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風邪(文芸風)

作者: 熊子

二三日前から喉に違和感はあった。この時期、鼻炎持ちの自分にとって、鼻が詰まる事に起因して喉が痛む事はさほど珍しくない。しかし、今回の痛みは、いや、痛みというよりやはり違和感だったのだ。


摩耗した様なヒリヒリとした物というよりは、むしろ小骨が刺さった様な痛みでさえあり、日を追うごとにその痛みは輪郭を露わにしたし、数を増やしていった。

小骨の様と比喩したが、風邪の兆候だと遅まきながらに認識した頃には、すでに喉の内部に栗がイガのまま内包されている様な有様で、息をするにも鈍い痛みを伴う物に変わっていた。

喉にある栗のイガはすでに気道はおろか、皮膚表面にまで先端を突き出していて、その証拠に喉仏の辺りを、息を潜めて指でなぞるだけでも、内側に熱めいた痛みを伝えていた。

熱めいたと表現したが、これが言い得て妙で、喉を過ぎて鼻から噴き出る頃には、粘膜を焼き、鼻腔に熱さのようなしこりを残した。

それを嫌って口から吐き出せば、たちまち喉の栗が暴れ咳を伴って四肢を折り曲げる衝撃が胴を走り抜けるのだ。


ともすれば何もなくとも敏感になっている全身が、布団の衣ずれに悲鳴を上げ、身体をもたげ外気に触れれば悲鳴を上げた。

熱が全身を内側から突き上げる感覚は、外気の冷たさに過敏に反応する。故に自分に出来る事は、ただただ布団の中で衣ずれさえさせず、まんじりと時と熱が過ぎ去るのを待つ事しかないのだ。

しかし外気を遮断すると、今度は口や鼻から漏れ出た高い湿度をはらんだ熱が心身を襲い始める。ねとっと絡む、オイルの様な熱に負けて布団をはねのけたくなる欲求を何度も組み伏せながら、徐々に呼吸のコツを会得していった。

鼻から深く長く吸い、口をすぼめてゆっくりと吐き出す。これを反芻し、呼気を御しはじめた頃、ようやく眠気に落ちるのである。


目を覚ますと、喉の栗はイガを少しだけ軟化させている気がした。

それに応じてか、はたまた眠気の淵で会得した呼吸法の賜物なのか、呼気の熱は幾分か抑まっている。

数時間、いや時計を見た訳ではないから、正確にはもっと長くかもしれない。とにかく久方ぶりに部屋の空気に頭部をそろりと出す。

過敏なまでの反応は無いようだ。ならば、汗に濡れた衣服を変えようと身体に力をこめて起き上がろうとする。

すると、なんだろう、風邪とは違う、そういつもの日常の中で感じた何某かの感覚に近い違和感を覚える。

ああ、そうだこれは酔いに近いのだ。

頭を左右にゆっくり振ると、視界が頭の速度について来れずに一拍遅れて追従する、あれに近いのだ。

そして、呼気の熱こそ抑えられたものの、頭蓋の中には獰猛な熱が未だに、ぐるぐると走り回っているのだ。


眼窩と鼻腔から漏れ出る熱の片鱗を追っていけば、脳の髄に居座る熱が、傷を負って猛る野生の肉食獣の様に唸っている。

熱の唸りに呼応して、頭蓋の薄くなっている部分が制御を失い、頭蓋の形を成さなくなってしまいそうな鈍痛が、心臓の鼓動の様に絶え間なく頭を襲ってきた。


衣服の変えは、また数時間の辛抱と決め、重い身体に鞭を打ち、常備薬を水もろともに口に放り込む。

常備薬は苦くも何ともなく、ただプラスチックのような感触が、やけに冷たい水と一緒に二粒、今も喉に鎮座する栗のイガをすり抜けて落ちて行った。

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