Act0‐1 異世界転移。……え、マジで?
初投稿です。
お付き合いいただければ、幸いです
目の前に広がるのは、一軒の豪奢な屋敷だった。
五階建てくらいの屋敷だが、その外壁は汚れひとつないほどに真っ白だ。
清潔感のある外観と言えなくもないのだけど、目の前の屋敷は、あまりに白すぎて少し怖い。
なんでもやりすぎはよくないってことなんだろう。
そんな真っ白すぎる壁のところどころに、半円状のバルコニーが見える。
バルコニーはそれなりの広さがあり、成人男性ふたりが大の字で寝そべっても問題はなさそうだ。
ただそのバルコニーにある柵(?)が妙に刺々しい。
先端が異常なほどに尖っているうえに、妙に大きく長い。
柵というよりも、槍を等間隔に、穂先を上にして並べて、棒で繋いでいるようにしか見えない。
侵入者への殺意しか感じないデザインだ。
屋敷の向こう側には、鬱蒼とした森が見える。
時間帯は夕方くらいだから、よりいっそう不気味だ。
それをより拍車にかけているのが、森の中をずしん、ずしんと音を立てて闊歩している緑色の物体だった。
全身を緑色の鱗で覆い腹側は白く、ほかの部位よりも柔らかそうだ。
あくまでもほかの部位よりも柔らかそうというだけで、ほかの生物と比べたら、きっとすごく硬いのだろう。
首はかなり長い。子供のころに動物園で見たキリンよりも長くて太い。
首の先には当然頭があるのだけど、頭には、白い二つの角がある。
白い角はまっすぐに伸びていたが、やはり硬そうだ。
顔はやや長く、口が大きく裂けていて、その口からは時々炎が見えた。
背中には鳥というよりも、コウモリに近い翼があった。
翼膜は透き通って見えそうなほどに薄いが、力強さを感じさせてくれる。
翼から視線を下げると、そこには長めの尻尾が見えた。切断できるかな、と馬鹿なことを考えてしまった。
そんな物体が、森を我が物顔でずしん、ずしんと歩いている。
時折あたりを見回しているので、なにかを探しているようだ。
それが見つからないのかな。時折、見つからないなぁとぼやいているのが聞こえる。
あの口の形状で人の言葉を喋られるんだなぁ、と感心してしまう。
うん。冷静に見てみたけど、どう見てもファンタジーな存在ですね。もっといえば、倒せば英雄扱いされる存在ですよね。天を見上げながら、俺は頭を抱えた。
「なんでドラゴンがいるんだよ」
屋敷の裏側の森には、なぜか闊歩するドラゴンがいる。
いやドラゴンだけであれば、どんなにいいことか。
俺の頭上にはライオンとコウモリとヤギと蛇を足したような存在が、ライオンの胴体に、コウモリとヤギの顔を付け足し、尻尾の部分を蛇にした存在が、空を飛んでいる。
「腹減ったなぁ」
「俺も〜」
「その辺の葉っぱを食べちゃダメかなぁ」
ライオンの顔がのんきなことを言うと、コウモリの顔も、ヤギの顔もそんなのんきなことを言い出した。
ヤギの発言は別としても、言っていることは、まるで練習終わりの運動部のようなことだった。
こいつらも人の言葉を喋れるのか。その口の形状でどうやって人の言葉を話せるんだ。
「あれ、キメラだよな」
これまたファンタジーにはお決まりの存在だ。
ドラゴンもキメラも人の言葉をしゃべってはいけないという法律はない。
ないが、それでも普通流暢に話しはしない。普通は、もっとたどたどしいはず。字幕があれば、カタカナ表記になるはずだ。
なのになんでこいつらは、普通に人の言葉を喋っているのだろう。
「ん? おお、キーやんじゃないか。ちょうどいい、手伝ってよぉ」
ドラゴンが、俺の頭上を飛ぶキメラに声をかけた。知り合いなんだ。っていうか、キーやんってなんだ、キーやんって。キメラだから、キーやんなのか。安直すぎないか、それ。
「ゴンさん、ちぃーす」
キメラのライオンの顔が、ドラゴンに挨拶をした。
今度はゴンさんか。成長したら、ネット界隈では、さん付けされてしまった緑色の服を着た男の子が思い浮かんだけれど、確実に関係ない。
ドラゴンだから、ゴンさんなのだと思う。これまた安直だけど、もうツッコむ気力さえない。
「挨拶はいいから、手伝ってくれないかな? キーやん」
「手伝うって、なにを手伝うのさ?」
「人探し。うちのご主人が見つけてこい、って言うんだよねぇ」
「どんな人?」
「えっと、勇ちゃんさんのお手伝いさん。転移で来たみたいだけど、最後の最後であちらさんのミスがあったみたいでねぇ」
「あー、なるほど。無理もないかな。で、どんな顔? 性別は?」
「さぁ? ここに転移されたことはたしかみたいだから、見知らぬ人を見つければそれでいいっぽい」
「アバウトだなぁ。まぁ、いいか」
「……僕らの下にいるこの子じゃないの?」
ドラゴンとキメラのライオンとコウモリがやり取りを交わしている中、キメラのヤギの顔と尻尾の蛇と目が合ってしまっていた。
蛇の顔がちょろちょろと舌を覗かせつつ、俺のことを伝えてくれる。次の瞬間三対の目が集中した。
「あー、たぶんこの子だねぇ。少なくとも見たことないし」
「こんなかわいい子が勇ちゃんさんのお手伝いすんの? 勇ちゃんさんが手を出しそうだなぁ」
「あの色ボケ金髪は、手当たり次第だもんなぁ」
「勇ちゃんさんに悪いから、そういうことを言うなよ」
「とにかく、中に入れた方がいいんじゃないかな?」
思い思いに、好き勝手なことを言ってくれるドラゴンとキメラ。
いまさら逃げることはできなさそうだ。逃げたところですぐ捕まる。
俺は空なんて飛べないから、走って逃げるしかない。
全力疾走しても確実に追い付かれるのが目に見えていた。熊と遭遇して絶対にしてはいけないことのひとつが、背中を向けて逃げることだ。
だが相手は熊じゃない。熊の方がはるかにましというか、熊が安全な動物に思えてくるから不思議だ。
「そろそろ「開演」だから、もう入ってもらった方がいいかもしれないねぇ」
「もうそんな時間なんだ? そろそろ俺らも準備するか」
キメラが空中で背筋を伸ばしていく。
猫が体を屈めて背筋を伸ばしているように、このキメラも背筋を伸ばしていた。
キメラと言うとファンタジーの世界では、いろいろと物騒な存在だけど、その仕草だけを見ると猫っぽく見える。
ライオンもネコ科だから、猫ではあるのだろう。
でも、キメラってライオンのうちに入るのかがわからない。ベースはライオンだろうから、ライオンの一種と言ってもいいのかな。
「そう言えば、お嬢さん、名前は?」
「鈴木香恋です」
「じゃあ、カレンちゃんさんね。そろそろ屋敷の中に入ってくれるかな? 入ってくれれば、そのまままっすぐ進めばいいよ。そこに「舞台」はあるからさぁ」
ドラゴンはそう言って笑った。たぶん笑っていると思う。
口角があがっているから、たぶん笑っている。
口の大きさが人間とはまるで違うから、口裂け女に笑いかけられるよりも不気味だ。
口裂け女に会ったことはないから、本当に不気味なのかはわからないけれど。
しかし、このドラゴンはさっきから妙に間延びした喋り方をしているな。ドラゴンのくせに、緩くないかな。
ゆるキャラにまではならないだろうけれど、少なくとも俺の中では、このドラゴンは緩いと思うことにした。
でもどんなに緩い性格をしていても、ドラゴンはドラゴン。怒らせないようにするのが一番だ。
時折ちらり口のなかに見える炎の前では、俺のようなか弱い女は、こんがり上手に焼かれてしまうに違いない。
ゲームとは違って、上手に焼けましたぁ〜なんて、楽しそうな声は聞こえてこないのは間違いない。
ちょっと落ち着くべきかな。さっきから現実逃避をし続けているし。
「どうしたの? カレンちゃんさん? お腹痛いの?」
ドラゴンが小首を傾げた。仕草自体はかわいいがドラゴンというファンタジーの中でも一、二を争うくらいに物騒な存在がやっても、ぜんぜんかわいくない。
でもそれを言って怒らせてしまったら、目も当てられない。いまは流されるがままでいいと思う。
「あ、うん。大丈夫です。えっと、あの屋敷の中に入ればいいんですよね?」
「うん、そうですよぉ。エルヴァニア王国さんの人に言われていることは無視しちゃっていいからね。詳しくは、熱演してくれるだろう勇ちゃんさんと、うちのご主人に聞いてねぇ」
ドラゴンは、短い腕の先にある手をひらひらと振ってくれた。
本当にこの人(?)ドラゴンなのか、と思うほどに穏やかだな。
東洋の竜は、普段穏やかな性格をしているという話だけど、それは西洋の竜であるドラゴンも同じなのかもしれない。
少なくとも目の前にいるドラゴンは優しい人(?)なのかな。
でもやっぱり怒らせるべきではない。ドラゴンは怒らせてはいけない生物なのだから。
「あ、そうだ。カレンちゃんさんに名前を聞いておいて、こっちが名乗らないのは失礼だねぇ。私はゴンと言います。ドラゴンロードの一頭に数えてさせてもらっているので、よろしくお願いしますねぇ」
丁寧に一礼をしてくれるドラゴン改めゴンさん。
ドラゴンロードってなにと思ったけれど、尋ねる前にあのキメラが俺の前に着地し、これまた丁寧に一礼をしてくれた。
「はじめまして、カレンちゃんさん。俺は獅子王プライドさまのペットで、キメラのキーやんと言います。コウモリの顔とヤギの顔、そして尻尾の蛇を含めて、キーやんです。俺も一応キメラロードをさせてもらっているので、以後よろしく」
「あ、はい。よろしくです。えっと、キーやんでいいんですか?」
「構わないよ、カレンちゃんさん」
「なんでちゃんをつけるの?」
「人間はみんな「ちゃん付け」で呼ばれるものなんでしょう?」
キメラことキーやんは、間違ってはいないが、正しくもないことを言ってくれた。
間違いなく勘違いをしている。ゴンさんもたしかカレンちゃんさんとか言っていたから、ゴンさんも勘違いしているみたいだ。
でもそれを訂正している時間はない。
さっき時間がないみたいなことを言っていたし、なにがあるのかはさっぱりわからないけれど、そろそろ屋敷の中に入らないといけないのだと思う。
「中に入りますね」
「じゃあまた後でぇ」
「頑張ってね、カレンちゃんさん」
ゴンさんとキーやんがひらひらと手と前脚を振って見送ってくれる。
もうなにがなんだか、まったくわからないけれど、とりあえず俺こと鈴木香恋は、目の前にある豪奢な屋敷の扉を開けた。
扉を開けながら、なんでこんなことになったんだっけと俺は今日の出来事を振り返っていった。