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神話級大戦の後日譚―ウサミミ領主の受難―  作者: ろーくん
第二編

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第1章2 喰うは動物の本能なり


――――――オレス村跡地。



 反乱騒ぎの際、完全に制圧されていたその村は、争いと占拠を経て、今は半ば廃墟と化してしまっていた。


「これはなかなか、復興には時間かかりそうだね」

 シャルールは無残な村の様子を、高い位置で眺めながら呟く。

 自分の住む村ではないにしても、アトワルト領内一番の都市からの道途上にある村の散々な状況を見るのは気分の良いものではない。

 自分達の(マグル)村へと訪れる人々にも影響を及ぼす事は目に見えているからだ。


「オレスの村長は、復興してみせると息巻いていたが……容易ならざるようだな」

 スレイプニルの前で(くつわ)から延びた手綱を引くジロウマルも、その口調は少し消沈気味だ。


 マグル村の被害等をまとめた書類をシュクリアの領主(ミミ)の元に届けた帰り。もう何度も通ったオレス村は、反乱終息より約1か月近く経過する今も、ほとんど変化がない。


 とりあえず散乱していた瓦礫やゴミがまとめあげられ、何か所かに分けて山積みされているだけで、崩れそうな家屋やボロボロの柵などはそのまま放置されている。いや、風雨にさらされてその景観はより酷くなっていた。



「確か、建材の類は今手配中って言ってたっけ」

「そう聞いている。……だが、それもかなり手こずる様相のようだ」

 領主であるミミ、そしてイフスとの雑談の中で、オレス村の復興についても多少なりとも出てきた話の上では、復興に必要な建材の類を現在手配中である、という事だった。


 しかしそれは、何もオレス村に限った話ではなく領内の各村なり町なり被害のあったところ全てに対して、だ。

 被害の大きいオレス村へ復興支援の手が優先的に回される可能性は高いだろうが、ミミの語り口からは十分な支援が行えるかというと、現状では厳しい事を感じさせた。


「うーん、なんとかしてあげたいトコだけどね」

「…オレス村の人々の衣食住をあてがうだけで手一杯だ、無理な背伸びは危険だろう」

「それはわかってるけどさ。こういうの見てると、なーんかモヤモヤするじゃない?」

 シャルールの言わんとする事はわかるが、やはり今以上に自分達が手を出すのは厳しいと、ジロウマルは首を横に振る。


 そして手綱を引き、スレイプニルの移動を促してオレス村を抜けて一路、マグル村へと歩みを進めた。





 夕暮れ時。マグル村の広場は活気に溢れていた。


「よし、できたぞー! 今日の炊き出しはクワンゴ(骨と粗肉)のスープと、ふかしイモだ、順番に並んでくれー」

 似合わないエプロン姿の男性が、大鍋の前で大きなオタマを振り上げながら周囲に呼びかける。それに応えてゾロゾロと集まってくるのはオレス村の住人達だ。



「食料の方はなんとかなってるみたいだけど…まだもちそう?」

 シャルールの問いかけに、在庫の食料数量を記した紙と睨めっこしていた担当者がしかめた顔を上げた。


「どうですかね…。領主様の計らいで、領内の各町や村からのカンパがありましたから、もう1、2週間はやりくりできますが…」

 そうはいっても現状、クワンゴ―――本来ならば捨てる部位―――まで材料に持ち出しているほどだ。その見込み1、2週間で、配給できる食事の質がより低下していくのは、火を見るより明らかだろう。


 しかも、オレス村の人々の食事事情がソレでは、マグル村の住人も贅沢な食事は憚られてしまうし、このままではマグル村が蓄えていた自村の分の食糧まで拠出しなくてはならなくなるだろう。


 状況が下火続きになると、人々の間で(いさか)いも起きてしまう。


 今はまだ、オレス村の人々もお世話になっているのだからと質素倹約な暮らしに甘んじてくれているが、自分達の村の復興が進まない事も相まって、将来不安などからくるストレスやフラストレーションの蓄積がいつ暴発するとも限らない。


「うーん、これはもっと危機感持った方がいいかもだね。今から対策考えなくっちゃ」

 シャルールの酒場も今は休業中だ。普段からたいした美食を振る舞っているわけではないが、現在のマグル村の食糧および食事事情を考えると、彼女の酒場で出す料理でさえ、豪華に思えるもの。


 最初はそれを振る舞う事もまぁ良いかもしれないと思いかけたが、酒場の蔵とて貯蔵している食材には限りがある。

 まして酒など振る舞おうものならば、それが尽きた時に人々の不満が大きく高まり、村内が一気にギスギスする元にもなりかねない。


 そういった事を懸念し、シャルールはマグル村にオレスの人々を受け入れている間は酒場を閉める事に決めていた。

 実際、酒場の蔵に貯蔵しておいた食材は少しづつ放出し、もう残り僅かとなってしまっているし、お酒類も反乱騒ぎの際、傷の手当に消毒液の代用品にと出してしまっていてさほど残ってはいない。


「(思った以上に大打撃……困ったなー)」

 店も村も、ヒーヒーと水面上に顔だけ出してあっぷあっぷ状態。

 唯一の救いは、従業員であるジロウマルが、給金が滞っても文句を言わないでいてくれる間柄だという事くらいだろうか。


 とりあえず飲み食いに困りさえしなければ、しばらくはお金を稼げなくともなんとかなるにしても、シャルールは予想以上の窮状を実感して思わずため息をついた。


「シャルールさん、森に食料を求めるのはどうですかね?」

 不意の提案に、シャルールは一瞬戸惑う。


 僅かに間をあけて言葉の意味を理解するも、しかしてその顔には難しい色が浮かぶ。


「ロズ丘陵の大森林は、確かに木の実とか果物とか採れるかもだけど……うーん」

 提案した側もわかっている。それがどれだけ大変であるかを。




――――ロズ丘陵の大森林。


 アトワルト領北方に広がる丘陵の上の広大な森林である。


 周囲とは最大で30mの高低差を持つ丘陵地は、その南部を中心に大半がアトワルト領内ではあるものの、独自に生活圏を築き上げている部族が森の中に多数存在する。


 ミミも領主就任の際にこれらの独立性を認め、税などを課していない。

 もっともその分、彼らは領主の庇護にあずかれないため、何があっても自分達でどうにかするしかないわけだが、それも森の恵みによって支えられている。


 それだけに森への不躾な立ち入りや採取行為は、彼らの逆鱗に触れかねないという危険性を孕んでもいる。

 実際、ロズ丘陵の大森林に近い位置にある村の住人は、ものの10分程度で往復できる、比較的浅い場所までしか立ち入らない。


 それだけに浅い場所での食料や焚き木などの収集量が、そう多くはない事をよく知っている。しかも季節はもうすぐ冬。マグル村とオレス村の人々全員を賄えるだけの収量は絶対に得られない。




「やっぱり、それは最後の手段って事にしとこうよ。ちょっと危ないしさ」

「…わかりました。とはいえ、あまり猶予もないと思います。…正直、今もカツカツですし」

 もしもロズ丘陵の大森林へ食材を求める事になれば、その時は深入りせざるを得ないだろう。場合によっては森林内の部族との遭遇や衝突もあり得る。


「(ザードさんがいれば、交渉とかもできるかもしれないけど)」

 ザードはかつて、大森林の奥深くの部族と交流をかわしていた事があると言っていた。彼ならばあるいは穏便に交渉ができるかもしれない。

 だが彼は今、都市シュクリアにいる。復興作業の手伝いに従事している以上、しばらく動くことはできないだろう。


「ともかく、いろいろ考えて模索して行動しようっ。先行き不安なのはわかるけど、まずは今が大事だから!」

 元気を振り絞って振りまく。具体案は何もないが、安全かつ僅かでも足しになる話があれば片っ端から試していこうとシャルールは考える。

 危険を冒すのはそれからでも遅くないはずだと自分に言い聞かせ、前向きに問題へと取り組む意欲を自分自身に鼓舞した。








―――――サスティの町。


 シュクリア包囲戦以前よりメリュジーネ達、ナガン正規兵の復興作業もあって、損害の割には復興が領内で一番早かったこの町も、ある問題に直面していた。


「食料がない?」

「ああ、ならず者どもが町中の食べ物を食い荒らしたのはわかっていたけど、それは当初から織り込み済みだったはずなんだがな。…計算が狂ったというべきかね」

 最大の誤算は、町の近くの田畑がならず者達に焼き尽くされていた事だった。サスティを攻めてきた際、兵糧攻めと称して深い考えもなくベッケスが行わせた愚策の結果が、ここにきて表面化したのだ。


「秋の収穫は壊滅的だったし、商業活動もまだまだだしな」

 彼らの面持ちは沈痛だ。

 言い方は悪いがサスティはその場所柄、アトワルト領内随一の都市であるシュクリアに向かう商人達のおこぼれに預かる形での益が相当量あった。

 だが今はそのシュクリアが復興途上という事もあって、サスティを中継しての往来はかつての1/3もない。


 加えてサスティ自体もまだまだ町としては本調子ではない。かつてほどの状態にまで回復するにはまだ幾ばくかの時間を要していた。


「町長に報告は?」

「もちろんしたさ。それで今日、ウオ村の方の状況を確認するようにって使者を出してたし」

「ウオ村? なんでウチの問題に他の村が絡んでくるんだ?」


「ウオ村も一度は占拠されたけど、めぼしい物はその前に退避済みだったんだ、あそこは。しかもナガンの正規軍が真っ先に連中をおっぱらってくれたって事もあって、村の損害も少なかったし立て直しも早かった。いろいろ融通してもらえるかもって算段みたいだな」


「あちらさんの状況がよけりゃ、だろ? ……望みは薄そうだな」

 ウオ村がいかに被害軽微で支援を出してくれる運びとなったとしても、サスティの街の規模を考えれば焼け石に水だろう。


 とりわけ食料の問題は頭が痛い。


 第一次産業の収穫期がほぼ終わっているこの時期、多くの損害が出た町や村は、どこもかしこも食料事情がひっ迫しているはずだ。

 今すぐに困窮し餓えに苦しむほどでないにしても、少なくともアトワルト領全体の収量は前年度よりも低下しているはずで、その分食品の市場相場は高騰しているに違いない。


 行商人などから購入の手はずをつける事ができたとしても、復興事業に多くを当てたために町の資金も乏しい事は、彼らにしても容易に推し量る事ができた。




「……これだけ、ですか」

 サスティの町の町長の家で一枚の紙を見せられた復興に際しての配給担当の男性は、発する声に明らかな落胆の色を孕ませた。


「どこもかしこも復興途上、致し方ないと言うより他ないでしょうね」

 紳士的な装いの首無し騎士(デュラハン)が、どこから出ているのかため息を吐く。椅子をギシリと鳴らして立ち上がると、町長ゲトールは窓から外を伺いながら今度は両肩を軽くあげ、そして落とした。


「今、アトワルト領内の食糧事情は悪い方向に傾いているようですから、他所より調達する事は難しいと思わざるを得ないでしょう。その中でまだ援助が送られてきただけでもマシだと思わなくては」

 その言葉は、町長が自分に言い聞かせているようにも聞こえた。領主様が悪いわけではないが、この苦しい状況を打破する方法が見えない今、心の奥底で誰かの責任(せい)にしたがる嫌なものがくすぶるのだ。


「朝早くにウオ村にやった使いが、いい話を持ち帰ってくれればいいんですがね」

 言いながら、男性は再び紙に視線を落とす。それは領主から送られてきた支援物資の納入品リストである。


 衣料や医薬品が50人分に保存食を中心とした食料品が200人分少々。加えて蝋燭などの日用品が300人分足らずと、町一つに対する支援物資としてはあまりに少ない。町の人口に対してまるで足りておらず、1日分にも満たない。


「幸い、食料品以外は何とかなってますからいいとして、田畑がやられたのはやはり痛いですね」

「農地は町から少し離れた場所に開拓してありましたからね。当時は守りに割ける戦力もありませんでしたから、どうにもならなかったと言わざるを得ないのですが……」

 ならず者達が攻め寄せてきた時、町の住人を守り、避難させるので精一杯だったのだ。

 あの時はそれがベストであった事も間違いないとゲトールは思い返す。


「欲、ですかね。町の人々にほとんど怪我人すらなかった事で喜ぶべきなんでしょうけども」

 苦笑混じりの彼に、町長もほくそ笑んだ。デュラハンゆえに本当にほくそ笑んでいるかどうかはわからないが、長年この町の住人であった男にはそう見えた。








――――――都市シュクリア、借家の執務室。


「ミミ様、次はどちらへ向かわれるのでしょうか? そろそろ今宵のお食事の買い出しに行きたいので、私も留守にする事になるのですが…」

 イフスに言われて、出かけの準備をはじめていたミミはハッとして窓の外を見た。もう空の青は赤みを伴いつつあり、夕刻が近づく頃合いとなっていた。


「あー、もうこんな時間になってたのね、気づかなかった」

 あまりに忙しいせいで、時間の経過と感覚が剥離している事を理解し、ミミは苦笑う。だがそれは何も多忙のせいばかりではなかった。


「あ…」


 パサリ……パサ……


「ミミ様、また抜け毛が…毛替わりの時期、少し早くないですか?」

 毛替わりする獣人系種族であるミミは毎年この時節に、こうして徐々に紫色の髪が白色の冬毛に生え変わっていく。だがその時期は前年までなら、もう2、3週間ほど遅い。


 今年の毛替わりの時期が早まっているのには心当たりがあった。


「あはは…ま、そういう時もあるんじゃない? そんなキッチリ決まってる事でもないし」

「………、ミミ様がそうおっしゃられるのでしたら」


「(うーん栄養失調かな、コレ? まぁちゃんと冬毛は生えてきてるし、大丈夫だとは思うけれども……)」

 魔獣の卵に大量の魔力を吸われ続け、ほぼ常に疲労状態にある今、並みの食事でも栄養不足が懸念される我が身。

 だというのに、領内の食糧事情の悪化が顕著な昨今、ミミと彼女に仕える者達も質素倹約を旨とした食事でこの厳しい状況しのいでいる。


 その結果が、この早い抜け毛に表れているのだろう。とはいえミミが魔獣の卵をそのお腹に抱えている事は誰も知らない。


「(まさか自分だけ食事量増やすなんてことはできないし、これは思ったより困った事になりそうかも。う~ん…)」

 先の反乱騒ぎで被害を被った町や村に支援物資を分配して送ったりはしているものの、送り先からすればいずこもスズメの涙ほどでしかないはずだ。不満の声が返ってこないのは、今の領内の事情を推し量ってくれているからだろうが、そんな善意も長くは持たない事はわかっている。


「ん。考えていても仕方ないかな、蛇の道は蛇、商人の事は商人に…と。じゃあイフー、ちょうどいいから一緒に来てくれる? たぶん買い物もできると思う場所に出向くから」

「買い物もできる場所、ですか? …ですが商店通りはまだ商売再開したお店などはなかったと記憶しているのですが」

「そっちじゃないよ、別のとこ…あぁ、イフーはまだあそこ(・・・)には行った事なかったんだ?」

 イフスが小首をかしげる中、傍に控えていたメルロが思い当たったように両手をあわせた。


「もし、かして、……あの、古い?」

「そう、たぶんメルロさんが思ってるとこで合ってると思う。あそこらへんは被害があまりなかったって聞いてるし、もしかすると商店が生きてる可能性があるからね。まぁそれをこれから確かめに行くんだけども」






「なるほど、この辺りは無事だったんですね」

 ドンがグルリと身体全体を回しながら辺りを見渡す。


 比較的狭く曲がりくねった路地に、密集しているこじんまりとした商店の数々。

 そこはかつて、シュクリアが今の発展を遂げ、規模拡大する以前の小さな村だった頃の往来の中心地であった古い商店街だった。


 現在のシュクリア全体から見ると町の中心より外れた南方部に位置し、一見すると薄汚れたボロ屋のようにも見える店も多い。

 そんな外観ゆえか、ならず者達の毒牙に晒されず、被害が軽微だったエリアである。


「荒らされた商店も少なかったからね。いろいろと物資の都合もこの辺りの熟練の商人さん達に頼んでたんだけれど、彼らは商店主だから大量の物流筋までは手が及ばないし」

 ミミの説明にフンフンと頷きながら耳を傾けるイフスとメルロ。一方でドンはこの場での目的を既に察していた。


「なるほど…商店の営業状況と、商品流通のチェック。加えて少しでもこちらが今不足してるモノの都合をつけられれば、ってぇとこですかね?」

「うん、ドンさん正解。といっても後半のは期待してないけどね。新しいほうの商店が軒並み被害を被ってる今、せめてこっちだけは早いうちに通常営業に入れるようにしないと、ってトコロが本命かな」


「確かに店舗そのものは無事のようですが、営業しているのかいないのかわからないようなお店が多いですね?」

 言いながらイフスが立ち並ぶ店を1つ1つ確認するように視線を流す。


 もう時刻は夕暮れ時に差し掛かり、こうも密集した通りの店では、中は暗くなってしまっているだろうにも関わらず、明かりが灯っている店舗は片手で数えるほどしかなかった。


「とりあえずは1軒1軒回って今の営業状態のチェックと、営業不可の場合は理由なんかも聞き取りしていかないといけないから」

「ですけど領主さま、こういうのって本来は町長とか町の行政の仕事じゃあ??」

 ドンの疑問はもっともだ。領主は領地全体に関する治政を行う者であり、街の事は街の自治体が担うものだ。


 しかしミミは、苦笑いを浮かべながら肩を落としつつ疑問への解答を口にする。


「今は立て直しにスピードが必要だからね。でも町長さんも町の行政の担当者も、街が制圧された時のケガで、ダウンしちゃってるし」

「そういえば動けるのは事務担当者だけと以前、町長も言ってやしたね」

 行政の中枢に勤めたとて、政治の知識や経験を持つ者は存外少ないもの。要するにいくらでも替えが聞く役職に従事していた者しか満足に動く事ができないのが、今のシュクリアの行政状態だった。


「少しづつ復帰しつつはあるけれどもね。おかげで2週間丸々復興業務が滞っちゃって、早いとこ手を打たないといけないのに、かなり遅れてるのが今って感じ」

 特に領内でも中心地となるこのシュクリアの立て直しは、領内ばかりか領外にも影響を及ぼす。

 アトワルト領におけるめぼしい都市は、事実上このシュクリアのみだからだ。特に領外からの商人の往来が途絶える事だけは最優先で阻止しなければならなかった。



「さて、夜になる前に手分けして終わらせちゃおう。イフーはメルロさんと一緒に、食料品関連のお店をお願い。ドンさんは武骨なところを、私は雑貨とか日用品関連のお店を回るから」

「わかりやした、任せてくだせぇ」

「かしこまりました。ではメルロさん、行きましょう」

「はい、…がん、ばります」



 古い商店街の中、各々散っていくのを見届け、ミミも足を進めた――――が



「っ!」

 1歩目でヒザがガクンと崩れ、一人いびつな石畳の上でその身を屈める。


「……あちゃあ、体感以上に……キてたみたい……。ふう、まいっちゃうなぁ」

 体力・気力の自己管理はキチンと行って、その上で仕事に従事しているつもりだった。この日もこの最後の聞き込み仕事まで十分にこなせる算段で動いていたはずだった。

 だが本人が想定していたよりも消耗は大きかった…あるいは大きくなったらしい。


「よっ、っと…。ふぅ、とりにかく回ってしまわないと。今日の踏ん張りどころっと!」

 気持ちで体力不足を補い、立ち上がる。ややおぼつかない足取りながらも、ミミは目的の店舗を一軒一軒訪ねては、聞き取り調査をこなしていった。





「…つまり、仕入れは遅滞こそしても、最終的にはいつも通りの仕入れは行えている、という事でよいのですね?」

「は、はい、おかげさまでっ。ま、まぁウチはこの通り、小さな店なので、仕入れ量が元々少ないですしっ」

 領主(ミミ)直々の聴取を受けてるがゆえか店主のオットーは、妙に上ずった落ち着かない声で受け答えしていた。


 ワイヴェルン(飛竜魔人)の彼はミミの倍近い立派な体躯の持ち主だが、その態度は萎縮しきってしまっている。


「落ち着いてくださいませ。店主を咎めに来たわけではありませんわ。街の復興に際して、現場の方の実情を知りたいだけですので」

「はっ、はいぃ。すーはー、すーはー……」

 深呼吸するたびに、吐き出された息が強く店内に吹き荒れる。対面して座っているミミの髪を何度もなびかせては、棚の上の軽い品物が1つ2つと転がり落とした。


「えーと確認いたしますが、大きく滞りある商品は地図の類と、携行保存食のみで、それ以外は遅れる事はあれど問題はなし、という事で間違いないですか?」

「は、はい。間違いありませんですっ」

 領主が直接訪ねてきて、緊張するのは理解できるが、それを踏まえても落ち着かなさすぎるオットーに、ミミは少し怪訝になった。

 妙な企みや後ろめたさを持っているような人物には見えないが、身分はともかくとして外見ではオットーの方が大きくていかつい容姿だ。



 種族的にもワイヴェルン(飛竜魔人)は魔獣産みの過程で生まれた突然変異でその強さは、獣人系弱小種族であるワラビット(兎獣人)であるミミを、見下して当然というくらいに差がある。


 にも関わらず、たかだか領主と一般人という身分的な差だけでいつまでも落ち着きがないというのは、いささか不自然に思えた。


「オットーさん、…何か、隠しておられるとか、そういう事はありませんよね?」

「へひっ!!? 何も隠し立てするような事はありませんよっ、ミ…りょ、領主様に対してそんなっ」

 先の反乱騒ぎでフルナ(狐獣人)カンタル(甲虫亜人)達、シュクリアへと潜入させた部下達からは、オットーは活動を支援してくれた協力者だと報告を受けている。


 なのでミミも体調が不調な今、ついつい気を抜いていたがもし何かあるのだとすれば注意しなければならないと気を引き締めなおそうとした、その時。


 …ヒラリ


「? これは」

「あっ!?! そ、それはっ!! ……そ、その…えーと…あの、そのですね」

 しどろもどろに慌てふためくオットーの様子から、彼が落ち着かない理由がその懐より落とした一枚の紙きれにあると理解し、ミミはすかさず拾いあげる。


 手の中でクルリと表に返すとそれは写真で、しかも被写体は自分自身(ミミ)であった。


「ん。この写真…」

「ひー、すみませんすみません!! これはその、なんといいますかそのっ」

「オットーさん、魔界の学園に通っていらしたのですか?」

「え? あ、えぇと、はい…そのまぁ…ほんの40年ほどの短い間だけなんですけど」

 ミミは、その写真に見覚えがあった。写っている自身の服装とアングルからして、友人がオフザケの盗撮ごっこのノリで後ろから撮ったものだ。


 撮られた後、学園内のミミのフアンに売りさばいて小遣いを稼いでいたなどと聞いた時には呆れたものだが、まさかこんなところでお目にかかるとは彼女も夢にも思っていなかった。


「うう、す、すみません。その…領主様のこんな写真をその、隠し持って…」

「そこは別に謝る必要はないと思いますよ? ですがこの写真……、学園で買われたという事はオットーさん、もしかして後輩なのです?」

「は、はいっ。ミミ先輩に憧れてた男子学生はいっぱいいましたから! ま、まさかご領主様になられて、この地に来られるとは思ってもいませんでしたけども…あ、す、すみません」

 ものすごく照れ臭くなる。周囲の同性の友人が、ことある事に自分の写真を撮っては一部男子に売っている事は知っていたし、売れるという事はそれだけ需要があるという事で、多少なりとも自分に人気がある事はミミとて自覚してはいた。


 が、改めて自分のフアンだったという者を前にすると、今度はミミの方が落ち着かない気分になってくる。



「まぁ……、とりあえずコレは大事にしてくださいね。結構値が張ったでしょうし」

 オットーに写真を返しつつ、商魂たくましかった学園時代の友人を思い返し、少し懐かしむ。



 果たして今頃、友人達はいったいどのような道を歩んでいるのだろう?


 そんな事を考えると、自分はまだワラビットとしては成人前の歳だというのに、なんだかもう随分と年齢を重ねてしまったような気さえしてくる。





 だが懐かしむミミを、ソレは容赦なく現実に引き戻してくれる。



 ドグンッ!!


「…―――ッッ!!」

 急激な魔力の喪失。

 身体全体がブレるような震動に見舞われる程、ひときわ大きな脈動と共に身体から魔力がゴッソリと失われた。


 オットーに写真を返すために腕を伸ばし、軽く椅子から腰をあげていたミミは、そのまま前のめりに倒れ、机の上に身体を乗せ上げた。


「りょ、領主様!??」

「……ふー、ふー……はー、はー…。だ、だいじょう…ぶ。ちょっと、ここのとこr…忙し…かったので疲れがきただけですから……はぁ、はぁ…はぁ」

 なんとか気力で立て直す。魔力は体力や気力とは異なるものだが、短時間であまりに大量に消耗してしまうと、体力や気力にも強い影響を及ぼす。


 強烈な疲労感にみまわれたり、場合によっては意識を失ったり死に直面する危険性すらあるため、魔力をあまりにも大量消費するような魔法の使用は、医学的にも悪しき常識としてよく知られている。


 もし気力がなかったらと思うと…ミミはゾッとした。今の一瞬で気を失い、大騒ぎになっていたかもしれない。


「オットーさん。申し訳ありませんが、この事は誰にも……内密にお願い致します。今は踏ん張り時ですので、…もちろん、二度とこのような事がないよう、きちんと休息は取るつもりですが」

 店の棚に並べた商品が大崩壊を起こすのも気にせず、自分を支えてくれているオットーに、ミミは疲れた表情ながらこれ以上心配させまいと微笑みを返す。


 しがない小さな店の主であるオットーにはそれに弱々しく頷き返し、わかりましたと短く理解の言葉を紡ぐ以上の事は出来なかった。







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