第2章2 廻る人々
ゴルオン領東部のとある街道上。一人の男が肩を落として歩いていた。
「はぁ、なんたる事じゃ。まさかこのような事になるとは…」
遠目に見れば子供。
だが、自らの身体の前を覆い隠し、その毛先が街道の石畳に触れそうになっているほど長く豊かなヒゲと、一歩一歩の歩みの遅さが、その者が若くない事を示していた。
―――――ドワーフ。
年齢に比例する事なくその体躯は基本小柄な種族である彼らは、重心バランスが良く力も強い。そのために鍛冶や工務を得意としている事で有名な種族である。
魔界においても地上においてもその技術力を買われて広く活躍しており、中には当然、高い地位や名声を築いた者もいる。先祖の代にそれを成し、代々にわたって継承して名家・名門として有名な血筋なども存在する。
街道を歩く彼、ダルゴート=ザク=ゴルオン も、そんな先祖代々華麗なる家の出であるドワーフだった。
正確には魔族とドワーフの混血である彼は、兄弟と比べてその顔立ちはやや魔族寄りである。ドワーフ族としてはハンサムで異性にもモテた。だがそれもはや過去の話で、今となっては若かりし頃の思い出と化す年月がその容貌にあらわれている。。
ダルゴートの心は今、愚か極まりない弟のせいですっかり沈み込んでしまい、その心は虚無感と責任感に押しつぶされ、暗く悲しい気持ちに満たされていた。
数日前。
「な、なんじゃ…これは?」
出来の悪い自分とは違い、弟が地方領主として大成している事は兼ねてより知っていた。
それゆえに兄として一言なりとも祝福を述べてやろうかと、この地を訪れたダルゴートだったのだが、ゴルオン領首都に到着してからというもの、街の光景に当初の目的を見失い、呆然と立ち尽くした。
素晴らしい町並みとは対照的に、そこに住まう人々の酷い有様は、とても直視できるものではなかったからだ。
地面に横たわる人や腰を落としている人は、見た目にも飢えている事がわかるほどの痩せ細りようで、パッと見では生きてるのか死んでいるのかもわからない。
綺麗に敷き詰められた黒曜の輝きを宿した広い道。だが往来はほとんどなく、活気などどこにもない。人々は風をしのぐために建物の影となる路地に引っ込んでいるからだ。
「な、なんという…こ、これがあやつの治める街じゃと…都じゃと??」
最初は何かの間違いではないかと思った。あるいは政治を行えない状態……病か何かに伏せっているのではなどと思いたかった。
ところが人々から漏れ聞こえてくる話は、領主ドルワーゼ=グザ=ゴルオン、すなわち弟への恨みつらみ事ばかり。
間違いなく、弟のドルワーゼがこの惨状を作り上げている―――ダルゴートは全身を刺されるような気分を味わい結局、弟に会いに行くことなく逃げるように街を去った。
それから数日。ほとんど飲まず食わずでゴルオン領を西から東へと横断するように渡り歩いていた。途中で立ち寄ったどの街も村も、都に負けず劣らずの状況にあり、そんな光景を目にするたび、満足な飲み食いが出来ない事も重なって、ダルゴートの心身は憔悴し続けていった。
「うう……やはり、ワシか? …ワシの、せい…なのか…?」
ダルゴートは、ドワーフ族の名門家の一つ、ゴルオン家が長男であった。ゆえに、その生まれた時より彼には家を継ぐ義務がその背にかけられていた。
だがダルゴートは若い頃、それを拒絶した。自由な生き方を望み、家を捨てた。生まれ持った全てを捨てて、一人世界へと飛び出した。
自由になれた気がした。なんでも思いのままに生きられる気がした。
だがそれはほどなくして、幻想であった事を思い知らされる事となる。
ダルゴートは所詮は名門のお坊ちゃまでしかなかった。生活の補佐をしてくれる家人達、親が築いた有り余る財産に支えられた十分な衣食住。そして家柄が与えてくれる名声。
そんな、生まれつき恵まれた環境の中で錯覚していた自身の実力は、家を飛び出して初めて、途方もなく弱いことを思い知らされたのだ。
容易くない就職、単純な仕事さえこなすのに苦労し、夢を見る気力も追いかける余裕もありはしない。恵まれた世界から見ていた輝かしい未来は、現実とはかけ離れた夢想だった。
「………」
最初の数年間は、家からの使いの者が居場所を突き止めては、戻ってくるよう説得にきていた。しかし意地を張って断り続けているうちに、それもやがて来なくなった。
自身を呼び戻そうとする声が途切れた理由。それは、呼び戻す必要性がなくなったからに他ならない。
長男に愛想をつかしての方針転換。すなわち、家督は弟に継がせる事を親が決めたのだろうと、理解した。
親からすれば、お前などもうどこで野垂れ死にしようが構わない、というワケだ。
奇しくもその頃、彼はようやく一人前に食べられるだけの収入を得る事が出来るようになっていた。苦しくはあっても、餓死する事はないだろうというくらいには食べていける。
だが、そこまでの道のりは長かった。腹を空かせて10日以上、何も口にせず、耐えかねてそこらの雑草を口にしては腹を壊してのたうち回った日々を経ているだけに、給金を手にパン1つ買いにゆくのでさえ、心躍ったものだ。
それからヒゲが地面につきそうなほど伸びるほどの年月が過ぎて……
ダルゴートは今、街道沿いでしょげ込んでいた。
「若い頃の飲まず食わずの経験が、こんな所で活かされる時が来ようとは」
無理して苦笑いを浮かべてみるが、気持ちが持ち直す事はなかった。
夜の帳がおりて、街道近隣の野林で集めた枝葉で焚火をし、簡素な布とやはり集めた木の枝を使って簡素なテントも設営済み。
「…野宿の手際も良くなったもんじゃな」
家を飛び出し、世の中の厳しさを知ったばかりの頃は、火を起こすだけでも苦労したというのに。
何百年、何千年の歳月の果て、ドワーフとしても老齢と呼べる歳となった今頃になって、家族の問題が出て来ようなど思ってもみなかった。
もう何百回目かのため息をつきかけたその時。
「おや、火の明かりが見えるかと思いきや。このようなところで野宿者とは、珍しいですね」
「? ……行商人さんかね。あぁ、老体に山道は堪えるでな。ちとばかし早めではあるが、今日はこの辺りで一夜を明かそうと思ったところじゃよ」
ぱっと見た時、商人であるとは思わなかった。何せ小綺麗で派手な色の服を纏った姿は、どう見ても旅装束ではないし、その背が高く線の細い容姿は、お偉方の下で働く官僚とかの方が似合う。
だが引き連れている荷馬車や使用人の様子を見ればなるほど、かろうじて男が商人かそれに準じた者であると、ダルゴートは判断しえる事ができた。
「なるほど、それはご懸命な判断です。我々も山を超え、隣のアトワルト領へと向かう途上でしたが……よろしければ、ご一緒させてもらっても構いませんか? 御老体一人では野の風は冷たいでしょう」
男のメガネがキラリと光るのを見逃さない。ダルゴートとてボンボンの出とはいえ、今はすっかり野に暮らす根無し草の旅人である。長年の経験と世間の冷たさに晒され、鍛えられたものがある。
「(情報……じゃな)」
優れた商売人ほど、情報の重要性を説く。しかもそれは商売に関係する情報に限らない。些細な風聞からも何事かを読み取ったり、商売の機運を掴むという。
とりわけ長く生きている者ほど、経験や知識を蓄えている可能性が高い。一晩ここに留まって老齢のドワーフの話相手をするのと、夜の帳が降りたばかりとはいえ、これから夜通し山越えするのとではどちらが有用か?
それは男の後ろで、休める事に喜びの声を上げている使用人達の様子からしても明らかだ。男は十分な休息を取りつつ、生き字引たる年寄りから情報を引き出す事が最良の選択と判断したのだろう。
「申し遅れました。私、商人のオ・ジャックと申します。どうぞ気軽に ジャック と呼んでいただいて結構ですので」
―――――アトワルト領、クイ村跡地。
「むー、むー、むーん♪」
いまだ倒壊した家屋の瓦礫が残る中に、鼻歌混じりに上機嫌で蠢く影があった。
「おー…こっちはぼろぼろ~。使えないのー」
身体の一部を伸ばして、拾い上げた木の板をやや遠い位置に置く。
手前の山に積まれているものは、まだ比較的綺麗な板きれや石材などで再利用ができそうだった。だが今彼女が拾い物を置いた山は、もう使えそうもないほどにボロボロになっているモノによって形成されていた。
「おーい、ムームさぁーん」
「んお? おー、きたのー。いらっしゃい~、また山一つできたのー。持ってって~」
訪れた3、4人で構成されている人々は、四輪の手押しの荷車を2台ともなっていた。比較的距離のある道程を運ぶための道具、それを見て彼女―――ムームは、少し困ったような表情を浮かべた。
「むー……、もう次はー、くるま一つで足りるかもしれないのー」
自分もお手伝いする、と手をあげたスライムマンのムームに、ミミはこのクイ村の調査と瓦礫撤去を依頼していた。
特に瓦礫は、先の大戦時の流れ弾を受けて壊滅した状態のまま長らく放置されていた事もあって、痛んでいるものがほとんどだった。
オレス村再建のための建材として再利用できそうなモノを見繕って欲しいと言われていたムームとしては、仕事に手応えを感じないのか、ややしょんぼりしていた。
「なぁに、これだけ材料取りが出来ただけでもありがたいってもんです」
「そーそー、今はどこも大変ですからね、はなっからそんなに賄えるたぁ思ってやせんから、むしろこんだけでも大助かりですよ」
そうは言っても、現実は厳しい。
実際には、よくて民家3件分程度になるかといったところで、使えない瓦礫は全体の9割以上にのぼる。
それだけクイ村の被害が凄まじかったという事だ、仕方ない。それでも、仕分けされた使えそうにない瓦礫の山を見上げる人々の捻りだしたような笑顔は、如実に “ これが全部使い物になってたら ” という残念を孕んでいた。
「そういえば、こっちの瓦礫はどうするんです? 燃やすんですか?」
使えない瓦礫の山とはいえ、多分に乾木を含んでいる。火をつければ一気に燃え上がり、処分できる事だろう。
だが、意外にもムームは首を横に振った。
「んーん、なんかねー、こっちはこっちで、どーにかするのー。だから残すのーって言ってたのー」
それを聞いた彼らは、一様に首をひねった。
「? こんなもんをどうにかする?? うーん、領主様は何かアテがあるんだろうか??」
「わからんが……うーん、想像もつかないな」
「ムームもよくわかんないー。でもー、言われてるから置いとくー」
使い道のない瓦礫など粗大ゴミだ。そんなものを一体何に使おうと言うのか、興味が尽きないが、彼らはとりあえず使える方の山を受け取る。
そしてムームに見送られながら、オレス村に向けて帰って行った。
―――――アトワルト領、マグル村付近の大森林入り口。
「本当に大丈夫かい、一人で?」
「うん、平気平気。そんなに心配しなくったって大丈夫だから」
村の年寄りが心配そうに見つめる中、シャルールは木々の生い茂る丘陵地に踏み入ろうとしていた。
ロズ丘陵は、その周囲の地形とは30m近くの高低差がある。
最寄の村々は比較的その高低差が小さい場所に森への入り口を設けているが、それでも10mほどの差がある。そこを軽く傾斜に削って、急こう配なれど足で登れるようになっているところを、彼女は登っていた。
「よいしょっと、…ふぅ、それじゃ行ってくるね。戻ってくるまで村の方はお願い。いざって時は、ジロちゃんと魔獣に頼ってくれればいーからねー」
軽いノリで森の中へ入っていくシャルールを、村人達は浮かない顔で彼女の姿が見えなくなろうとも、いつまでも見送り続けていた。
誰もが理解しているからだ。もし本当に “ 森の部族 ” と交渉するという話になれば、1日2日で戻ってこれないであろうことは。
かといって、下手に供だって森に入る事はできない。多人数で踏み入れば問答無用で襲われる可能性があったからだ。
「大丈夫だろか、シャルールちゃんは……」
「要領のええ娘っこじゃが…場所が場所じゃからのう、心配は尽きん」
無力な年寄り達は呟きながらも一人、また一人と村へと戻ってゆく。
やがて森の入り口付近から人気がなくなると、そよぐ風が木々の葉ではなく、地面の砂を舞い上がらせる。砂煙はまるで、森と村を寸断するかのように長らくその場に滞留し続け、森の入り口を覆い隠した。
「うーん、さすがに浅いところを過ぎると、ちょっと薄暗くなってきた…」
森に入った時刻はまだ昼過ぎ。だが、木々の枝葉が幾重にも重なって空を覆い隠してしまうため、進むほどにシャルールの周囲から光を奪ってゆく。
荷物から小ぶりなたいまつを取り出すと、持っていない方の手の人差し指と親指を軽く弾き合わせる。すると開いた指の間に小さな輝きが生じて、たいまつに火をつけた。
魔法…というよりは魔力を小さくスパークさせて先端の脂染布を発火させただけだが、火起こしの道具と労がない分、存外役に立ち、彼女も普段から用いている技術だ。
「道は……んー……」
森の浅部は、日常的に村人が立ちいるためある程度道が出来ているし、森の構造も把握できている。だが、深くなればなるほど未踏の地であり、地面もだんだんと自然の草木に覆われて、進むべき道は道らしからぬ姿へと変わってゆく。
何万㎢あるかもハッキリしていない大森林だ、さすがに慎重に進まなければならない。でなければ “ 森の部族 ” に遭遇する以前に遭難してしまう。
「そう難しくはないと思うんだけどなー。あのザードさんが立ち入ってるんだし」
決してザードを軽んじているわけではないが、彼の気質を考えるとそんなに複雑な道程を辿るとは思えなかった。
できれば詳細な話を彼から聞ければよかったのだが、ザードは今シュクリアで工事の陣頭指揮を執っていて、容易く意見を聞く事は難しく、村の食糧事情の差し迫りもあって、猶予がなかった。
「ま、なんとかするしかないか」
幸い森が深まるにつれて、あちらこちらに自然の恵みが目につく。例え迷っても最悪、飢えて野垂れ死ぬような事はないだろう。
ただ森の食材に手を出すのはあくまで最終手段だ。安易な採取は “ 森の部族 ” の怒りを買いかねない。
「たいまつがあるから、いきなり襲われるって事もないはず…」
たいまつに限らず、火のついたモノであればなんでもいい。
この森は彼らにとって己のテリトリー。当然、火災などはもっての外だ。
それゆえこうして火をつけて所持していれば、彼らはまず警告に現れる。下手に強襲して、火が森に燃え移ってしまうのを避けるはずである。
なのでシャルールは、火のついたたいまつを持っている事を誇示するように、気持ち高めに掲げて森の中を進んでいった。
「………」
そんな彼女を、高い樹木の上から監視している者がいた。矢筒を背負っているが、弓は持っていない。木々の自然な揺らめきに己の呼吸と身体の脈動を同調させ、気配を絶つのではなく、自然に同化させている。
「………」
そんな彼が、初めて自然に逆らう行為をした。片手をあげてハンドシグナルで別の樹木に身をひそめる仲間に連絡を取ったのだ。それを受けて、仲間は強めの風で森が大きく騒ぐのに紛れて消える。
大自然の中の住人達。
彼らは、シャルールの想像をはるかに超える者達だった。
―――――アトワルト領、オリス村近郊。
「切り出す本数は…っと、よし、これで数は予定通りだな」
「おーい、そっちはもういいぞー。森の木はあまり切るわけにゃいかねーからなー」
「運搬に手を回してくれ。加工場に運び入れるぞ」
村の周囲のあちこちで、人々がせっせと動いている。どの現場でもその中心には切り出されたばかりの多数の丸太があった。
「ホネオさん。森の方は予定数に達したんで、切り出しは終了するって連絡がきましたよ。これから運び込んでくるそうです」
―― こっち、準備、できてる。どんどん、もってきて ――
いつも通り、スケッチブックにてコミュニケーションをはかるスケルトン。村から出てすぐ、地面の草が綺麗に刈り取られて簡単なテントが張られ設けられた臨時の加工場で、力自慢な村人が、ノコギリやら鉋やらを手に、出番を待ちわびている。
そんな加工場を取り仕切っているのがホネオだった。
―― オレスの再建、木材、必要。みんな、頑張ろう ――
「おうよ!」
「片っ端から板にしていきまっせ!」
「お、きたきた。全員持ち場につけよーっ」
ホネオは、領主に頼まれてオリス村近郊の木々の伐採に取り掛かっていた。
といっても、オリス村の近くは比較的開けており、ロズ丘陵の大森林を除けば樹木の類は遠目に見える位置にまばらにしか生えていない。木材を得るための伐採にはお世辞にも向いてるとは言えない地だ。
それでもオリス村に木材調達の一端をお願いしてきた事が、アトワルト領内が困難に直面しているという事を、ホネオは察していた。
「ホネオさん、出来た板はどうします?」
声をかけられて思索から戻ると、すでに丸太3本分の木材が無造作に積み上がっている。
―― オレス村まで、運搬。だけど、向こう から 取り 来る 手はず ――
領内でも北東端に位置するオリス村だ。オレス村までの運搬は楽ではない。運搬用の荷馬車があっても丸1日はかかるだろう。何よりオリス村に大量の木材を運ぶに適した車両はない。いかに身体能力に優れた人外の人々が跋扈する世界であろうと、長い距離を抱えて運ぶのは無理がある。
「わかりました、とりあえずあっちのテントの下にまとめておきます」
―― よろしく。みんな、戻ってくる 作業 すすむ。 ――
丸太を切り出す行程を終えて、切り出しに行っていた村人達が続々と戻ってきている。加工作業は加速度的に進むだろう。
丸太の本数は全部でおよそ300本。大森林の入り口付近より100本、周辺のまばらに生えている木々より合わせて200本。
それが全て建材用に加工されれば、およそ2000枚くらいの板材にはなるだろうか?
簡素な一軒家に限定すれば10軒分程度、板葺きを諦めて、土壁や藁葺きにすれば20軒は家屋を建てられるとホネオは頭の中で試算する。
……足りない。少なくともオリス村から出す木材だけでは、とても村の再建分には届かない。
かといって、これ以上木材を切り出す事はできない。大森林は浅い部分までしか手をつけられない事情があるし、村から離れれば離れるほど樹木のある場所はあれど、切り出しから運搬が手間となり、さすがに現地人の善意だけで行うには難しくなる。
そのへんも見越しての事なのだろう。300本という数字は。
ホネオは改めて領主より届いた手紙を確認しながら、自分の推測を確かめるようにしきりに頷いていた。
―――――アトワルト領、ウオ村。
「行き来はやはり厳しいか…弱ったぞ」
「シュクリアまでの道中、護衛についてくれる者はいないかー!」
「このまま足止め喰らってっとお得意様への荷が腐っちまうぞ、どーすんだ?」
「んなこと言われても……じゃあモンスターに襲われるの覚悟で行くのか?」
村の広場のあちこちで行商人たちがたむろし、あーだこーだと騒ぎ立てている。
彼らは皆アトワルト領内へ、とりわけ都市シュクリアへと物を運ぶためにナガン領よりここまでやってきた商人達だ。モンスター・ハウンド出現の報によりウオ村で足を止めざるを得なくなり、いずれも困り果てていた。
「なんじゃあ、騒々しいと思ったらモンスターじゃとよぉ、ゴビウ」
「そうなんかドーヴァ? そいつぁ参ったのぉ」
中年、いや壮年に差し掛かり始めているだろうか?
二人のドワーフが着いたばかりのウオ村のただならぬ様子を理解し、ほぼ同時に己の顎ヒゲを撫でた。
「しかっし、ダルゴートの旦那を驚かせよう思て、こっそりやってきたはええが、
思わぬトラブルっちゅうとこじゃのう」
「まー、驚かせるにしてもな。西の方いっとるっちゅうだけで、どこにおるか詳しいこたぁなーんもわかっとらんけどな、ガッハッハ」
荷物は少なく商人ではない彼らは広場の喧騒に背を向け、談笑しながら足軽く宿へと向かって歩き出す。他のピリピリとしている人々とは違って、その雰囲気はお気楽そのものだった。
「まー、ワシらは宿でゆっくり考えるとするかのー」
「じゃな。急ぐ旅でもなし、危険を冒す必要はまったくない。いざって時はそのモンスターとやらをこの斧でぶちのめして行けばええだけじゃ、ハッハッハ」
彼らが背中に背負う斧は、腰に帯びた手に持つに丁度良いハンドアクスとは違い、ドワーフの彼らの背丈からすればロングスピア並みの大物で、その重厚感と装飾は明らかに戦闘用であった。
実際、のっしのっしと歩く短足が纏うブーツは布や革製ではなく、金属の輝きを発しているグリーヴだし、上半身も身に付けているボロの革服の隙間からは鎖帷子が見え隠れしている。
担いでいる荷袋から、それぞれ金属製の兜と盾が覗いており、彼らが戦闘に身を置く者である事を示していた。
「しっかしなんじゃな。ワシらも酔狂よなぁ、今更じゃが」
「わざわざどこにおるかもしれん知人を探して旅する事がか? 良いではないか、大戦の頃と違い、時間は自由にあるんじゃからのう」
ゴビウとドーヴァ。二人はいわゆる傭兵であった。
ドワーフ族が鍛冶や工務に優れているとはいえ、それだけが生きる道ではない。稀にその腕力と体力の高さが生まれつき、生産業の域を超えている者もいる。
それがこの二人であった。
「まぁのぅ。大戦で稼いだ金は100年は遊んで暮らせるだろうし、次の大戦までは、何やら面白いモンを求めて歩くも良し、かのう」
神魔大戦時、魔界から来た二人は歩兵戦力として地上戦に参加していた。持ち場の部隊で、互いに他を大きく突き放した上で、戦功一位二位を争い、気付けば多くの敵を討ち果たして終戦を迎えた。
その時、受け取った多額の賞与は、並みのドワーフの一生であれば遊んで暮らせるレベル。
だが戦闘に必要な装備の調達や修理などに惜しみなく注ぎ込み、残った分を旅費にして、彼らは今、地上巡りの旅の真っ最中であった。
「ううむ、困った……どうやってこの手紙をアトワルト候に届ければ…」
「おっと!」「むっ!」
宿屋の出入口。ちょうど出てきた者とかち合い、二人はぶつかりそうになる。だが、そこはさすがの身のこなしか、出てきた者との間合いを開いて何事もなかったかのように相対した。
「おっと、これは失礼した」
「…ふむ、兵士さんよ、随分な悩み事のようじゃの」
「周りが見えぬほどとは、主命かね?」
二人が一目で兵士と分かったのは、何もそういう恰好をしていたから、というだけではない。誰かに仕えている兵士は日ごろから訓練を積んでいる。
ゴビウとドーヴァの目からすれば、簡単な身動き一つでそれがわかる。ぶつかりそうになった際の体勢の立て直し方は、まさに兵士のそれだったのだ。
「いや、お恥ずかしながら。…お二人は傭兵でしょうか? 相当に腕が立つようにお見受けしますが」
「ほう、わかるかね」「ハッハッハ、そういうアンタもデキるようじゃの-」
兵士も愛想笑って場の雰囲気に合わせるが、その片手は腰の剣の鞘を掴んだままだ。見ず知らずのドワーフ二人をいきなり信用する兵士はいないだろう、むしろよく心得ていると評価に値する。
「おぬしも、やはりアッチ行きで困っておる感じか?」
ゴビウは、親指を立ててクイッと西の方を指し示す。今、この村に滞在しての困り事といえば、例のモンスター出没の件以外にない。
「ええ、都市シュクリアへと赴く用があるのですが…」
兵士はそれ以上は言葉をつむがなかった。うっかり余計な事を口走ってしまうウッカリ者ではないようだ。
「(ほぉう、だいぶしっかりとした主に仕えているようじゃの)」
「(んむ。教育が行き届いとるわ)」
ドワーフ二人が顔を見合わせ、目線だけで意志を統一し、軽く頷き合った。
「のう、おぬし。西へゆくならばわしらと共にゆかぬか?」
「わしらもちょうど、西へ向かう途中じゃったでな。商人のお守りはゴメンだが、戦闘を心得ておる者であれば、こっちとしても楽なのでな」
すると兵士はしばし考える。彼としても主命がある以上、ここで立ち往生するのは本意ではないだろう。視線だけがドワーフ二人の外観を見定めるように動く…と、数舜の後、二人が戦闘に卓越しているであろうことを見切ったのか、兵士の表情から一切の緊張が解けた。
「それはありがたい申し出。ぜひ道中、ご同行させていただきます」
佇まいを正し、丁寧にお辞儀する。
魔族の出とおぼしき兵士の雰囲気には、どこか高貴さが宿っている気がする。そんな者が自分達に向かって頭を下げるのが、なんだか気恥ずかしくなって、ドワーフ二人は照れ笑いを浮かべた。
「そういやぁ、お前さん。どこの兵士じゃ? ここの領主に仕えとるのかのう?」
「いえ、自分はここより東隣はナガン領の領主が配下です」
「ほー、あの蛇娘の兵か! なかなか大変そうなところに仕えておるのう!」
その指摘に、兵士は乾いた笑いをこぼす。明確に肯定できないが、否定もできない。
そんなたわいもない雑談を交わしながら、ドワーフ二人と魔族の兵士一人は宿へと入って行った。




