Act9-20 研鑽は誰が為に~真の強き力~
引き続きシリウス編です。
過激な部分があるので、ご注意ください。
あと今回の話で千話目となりました。
これからも頑張って行きますので、応援のほどお願いいたします。
一のが教えてくれたパパとノゾミママを助ける方法はとても単純なものだった。
『要はあなたのまま上よりもあなたが強くなればいいのです。そうすればあなたはパパ上もノゾミママも助けられますよ』
それは道理ではあった。というよりもあたり前のこととも言えた。
私があの人よりも強くなれればパパもノゾミママも守ってあげられる。
当時の私であってもそのくらいのことは理解できていた。
『ただ、そのためには何度も死にかけてもらうことになりますが。それでもよろしいか?』
死にかけてもらう。一のが言っているのは比喩ではなく、本当に私を死すれすれまで追い込むと言っていることはわかった。
逆に言えばそこまでしないと私はあの人よりも強くなることができないということでもあった。
強くならなければなにも守れない。それは野生の中で生きていた私には十分すぎるほどにわかっていたことだった。
『……ぱぱ上とノゾミままを助けられるの?』
『絶対とは言えません。しかし可能性は高くなります。いまのままでは万にひとつもありません。ですが、ふたつにひとつくらいにはなれるでしょう。……そのためには何度も、それこそ気が狂いかねないほどにあなたを殺しかけます。それでも──』
『おねがいします』
『……いいのですか?』
『いまのままで助けられないのであれば、私はなにをされても力をえるの。だから私を強くしてほしいの!』
一のに向かって私は頭を下げた。一のは「わかりました」と言って、その日から私を鍛えてくれた。
でもその鍛錬は過酷と言う言葉でさえも生ぬるいほどだった。
本当に私を殺すつもりなのかと思うような内容だった。
鍛錬は朝、昼、晩の三回に分けられていた。
それぞれに一の、二のと三の、そして先代が担当することになった。
私を鍛えるのは一のが張った結界──「刻の世界」で行われた。
「刻の世界」の中と外とでは時間の流れが大きく変化する。
「刻の世界」の中では何年と過ごしたところで、外の世界にはなんら干渉しない。
つまり「刻の世界」の中と外ではまさに別の世界と化してしまう。その別の世界に私は百年いた。
百年間、毎日毎晩殺されそうになり続けた。
朝の一のの鍛錬は、身のこなしを鍛えるものだった。
一ののが放つ各属性の魔法をさばききるというものだった。
一のはまるで手加減なんてしてくれなかった。
無数の刃に囲まれながら斬り刻まれることもあった。数え切れないほどの球に延々と甚振られ続けることもあった。
当時の私は見た目相応だった。それでも一のは手加減なんて言葉を知らないというかのように私を延々と攻撃し続けてくれた。
その苛烈さのあまり、ほんの数十分で動けなくなることだってざらにあった。
しかし一のはやはり手加減なんてしてくれなかった。
『立ちなさい、継嗣殿』
そう言って私のお腹を蹴り上げて、無理やり起こしてくれた。その際私は毎回大量の血を吐いた。
内臓を痛めたというよりも、内臓が破裂したのではないかと思うほどに、吐き出す血はいつも大量だった。
でもそんな私を見ても一のは決して表情を変えることなく、私を攻撃してくれた。
朝の時点ですでに私は満身創痍になっていた。でも休憩の時間なんてあるわけもなく、続く昼の鍛錬は二のと三のとの模擬戦だった。
二のと三のは「双竜」と呼ばれる存在。表向きは竜族の長と呼ばれている存在だった。
そんなふたりを一度に私は相手させられた。一のの鍛錬で死にかけている私を前にしてもふたりも躊躇いなく攻撃を仕掛けてきた。
ただ一のとは違い、多少の手加減をしてくれた。竜族の長であるふたりに本気で攻撃を仕掛けられたら、私なんてすぐに死んでしまっていた。
だからふたりなりの手加減をしてくれていた。
それでも私が死にかけることには変わりなかった。
ふたりは常に竜の姿で私と戦っていた。
白と黒の竜は私の体を何度も爪で切り裂き、牙で砕いた。
私の四肢はあのふたりの爪牙に何度抉られ、千切られてしまっただろうか。
でも抉られようと、千切られようと私の体はすぐに再生した。
私が致命的なダメージを負うたびに一のが「大回帰」を使ってくれた。
本来であれば「大回帰」は一度の使用で術者の全生命力を使ってしまう。
けれど一のは何度使っても死ぬことはなかった。
むしろ一のにとってみれば「大回帰」はほかの魔法よりも魔力を多く消費する回復魔法という程度にしかすぎなかった。
だから一のは躊躇いなく私を殺しに来ていたし、二のと三のもいくらかのためらいはあれどもやはり私を殺そうとしていた。
当時のことを思い出すと時折身震いしそうになることがある。
それだけ私は、あの百年間で何度も殺されそうになった。
一のが気が狂うと言ったのも納得できた。
それほどの日々を私は百年間毎日過ごした。でもその中でも先代との鍛錬は特殊なものだった。
『よいか、継嗣。我の鍛錬は体のものではない。心の鍛錬となる』
『こころ?』
『うむ。強き力を手に入れることはできても、強き心を手に入れることはなかなかできぬ。いまの鍛錬であれば強き力をいずれは手に入れられよう。しかしその力をただ使うだけでは暴力にしかならぬ。そなたは暴力を手に入れたいのではなかろう? そなたが手にすべきなのは真の強き力。であればそなたは心も一緒に鍛錬するべきであろうよ』
先代の言っていたことは当時の私には少し難しかった。
それでも先代が言っていることが大切なことだというのはわかっていた。
『おねがいします』
『うむ。少々辛いかもしれぬが、耐えておくれ、継嗣』
先代はとても申し訳なそうなそうだった。その声を聞きながら先代の鍛錬は始まった。




