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第1章1 後始末は容易ならず

ここから第二編の始まりです。



―――――――領内の反乱騒ぎが終息してから、およそ1か月。



 アトワルト領、都市シュクリアの一角。一軒の小さな平屋に、彼女達はいた。



「う~ん……、この案件はどうしよう。あ、そこの文書はシュクリア町長さんにお願い」

「かしこまりやした、んじゃちょっくら行ってきます!」

 領主(ミミ)の命を受けて、丁寧に書類の束を脇に抱えると、ゴブリンのドンは速足で退室していく。身体の傷はすっかり癒えたらしく、その歩く姿には元気が溢れていた。



「ドンさんもすっかり元気になってるし、このまま順調に片付けて…とはいかないよね、はぁ~ぁ」

 ミミは深くため息をついた。そもそもなぜ領主の館ではなく、シュクリアの町中で執務に取り掛かっているのかというと…


「ミミ様、ただいま戻りました」

「おかえり、イフー。館の状況はどんな感じだった?」


「正直に申し上げますと、かなり悪い状態でした…。建物全体の原型は留めていたのですが…」

「ま、予想してた通りといえばその通りなんだけど、やっぱり修理の見込みはたちそうにないかな」

 アレクス達が占拠している間に、館が相当に痛んでしまい、とりあえず必要な物を持ち出しはしたものの、とても仕事を行える場ではなくなっている。


 イフスが確認してきたのは、より詳細な損傷度合いだ。修理修繕に向けた計画を練る上では欠かせないが、結果は予想通りだった。


「主柱が12か所歪んでいて、窓ガラスはほぼ全滅に、床に大小あわせて50箇所の穴……、階段の崩落の危険性は大で? 玄関扉は大穴が空いているっと……うわぁ、私達がはじめて来た時より酷い状態かぁ」

 報告書の紙を机の上に置き、顔をあげてミミは参ったねとうすら笑いを浮かべる。特に厳しいのは柱と骨組みだ。相当に痛んでしまっており、建物全体がやや歪んでいるのが目で見てわかるという。


 床や調度品、窓などは替えや補修がきくが、さすがに建物の根幹をなす部分がダメになっているのでは、どうにもならない。


 だからといっても今のミミには、新たに領主の住まいを建設する財政的な余力はない。





―――――――およそ3週間前。


「ふーむ……、確かにモノは良いのですが……」

 ジャックは少し苦い表情を浮かべながら顔を上げる。手にしていた宝石を山に戻すと、少し考え込む。


「全て買い取っていただくのは、やはり無理でしょうか?」

 仮設の大天幕の中に運び込まれた大量の袋の山。中身はすべて宝石や装飾品などだ。全て売りさばければその額は相当なものとなるだろう。しかし…


「ですね。御贔屓にしていただいているアトワルト候には申し訳ありませんが…」

 ミミにしても売れない可能性は低くないと覚悟はしていたが、実際にそうであるとなると落胆を隠しきれない。


 宝石や装飾品などの宝飾品の類はいわゆる贅沢品である。高額な値がつき、魔導媒体として物質的な価値もあるとはいえ、大戦後の復興ムードからまだ脱却しきれていない地上では、こうした品はなかなか売り手がつかないのだ。


 ウンヴァーハが拠出し、軍資金として反乱軍の元にあった大量の宝石や装飾品の山は、ミミの事前の(・・・)思惑通りに接収する事ができた。

 それは財政が厳しいアトワルト領を救う財となるはずだったのだが、肝心なところでお金に換えることができないという新たな問題にぶつかったのだ。


「(反乱軍も扱いに困ったんだろうなぁ、ほぼ手付かずだったみたいだし)」

 おそらくはアレクスもならず者達への報酬として、これらの宝石等を現物で支給する事で賄っていただろう。接収した宝の山に金銀貨幣の類がほとんどなかった事からも資金繰りに苦労していたことは容易に推察できた。


「魔界の方では、市場の流通はどのような状況なのでしょうか?」 

 それは一縷(いちる)の望みをかけての質問。地上はダメでも、魔界本土で売れるならば買い取ってもらえる。あるいは自分達で売りつけの手はずを整える事もできるかもしれない。


 …だが、ジャックは首を横に振った。


「残念ですが…先日、魔界で新たな宝石の鉱山が発見されまして宝飾品相場は現在、下落の一途をたどっていますね。今から持ち込んだとして、さほど変わりない結果となるでしょう」

「そうですか……」

 財政面の不安を解消できるはずだった一手も、フタをあけてみれば不発。

 無論、将来的に全て捌ければ大金を得る事はできるが、戦後および反乱騒ぎを経た今のアトワルト領は、まとまった目先の資金こそ必要だった。





「結局、なんとか全体の3%ほどを買い取ってもらったけれど、新しい館なりを建てるのに回す余裕まではないかなぁ…うーん」

 シュクリア町長の好意で今はこの平屋を借りれている分、仕事に差し支えはないものの、貴族領主ともなれば見栄えは簡単に笑い飛ばしてよいステイタスではない。


 執務に影響が出る出ないの話ではないのだ。恰好がつかなければ他の地位ある者が接触してきた際に甘く見られ、外交や会談で不利を得てしまう事さえある。

 特に今のミミは貴族階級でいえば中の下で、多くの他貴族からすれば下位となる者である。

 自領の立て直しと、領主としての身の回りの環境の整え直しは思いのほか急務であり、悩ましい問題であった。


「あのようなきな臭い商人でなく、他の商人に当たってみてはいかかですか?」

 トゲのある言葉。

 イフスがいかにジャックを嫌っているか、そのイントネーションにありありと現れていた。


「多分無理。むしろジャックさんのような商人だからこそ、まだ買い取ってもらえた方だと思う」

 それに対して苦笑いしたいところだが、ミミは努めて真面目に答える。


 実際、商人の買い取り能力とは、単純な財力のみでは決まらないからだ。

 彼らが商品を購入する目的は、それを他所で売りさばいて出た売買の差額で利益を得るためである。いくら購入時に値やモノが良かろうとも、売り先にアテがなければ購入金額分丸々マイナス。


 そのため、より幅広い交流と顧客およびルートを持つ者ほど、物品の買い取り能力も高い。

 その意味でいえば完全無欠に綺麗な商人ではなく、ジャックのような多少影のある怪しげな商人の方が、物を売りつける相手としては期待できるのだ。


 貴族社会に生まれ落ちたミミならば、清濁合わせて利用しなければならない事を理解している。だがイフスはというと、やや “ 濁 ” に対しては頭ごなしに嫌悪する傾向があると、ミミは改めて思わされていた。


「…ま、今の宝飾品市場の雰囲気だと、全部売れたとして額が振るわないからね。あーあ、財政の大幅改善のつもりが、アテが外れたな~……はぁ、投げ出したい」

 もちろん本心ではない。反乱騒ぎで忙しかった分、思いっきり怠けたいがそうもいかないために、ため息を代弁する冗談まじりの呟きである。




「(…ううん、怠けたいのはきっと身体がダルいからかな)」


 ミミは自分の下腹部をかるくさすった。なるべく顔には出さないようにしてはいるが、このところ毎日の疲労感が凄まじい。

 風呂に張った水が栓を抜かれてドンドン流れ出ていくような感覚で、全身から魔力が失われていく。それが寝ても覚めても、仕事をしていようが風呂でくつろいでいようがおかまいなし。


 ほぼ常時、上下の波もなく淡々と大量に魔力を奪われ、今すぐにでもベッドに飛び込んで、そのまま泥のように眠りたいと思うほどの疲労感を彼女に強制しているのだ。


「(まったくしょうがないコだなー。とんだ大喰らいだねキミは?)」

 疲労感の増大と共に、日に日に大きくなっていくのが実感できる魔獣の卵。


 反乱騒ぎが収まった頃はまだ小指大だったはずが、今では指先3本分程度まで成長しているのがわかる。魔獣の種類や育ち、個体差によってどこまで成長するかはバラバラだ。


「(……まさか、あのスレイプニルのコみたいな大型の魔獣だったりしないよね?)」

 メリュジーネに届けられるはずだったスレイプニルの子供は、メリュジーネ本人の依頼で、教育を施すという名目でしばらくはシャルールが預かる事となった。


 あの魔獣を生んだのは、かの淫魔族の名高き長、クスキルラ=ルリウスだと言うが、はたして自分に同じような大きさの魔獣を産めるだろうかと、ミミは軽く不安を覚えて両肩を震わせる。


「(……ありえる、かも。元々はあのエロ狼(・・・)の種だし……、魔王様がイタズラした可能性だって……うん…あるなぁ、おおいに)」

 魔獣産みは卵生だ。

 分娩でない分、子宮にも産道にもかかる負担は小さい。だが、小さいだけでまったく負担がないわけではない。


 卵があまりに大きく育てば当然母体は苦しむ事になるし、ましてやミミは小柄な種族。産卵の際の苦痛は避けられないだろう。


「(…やめよやめよ。今からそんな心配してても意味ないし! もう抱えちゃったんだから、ウン、前向きに考えないとッ)」

 100%魔獣を得られる――――それはミミのように自らの手駒に不安を抱える弱小領主にとっては、凄まじい恩恵である。

 成功が確約されていると思えば将来の苦痛も現在の魔力消耗も、すべて必要な投資として割り切れた。




「そういえばイフー、ラゴーフズさん達は?」

 手駒、という言葉で思い出すのは我ながら失礼だったとミミは心中で謝りつつ、イフスを伺う。


ラゴーフズさん(竜姿亜人×ナーガ)エイセンさん(狼獣人)は私と共に帰還しております。今は私室待機と申し付けておきましたので、そちらにいるはずですが」


 ラゴーフズ―――元反乱軍のならず者で、ドラゴマン(竜姿亜人)ナーガ(半人半蛇)の混血の男性だ。見た目はほぼドラゴマンだが、尻尾にナーガの血が表れていて、長く太い。


 エイセン―――元反乱軍のならず者で、ワーウルフ(狼獣人)の男性。獣人系種族として考えると、だいぶ落ち着きのある性格で何をするにしても自分のペースを崩さない感じだ。


 どちらも改心し、反乱騒ぎの途中よりミミに従ってきた者達だ。


「元犯罪者…加えて反乱加担の罪とはいっても、安くコキ使うのには、ちょっと気が引けるけど、今は助かるからなんか複雑な気分」

 かねてからの人手不足にいまだ解消されない資金難。その両方を考えた時、彼らはちょうどよい存在であった。

 実際、ラゴーフズ達改心組は、先の反乱とこれまでの前科への罰ということで薄給での奉仕が義務付けられており、ドンとメルロに支払う給金の1/3で雇用している。


「本当に大丈夫ですかミミ様? 改心したとは言いましても素性に問題のある者をお召し抱えになって??」

 “ 黒 ” を良しとできないイフスの性格からすれば、その懸念は当然だろう。優しく寛容な処分を下して後で恩を仇で返されたなんて前例は、数えればきりがないほど世の中に散らばっている。


 しかしながら実際に領内を共に駆けたミミには、彼らの人となりはそれなりに理解していた。

 もっともそれをイフスに説明したところで納得はしないだろうが。


「んー、彼らの過去を詮索してもキリないしね。それに、それを言ったらドンさんとかもそうなっちゃうし」

 ドンが元犯罪者であった事を思い出し、それを引き合いに出すことでイフスに理解を促す。

 もっとも、それで完全には納得しないだろう。ドンの時はメルロという存在が傍にいた事で彼女を通し、過去からの脱却と浄化がなされていると見る事ができたからだ。


 しかしラゴーフズ達には、改心したという確たる証拠やそう考えられるようなナニかはない。


「……今しばらくは要警戒、という事で。ミミ様もあまり油断なさらないでくださいね」

 イフスはとりあえず、時間の経過とこれからの彼らの言動にて判断するという事で今は納得する事にしたらしい。

 ミミは軽く口元を緩めた。ただでさえ公私ともに大変な今、自分の下についている者同士で諍い(いさかい)など起こされたりしたら、たまったものではない。




「あ、要警戒で思い出した。といっても警戒が必要っていうわけじゃないんだけれど……イフーに彼らの内、一人を直に面倒見て貰おうと考えてたんだ」

「? 面倒を、ですか? 何か問題のある方なのでしょうか?」

「ううん、そういうんじゃなくって、能力的にイフーやメルロさんと組むのが一番かなって思っててね」

 そう言って、ミミは紙を1枚イフスに手渡した。


 カンタル――――元反乱軍のならず者で、ビートルマン(甲虫亜人)の男性。大柄ながら見た目以上に俊敏、寡黙で懐の広い性格。



「カンタルさんは経歴上、違う意味でメルロさんに似てるところがあるし、結構常識人で普通の人っぽいけど、ちょっとその辺の闇が心配でね」

「……。復讐、ですか…確かに不安な一面をお持ちの方のようですね」

 ミミは改心組全員と丁寧な面会を行っている。当然その際には、彼らの事を根掘り葉掘り聞き出しているわけだが、このカンタルの経歴には特に不安を覚えていた。


 ならず者に身を落とす経緯は様々だが、彼の場合はやむなくそうなっていたところがある。というのも彼は……



「貴族の遊びで家族を殺されてる…っていうのは色々と重いねー」

 ミミはあえて軽い口調で言葉を結んだものの、イフスの表情は難しいままだった。大切な人達を殺された事に同情したのだろう。だが、ミミはもっと深い懸念を感じていた。


「今後、その貴族と遭遇したり接触したりした時、カンタルさんの闇が深いままだと……ちょっとね」

 その言葉を聞いてイフスはハッとする。彼女とて魔王に仕えていたメイドだ。貴族社会の難しさはある程度理解に及んでいる。


 仮にその復讐相手の貴族とやらがミミよりも下位の者であれば、ミミ自身の地位でもって魔王に奏上し、穏便ながらにカンタルの積年の恨みを晴らせてやれる方法はいくつかあるだろう。


 だがもしも上位の貴族であった場合は厄介だ。

 

 下手に過去の罪を追求する事はできないし、カンタルが相手を目の前にして暴発でもしようものなら非常に厄介な事態に陥る。それこそ先の反乱騒ぎなど比較にもならないほどに。


「わかりました。可能な限りビシバシこき使って、妙な考えが起こせないくらい、彼の心を掃除してしまいますね」

「……イフーって最近さ、ちょっと言葉遣いがあら―――柔らかく(・・・・)なってきたよね」

 荒くなった、と言いかけて言い直す。これはこれでいいことだ。初めて会ったころの堅苦しい態度と言葉遣いと比べて、よほど気楽に接する事ができる。


 ミミは疲労困憊の我が身が、少し癒されたような気がして思わず微笑みをこぼした。







―――――領主の館。


 痛んでボロボロになっているその建築物を、3人はただ漠然と見上げていた。


お嬢(ミミ)の言いつけ通り、大方の物は運び出し終えたが、まだ残っているのか?」

 ハーフハウンド(半人半犬)のハウローは、腕を組んで2階のあたりの窓へと視線を上げた。

 ガラスの割れ方に統一性はなく、占拠していたならず者たちが都度その時の気分で破壊していたであろう事が伺える。


「ヒュドっちが最後の確認してるよッ。…もうさすがに私達が中に入るのは危険だし」

 言いながらワーフォックス(狐獣人)のフルナは、仲間が入っていった玄関に空いた大穴の方を眺める。だがまだ何者かが出てくる気配はなかった。


「やっぱり俺も一緒についていった方が良かったッスかねぇ? ヒュッドさん一人じゃ、何か見つけても運び出せないんじゃないッスか?」

 ひと際大きな体躯のシャドウデーモン(潜影悪魔)のノーヴィンテンが、その見た目に反する語り口調で心配そうに館全体を眺めた。

 彼らは館内の細々とした物品を可能な限り運び出すようミミより仰せつかっている。だが、ただでさえ痛みの激しい建物は徐々に軋みを増し、倒壊の危険性が高まりつつあった。


「あっ! 帰ってきたよッ! おーい、ヒュドっちー」

 3人の視線が集まる玄関の大穴より、ニュルリと30cm大の蛇が這い出してくる。一度後ろを振り返り、館の様子を伺ってからそのまま3人の元まで這ってくると、そこで一気に190cmほどの長身の人型へと変化した。


「ふー、ますます危なくなってきたのぜ。もう中に入るのは無理だと思うのぜ」

 スネークマン(蛇亜人)のヒュドルチは、片手で頭を軽くおさえ、左右に首を振り、尻尾も連動して振るう。蛇形態への変身は彼の生まれ持った特殊能力ではあるものの、その負担は小さくはない。


 ギリギリまで粘って探索を続けたのは、領主(ミミ)に対する忠誠ゆえだった。


「もう運び出し忘れているものはなかったか?」

 ハウロー(半人半犬)がハンドタオルを差し出す。それを受け取ると、ヒュドルチ(蛇亜人)は自分の全身に付着した埃を拭い払い出した。


「なかったのぜ。…というより、残りはクローゼットやタンスのような重い調度品ばかりで、建物の状態を考えると、運び出しは不可能なものばかりなのぜ」


「仕方ないねー、アトワルト様も無理はしないでいいって言ってたし、ボク…あ、(わたくし)たちも、そろそろ引き上げましょっ」

 フルナ(狐獣人)の提言に、致し方なしといった様子で他の3人もうなずく。そして振り返り、物品の山と向かい合った。


「そうは言っても、だいぶ運び出せた方じゃないッスかコレ?」

「ラゴーフズとエイセンをルオウ殿(イフス)の護衛で先に帰らせたのは失敗だったかもしれんな。この4人でシュクリアまで運ぶのは骨が折れそうだ」

 ノーヴィンテン(潜影悪魔)ハウロー(半人半犬)はどちらも運搬作業は苦手だといった雰囲気をにじませる。


 ノーヴィンテンは4人の中で一番の体躯の持ち主だが種族柄、他人の影に潜んで移動するケースが多く、見た目に反して物を運ぶ作業は不得意であった。

 一方のハウローも、脚には自信があるが体力面が弱く、持久的な作業を苦手としていた。


「仕方ないのぜ。フルナ、館から剥がれ落ちた壁材が外側に結構落ちてたので拾ってきて欲しいのぜ。それで簡易荷車を作って運ぶのぜ」

「わかった、お任せだよッ!」

 彼女がひらりと身をひるがえすと同時に、豊かな毛並みの尾が弧を描く。フルナ(狐獣人)は機敏に駆けていった。

 一方でヒュドルチは、山と積んだ品々に手を伸ばし、一つ一つ分類分けしはじめる。


「ノヴィンはそっちの、中くらいの箱に割れ物を詰めてほしいのぜ。ハウローには袋物をまとめてもらって……俺は荷車に乗せる必要がある物を物色するのぜ」

「了解ッス」「わかった、手早く終わらせよう」






――――――シュクリア北門。


 先の戦いで崩れた北東の外壁の修復が始まっている傍を、メイド服姿のメルロが早歩きで駆けていく。美しい緑髪が流れるその姿を工事に携わっている男達は思わず目で追った。


「あんな美人さん、いたっけ??」

「知らないのか? 領主様のとこのメイドさんの一人だよ、あの人」

「はー、マジか…。いやースタイルもすげぇし、たまんないな」

「けど、あんなに急ぎでなんだ? 領主様のお使いだと思うが……何かあったのかな?」


 実際メルロは、ミミの命を受けて外壁修復の現場に急行していた。


「よーし、そこの石材はそれでいいぜ。そっちのは…あー再利用は無理だなそりゃ、砕いて別んとこに使っちまおう、…お? どうした別嬪さん、何か連絡事かい?」

 現場で作業の指揮に当たっていたのはザードだった。何かと大変な状況に彼からミミに手伝いを志願し、ここに配属されていた。


「…ミミさま、が…、申し訳ない…のだけれど、お金の、工面が…つかない、から、その…新しい、…」

「新しい建材の仕入れは厳しいって事だな? オーケーオーケー、そいつぁこっちも予想してたぜ。今なるたけ再利用可能なモンをガレキの山から取ってる最中だ。完全に元には戻せやしねぇだろが、なんとかやりくりして最低限は仕上げて見せるっつーといてくれるかい?」


「はい、わか…わかりました、そう伝えます」

 メルロは少し目を丸くした。偏見があったわけではないが、ザードは見た目にどちらかといえば現場指揮よりも直で力仕事をするようなタイプだと思っていたからだ。


 しかし、思いのほか機転もきけば頭も回る上、まだたどたどしい口調のメルロの言葉の先を察っし、理解できるだけの頭の良さもある。

 なんだかドンを大きくしたような人だなとメルロは思い、少しだけ口元を緩ませながら来た道を駆け戻っていった。



「ふー…ま、予想はしてたけどな。つーても…うーん、簡単じゃあねぇかな、こりゃあ…」

 実際、ガレキの山から発掘した再利用できそうな石材の数はいまだ少ない。

 しかしガレキの撤去はもう全体の1/3は完了している。なんとか知恵を回さなければと考えかけ、ふと何かに思い至って沈黙したかと思うと、ザードはいきなり笑い出した。


「ガッハッハッ! やるじゃあねぇか、領主の嬢ちゃん。俺の気質なり能力なりを見抜いての采配ってわけか。面白れぇ、こりゃ期待以上の成果をあげて、ビックリさせてやらねぇとなっ」




「…で、やりくりを、して、なんとか頑張ってみせる、とおっしゃって…いました」

「ん、ありがとねメルロさん。まぁ、最近は野に危険な魔物の姿もないし、反乱騒ぎのおかげでこの辺りの犯罪者やならず者の類もほとんど一網打尽になってるから、外壁の修理はそんなに急がなくてもいいし。ザードさんなら上手くやってくれそうね」

 ミミの言にメルロはコクリと頷く。間近で見たザードの仕事ぶりは、彼女も認めるところがあったのだろう。


 報告を聞き終えて、ミミは椅子から立ち上がった。


「メルロさん、帰ってきてすぐになって悪いけど、もうそろそろドンさんが町長さんのところから帰ってくると思うから、来たら3人で次の現場に向かおう」

「だい、…じょうぶです。がんばり、ます」

 





 ――――シュクリア広場から東に1区画、店舗が密集する商店通り。


「グチャグチャだな」

「これを片付けるのは骨が折れそうだが…やるしかないか、フゥ」

 彼らはシュクリアの住人だが、復興に際して領主に名乗り出たボランティアだ。自分達の街なのだから出来る限り手伝わなくては、という良心から志願。

 …したは良いものの、実際に荒らされた現場の酷さを目の当たりにして早くも心が折れそうになりながらも作業にかかってゆく。


 先に細々と作業を行っていた当の荒らされた商店の主たちは、手が増えて助かると微笑む。だがどこか疲れた様子で、板きれや破損し転がって価値を失った商品の成れの果てを摘まみ上げていた。


 そんな黙々と散乱していたものを片付けていた彼らの元に、ミミ達はやってきた。


「あ、領主様だ! おーい、皆、領主様が来てくださったぞー」

 人々は手を止め、一斉にミミ達へと視線を向ける。そこに込められているのは、今後の対策…特に損害に対する恩赦措置(・・・・)への期待であった。


「(どうするんですかい、領主さま? こりゃあ聞いてた以上ですけども…)」

 ドンが小声で聞いてくる。実際のところ、ミミも想定以上の被害模様に少し困っていた。


 元より恩赦の措置は講じるつもりではあったが、財政カツカツなアトワルト領としては、あまり金銭的出動はしたくない。

 少なくとも税制優遇などの措置は取らざるをえないが、それだけで終わってしまうと領主として、税収減というマイナスのみを一方的に(こうむ)ってしまう事になる。


「(ん。とりあえずは予定通りに進めるしかないかな)…皆さん、お疲れ様です。まずは散らばった品々やお店の破損物を回収し、せめても道を通れるようにする事が第一ですが……、問題はその後の、お店の復旧と整理なのですが」

 実際にそうなっているわけではないが、ミミが “ お店の復旧 ” という言葉を口にした瞬間、数人の耳が大きくなった気がした。恐らくは商店舗の主たちだろう。


「被害が想像以上に及んでいます。まず来年度以降の店舗経営意欲のある方、およびこちらの指示に従い、店舗を再開する区画整理に協力していただける事を前提の条件としました上で、被害に遭われた方の本年度税金は、全額免除いたします」

 即座に何人かが歓喜の声をあげた。ある程度はそういった措置を取ってもらえると確信していたのだろう。拳を握って軽くガッツポーズを取る者までいる。


 だが、それでは彼らのみにしか恩恵はない。

 そもそも、商店ではなくこの商店通りそのものを復旧する事が目的の措置だ。ミミはそのための言葉を続ける。


「ですが、該当する店舗経営の方々にお願いがあります。店舗再開以後、小売り相場の3割引きでの商品販売を行ってほしいのです。もちろん常にとは申しませんが、街の復興の一助としてお願いしたいのです。具体的なお話は後日、免税措置の話も含めた書面による通知を行いますので、よろしくお願い致します」

 今度は先ほどとは別の人々の喜びの声があがった。

 この通りに出店している店はいずれもややお高めの品を扱っている。一般人の暮らし向きからすれば、特別な日に少し奮発するぞ、といった際に利用される水準(レベル)のお店ばかりだ。


 そんな商店が軒並み割引きセールを行ってくれるのであれば、多くの消費者の購買欲を刺激する事は間違いない。


 ミミの発言を聞いた直後こそ、当の商店主たちはやや顔を曇らせたものの、すぐに打算が頭の中を駆けたのだろう。

 安売りは気が引けるが客が増加するのであれば十分に元が取れる可能性に至ったようで、すぐにも商売人魂にやる気の炎が燃え上がり始めていた。





「本当によかったんですかね、税金免除の件は?」

「ん、正直かなり痛いけどね。その条件に、経済を回すための割引セールの半強要と区画整理協力の件を取り付けられる。こっち主導で上手く結果をだせれば長期的にはプラスにする事もできるし」

 次の現場に向かう途上、ドンとミミは今後の復興と直面している問題を中心に会話をかわしている。

 同行しているメルロとてそれなりに聡明な女性なれど、一般人の出である彼女にはさすがに政治の事まではさほどわからない。

 なので二人の後ろに続いて歩きつつ、なるべく多くを学ぼうと真剣に会話を聞いては自分でも色々と考えてみたりしていた。


「あ、の……領主さま。質問しても、いいでしょうか?」

「いいよメルロさん。何?」

「他の商人の、方々や、…その、他の街や村も、同じよう…に免税…するのでしょうか??」

 その質問に、ミミとドンが顔を見合わせる。そしてドンの方が口を開いた。


「いや、そいつぁできねぇんだ。もしそれをやっちまうと、かなりマズイ事になる」

「?? でも、…他の、方々は…妬んだりしない、のでしょうか?」

 メルロは、免除される者とされない者がいると、されない者の不満が募るのではないかと思った。その疑問はミミの答えで解消される。


「メルロさんの懸念も最もだけどね。まず、領内の商人全部免税にすると今度は商人じゃない人が不公平だー、って事になるでしょ? それにウチの領内で商人の免税を行うと他所(よそ)から商人が集まってきちゃうの、免税目当てで」

「そうなっちまうと、領主様が他の領主の方々に睨まれかねなくなっちまいますしね。競争の向きがある一方で、バランスも大切になってくるんだ」

「加えて、確かに一部商人だけ免税って優遇されてるように見えるけど、そのためにこちらからも条件を出してるからね。一部を丸々贔屓にしちゃってるわけじゃないから、そのあたりは他の人たちも理解してるし、少なくとも表立った嫉妬や不満はないんだよ。…心中でどう思っているかはまた別だけどね」

 ミミとドンが交互に説明してくれたおかげで、メルロの表情に理解の色が灯った。

 とはいえ、やはり少しでも匙加減を間違えると危ういものがある話だ。


 政治って難しくて大変なんだなと、メルロは自分の中の為政者と呼ばれる人々への認識を改めていた。










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