティは手前の胸に顔を押し付けながら泣いていました。
相変らず「わふぅ!」と鳴いてはいるのですが、同時にしゃくり上げる声が、泣き声も聞こえてくるのです。
そしてなによりも押し付けられた胸元が少し冷たくなっていく。カティの涙で服が濡れているのです。
でもなんでカティが泣いているのかが手前にはわかりませんでした。
泣かせるようなことをした憶えなんてなにもないのに。なんでカティは泣いてしまっているのでしょうか?
「ティアリカままのせいだもん! ティアリカままの、ばがぁ!」
泣きながらカティが睨み付けて来る。この子に睨まれることなんていままで一度もなかった。それだけ手前のことを嫌ってしまったのでしょうか?
「そりゃ泣くよねぇ。大好きなままに、「嫌わないで」なんて言われたらさ」
「どういうこと、でしょうか? 「旦那様」」
「どういうことって、そのままの意味だよ。ね、サラさん?」
「ええぇ~。さっきまでのティアリカさんのお言葉は正直ドン引きでしたよぉ~? カティちゃんの気持ちをまったく理解していないんだなぁって思いましたしぃ~」
「カティの気持ち?」
さっきまではカティは手前を好いてくれていました。でもいまは、あんな一方的に叱ってしまった手前なんてもうこの子は嫌ってしまって──。
「そういうところですよぉ~? そもそも本当に嫌っているのであれば、そんな風に顔を押し付けて泣くなんてありないでしょうにぃ~」
「それは」
否定できません。たしかに本当に嫌われているのであれば、こんな風に顔を押し付けて泣くことなんてありえないでしょう。
でもなんで泣くのでしょう? 別に泣くようなことではなかったはずなのに。
「言っていたでしょう? カティがティアリカを嫌いになってしまったって前提で一方的に謝っていたじゃないか。あんなことを大好きなままに言われてしまったら、カティはどう思う?」
「もっと言えばぁ~、大好きなままから、あなたはままのことが嫌いなんでしょう、って自分の気持ちを否定されてしまったカティちゃんがどう思うのかってことですよぉ~?」
「それ、は」
……ああ、たしかに。たしかにそれであれば泣いてしまうのも無理はないかもしれない。
いや、泣くどころか二度も叫んだ理由もわかりますね。手前が同じ立場であれば、きっと叫んでいたでしょうから。
「かてぃは、ティアリカままがだいすきだもん! きらってなんかないもん! ばか、ティアリカままのばかぁ!」
カティは泣きながら小さな手で手前の胸を叩いた。
叩かれるたびにカティがどれだけ手前を想ってくれているのかがわかります。
ああ、本当に手前はバカなんですね。本当にこんなあたり前のことさえもわからないのだから。
バカにもほどがある。
「……ごめんね、カティ」
「だめ、ゆるさないもん! ぎゅっとしてくれるまでぜったいにゆるさないもん!」
ぼろぼろと涙を流しながら、許してくれる方法を教えてくれるカティ。
本当にこの子は優しい子ですね。そんな優しい子を手前は泣かせてしまったのか。
本当に「まま」失格ですね。
でも、いまは失格であっても、これからはこの子の「まま」に相応しい存在になりたい。だから──。
「ごめんね、カティ。ティアリカままもあなたのことが大好きですよ」
そっとカティを抱き締めると、カティは「わふぅ」と鳴きました。鳴きながらも小さな声で言ってくれました。「カティもだいすき」って。そう言ってくれたのです。
「ありがとう、カティ。泣かせちゃってごめんね」
「……もっとぎゅっとしてくれたらいいの」
「はい、わかりました」
かわいらしいわがままを言うカティ。ええ、本当に愛らしい。この子のすべてがただただ愛らしい。ああ、愛らしい手前の娘。
「大好きですよ、カティ」
何度でも言おう。あなたが大好きだって。あなたを愛していると。何度も言わせてほしいし、何度でも言いたい。
「大好きですよ、カティ」
口にするたびに溢れるこの想いを、あなたに知っていてほしい。
手前は、ままはあなたを心の底から愛しているのだと。知ってほしいの、かわいいカティ。
カティは「わふぅ」としか言わなくなった。でもそれでいい。それだけでこの子の気持ちは伝わってくるのだから。
手前はなにも言わずにカティを抱き締めた。愛おしい娘をただ抱きしめ続けたのでした。
またひとつ素直になったティアリカさんでした。
続きは十六時になります。




