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第6章5 犠牲 ー白いうさぎー



―――――サスティより東に5km、街道近くの平原。


 雑草が生い茂り、平原というには手入れが行き届いていない野放しな場所だ。しかし今のミミ達にはすぐに身を隠せる場所に事欠かないゆえ、好都合だった。

「しかし大胆な手を打ちなさる、姐様は」

「? シュクリアの事でしょうか?」

 ワーウルフは頷き、言葉を続ける。

「はい、“ その時 ” が来るまで、何人かを町の中に住まわせるだなんて」

 そういって肩をすくめる彼に、微笑みをこぼしながらミミは答えた。

「貴方達が向こうの仲間だったからこそ思いついた手です。仮に見つかったとしても、リジーン部隊とプライトラ部隊の間で、緻密に死傷者の情報を交換しているとも思えませんから、皆さんでしたらお仲間として疑われないでしょうし」

 彼らは元プライトラ隊の所属だ。

 プライトラの元に戻るとなると、あの魔法――<世に隠れる暗黒面シャドウ・ストーカーズ>――で死んだと思われている以上、生きてのこのこ戻ったなら、いろいろと追求されてミミ(術者)の存在まで聞きだされてしまう可能性があり、非常に危うい。

 だが諸々の事情を知らない他部隊ならば接触してしまっても簡単に誤魔化せる。


「しかし驚きッス。アトワルト様が、リジーンやプライトラの事を知ってらしたなんて」

「面識があるわけではないですよ? 情報として知っている、という程度です。他にベッケス、バヴォックといった者の名も存じてますし、おおよそではありますがどのように別れてどこに、誰が、どれほどの戦力を持って行動しているかなどは情報徴収源(バランク)より得ているだけです。さすがに詳しい人となりなどまではわかりません」

 だがそれだけでも驚愕の事実だ。敵勢力の動きを丸々把握しているというのは、非常に有利である。

「すげぇ…いや申し訳ないです本当に。お嬢を侮ってやした…」

「情報は大事ッスからね、さすがっス!」

「…それを活かせるかどうかは別問題ですけどね。実際、こちらが後手後手なのは間違いありませんから」

 あまりにも手持ちのカードが少ない。いくらわかっていても、未然にそれに対抗するものを持ち合わせておらず、後からこんな小細工ばかりを設置していく…そんなゲリラ戦法まがいの事くらいしか出来ないのがもどかしい。


「それで姐様。ここからどうするんです? 計画通りであればサスティには今頃、ベッケス隊の連中がいるはずですが…それをかわして一体どちらへ…?」

 当初、元ならず者達は、ミミの次の目的地はサスティだと考えていた。しかし肝心の町は遠巻きに見ながらの北方を東へと通過し、現在に至る。

 しかも街道を進むのではなく、街道の側を隠れるようにして東へと向かい続けていた。

「……まずは、“ 最後の仕上げ ” のために、確認しなくてはいけない事があるんですの」

 声を潜めて呟くように答えたミミに、元ならず者達は互いに顔を見合わせる。だが次の瞬間、ミミの長い兎耳がピクンと動き、次いで瞬時に折りたたまれたかと思うと、彼女は彼らに向かって片手を伸ばす。その場にて足を止め、手先を下に向けてしゃがむようジェスチャーを取った。


「「「?!」」」


 様子からただ事ではないと感じ取った彼らは、指示通りに慌てて身を潜める。シュクリア潜伏担当に数名を置いてきて現在、ミミに付き従う人数は3人。少数になったとはいえ、見つかるのは依然としてマズイ。

「お嬢…一体なにが…」

「しっ。お静かに……。……来ましたね、想定通りですわ」

 ミミは街道の、西方へと視線を向ける。茂みに身を隠したまま、彼らも彼女の視線の先を伺った。

「! …あれは……。……お知り合いですか、姐様?」

 元ならず者の3人は思わず声をあげそうになるのを我慢した。街道を東進してきた一行はかつての仲間達。だがその集団の中央に、見慣れない…無残な姿の女性の姿があった。

「……雇っているメイドですわ。…やはりメルロさん…(わたくし)の身代わりになってしまいましたのね」

「! アトワルト様の影武者ッスか?」

「……命じたわけではないのですけれど、ね。こうなる事は兼ねてより想定していましたが…」

 改めてメルロの様子を伺う。おそらくは見せしめのためだろう、車輪をつけた木製の、大きな木枠に吊り下げられている姿は無残の一言に尽きる。

 力なくうな垂れた頭、綺麗な緑の髪は痛み、ミミが支給したワラビット族のメイド衣装はもはや原形を留めていない。

 肌は露出し放題でかろうじて局部は隠れてはいるものの、全身にくまなく付着している “ 汚れの種類と生々しさ " からして、ここに来るまでの間に何度も(なぶ)られたであろう事は容易に想像できた。

「……羨ましいですか? 元の仲間の方々が?」

 ミミは、少し意地悪な質問を投げかける。

 おそらくはならず者としては正しい在り方ともいえる “ 美味しい思い ” をしているであろう、メルロを護送している連中は、見ればどいつもこいつもハツラツとして、それでいて下品な欲が存分に満たされたという嫌な笑みを浮かべている。

 メルロがどんな目にあっているかは、言葉にしなくとも元ならず者達にも理解できているはずだ。下賎者の性欲を、存分に満たしたであろう元仲間達の姿を見て、彼らは一体何を思うのか?

「……お言葉ですけどね、お嬢」

「なんでっスかね? こんなにも反吐が出る気分は初めてッス」

「羨ましくともなんともない…不思議なくらいですよ、かつてはあいつらと同じだった事が信じられない。昔の自分が途方もなく恥ずかしい気分です、姐様」


 彼らがかつての仲間達を見つめる視線、そして浮かべる表情は――不快と憤り。


 それを見て、ミミは静かに目蓋を伏せ、微笑を浮かべた。

 アレを目にして欲情するな…とまでは言わないが、正しい憤りが欲を押しのけて前面へとしゃしゃり出てくるのであれば、これから先も信用するに値し、そして十分に “ 任せる ” ことができる。

「(ここから先は賭け……。~はぁ…ふぅ~……)」


 深呼吸、心も体も両方で深く深く…。


 ミミの計画の上で彼女自身が行うは、これから待ち受ける最後の仕事のみ。後は自分以外の歯車が上手く回ってくれるのを祈るのみ。

「(バランク一味は、護送途上でメルロさんの耳と尻尾が本物でない事を知って、今は本物()を探して血眼になって領内を走り回ってる……)」

 かつてシュクリアで仕込んだ魔法の効果は上々で、今をもってなお彼女にバランクからの情報を垂れ流してきてくれている。

「(けれど、私を捕縛する手柄を手にしたい彼らは、他の隊に軽々しく、捕えた領主はニセモノだったから本物を探すのを手伝え、なんて要請は出来ない…)」

 これは非常に大きかった。捕えた領主がニセモノだった、と伝わると、アレクス革命軍は自分(ミミ)を探しだすべく、全軍にて警戒レベルを引き上げ、捜索と捕縛に取り掛かった事だろう。そうなっていたら、ここまで動き回る事は出来なかっただろうし、諸々の工作活動(仕込み)も困難を極めたに違いない。

「(彼らはメルロさんをあくまで領主()として扱いながら、本物の私を捕まえるべく、自分達だけで動かざるをえない…)」

 バランク一味がそのまま空回りし続けてくれれば、非常に助かる。

 しかし、それもここまでだ。

  彼女だけは、自分が助け出しておかなければならない。たとえバランク一味の無力化を終わらせてしまう事になったとしても。

「(メルロさんは、あくまで領主の館へ敵の一勢力の釘付けと時間稼ぎ、そして最悪のケースとして領主を捕えた、と一時思わせるための囮役…。その役目はもう十分…、これ以上酷い目には……)」

 遭わせられない。

 正直メルロさんは、雇用する時点でかなり躊躇われた…こうなる事が想像できていた者としては。故にミミは、心の中で多大な感謝をメルロに送り、同時にドンに謝罪する。

「(ドンさんは、ムームさんがマグル村に連れて行っている…けどゴメンなさいドンさん、メルロさんとはもう少しの間、会わせてあげられないの)」






―――――シュクリアの北方、北街道へと向かう途上。


「おー、ドンドン、よく寝てるー。今の内に手当てするのー」

 ムームは街道の側に見つけた座りやすそうな石の上に腰を降ろして落ち着いた。

 そして自分のお腹の中を変形させ、無数の小さな手を内側に作りだすと、傷薬の小瓶を外から自分の腹に突っ込んで、その手に渡した。

「ミ~ミィから貰ったクスリー。傷に塗り塗りする~♪」

 シュクリアの状況から薬を入手するのが困難と判断したムームは、困りながらも町を後にしようとした。だが、そこで遭遇した一行。その中のウサミミの少女から貰った荷物の中に詰まっていた多くの医療品の一部を取り出し、辺りに並べていく。

「次コレー、貼るぅ~。そしたらコレー、巻くぅ~」

 自分自身なのに、まるで他の誰かとやり取りするかのようにガーゼや包帯を腹の中の小さな手達に渡しつつ、ムームは時折水の入った瓶を手に取り、自分の口に運んだ。

「おー、ミーミィがくれた水~、おいしいのー。ングッングッ」

 スライム族ゆえに、他種族と比べると摂取する栄養として水分の重要性は高い。とりわけ質のよい水は、まさにご馳走だ。

 破顔し、ほころぶような笑顔。つい変身が解けてしまい、頭だけムームのデフォルトの姿に戻ってしまう。

「おー、変身とけたー。ついテンションがあがっちゃったのー。んしょ、んしょ」

 腹の中でドンの治療を進めながら、自分の頭をこねくり回して頭部の変身をやり直すムーム。別に手でこねまわす必要はないのだが、なんとなくハイな気分になって、彼女はそうしたい衝動に駆られていた。

「んー、これでオッケー。ドンドンもオッケー。じゃ、そろそろいくーぅ」






―――――ドウドゥル駐屯村前。


 ミミ達はメルロを護送する一行を尾行し、ドウドゥル駐屯村の入り口付近まで来ていた。

「どうするんです姐様? てっきりあの女性を助けるものかと思ったんですが」

 ワーウルフが不思議そうに訊ねてくる。

 道中、ミミはメルロの護送小隊に手を出すことなく、ただただ静かに尾行し続けただけで、そのままここまで来てしまった。しかもドウドゥル駐屯村の中へ入っていく連中を見届けているだけで、いまだ行動を起こそうともしない。

「メルロさんを確実に助けるには、少し準備が必要なんですの。そのためには、落ち着いて安全な場所を確保しなくてはいけませんでしたから」

「…なるほど、あの女性がどこに連れて行かれるのか、しかと確認する必要があったわけですね、お嬢」

 もっともミミは既にここ、ドウドゥル駐屯村に連れてこられるであろう事は確信していたのだが、あえてそしらぬ風を装ってハーフハウンドに頷いて見せた。

「そしてこの草むらの裏…、ここならば、入り口から死角になりますし、まず見つかる事はないはずですわ。 “ 距離 " の方も…うん、おそらくギリギリですが、なんとか…」

「距離ッスか? 一体何をなされるつもりなんで??」

 ミミは訊ねてきたシャドウデーモンの方を振り返り、しばし影の中の瞳をじっと見つめる。

「え? え、な、なんスかアトワルト様?? お、俺っち何かマズイ事、言ったッスか??」

 彼女が考えていたのは、彼の扱いだ。このまま自分の影に潜ませて同行させるのも手ではある。いや、むしろそうした方が、この後のミミの安全性は飛躍的に高まるし、メルロを救出して自身も無事に帰って来れる公算が高まる。


    ――だが、“ それではダメ ” なのだ。


「…貴方は私の影から出て、ここで待機していてください」

「りょ、了解ッス…」

 言いながら、ミミは草の生い茂る地面の上に、何かを描きはじめる。それは魔法陣だった。魔力を込めた指先で描きつつ、ブツブツと文言を唱える。

「……<不都合な瞬間移動(プアー・ゲート)>。これで、よし…っと」

「魔法? 姐様…これは一体」

「転移の魔法です。といってもひどく脆い、簡素なものですけれど。…では皆さん、よく聞いてください」

 ミミの声色に真剣味が宿り、彼らは一様に身を正してしかと聞く姿勢を取った。

「私がメルロさんを助け出し、魔法でこの位置に転移させます。メルロさんの体が現れたなら、皆さんは彼女を連れて直ぐにここから逃げてください。逃げる先はガドラ山です。くれぐれも追っ手を引き連れないよう留意してくださいね」

「えっ! お、お嬢みずから乗り込むつもりで!?」

 しかしそんな驚きの声に構わず、ミミは話を進めた。

「ガドラ山の中腹に、私が作っておいた避難場所がありますわ。そこにサスティやウオの住人の皆さんが既に避難しているはずですの。彼らと合流し、メルロさんに治療を施して…」

「ちょ、ちょっと待ってくだせぇ。それは…お嬢を…領主様を置いていけ、という事ですかっ?」

 その問いに対して、ミミは静かに頷いた。微笑み一つなく、至極真剣な表情で。

「そんな! アトワルト様を置いていけるワケないッス!!」

「いいえ、置いていってもらいます。ここから皆さんは、メルロさんを確実かつ絶対に守りきるために尽力していただきたいんですの」

 そんな事できないと食いつこうとする3人を制し、ミミは続ける。

「ここからが重要です。まず間違いなく、私は連中に捕まる事になると思いますわ。…ですがそれは計画の内なんですの」

「い、いやいやいや、わかってますよね姐様!? お、俺らが言うのもなんですが、連中に捕まるって事がどういう事か?!」

「もちろんですわ。それも覚悟の上ですから、ご心配なく」

 だが、彼らの顔には納得できるわけがないと書かれている。中には領主様をそんな目に合わせるくらいなら皆で殴りこみましょう、などと言い出さんばかりに口を開きこうとする者もいた。

 確かにいろいろと準備をして、攻め込み、離脱するという手もなくはない。しかしドウドゥル駐屯村内には、ミミが知る限りバフゥム隊と余剰戦力として居残っている残存兵が合わせて1700はいるはずで、そんな中に4人ぽっちで攻め込んだところで大した成果は挙げられないだろう。

 それよりもミミとしては、せっかく増えた手駒を喪失してしまう事の方がもったいなかった。下手に戦わせて死傷させてしまう愚を犯すよりも、自身の思惑を遂行する手数を増やす意味で行動させる方が、はるかに有意義だ。


「よいですか」


 ミミは少し強く深く、子供に言い聞かせる親の如く語りはじめた。

「今日より10日間。ガドラ山でメルロさんや他の皆さんの護衛を、お三方には領主の名を持ってここに “ 命じ ” ます」

 正式に命じることで使命を与える形となり、これ以上異議を唱えたり駄々をこねさせない。

「もし、10日が過ぎてもこれといった動きが見られない場合、これを…」

「? 手紙ッスか?」

 差し出された複数の手紙は、しかと封がなされている。しかも魔力の輝きを放っており、魔法が使えない者にはあけられない事から、その手紙が重要なものである事を3人は察する。

「まず、この手紙は…できれば出したくはなかったのですけれど、隣のナガン領の領主様へ届けてください。アトワルト侯の使いの者、と名乗れば、容易く目通りが叶うはずですわ」

 薄青い封筒。それを差し出されたハーフハウンドが(うやうや)しく受け取る。

「しかと預かりやす、お嬢」

「そしてこちらは、ガドラ山の避難所…その最も奥にある小さな小屋の中の魔法陣に放り込んでください。手紙を当てれば、小屋の鍵は開く仕組みになっておりますの」

 薄赤い封筒。差し出されたワーウルフは、恐る恐る受け取った。

「わ、わかりました、姐様…」

「そして…これはマグル村に。この手紙はメルロさんの無事を知らせる旨と、現情勢などを記してありますわ。シャルール、ザード、ドン…この3人のいずれかに渡してくだされば大丈夫ですから」

「わ、わかったッス! マグル村の…シャルールさん、ザードさん、ドンさんッスね!? 覚えたッス!」

 シャドウデーモンが元気よく受け取った。

「では、しかとお願いしました。必ず、“ 命令 ” を違える事なきよう遂行してくださる事を、皆さんには期待いたしますわ」






―――――10分後、ドウドゥル駐屯村内の広場。


「<風吐き鳥の嘶きエアロ・ファラ・ウェイ>」


 ヒュウウウッ…ドヒュウッ!!


 隙間なく、壁のような向かい風がならず者達の前進を阻む。


「ちっ、コイツ…ッ」

「くっそ、進めねぇっ!!」


「このタイミングで…っ、<昇る塵(ダスタースカイ)>!!」

 敵の足元から小さな砂や小石などが集束して飛び上がり、敵の身を打ちのめしてゆく。

 弱い定義魔法ながら、身動きを封じた相手には十分な攻撃だ。特に魔法を連続して使用する上で、定義魔法は魔力チャージの時間を取る必要がない分、連続使用にも適している。


「あ痛っ!」

「ちぃ、小ざかしい事をっ」


 飛び掛らんとしていた最寄のならず者を見て、ミミはステップを踏んで間合いを離す。敵は目の前だけではない。周囲全てが敵のこの状況では、常に安全な立ち位置をキープする必要があった。


「なろっ、いつまでも調子よく跳ねてられると思うなっ!!」


 ヒュバッ!


 深く構えた槍が突き出され、死角からミミの体に向かってくる。


「させません、<手切りの小槌(ハンド・スコルド)>」


 バシンッ!!


 敵の槍を持つ手が強く打ちのめされ、突き出す槍の勢いは殺される。そればかりか穂先がミミの体から大きく外れ、あらぬ方向へと向きを変えてしまった。


「ぐうっ!!? あんな体勢からっ」

「驚かれている暇はありませんわ、<空気を殴る(フィスト・スカイ)>!」


 バシュッ…ドフッ!!


「くおっ…ぐ、く…こ、こいつ…次から次へとっ」

 拳大の衝撃波が彼女の脇下より放たれ、死角位置にいる敵の腹部を痛打した。


 弱いとはいえ、結局は定義魔法も使い方次第だ。素早く発動できる定義魔法は、魔法を用いる戦闘を主体とする上では非常に便利使いできる。特に武器による接近戦を仕掛けてくる敵を相手に立ち回るには、こうした小さい魔法を効率よく扱う技術がとても役立つ。


「~……~、~ッ <|炎幕は望まざる来客を遮る《バーニングカーティン・リフトアップ》>!」


 そして隙あらば、こうして少し大きめの魔法を用いては、確実なダメージを与えてゆくのだ。

 炎が、ミミを中心に円形に燃え上がり、間合いを詰めようとしていた者を一気に焼き払う!


「ぐあぁあっ!!」

「ぎゃあおおお!!!」

「あちちっ!! くそ、4、5人焼かれたぞっ」


 火傷を負った者も含めればおよそ7、8人は死傷させる事に成功する。一人で多数を相手にした戦闘としては十分に強いと評する事ができる戦いぶりだろう。しかし敵が地上のならず者程度では、このくらいは出来て当然の域と軍人(プロ)には鼻で笑うかもしれない。

 それよりも問題なのは…

「(これでもまだ “ この程度 ” かぁ…。後の事を考えると、なるべく数は減らしておきたいところだけど……)」

 およそ1700の内の7、8人。これまでの戦闘の結果を加えても14~15程度しか排除できていない。

 ミミの突入からおよそ5分。突入前に行った探知系の魔法で、メルロが捕らわれている位置はおおよそ把握してはいる。

 とはいえ、敵もさすがの数である。いくら目的の場所がわかっていても、そこまで突破するのがまず容易ではない。

「(もともと、戦闘はあまり得意じゃないからなぁ…うーん、どこかで思いっきり吹き飛ばして、道を作る必要が…)」

「おらぁっ!!!」


 ビュフッ!! トンッ… ザシュッ…


「チッ、これもかわすかよ!」

「とっと、少し切られちゃったかな…ま、使い捨てにする気ですから、構いませんけど」

 剣に切られて、ドレスの一部に穴が開くがダメージはない。軽やかに跳ねてかわしたものの、やはり戦闘経験の少なさか、タイミングや間合いの計り方が甘いと彼女は自省した。そして連続して飛来する刃をかわしながら、長期戦は危険だと改めて認識する。

「…あまり、時間を、かけては、よくない、かな…とっ、<跳ぶ刃(ホッパー・エッジ)>」


「くあっ!! …いってぇ…、このア…むぁぐごっ!?!」


 空中で(ひるがえ)り、なお迫ろうとする相手の顔面に足裏を埋めて跳ぶ。反動で蹴り飛ばされた男は派手に突き飛ばされて、乾いた砂を除けながら硬い地面の上を転がった。

「ごばっ!?」

「げふっ!!」

「なろ…ぅぶっ!!」


 襲い掛かってきたならず者達の顔面を次々と蹴ってはその反動で跳躍し、また別の敵の顔面を踏む。戦闘に向いたドレスとは言い難い装いながらも、ミミはしなやかに空を舞い続けた。

 ある時は履物の(かかと)を、蹴る際にひねりを加えてより相手の顔面に苦痛を与え、またある時は踵ではなく両膝を揃えてめり込ませ、相手の肩を掴んで弧を描くように再び自身を空へと舞い上げる。

 獣人系種族のしなやかな身体能力を限界まで活用し、連中を散々に翻弄した後、空中から安全な位置を見極めて、綺麗に着地を決めた。


「ふう。…とにかくメルロさんの救出だけは絶対に成功させてしまわないと……。<蓄積魔力・解放ルナーボール・リリース!>」


 あらかじめ魔力を蓄積しておいた小玉石を取り出し、呪文を唱える。するとミミの手の中で石は割れ、同時にその中に蓄積されていた魔力が、彼女の全身を巡った。

「(うー、これも結構高いし、希少品なんだけどなぁ…。惜しんでられないのが辛い…)」

 何気なく、ミミは自分のお腹をさする。

「(後で満足できるから、今は我慢…)」

 言い聞かせるように呟くと、両腕を広げ、呪文を唱え出した。襲い掛からんとして向かってくる敵との間合いは、大きい魔法を使うに十分の距離!

「…、…~、…ッ、…! <大自然の三重奏ネイチャーオブ・トライグレイス>!!」


 敵の刃がギリギリまで迫ったタイミングで、ミミを中心に巨大な魔法陣が広がった。竜巻が巻き起こり、ツタの槍が敵を貫き、葉の刃が切り刻む。そして痛いほど激しい土砂降りの雨が、舞い上がった敵を地面へと叩きつけた!

 全身にダメージを負った連中はそのまま地面から伸びて絡んでくる木の根によってもれなく大地に拘束され、身動きを封じられた。


「はぁ、はぁ…はぁ…はぁ…、さすがに…、魔力…消耗するなぁ……ぜぇぜぇ…」


「く…、こいつ…」

「こんな強力な魔法を使う奴が…」

「まさかこのアマ…?」


「間違いねぇなぁ、本物の領主だな、お前? バランクの野郎に一杯くわせたっていう…なるほど、俺様の鼻がビンビン疼くわけだ、ヘッヘッヘ…」


 キィイイ…パタン。


 その声と同時に、扉が軋みながらゆっくりと閉じる音がする。ミミが記憶している限り、そこはメルロが捕らわれている小屋だった。

 そして声の主が、恐れおののくならず者達の後ろから、一人不敵な笑みを浮かべながら前に出てくる。


 ブサ可愛い…とは言いたくないほど醜悪な欲に歪んだ顔面。異様に細く曲がった背中と腰、舌を出して体温調節を行う種族特有の呼吸音―――それは、ワードッグ(犬獣人)だった。


「ば、バフゥムさん?」

「バフゥムさん、危ねぇですよ、迂闊に前にでちゃ!」


「心配いらねぇ、コイツはすぐに強力な魔法は使えねぇ…そうだろぉ、可愛い可愛いウサギちゃんよぉ?」


 まさに、ニタァ~…と笑う。ゆっくりといやらしさ満点の笑みを浮かべるバフゥム。


 何か全身がゾワゾワするものが駆け抜ける、絡みつくようないやらしさだ。

 ミミは油断なく睨むと同時に、強い嫌悪感を目の前のワードッグに抱く。

「さて、それはどうでしょう…か!」


「スン…っ…、ちいぃっ!!」

 刹那の一時、ミミが魔法を発動させるまでのコンマ数秒の間に、バフゥムの鼻が1度だけヒクつき、同時に彼はその場から全力で飛びのいた―――それとほぼ同時に、ミミの詠唱が終わる!


「<稲妻の渦を吐く壁ライトニングヴォーテクス>!!!」


 ビッシャアァルルル!! ギギャァアオオオォォーーー!!!!


「ぐぎゃああ!!!?」

「がっ、あぎぎぎぎぎぎぎぎぎ…」

「げぼげぼげぼげぼっぉ!」

「ほぎぶべふぎゃうげふぶっ」


「うへぇえ、あぶねぇあぶねぇっ」


 バフゥムだけは一瞬早く飛びのいたものの、その近くにいたほとんどの下っ端は、飛来した雷光によって焼き刻まれた。

 ミミが用いる事の出来る儀式魔法の中でも、かなりの攻撃性を有する雷系の魔法だ。この高い壁に囲われているドウドゥル駐屯村の中は、事前の準備さえしていれば、まさにうってつけの魔法だった。

「(大戦中に、万が一制圧された時のためを考えて “ 内向き ” に設置しておいたのが、ここで役に立つだなんて思ってなかったなぁ)」

 ミミ自身、半ば忘れかけていた魔法陣を、ならず者達との立ち回りの最中、偶然視線を見上げた際に発見し、思い出したのは幸いだった。


 雷光が駆け回った後、ならず者の死体から上がる蒸気と舞いあげられた地面の砂が有視界状況を悪化させている状況下を利用してミミは走り出す。そして一目散にメルロの捕らわれている小屋へと駆け込んだ。


「…なっ!? なんだぁテメェは!!?」

 そして案の定、メルロが嬲られている最中の現場を目の当たりにする事となる。だがそれは予想通りの光景だった。事前にそうなっているだろうと予測しておけば、驚くことも慌てることもない。

「はい、因果応報という事でっ、<水が防ぐは外撃に非ず(ウォーターバルン)>ッ!」

 発動するには相手に直接触れないといけない類の魔法だが、完全に奇襲された状態の相手ならばそれも楽だ。

 劣情に満たされ、驚きがプラスされている顔面にミミの手が触れた瞬間、液体が彼の頭部を包み込む。何もかも丸出しの情けない姿でもがき苦しみながら、やがて溺れてこの世を去った。


「はぁ、はぁ、はぁ……魔力は…なんとか、残ってる、かな…。メルロさん、メルロさん!」

「…ぅ…、…りょ……、…しゅ……さ…ま……?」

 意識はおぼろげだ。しかし、精神が再び打ち壊されてしまった様子はない。体の方は見るに耐えないほど酷い状況だが、とりあえず命に別状はないようで、ミミは安堵する。

 ドレスのスカート部を外すと、それでメルロの体を包みつつ、魔法を唱えた。


「もう大丈夫。<ヤブ医者でも出来る事(レス・エイド・リトル)>」


 雀の涙程度の、応急処置にも程遠いレベルの超簡易治癒魔法。だがそれを局部ではなく全身にかける。少しは感覚的にも楽になるだろう。本格的な治療を施している時間も、余分な魔力もない。

「りょ…しゅ、さ…」

「しゃべらないで。すぐに安全な場所へ運んであげるから」

「へっへっへぇ、そうはいかねぇなぁ、ウサギちゃんよぉ?」


 振り向くと、小屋の入り口にバフゥムが立っていた。まだ外は砂煙が濛々と立ち込めている。

「っく! …なぜこんなに早くっ」

「ハッハァ、簡単なこった。鼻だよ…俺様は鼻がよぉく効くんだ、特に極上の獲物の臭いは、目ぇつぶっててもわかるってもんだ」

「りょ…しゅ、さま…にげ…て…、わ、たし……、は…、へ…ぃ…き…」

 だがミミは、バフゥムを睨みつつも、地面に魔力を送り込む。片手をついてしゃがんでいる自身の体勢を支えているように装い、手の平の下で、必要な魔力と術密かに組みはじめる。

「ま、鼻が効かずとも? ちょーっと頭を使えりゃわかることだァな」

 1歩、また1歩と近づいてくるバフゥム。

 メルロは懸命に身を起こして、すがるようにミミの腕を掴んだ。それは助けを求めるものではない。自分を置いて逃げて欲しいという意思表示だ。

 しかしミミは微動だにせず同じ体勢のまま、近づいてくるバフゥムを睨み続ける。

「たった一人で乗り込んでくる時点でだ…、目的がオレらをぶちのめす…ってぇ話にゃあなんねぇよなぁ普通はよ? そうすっとだ…考えられる一番の目的は…」

「(メルロさん、そのままじっとしててください。…いきますよ)」


 さらにバフゥムが近づいてくる。ミミは床についていた手をそっと離して、メルロの肩に触れた。


 そして―――


「その、美人ガエルちゃんを助けにくることだよなぁ!」


 バフゥムが飛び込んでくる。たっぷりの唾液を伴って舌なめずりしながら宙を舞い、ミミに向かって飛び込んできた。


「<不都合な瞬間移動(プアー・ゲート)> 開門!!」


 魔法陣が展開し、ミミが触れているメルロを包み込む。魔法陣の輝きが全身を覆った瞬間、彼女の転移がはじまった。


「…!! …りょ、りょ…ぅ、しゅ…、さま…っ、だ…め…、ぁ、ぁ…~~ッ」


 薄れてゆくメルロに、ミミは肩越しにニコリと微笑み返す。やがて彼女の二の腕を掴んでいた手は剥がれ、メルロの視界は変容しはじめた。

 そんな彼女が最後に見たのは、床に押し倒されたミミが纏っているドレスを、バフゥムがヨダレを撒き散らしながら、乱暴に引き千切ってゆく様子だった。




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