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神話級大戦の後日譚―ウサミミ領主の受難―  作者: ろーくん
第一編

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第6章3 重ねるは白か黒かー愚者は蒙昧に踊るー



 ――――シュクリア、町長屋敷。


「リジーン様、自警団連中の拘束、終わりやした」

 彼女の2倍以上はあろうかという身長の痩せこけたオーガが、荒々しく頭を下げた。彼なりに礼節を尽くしているつもりなのだが、如何(いかん)せん山賊レベルではとても品位は期待できない。それでもリジーンは満足げにニコニコしながら、ダルそうに片手を振った。

「はーい、おつかれ~。んーと…じゃ、とりあえず休んでい~から。ふぁぁぁ~…あ、その前になんかオヤツかっぱらってきてよ、おいしいヤツだかんねー?」

「へい、商店を漁ってきやす」

 これといった指示は出さないし、部下達も出されるとは思っていない。だが、やる事はシンプルだ。シュクリアの住人達が反抗しないよう睨みをきかせていればいいだけ。指示や命令を必要とするような事は何もない。

 部下が出て行くと、リジーンは大あくびを一つついて、比較的マシなソファーに寝そべった。

「あー、極楽~。アジトでもこんな贅沢ざんまい出来なかったのに、ホントこっち来てよかったし~♪」

 蕩けそうな笑顔をこぼしつつ、ソファーの上でゴロゴロするリジーン。以前は山の中の洞窟を、可能な限り改装した(させた)土臭いアジトだっただけに、こうして街丸々一つが自分の(ねぐら)として手にはいった今回の仕事は、彼女にとっても大満足の成果だった。

「ま~、前のアジトも~、あれはアレで悪くなかったけどー」

 扉付近で控えている部下の中には、かつてのアジトの改装に携わった者もいる。それとなく気を遣ってみるが、彼女はすぐに部下の気持ちなんてどうでもいいやと諦める。

 リジーンは背伸びしてからクッションを枕位置に設置しなおし、ソファーのバネを利用して全体を跳ねさせると空中でその身を回転させ、仰向けに着地し、寝る体制を整えた。

「ん~、オヤツきたら~起こしてよぉ~…ムニャムニャ…」




 シュクリアはまさに、リジーンが我がままを満たす城となりつつあった。どこもかしこも荒れ放題で、ゴロツキが闊歩するスラムのような光景が広がっている。

 大きな噴水の水が止まった中央広場はガラの悪い連中がたむろし、各門には20人一組で見張りがついている。加えて常に街中を連中がうろつきまわっているせいで、町の住人は自宅から一歩も外に出られない。商店や飲食店の品物は随時略奪され、ゴミはそこらに捨てられ放題。

 それなりの景観を有していた都市は、半日と経たずに無残な姿へと変ってしまっていた。


「く…う…、まさか本当にこんな…」

「領主様の危惧されていた通りだったか…備えていなかったわけではないが、本当にこの街を攻め落とそうなんて奴らがいたとは」

 適当な家屋を牢獄がわりに放り込まれた自警団の面々は、拘束され、身動きもままならない中、思い思いに悔しさを滲ませていた。

「街の皆は大丈夫なんだろうか?」

「わからん…連中、なんだってこんな真似を…」

 不意に扉の方を伺う。幸い、家屋内には連中の姿はない。が、扉の前には数人が牢番として常駐しているらしく、うっすらと話し声が聞こえていた。


  『ハロイド行きの連中は貧乏クジだな』

  『ああ、っつっても、シュクリア(ここ)を攻め落とすのにたいして働いていなかった連中が集められたって聞いてるぜ』

  『疲れてねーんなら働いてもらわねーと、こっちが割りにあわねーよ』

  『違いねぇ』

  『『『ハハハハハッ』』』


「ハロイド? …連中、他の町や村にも手ぇ出してやがるのか…」

「……みたいだな。領地を得て、旗揚げでもしようっていうのかコイツら??」

「わからん…。そんな事したところでなんの意味もないだろ」

 まず、魔王様が許すはずもない。子供でもわかる理屈だ。アトワルト領に関わらず、地上の魔界側領土は、その領有する者こそ各領主達ではある。だがそれは、さらに上の、いってしまえば魔王様によって認められているからこその話であり、場合によっては領主とて簡単にすげ替えられるなり召し上げなりを受ける身だ。

 最も、よほどの悪政を働かない限りはそんな事は起こりえないし、少なくともこのアトワルト領に関してはまさに無縁といってよい。

「むしろ魔王様のお怒りを受けるだけだろ。あいつらトチ狂ってるのか…」

 ならず者など所詮は犯罪者でしかない。それが国取りごっこなど、あまりに火遊びが過ぎる。

 まさか今回の成功と獲得した栄華がこのまま永続すると妄信しているわけでもあるまいし、むしろこれからどうするつもりなのか? 捕らわれの身な彼らではあるものの、連中が一体何を考えてこんな行動を起こしているのか? その理由を知りたい気持ちを抑えられないほど、不可解であった。







―――――領主の館、資料庫。


「…っ……」

 アレクスは、おおいに困惑していた……発すべき言葉が浮かんでこないほどに。

「やれやれ、なんだってこんな紙の束をほじくり返してんです、大将?」

「雑に扱うな! …我らの、我らの今後がかかっている、大事な書類だ。1枚たりとも無碍(むげ)に扱ってはならん!」

「へ、へい…! …な、なんだってんだ、ったくよー?」

 ブツブツ言っている部下の事など既に忘れたかのように、彼は山積みの紙を1枚、また1枚と取っては目を通してゆく。

 だが…ない。どこにもない。

 彼が、いや革命軍全体にとって絶対に必要となるものが発見できない。

「(ない?! い、いや…必ずやあるはずっ。ない、などという事は…っ)」

 あってはならない。そもそも今回の “ 革命 ” の意味は、ここで目当ての書類を発見する事が全てだったと言ってもいいぐらいだ。もし見つからなかった場合、アレクスは…組織は、最悪の状況に陥る事になる。

 だが既に雲行きは十分過ぎるほど怪しくなっていた。

「(どれもこれも、正当な書類。念のため、内容をよく検めてみても浮かび上がってくるのは……厳しい状況下でも優れた成果をあげてきた、領主の優秀さばかりではないか)」

 アレクスは半ば愕然とする。今、彼が一番口にしたい言葉は

「聞いていた話と、まるで違うではないかっ!?」

「ひっ!? な、なんスか大将…急に大声出さないでくだせぇよ」

「あ、ああ…すまん…な…」

 獣人特有のいかつい体躯に似合わず、器用に資料を漁っていく。だが進むほどにその顔面からは血の気が失せていった。


「(これも違う、これも関係ない……これは、雇用書類か。……なっ、3人? たったの3人…だと??)」

 雇用者を記したリストには、間違いなくたった3名の名しか記載されていない。しかもそのうちの1名は雇用者ではなく専従者と書き記されており、実質的には雇用者は2名だけ。

 領主がこの地に赴任して数年の間、その手足となるべき者が僅かに3名しかいなかったという事実。

「(しかも…この1名は赴任時だが、残りの2名は…ここ最近の日付ではないか!?)」

 つまり、これまでは領主本人と側近の2人だけで領内の治世を担ってきたという事だ。加えて…

「……担当は、家事と雑務? …メイド? ……そんな、バカ…な…執政官ではない??」

 その側近も政治に携わる役職ではなかったなど、事実上この地を治めてきたのは領主ただ1人の仕事だったというのかと、アレクスは絶句した。

「? 大将、どうしたんです? なんか固まってやすけど」

「っ! な、なんでもない! それより、そっちの書類の束をこっちに持って来い!」

「なんなんスかもー、他人使い荒いっスね…ったく」

 いかに田舎で、規模の小さい領地といってもその治世をすべて1人で回すなんて事、普通は出来やしない。

 細やかな現場仕事は執政官あるいは執務官といった者が。内政の計画や企図は内務や内政臣といった者が。他領との交流は外交官が、書類仕事や統計整理は事務員が、政治資金や収支計算、整理は財務官が。周辺警備の兵士、町や村の査察、犯罪審判、投獄者監視……

 ざっと思い浮かぶだけでも20人以上の部下があって、その上に領主という大まかな方針や指針を判断し、決定を下す者がいるのが当たり前の組織図である。ところが書類が示す内容が本当であれば、その全てをこのアトワルトでは領主ただ一人が担ってきた。


「(そんなバカな事が……偽造か? い、いや…雇用状況をどこの誰に偽るというのだ? それも多く見せるならばともかく、少なく見せるなど意味がない…)」

 彼の苦悩は深まる。領主の部下に関する関連書類をあたってみても、なんらおかしな点は見つからない。眉をひそめたのは、せいぜい雇用者2名の安すぎる給金の項目欄1点だけで、それ以外の不審な箇所は発見できなかった。

「よいしょっと…、持ってきやしたぜ大将。…うへぇ、数字ばっか。こんな紙よく見てられやすねぇ…目が回りそうだ」

 部下が持ってきた書類の束は、領内の税金や収支に関する会計書類だ。ある意味ではこれこそアレクス達にとっての本丸といっても過言ではない。

「(……100歩譲って、領主がそれなりに優秀かつ領地経営に努力はしていたと認めるとしてもっ)」

 数字の羅列から、不正な会計や誤魔化しがないかを探ってゆく。なんとしてもここで見つけなければならない、相応の証拠を。

「…ない」

「へ? 何がですかい??」

「ない…ない、ないっ!! あ、ありえない…、なぜ、なぜだ!? なぜ一箇所の不備も見当たらないのだ?!?」

 領内の人口から考えても、毎年の税収の数字に嘘はないだろう。加えて執政に際しての諸経費の数値にも、不正な水増しや天引きされた様子は見られない。

 それどころか税収不足により、領主本人が就任以前より保有していた私財を拠出し、補填していた形跡が散見されるほどだ。

「これは…これでは、我が身を切って尽くす善良な領主そのものではないかっ」

 立ち上がり、両手で勢いよく机を叩く。その振動でいくつも積み重なっていた書類の塔が崩壊し、散乱した。


「な…なんですかい、さっきから? なんかヘンですぜ、大将?」

「…な、なんでもない…。……なんでも…ない」

 顔面は蒼白で、机についた両腕がワナワナと震えている。どうみてもなんでもないはずがないただならぬ様子だが、部下は怪訝そうに伺うだけでそれ以上何も聞かなかった。

「(…なんたることだ。い、いや…まだそうと決め付けるのは尚早に過ぎる)」

 アレクス達にとっての大義―――それは、ミミ=オプス=アトワルトが悪徳領主であるという事。

 ところがここにきて調べた結果は… “ 白 ”。それも眩しいほどに輝くような白だ。真実なら、アレクスはドミニクに騙されたという事になる。だが既に行動を起こしてしまっている以上、それだけは認めたくなかった。

 革命どころか優秀にして善良な領主に対して反乱を起こしてしまっていたなど、とんだ大間抜けだ。

「…書類は全部ここにもってこい。これから1字1句見逃す事なく、全て精査するぞ」

「え~~!? ほ、本気ですかい?? やめましょうよ、こんな紙っきれ…」

 そんな部下を睨みつけるアレクスの眼光には、まさに切羽詰った獣が、今にも暴れ狂わんとしそうな迫力が宿っていた。

「ヒッ!? …わ、わかりやしたよ。かき集めてきやすから、そんな怖ぇえ目で見ないでくだせぇよ大将」

 おずおずと後ずさりし、扉から逃げるように出て行く部下。資料庫内にて一人になり、ようやく息を吐いて落ち着くと、彼は椅子を壊さん勢いで腰を落とす。

「急がねば…。此度の仕儀が魔王様の耳に届く頃には奏上の手続きを済ませねばならんというのに…」

 ドミニクから聞いていた、領主の悪事の証拠を掴み、魔王へ自分達の正当性を説くための証拠…それを獲得する。しかし根底から全てが間違っていたとしたら…

 考える予定が大幅に狂うどころか、計画そのものが崩れかねない可能性に、それだけはあってくれるなと願うアレクスは、天井を見上げて深いため息をついた。





―――――ハロイドの町、東門前200m地点。


 リジーンに命じられ、シュクリア制圧後にハロイドの町攻略に向かっていた分隊およそ600人は目的地に到達する、が…

「おいおい…なんだありゃ? どう見てもやる気バリバリじゃんか」

「…シュクリアより防御固そうに見えるんだけど、アタシの気のせい?」

「大丈夫だ、オレの目にもそう見える。なんであんな準備万端なんだ?」

 元々シュクリアに追いつけ追い越せで発展していただけあって、外壁も結構なものだし、町へと入る門もしっかりとした作りだ。堅牢と評するほどではないにせよ、外観は城砦の入り口を思わせる。

 だが、それは元々ハロイドの町が有していたであろう設備の一部であるに過ぎず、問題の本質ではない。彼らの注目は、その門前に敷かれた防衛体制にあった。


「バリケード…は、まぁわかるとしてだ。その前の木柵、やらしー隙間で建てやがって」

 まず目につくのは、最前に建てられている突撃防止用の木柵だ。縦木が抜けられそうで抜けられない絶妙な合間で建てられており、防衛側の視野を最大にしつつ、確実に突撃者を拒む精細な設計で設置されている。

「あの矢じりの列……普通の弓矢じゃないな」

 そして木柵の隙間の低い位置に覗いているのは矢の先端、それも低位置から接近者の頭を狙うように上向きの角度をつけて設置されている弓射台に設置された矢だ。

 弓射台―――歩兵が用いる弓よりも強い弦を持った弓を台に固定し、スイッチ一つで矢を発射する急ごしらえの簡易弩砲だ。

 古い時代に、困窮した前線が拠点防衛にと通常の弓を材料に、現地改良して作った時代錯誤ものだが、戦闘の素人ばかりの町人達には十分な兵装だろう。

「突撃すれば矢がホップして襲い掛かってきますよー、ってか。ハッ、そんくらいでどうにかなるほど、ヤワな俺たちじゃ――」

「バカ。よく見ろ、あの木柵までの手前の地面…、浅いが掘りが掘ってある。それも何重にもな。突撃しようにもこっちの速度が乗らないように工夫してやがる」

 前面から飛んでくる矢玉は、あらかじめ覚悟していればそれほど脅威ではない。木柵も勢いをつけて飛び掛れば、至極短時間で越えられるだろう。

 しかしその肝心の勢いをつけさせない用意までしてあるという厄介さに気付いたならず者は、うっとおしい小細工をと、ツバと共に吐き捨てた。


「なら空飛べる連中にまずやらせようぜ。見たところバリケードは立派だが、頭の上への備えはお粗末のようだしな」

 屋根が設置されているわけでもなければ、対空に特化した武装があるようにも見うけられない。ご大層なバリケードの中からこちらを睨んでいる町人達も、頭にかぶり物など身につけてる者は見当たらない。

「…なるほどなぁ。所詮は一般人ってわけだ? あれならオレらが取れる高度でも十分だぜ」

 空を飛べるといっても、無制限に高度をあげられるわけではない。種族や個体によっても飛行能力のレベルは異なる。

 特に高度に関しては難題で、地上に住む多くの飛行能力をその身に有した連中は10~30mが限界だった。

 これは地上の大気成分が飛行に適していない抑圧的なもの――触れると下に引く力が発生する加重力物質(現在の地上は球体の惑星ではなく、自転もしていないため引力や重力は、神と魔王が調整した特殊な大気成分に依存している)――を含んでいるせいで、飛行に関しては非常に優れているとされる有翼の種族ですら、高度1000m以上を身体能力のみで達成するのは困難と言われている。


 いくら飛行が可能でも、そのヘンのならず者の中に埋もれているような輩では町の外壁すら越えられない。だが、その手前に構築されている防護柵やバリケードはというと、どう見ても一番高いところでも7m~8mほどしかなかった。

「ケケケ、連中の頭にかってぇ雨を降らせてやろう。いくぜお前ら!!」

 7、8人の烏獣人(ワークロウ)がそうと決まればとばかりに、地面から石を多数拾って雑多な布で包んで肩に乗せ、空へと舞い上がっていった。高度20mは維持可能な彼らは町の外壁、その石の壁に向かって直進する。

「はっはぁ! 壁についた奴から石バラまけ!」

「よし、町の連中が上に気を取られだしたら、その隙をついて突進だ。遅れんなよっ」



 ならず者達が押し寄せてくる。脇にいた町人が、深刻そうな表情で町長の方を伺った。

「町長……」

「まだじゃ、まだ…もっと引きつけよ!」

 小柄な町長に向ける男達の眼には、不安と攻撃したい意欲とが混在している。だが焦ってはならない。弓射台やバリケードは保険でしかない。本命である “ 本当の切り札 ” を効果的に用いるためには、けしてタイミングを見誤るわけにはいかなかった。

 町長は狸獣人(ワラクーン)の愛嬌を捨てた厳しい視線で敵の接近を睨みながら、小祷亜人(ボブ・ドルイド)として自らに宿っている魔力へと想いを馳せる。

「(考えてみれば、これほどの魔法を扱うは初めての経験じゃ。上手くいくかどうか……いや、上手くやらねば! 領主様のご期待に応えねば、せっかく我らがために授けてくださったのじゃから!)」

 ご先祖様、ワシに力を―――呟き、そして領主(ミミ)から教わった手順を踏みつつ、町長は魔法を唱えは始める。


「! はじまったぞ! いいな皆、町長の “ 攻撃 ” の直後に攻撃開始だ、間違えるな!」

「「オウ!!」」

 弓射台担当の男達はかがんだまま力強く応える。そして、発射スイッチを握る手に力を込め、もう片方で装填用の次の矢を取って改めて身構えなおした。


「俺たちは、町長が打ちもらした奴を狙撃だ。弓射台の連中に負けるな!」

「「もちろんだ!」」

 弓を扱う男達は腰の矢筒から1本取り出し、つがえる。弓射台担当の連中のすぐ後方で構え、ゆっくりと弦を引き絞りながら、(やじり)の先を、近づいてくる敵に向けて狙いを定める。


「あたし達だって負けちゃいないよ! 皆、石投げるだけだって立派な攻撃だからねぇ、思いっきりいくよ!」

「「ハイッ!」」

 恰幅のいい中年女性が威勢よく語りかければ、新婚から熟年までの奥様達が張り切って応える。その両手に各々手ごろな石を持ち、バリケードと柵の先へと投げ込まんと、のきなみ遠投の構えを取った。



 一番先頭の烏獣人(ワークロウ)が、競泳のゴールのように町の外壁にタッチし、防衛に当たっている町人達を見下ろす。

「よぉし、壁についた! へへ、連中見上げるだけだぜ…ん? なんだあのジジイ…光って…」

「ちっ、一番にゃなれなかったか。って…何してんだ、早く石落とせよ」

 すぐ後ろから、続々と仲間が到着する。だが先着者は自分達の目的も忘れているかのように敵を見下ろしたままだ。

「一体何を見て―――」


「<稲妻の渦を吐く壁ライトニングヴォーテクス>!!!」

 

 ビッシャアァルルル!! ギギャァアオオオォォーーー!!!!


 それはまさに、烏獣人(ワークロウ)が手をついていた壁から発した奔流だった。町長から魔力の光が地面を通り、壁を伝って登ってきたかと思った時には、町の外壁表面にその魔法陣が浮き出していた。

 強烈な放電。まるで暴れ狂う魔獣の咆哮のようにも聞こえるソレに対し、彼らに回避の術はなし。

 断末魔の叫びすらあげる暇も与えられず、その場で炭と化してゆく。崩れ落ちるものすら消し飛んで、文字通り一粒の粉すら残さずに滅されてしまった。


「なっ!!?」

「うおお!!??」

「こ、こっちくるぞ!!?」

「なんだアレは!?」


 彼らの最後は、いずれも意味のない驚愕ばかりで占められていた。


 烏獣人(ワークロウ)達を消し去った電撃の渦は、リジーン分隊600名のたむろする直前で無数のラインに分裂し、貫いて、螺旋を描きながら流れてゆく。それは超高圧電流の嵐だ。町の外壁が吐き出し続ける限り止む事のない(ほとばし)る電撃。ならず者達はその身が完全に炭化してもなお痙攣し続け、踊り狂わされ続けた。


 見ていた町人達は、誰もが何もいえない。敵が一人残らず消え去っても、目を見開いたまま、あまりの光景に完全に固まってしまっていた。

「……す、すっげ……ぇ……」

 ようやく発した一言。それ以外に言うべき事はないと、続く声はない。

 吹く風が、感電し焼け焦げた肉の匂いを完全に消し飛ばしても、彼らは唖然としたまま動けなかった。

「…はぁ、ひぃ…はぁ、ひぃ…。さ、さすがじゃわい…領主様がご用意くださっただけの…ぜぇ、ひぃ…ぜぇ、ひぃ…」

 ミミが取らせた入念な防衛体制は、本命である儀式型魔法を事前に察知されないよう、町人達が迎え撃とうとしていると見せかけるカモフラージュだ。結構な時間をかけて町で唯一、魔法が使える町長にトリガー役を担わせた強力な攻撃魔法は、まさにリジーン分隊を殲滅しせしめた。


 誘引撃滅戦法―――敵を、こちらの有利に誘い込んで叩く方法。これにより、敵戦力を削ぎ落とす。シュクリアに相手の最大兵数が投入されている事を事前に知る事ができていたミミは西に位置し、領内ではシュクリアに次いで目立つ町、ハロイドにその役目を担わせた。そしてその狙い通り、順調な成果をあげた1戦目が幕をおろした。




――――淫魔族種族領土内、ルリウスの屋敷。


 カカコッ、カカコッ、カカコッ


 広いロビーに鳴り響く複数の蹄の音。しかし、音を立てるはたった1頭の黒馬である。

「これこれ、少しは落ち着かぬか。うるそうてかなわんのじゃ」


 カッコ、カッコ…カコッ…


 頭からお尻まで、その体長は6、7mほどと同種の生後と比べても小さい。ルリウス(産みの親)に窘められて、素直に脚を止める。

 生誕よりまだ僅か数日弱の、幼さを宿した愛らしいクリクリの瞳に、ヤンチャな輝きを宿しているそれは、スレイプニル(多脚馬)と呼ばれる魔獣の子供である。

 黒一色ではない適度に白の混じった毛並みは、ルリウス自身の “ 作品 ” に対するこだわりの結果だ。同じ産むにしてもできればより良いものを産みだしたいという匠の心の表れであった。


 魔獣産みは、懐妊中においてその存在のほとんどに、産みの親の意志を反映させる事ができる。外見的な部分は勿論のことながら、その能力面においてさえ細やかな調整が母体たる者が自由にメイキングできるのだ。

 もちろん母体になる者の力量によってどこまで自由に出来るか、その幅はかわってくるのだが。


「おお、よしよし。もう少し大人しゅう待っておれ? 準備がまだ出来ておらぬでな」

 退屈だと訴えるように鼻先を擦り付けてくるスレイプニル。その頭を片腕で抱き込むようにして撫でながら、ルリウスは手紙をしたためる。



 ―― 我が娘、シャルールよ。依頼を受け、先日産み落としたばかりの魔獣を送る。依頼人(メリュジーネ)に届けて貰いたい。なお、前倒して極早生(ごくわせ)に産み落としたが故、|成長と教育が足りておらぬ。“ 試しながら ” ゆるゆると届けるがよかろう。急く必要はない ――


「……母より、と。うむ、これでよい」


 先日、ファルスター公にシメさせ、ウンヴァーハに吐かせた話によれば、面倒な事に手先をかの地に送り込んでいるという。

 それを聞いてルリウスは早産を決め、このスレイプニルを産んだ。理由は…なんてことはない、親バカだ。

「(なんだかんだ言われても、やはり御息女の身を案じておられる…さすがでございます、ルリウス様)」

 傍にて控えているリステートは、今回のルリウスの決断に感服していた。本来、娘が危機とあれば、直接でも兵を送り込むなりすればいい。だが、何せ他種族かつ他貴族が治める地にあって、それは容易ならざる事だ。

 下手に介入すれば大事になりかねないし、(くだん)ウサミミ領主殿(アトワルト侯)に迷惑をかける事となるだろう。

 だがルリウスは、地上の地図からアトワルト領がナガン領に隣接している事を知り、その事実に着目した。

 かねてよりナガン領が領主であるメリュジーネより依頼されていた魔獣。それをシャルール()を介してお届けする、という名目で一時的ながらその魔獣を娘を守るための戦力として送る。用いる名目も、試験や調整運用とする事でなんら問題はない。

「(自然な流れでの介入が実現する。そのために大変な魔獣産みを早産すると決断された迷いのなさ……このリステート、本当にルリウス様にお仕え出来て光栄でございます)」

「? なんじゃ、何を泣いておる?? 気持ち悪いのう……」

 ルリウスは、勝手に感極まって涙しているリステートに、半ば呆れる。一瞥すればその流涙が深刻な類でないと判断できるため、そのまま容赦なく放置した。

「さて、と。それではそろそろお別れの時間じゃ。向こうへ行っても息災でな」


 フルルル……ブフゥッ


 吐息と共に首を振るい、鼻を鳴らすスレイプニル。寂しいとルリウスにまとわりつき、深くその香りを嗅ぐ。

 しかし聞き分けがいい性格なのか、それ以上はすがる事なく離れ、正面きって向かい合う位置に移動し、まっすぐに彼女の顔を伺った。その姿はまるで命令を待つ忠実な兵士を思わせる。

「では、向こうに着いたならば、これを娘に渡しておくれ」

 差し出された手紙を、はむっと口に咥える。スレイプニルはもう親と別れる寂しさを忘れて、新たな世界へ旅立つ事にワクワクしてさえいるようだった。

「うむ、転送を開始するのじゃ。リステートよ、転送魔法が完全に閉じるまで、誰も近寄らせるでないぞ」

「ハッ! お任せくだしゃい!!」

 なぜか涙と鼻水でクシャクシャになっている部下はカミカミの返事を返してきた。きっと生まれて間もない魔獣との別れが辛いのだろうと解釈する。否、する事にする。リステートの生真面目さを考えると、深刻な理由でもない限りはこういう時、スルーするに限るとルリウスは決めていた。


「……<通じるは数多の次元トランスポート・ゲート>……開門!」


 手紙を咥えたままのスレイプニルの足元に、魔法陣の輝きが展開する。同時に多脚馬のカラダがゆっくりと沈みはじめた。

 頭が見えているうちにルリウスは笑顔を向けて手を振って別れの挨拶を送り、魔獣もまた何度か首を縦に振って、最後はいななくかわりとばかりに上へと首を伸ばしながら、完全に魔法陣の中へと埋没して消えていった。




 カカコンッ……


 蹄が、建造物の床ではなく固い地面を踏みしめる。うっすらと砂埃が立ちこめた。


「!?? な、なんだぁ!? …う、馬??? で、デカイな…」

 スレイプニルが降り立った場所、それは初めて見るもので埋め尽くされていた。

 最初こそ期待とワクワクが止まらなかったが、自分に集中する村人達の視線を受けて徐々に不安がこみ上げる。魔獣は、助けを求めるかのようにしきりに辺りをキョロキョロと見回しはじめた。


「あの連中が送り込んできたのか??」

「いや…それにしては…、攻撃してくる様子はなさそうだが…」


「みんな、どうかしたの? …あれ、その馬…違う、このコ…スレイプニルね」

「シャルちゃん、こいつが何か知ってるのかい?」

 スカートの端を結び、袖をまくっているポニーテールの女性が走ってくる。途端にスレイプニルの耳が立ち上がった。

 最初は、揺れる長い後ろ髪が自分の尻尾に似ている故に、同族かな? と思って安堵感を覚えた。だがそれは違うとすぐに思いなおす。

 理由は、彼女から漂ってくる香りにあった。


 カココッ、カココッ


 迷わず彼女の元へと歩を進める。間違いない。この香りは産みの親(ルリウス)と同じだと、魔獣は確信する。


「え、なぁに? …手紙? これを私に?」

 魔獣は、咥えていたものを迷うことなく彼女に渡した。


  ……ここは地上、アトワルト領内のマグル村の中。


  連日の戦いで殺気立っている男達の中、シャルールは理解していた。突如あらわれたこの魔獣は、母が遣わしたものであるという事を。



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