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神話級大戦の後日譚―ウサミミ領主の受難―  作者: ろーくん
第二編

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第1章3 暗鬱を強いる者



 アトワルト領内の食糧事情の悪化は、まだ絶望的というわけではない。どの町も村も今はまだ最低限は食べているからだ。

 将来的に不安を抱えているのは事実だが、少なくとも “ 今 ” は飢えに苦しむ領民は一人としていない。


 しかしここ、アトワルト領より西隣に位置しているゴルオン領では、“ 今 ” ですら食すに困る人々が数多く存在していた。

「………」

「………」

「………」


 その街並みは地上にあっては他を圧倒するほどの発展ぶりである。

 しかし行き交う人々に活力はなく、街角に崩れ落ちるように座り込んだまま動かない者も多い光景に、栄華の香りは一切(かお)ってはいない。


 丁寧に磨かれた石畳や立ち並ぶ建物の外壁は上質な黒灰色で統一され、まるで金属のような質感と上品さを備えている。

 どこか冷たい無機質な雰囲気が漂っている街。その中でボロ雑巾のようにくたびれた人々は誰もが痩せ細り、腹を空かせていた。




――――――ゴルオン領主、ドルワーゼ候の城。


 ただでさえ豪華な作りだった領主の屋敷はここ最近、城と呼ぶに相応しい規模に改築された。


「ファファッファッ。これぞワシに相応しき居城よ、ファッファッファッ」

 趣味の悪い玉座に腰かけて上機嫌で高笑いしているこの小男こそ、このゴルオン領の領主ドルワーゼ=グサ=ゴルオンである。

 完成した自らの居城に大満足とばかりに短い脚をバタつかせる様はまるで子供のよう。しかしドワーフと魔族の混血である彼の身分はその低き背よりは高く、中程度の貴族位を有している。


 それは魔界の貴族諸侯の中にあっては三流貴族の域を出ない。だが、こと地上に限れば一部の数えるほどの相手を除き、多くの領主達の中では上位に連なる貴族と言えた。


「……ドルワーゼさま。お酒、持ってきた」

 クルカダイ(ワニ亜人)は、若干たどたどしい物言いと共に赤い酒をついだグラスをトレイごと差し出す。

 使用人風の服装に身を包んでいる彼から鷹揚(おうよう)に酒を受け取ると、ドルワーゼはそれを無駄に大袈裟な動きでもって高らかと掲げた。

「ファッファッファッ! ワシの明るい未来に乾杯ッ、ファッファファッ!!」

 どうやら主人はご機嫌らしい。

 軽く目を伏せ、その大きな口の先を下に傾ける。主とは真逆の、暗鬱とした気分を抱いている事はさすがに表に出すわけにはいかない。

 会釈のように振る舞い誤魔化すクルカダイ(ワニ亜人)は、このやるせない気持ちを一体どうすれば良いのかと、弱いと自認する己のお(つむ)で、深く考えずにはいられなかった。




「……ジェゲーダ。ドルワーゼ様の様子はどうだった?」

「ご機嫌、だった。とりあえずは」

 厨房で出迎えた昔馴染みのオーク(豚亜人)は、やれやれと両肩から力を抜く。

 料理番として厨房を任されている彼は自らも結構なグルメで料理も上手いため、その腕をかわれて何十年も前、前領主によって直々にスカウトされた。


 二人とも一貴族に仕える事そのものに関しては光栄だと感じている。だが、それも今となっては前領主の時代の話。

 この地の領主が今のドルワーゼ候に変わってからというもの他の使用人たち同様、彼らにしても気の休まる時間はめっきり少なくなった。


「無理難題がこないっつー事で安堵できる日が来るとは思わなかったよ」

「同感。モクルト、働きづめ、ご苦労」

「おうよ。この3日間、城の完成祝いだなんだと無茶な料理ばっかリクエストしてきやがって、ホント大変だったんだぜ。あ、残りあるからつまんでけよジェゲーダ、お前も食ってないんだろ?」

 小さく頷く、が……クルカダイ(ワニ亜人)―――――ジェゲーダは知っていた、同僚の薦める残り物とやらにはロクなものがない事を。


 このゴルオン領の領主ドルワーゼは欲が深くケチである。


 己が食事はどこまでも豪勢である事を望むが、使用人には質素な食事を強要している。商人には重税を課し、農民には作物を納めさせ、財食とも明らかに過剰な備蓄がありながら、城に勤める者には最低限の食事しか許さない。


「ひき肉のカケラを集めてな、小さいが丸めて揚げてみた。量は残念でも味の方はそれなりに仕上げてみたんだ。試してみな」

「お、ぉ……。ありがたい、いただく」

 立場と気持ちを共有できる仲間がいるだけで、この待遇でもまだ乗り切れる気がするから不思議だ。

 ジェゲーダはオーク(豚亜人)――――モクルトの作ってくれた料理を口に運ぶ。

 それは食事と呼べるようなものではないかもしれないが、彼らのような不遇の使用人達にとっては必要な安息のひと時であった。





――――――ある日の昼下がり。


「食料品の買い取り……? 商人としちゃ、そりゃあ有難い話ですけどね」

 ドルワーゼの前で(ひざまず)いているリザードマンの商人は、不可思議だとばかりに首をひねった。傍に控えているジェゲーダはその不思議に共感する。

 なぜならこのゴルオン領は、本年度の収穫が十分であり買い集める意味がない。


 大戦も終結して1年足らずの今、次なる争いの兆しも当然ない。そんなに食料をため込む理由などないはずなのだ。


 しかもドルワーゼは自領内の領民が困窮するほど徴収し尽している。今をもってしても城のような彼の屋敷の、貯蔵庫という貯蔵庫が食べ物で埋め尽くされて満杯状態のはずなのだが。


「四の五の言わず全て売り渡せばいいのだ。お前は商人……物を売るに問題はないじゃろうが」

「へぇ、まぁ……。わかりやした、ウチで用意できる分は樽数でおよそ500ほどですけども、それでよろしけりゃあ」



  ・

  ・

  ・


 ジェゲーダは嫌な予感がした。


 町を歩けば搾り尽くされて街角にて無気力に横たわる人々。しかし、そんな彼らに配るわけでもなく、明らかに過剰な食料を抱え込む主人の考えがロクなものでない事くらい彼にだってわかる。

 商人との連絡のためのお使い……正直気乗りがしない。


 視界のあちこちに困窮した人々が映っているというのに、自分のお使いの結果が領民のためにならないとわかっているのだから良心が痛む。


「………ハァ」

 大きな口がガパリと開き、ため息が出る。

 クルカダイ(ワニ亜人)の頭はワニそのものだ。見た目にはいかついが、かといってジェゲーダは容姿にそぐわず荒事を好まない大人しい性格である。

 思う所があったとしても(あるじ)諫言(かんげん)などできようはずもなく、苦しんでいる領民に対してただただ申し訳ない気持ちが(つの)るばかり。



「…はい、おじさん、おはな」

 街角で幼く、そして痩せた獣人の少女が小さな花を差し出してくる。

 ジェゲーダはそれを素直に受け取った。だが彼には少女に返せるものはない。何かないものかとポケットをまさぐり、ようやく見つけ出したソレを一つ、少女の手に持たせるだけで精一杯だった。


「……飴玉? わぁい、ありがとう、ワニのおじさん!」

 少女はにこやかに微笑んだ。

 くすんだドレスはあちこち縫合の跡があり、それでもなお何か所か破けたままになっている。顔も髪も汚れてもう何日と洗っていない様相だ。

 飴玉を口に入れる仕草の際に露わになった指先はすっかりあかぎれ、苦労の色がにじみ出ている。

 ジェゲーダは居たたまれなくなり、逃げるように少女に背を向けた。元より頭もよくないし、誇れる特技があるでもない。

 何もできない無力な自分があまりに惨めで、深い葛藤と苦悩が延々と回り続けては頭の中を焦がし、ワニ顔一面を苦渋の表情で満たさせた。





――――――アトワルト領、都市シュクリア内の宿屋ロビー。


「食料品が高騰している…だって?」

 ドンは驚愕し、商人を見る。隣にいるメルロにはドンがこうも驚いているのか理解しきれず、ドンと商人の様子を交互に伺っていた。


「ああ、それもかなり。正直いってウチらもビックリしているくらいだよ」

 そう言ってハーフエルフ(混血妖精人)の女商人は肩をすくめてみせた。

「ウチらだってその道のプロだ、市場の値動きやらにはそれなりに鼻がきく。……けど今回の高騰は想定外過ぎるんだよね」

 それは話を聞いたドンも同じ気持ちだった。


 確かにここアトワルト領は今、食糧難に差し掛かっているため食料品の需要が増大して値上がりしてしまうのは必然だ。

 しかしそうした地域限定的な価格変動ではなく、食料品の市場全体(・・・・)で値が上がっているというのが商人にしてもドンにしても引っかかっている部分だった。


「……今年は他領(よそ)も不作だったのか??」

「いや、んなこたぁないはずさね。ウチもこの(あた)りの他領を回ってきたが、どこも平年並みかそれ以上がほとんど……むしろ大戦後にしちゃあ豊作の部類だったさ」

 けれど、と短く呟いてハーフエルフは続ける。

「にも関わらず高騰が起きている。異常だよ、ハッキリ言ってね」


「……あ、の、そんなに…おかしな、状況…なのですか?」

 我慢できなくなったメルロが素直に疑問を口にした。

 彼女は彼女で領主に仕える者として、今より頑張れるようになりたいと努力している事を知るドンは、彼女に強く頷き返してから丁寧に言葉を紡ぎ出した。


「モノがたくさん増えると、その分価値が低くなるんだ。理由は希少性の低下やら需要―――そのモノが欲しいっていう人々の意欲を十分に満たせるだけの量の出回りなんかが売値を下げちまう」

 ドンの説明を引き継ぐように、今度は商人の女(ハーフエルフ)が口を開いた。

「逆にモノが、その欲しいって意欲に対して十分な量でなくなると価値が高くなり、値が張るってワケ。高騰っていうのは値段が急激に上がっちゃう現象のことさ」

 納得してメルロがふんふん頷くのを確認し、ドンは再び商人に向かい合った。


「けど今回はそうじゃあねぇ。ここアトワルト領じゃあ確かに不足している品目かもしれねぇが、完全にないというものでもねぇし他の領地も不足しているわけじゃない……つまり全体で見りゃあ十分モノがあるにも関わらず―――」

「―――妙に値段が上がっている。おかしな話だろう、美人のお姉さん?」 

 軽く意地悪そうな笑みを浮かべつつメルロの全身を眺め、ニヤつく商人。そのスタイルや顔立ちの良さに嫉妬半分、称賛半分といったところだろう。当のメルロはというと恥ずかし気に軽く顔を赤らめ、僅かに視線を下へと落とした。


「……しかし、理由はわからないとしてもだ。高騰が事実なら厄介な話だぞこりゃあ」

 ドンは、領主(ミミ)が流れてきた商人から話を聞いてくるよう自分達に命じたのは、領内に不足気味の食料品を商人からの買い付ける事で賄う道を模索しているからだと考えていた。

 しかし経済的にも余力がないアトワルト領にとって、食料品市場の価格高騰の話は手痛い追い打ちとなるのが目に見えている。






 ……そして、ドンの懸念は当たっていた。


「そう。悪い話は集中するとは言うけれど…まいったなぁ」

 ドンの報告を受けてミミは大きく息を吸い、そしてゆっくりと吐きながら椅子に背を預けてぐぐっと上体を反りながら天井を仰ぐ。

 ワラビット族特有の長い耳が一瞬背伸びをしてから、くたりとしおれてしまった。


「このままだと食料問題は深刻化を免れない……か。う~~~~ん………」

 借家の一室、ミミが執務室として使用している狭い部屋にはドンにメルロ、イフスにラゴーフズ達がひしめいていた。

 室内を見回しつつ随分賑やかになったと現実逃避しながらも、ミミは思考を巡らせる。彼らに意見を求めるのは容易いかもしれないが、難事に際してはまず領主である自分が何か示さねばならないだろう。


 そう思い、ミミは反った上体を戻して机に向かう。机上に散らばる様々な資料に素早く目を通し、内容を頭の中で咀嚼しながらバラバラの点を整理して線へと繋げる―――その時間は、現実にしてほんの2、3秒であったが、ミミ自身にはもっと長い時間、皆の前で沈黙してしまったかのようにも思えた。


「……クイの村が無事だったなら状況が違ってたんだけれど」

「クイ? そんな村があるんですかい?」

 ポツリと漏らした彼女の一言にドンが反応する。メルロも首を傾げて自身の記憶の中から該当するものを探しているようだった。

「お二人が知らないのは無理もありません。クイ村は先の大戦以前にミミ様の指示の下、建設を進めていた新興の村で、オレス村とオリス村のちょうど中間地に存在していた村なのです」

 イフスの説明でドンとメルロが理解の色を顔に浮かべる。


「ドンさん達は他領から北西の街道を通ってやってきたし、それも大戦後だからね。知らないのも当然かな」

 初めてドンとメルロがやってきた日、その身の上はもちろんのこと、ここまでどのような道をたどってきたのかもミミは聞いている。

 あれからもう半年以上は経過するのかな、と二人がやってきた時の事をミミが少し懐かしんでいるとドンが疑問を投げかけてきた。


「そのクイって村、領主様の指示で建設を進めてたって事は、何か特別な村なんですかね?」

「ん。このアトワルト領はね、思った以上に地形が不安定な場所なんだ。四方におよそ500km程……と、広さだけでいえば結構なものだと思えるんだけれどもね」

 そう言ってミミは少しだけ考え、そして何事かを頷く。

「うん、ちょうどいい機会だから皆でアレを見ながら説明しよっか。イフー、大テーブルがあるのは応接間だけ?」

「はい、この借家はあまり広くはないので他にアレを置ける場所は……」

「上等上等。それじゃあ場所移動ね、全員応接間に………、っ……、集まっておいてくれる? 私はアレを持って後からいくから」


 疲労感から、意識が飛びそうになるのをなんとか誤魔化す。



 全員が執務室から出ていくのを見送り、最後に扉が丁寧に閉じられたのを確認してからミミは机の上に両肘をついた。

 そして噴き出た汗を数滴、机上に(こぼ)す。


「……っ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……。危な……まいっちゃうなぁホント。食べなきゃいけないのに食糧難だなんて笑えない」

 自嘲せずにはいられない。自分が望んだ事だし、大変である事は重々知っていた―――いや知っていたつもりでしかなかったのかもしれない。

 魔獣産みの大変さをどこかでまだ、まともに子供をつくる事と同一に考えてしまっていたのかもしれない。

 妊娠期間も奪われる栄養量もまるで違うのだから、似通ってはいてもまったくの別物と認識しなければいけないとミミはわが身をもって改めて痛感させられる。


「なんとか……はぁはぁ、はぁ…、産卵…まで、はぁはぁ……耐え抜ければまだ……」

 幸か不幸か、ミミが腹に抱える魔獣は完全な卵生だ。育った卵が母体より養分を必要としなくなればその時点で体外へと産み落とされ、あとは孵化するのを待つだけとなるため、身体への負担はなくなる。


 だが、そこまでが大変だ。ガンガン奪われる魔力を、ありがたい事に身体が補おうとして体力をどんどんつぎ込んでくれるのだ。

 洒落にならない。もし体力が尽きれば今度はミミ自身の生命がすり減らされていくことになるだろう。


「( “ 言葉飾らず警告するならば、矮小なウサギ1匹がその命搾ったところで、かくたる強大な獣の命を育めるか? 答えは自明じゃろうに ” ………なんて言ってたっけ……あはは、さっすがは大公サマ(エロ爺)、ホント仰られた通りです、ハイ)」

 あの、自分と肌を重ねるに嬉々としていた魔界屈指の大貴族でさえ彼女(ミミ)に魔獣を種付けるには躊躇していたほどだ。

 今更ながらに思い返し、なるほどこれは確かに自分には荷が重すぎるものだとミミは大いに得心し、そして軽く後悔している意志を叱咤する。

 気持ちと体調が持ち直すのを待って呼吸を整え、一つの収納用に使用しているクローゼットの前へと移動し、その戸と向かいあった。








「商人よ、答えよ。今、食料品の相場のほどはどうなっている?」

 その問いに、ジャックは一瞬だけ眉をひそめた。


「(……ゴルオン領主、ドルワーゼ=グサ=ゴルオン。なるほど? 小物ながら悪知恵を巡らせているようですね)」

 ドルワーゼが放った一言、それだけでジャックには彼の狙いが理解できる。事前に得ていた前情報で食料品を買い集めている事はわかっていた。そこにきてのこの問いかけである、むしろ分かりやす過ぎる。

 ジャックが訪ねた時、わざわざ城のような住居の奥深く、執務室まで通された以上は何かあると思っていたが、それが見事に的中した形だ。

 ただしジャックにとってドルワーゼの企みは(はなは)だ虫唾の走るものであった。


「(身の程を弁えぬドワーフ風情が商人の真似事をしようなどとは………。どこぞのチビ竜人(バランク)以上に煩わしい)」

 だが、あくまでジャックは商人として訪れた者。ここで商人たるを外れるような感情と言動を取る事は彼の美学に反した。


「全体的に高まりつつある、というところですね。(わたくし)もそれゆえに此度は食料品の売却にと、貴殿の領地を訪れた次第」

 実際ジャックは、遠くはゼルヴァラン領より仕入れてきた乳製品(チーズ)を捌く事を目的に、このゴルオン領を訪れていた。


 だがゴルオン領内の町という町は疲弊し、食料品自体の需要は高いものの、どこもかしこも購買力に難を抱えていたために商品をすべて捌ききれなかったのだ。

 そのため一番購買力があると思われる領主の元を訪れ、今後の商いのためにもゴルオン領の実情について情報を探りつつ、残りの品を買い取ってもらおうというのがジャックの腹であった。


「なるほど? ではさらに聞くが、この辺り(・・・・)での食料品相場は、ワシの領地内が一番高騰しておるのか?」

 領主の言うこの辺りとは、このゴルオン領とその近辺の他領の事だろう。その質問で相手の狙いを完全に把握し、確信したジャックはやや考える。


「(……ま、ド素人の考えそうな事ですが、これはなかなかに面倒ですねぇ)」

 ドルワーゼの皮算用には相手の視点が完全に欠け落ちている。故にその企みは絶対に成功しない事はジャックから見れば稚拙に過ぎるほど明瞭だ。

 だが欲深い者とは往々にして人の忠告や諫言、言い換えれば自分の望まぬ言葉は一切聞く耳もたないものである。故に彼は素直に真実を口にした。


この辺り(・・・・)でしたらば、差は僅かながら……アトワルト領が一番高騰しておりますね」

 ジャックは知っている。あの地は今、大戦に反乱騒ぎと立て続けに受けた領内の損害を復興するのに全力を傾けている事を。だがそれをこのドワーフは知らない。


 だが、それを聞いたドルワーゼはニンマリと笑み、満足気に自分のヒゲを撫でる。

「そうかそうか。ワシのところよりも高騰しておる地があるか、フォッフォッフォ」

 これでこのドワーフが更なる食料品の買い占めに走るのは容易に想像できる。

 買い占めれば買い占めるほど、引きずるようにアトワルト領の相場も上がると思っているに違いない。

「(本当に、こういった輩には腹がたちますが。まぁこれはこれでアトワルト候に売れる品(情報)を仕入れる事ができた、と思う事にしますかね)」 

 ジャックの知るミミ=オプス=アトワルトという人物は、目の前のドワーフなど容易くいなせる才幹(さいかん)の持ち主である。

 この商談が彼女に対して苦労を強いる事になる可能性もあれば、この情報は安く売り渡してもよいかもしれないなどと考えつつ、ジャックはドルワーゼとの商談を続けた。




――――――1時間後。ドルワーゼの居城、厨房。


「? なんだ、ジェゲーダ。その女は??」

「………」

 問いかけに対して口ごもる同僚の様子にモクルトは何となく察した。


「…また、領主様の悪いところが出たってわけか。はーぁ…ったく」

 女はすっかり疲弊している様子。だが、どこか安堵してもいるように見える。その安堵はジャックの奴隷から解放されたが故の安堵であるが、二人がそれを知る由もない。


「領主様に買われた、ってんで安心してんなら、そいつぁ期待しねー方がいいぜ。あいつぁかなり女遊びが汚ねぇからよ」

 ジェゲーダもそれに同意するように頷いた。実際、壊れた女を屋敷より放り出す役目を、もう幾度となく担わされている。

 そう、商人から買った女はドルワーゼの新しい玩具なのだ。だが表向きは新たな使用人という名目になるため、ジェゲーダが教育係として面倒を見なければならない。


「…意味があるかどうか、わからない。だけども、覚えること、覚えてもらう」

 女はあまりよい人相ではない。大方、犯罪者上がりだろうとモクルトは思いながらジェゲーダが厨房について説明する様をぼーっと眺める。

「(…ま、いたいけな少女とか、どっかの人妻だとかよりかはまだ心が痛まねぇな。……んな風に考えちまうオレもたいがいかね)」

 女がどのような末路をたどろうともモクルトやジェゲーダに出来る事は何もない。他人が見れば二人を薄情者と思うかもしれないが、それが現実なのだ。

 彼らにしても生活に余裕はなく、正義の心に突き動かされて領主に逆らったところで先々生きていくアテもまるでない。


「ジェゲーダ。その女の案内が終わったらまたここに来てくれ。ちょうど領主様の夕食時なんでよ」

 料理の運搬。広い城のような屋敷に対し、使用人の数はまるで足りていないのが現状である。

 ケチなドルワーゼが余裕のある雇用体制など敷くわけがない。回せるのであればそれで良し、使用人が疲弊しきって潰れたならば、その時に変わりを雇えばよい、というスタンスである。


 最悪の主を頂きながらもそこから逃れるには厳しい皮肉の鎖が、彼らをこの城に縛り付けていた。


  ・

  ・

  ・


 夜の帳がおりた頃。さすがに街中に人の姿はなくなる。

 綺麗な街並みだからこそ冷たさが増したようなその夜道を、少女はフラつきながら歩いていた。


「………ぅ………、……」


 パタ……


 整った石畳に、まるで紙きれが落ちたかのように静かに倒れた獣人の少女。

 そのまま指1本たりとも動かなくなった。

 そんな彼女に追い打ちをかけるように、夜の冷たい風がカゴの中よりなけなしの売り物である小さな花たちを奪っていった。


 涙を流す水分すらその小さな身体からは失せてしまっている。

 ただでさえか細くも小さなその身は見た目よりもさらに軽く、花と同じように夜風にさらわれてしまいそうな果敢無(はかな)さだ。



 しかし、少女の身体をさらったのは夜風ではなかった。


「………酷い有様だ。アッシには理解に苦しむぜ、自分の領民をこんなにしちまえる領主なんてよ」

 少女の身体を抱き上げたのは少女よりも小さき土竜亜人だった。

「同感だ。私が叩くべき相手は、こちらであったという事か」

 その土竜亜人より少女の身体を受け取るは、雄々しい(たてがみ)を靡かせる大柄の獣人だ。


 両手が空いた土竜亜人は小さな水筒のフタを開き、少女の口元にあてる。

「ほら、温かいスープだぞ。味付けは薄いかもしれねぇが少しは温まるはずだ、頑張って飲むんだ」

 コクンコクンと微かな動きが獣人の少女のノドに見られる。彼女の容態は相変わらず危機的なものである事に変わりはない。だが二人はとりあえず安堵した。


「か弱い少女を、通りすがりが助ける……画になりますねぇ」

「ジャックの旦那、茶化さねぇでください。商談はもう終わったんで?」

「ええまぁ。しかしながら予想はしていましたがこの地の領主、ドルワーゼ候は酷いものでした。収穫としましては巻き上げるに丁度良いゴミと判別できた事、くらいですね。それでそちらの少女はどうされるおつもりです、お二方?」

 問われて、大きな獣人が間髪入れずに返答する。

「無論、助けるに決まっている」


 だが、ジャックはそれを馬鹿にするように含み笑った。

「その少女一人を助けたところで何も変わりませんよ。それどころか、その少女一人だけ(・・)を助け、他を助けぬは偽善以外の何物でもありません。貴方はその辺り、先の件にて痛感なさっていると思っていましたけどね、アレクスさん?」

 それに対して大きな獣人――――アレクスは、軽く目を閉じてすぐに開き、真っすぐにジャックを見据えた。


「痛感しているとも。だが、悪いが私はいまだ盲目の正義(・・・・・)より卒業できぬたわけ(・・・)のままなのでな、目の前のいたいけな少女を捨て置けんのだよ」

 そう言って不敵に笑みを返して見せた。

 そんなアレクスに、ジャックは愉快そうに表情を緩ませる。


「ジャックさんよ、境界越えに同行させてもらっておいて迷惑かもしれねぇけどアッシも―――――」

「わかっていますとも。何、少し意地悪をしたくなっただけですよ、モーグルさん。ですが、その少女を助けるに私は商人という立場上、これといって手を貸す事が出来ませんので、そこはご理解していただきたく」

 ジャックは商人だ。商人が安易に通りすがりの誰かに何かを恵んでしまうと、それが尾を引き背びれがつき、他の弱き人々がジャックに救いのお恵みを求めて殺到しかねない。

 夜の誰もいない街角とはいえ、それは曲げられないところだと土竜亜人のモーグルは理解していた。が――――

「もっとも誰かの落とし物であれば拝借してしまっても問題はないでしょう。では私めは商売がありますので一足先にアトワルト領へと戻らせていただきますよ。アトワルト候にもお二人の事は伝えておきますゆえ、ごゆるりと」

 そう言って夜風と共にジャックは姿を消した。彼と入れ替わるかのように大きな荷袋が彼のいた場所にいくつか置かれてあった。


「……胡散臭い奴だとはいっても、良心はあるってか」

「フン、素直ではないな奴も。だが一刻を争う、ここはありがたく拝借するとしよう」

 二人も少女と荷袋を持ってその場を後にする。


 誰もいなくなった町は、本格的な夜更けの到来により冷たい雰囲気に包まれる。

 このゴルオン領の暗き時代を象徴するかのような町中は、家屋より漏れ出る光すらなく、息絶えた様相を呈していた。




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