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第5章2 防衛戦ー南北の端でー



――――――2日前。領主の館、執務室。



「サスティ…ですかい?」

 目をぱちくりさせながらミミを見返すドン。その町の名は知識としては知っていたが訪れた事はなく、ドンの視線は委細を求めていた。



「そう、サスティの町。ドンさんにはそこに行って欲しいの」

 いまいち要領を得ないとドンの表情は困惑一色になる。

「……実は “ 嘆願書 ” の中にちょっと無視できない話があってね。サスティの町を狙ってる、怪しい連中がいるみたいなの」

 そこまで聞いてハッとしたゴブリンの眼が大きく見開く。そしてミミもそれに対して頷いてみせた。


「そう。ドンさんが初めてここに来た時に伝えてくれた “ 妙な連中 ” の関連だと思う。……ただ今度は武装していて数もかなりいるっぽいんだよね」

 ドンはアゴに手をあてて少し考える。武装し、数も揃えているというのが気になった。

 ミミは町を狙っていると言ったが町の近郊に展開し、行き交う旅人を襲う目的かもしれないし、もっと別の目的である可能性もある。

「……連中の目的は、町を狙っているという事でいいんですかね?」

 念のためにそのあたりを深く掘り下げようとするドンだが、ミミは目を伏せて残念そうに首を横に振った。

「残念だけどそのヘンの正確なところはハッキリしてるわけじゃないんだよね。…ただ、野盗や強盗の類にしては人数がちょっと多すぎる……ちょっとした軍隊並みらしいから」

 そう言ってミミが差し出したのはサスティの町から届いたという嘆願書だった。

 ドンは拝見しやすと軽くことわりを入れてから受け取り、内容に目を通す。



「……ざっと見でも1000人近くはいる、と。町人の素人目という事を考えやすと、もっと多い可能性もありやすね。なるほど、確かに穏やかじゃない人数だ」

 これがすべて武装していて、かつ町の近くに来ているとなると、人々からすれば不安と恐怖の対象でしかないだろう。

 ミミが連中の目的が町そのものにあると考えても頷ける話―――いや、相手の狙いの本当のところがなんであれ、町そのものへの攻撃を視野に考えて対策を行うべきだろうとドンは納得する。


「まだ距離があるっぽいけど、進軍の感じからすると街道を進んでくるみたいだから、旅人や商人にも被害が及ぶかもしれないし」

 確かに嘆願書には最後に見た場所、連中の進行方向などが大雑把に書かれていた。

「シュクリアからは、この連中に関する嘆願書や報告が上がってきていないから多分だけど……北東のドウドゥル湿地帯方面から街道の途中に出て南進してるんだと思う」

 サスティの町はシュクリアから南東に位置している。


 アトワルト領の南東端の村であるウオ村からシュクリアまでの、ちょうど間にある町で他の街道とも合流し、シュクリアに向けて街道が一本化する基点にある。

 発展具合としてはシュクリアやハロイドに劣るとはいえ、位置関係や町の規模を考えるとその重要性は高い。



「私が直接行くのも手なんだけれど、どういう事態になるかわからないからね。もしもの時を考えて一番荒事に慣れてるドンさんに様子を見てきて欲しいの」

 もしもの時、というのはその連中が実際に町を攻撃していた、あるいは町へ訪れている最中に襲ってきた時のことだろう。


「(確かに。イフスの姐さんは先のシュクリアでゴロツキに襲われたダメージが残って今はまだ床に伏せってるし、メルロは論外だ。危険に遭遇する可能性も考えるとオレしかいねぇのは間違いないな)」

 ミミは領主という身分だ。明らかに危険が待っているであろう場所に軽々しく赴く事は控えるべきだし、配下の者としてはそうさせてはならないだろうとドンは考える。

 その点、ドンならば最悪でも逃げ切る事はできるだろう。それだけの修羅場はくぐりぬけてきたつもりだし、自信もある。

 現在のミミの周囲にいる人材として考えれば、無事に行って帰ってこれる可能性が高いのは他でもない、彼だ。


 先のシュクリアへメルロ達を迎えにいったのだって、本当は自分が行くべきだったろうし、(くだん)の連中が何かヤバイ事を企んでいる事を危惧するなら、このアトワルト領の長たるミミは、領主の館にて待機していたほうがいいに決まっている。



「わかりやした。んじゃ、すぐにでもサスティの町に出向いてきやす」

「あ、ちょっとまって。これを持っていって。あと鎧も着用してね」

 一瞬、ドンは不可解なフィーリングを覚えたがすぐに思い至る。万が一戦闘に巻き込まれた場合に備えて武装していくようにという事なのだろう。

 ミミが差し出したのはドンの背丈にジャストサイズな、本来ならば投擲用であろう短めの槍だ。しかし使い捨ての簡素なものとは異なり、しっかりとした作りで随所には実用性を損なわない程度に装飾が施されている。

 刃先を軽くつっつくと指の腹にうっすらと血が滲んだ。殺傷のために限界まで鋭く砥がれた刃だ。いつぞやのパレード・スピアーとは違った本気の実戦用仕立て。


 ドンは、ミミがそれほど今回の件を危険視しているとみなし、改めて気持ちを引き締めようと、その柄を強く握った。



「(…… “ 嘆願書 ” は偽造なんだけどね。ゴメンねドンさん、騙しちゃって)」

 ミミは心の中で深く謝る。

 嘆願書はドンへの説明のためにミミが作成した “ 嘘 ” だ。しかしその内容は本当である。

 ただし敵の現在地は、まだサスティの町に向かってようやくドウドゥル駐屯村を出発しはじめたばかりであり、彼女の予測は敵の計画を “ 知っていて ” はじめてわかる事だった。


「ドンさん。もし相手が町に襲ってきた場合、可能であれば防衛の指揮をとってください。無理な場合は人々の避難を最優先でお願いします」

 務めてマジメに、しかしプレッシャーをかけ過ぎる事ないよう、ほどほどに穏やかさでもって領主としてドンに命じる。

 加えて正式な任命書を手渡した。これをサスティの町長に見せればドンはかの町の軍事の責任と権限を背負い、正式に指揮権を行使できるようになる。


「かしこまりやした、なんとかがんばってみやす。まぁ何事もなけりゃそれが一番ですよ」

 ドンはまだ町が襲われるというのは可能性の話だと考えているのだろう。

 当然だ。現時点でサスティの町が襲われる事を知っているのはミミだけなのだから。




 ……イフスを襲った商人に仕込んだ魔法は、どんなに遠く離れていようともミミに敵の情報をもたらしてくれていた。


 彼女はアレクス達の動きを――バランクが知っている範囲でだが――掴んでいた。だがそれに対して事前に明確な防備を整えないし、どのみち整える余力もない。


 さらに先のために連中を利用する。


 そのためにはまずこの領主館からドンを遠ざけ、なおかつ南東の街道沿いの町や村に攻め寄せてくる敵の動きを牽制し、その戦力を少しでも弱めなくてはならない。

 それを成すために現在取れる策は、このタイミングでドンをサスティに派遣するくらいだ。それ以上の方策が取れないのがもどかしく、そして辛かった。


 もう少し時間と資金があったならばもっと準備も出来たはずで、現時点でもミミの思い描く考えでは何点かは分の悪いギャンブルになってしまう。

 そしてそのシワ寄せは自分にだけではなく、ドンをはじめとした周囲の者にも及んでしまうだろう。


 今一度ミミは心の中で謝ろうとし、少しだけ追加の手はずを閃いて、会釈をして執務室から出ようとしていたドンを呼び止めた。

「あ、そうそう。ちょっと待ってドンさん。忘れていました、サスティの町もそうなのですが―――」

 

 






――――――そして、ミミより使命を申し付けられてより2日後。


「ドン殿。防備は完璧に整いましたぞ。……とは申しても、たかが知れているのですが」

 ドンはサスティの町の防壁の上にいた。

 北方を睨むように眺めていた視線を右に回す。


「仕方ありやせんよ。何せ時間もなかったですからね。ないよりはマシってもんです、ゲトールさん」

 サスティの町長ゲトール。紳士的なタキシードを着用したデュラハン(首なし騎士)が、恭しく会釈する。


 デュラハンとはいってもその首から上にはフルフェイスの角柱型の兜が乗っかっており、スリットの隙間から赤く光る瞳のようなものが見えている。

 本人曰く、自分は生まれついての頭部は持たないタイプのデュラハンだが、寄代(よりしろ)となるものがあれば、こうして頭部がわりにする事ができるのだという。その中身は何もなく、兜を外せば首の付け根からモヤのようなものが出ているだけだった。


 子供達が大好きで、怖がられたくないという理由から常に何かしらの兜を頭部がわりに着用しているとの事だが、タキシード姿にその(いか)つい兜は、別の意味で怖いのではとドンは思う。

 しかしそれを言葉にするのは失礼だと思い、口には出さずにすんでのところで飲み込んだ。



「しかし、領主様の危惧どおりになっちまったな……」

「慧眼お見事というところでしょうかね」

 言いながらドンとゲトールは揃って北を望む。

 シュクリアへと向かって伸びてゆく街道の途中、壁を成すかのように見えている影はまさにちょっとした軍勢であった。


 目のいいイーグレス(無翼鷲人)の自警団員が確認できた分でその数ざっと1500ほど。加えてハッキリと数えられなかった後方の分も考えれば、推定2000を超えるという報告をあげてきた時にはさすがに二人も驚いた。

 だが今は落ち着きを取り戻せている。その理由は敵の指揮官がどのような相手であるかを知れたからだ。


「ベッケス……とか言ってたか。律儀に降伏勧告なんざしてきたヤツ」

「ええ、なんというか軍人っぽいような、少し違うような、ヘンな方でしたね」

 数時間前、単騎で進み出てきてなにやら形式ばった口上を述べたケンタウロス(半人半馬)の男は、格好も軍人めいていたが正規軍のそれではなかった。いうなればミリタリー趣味の匂いがするヘンな奴だった。


 堅苦しい文言を並べてはいたものの、要約すると―――

「“町を明け渡して降伏しろ” ってだけ言えばいいのにな」

「他にもいろいろ言ってましたね。アレクス革命軍、真の平和がどうのこうのと」

 ハッキリいってアレが指揮官ならばまだ絶望的な相手ではないと、ドンもゲトールも感じていた。


 自分達の素性を愚かにも語り明かしてくれたのは情報としては貴重だが、その要求は到底飲めるものではない。

 それどころかベッケス軍の兵士たるゴロツキ達はどう見ても最初から戦う気満々だし、大人しく明け渡したところで、町の人々が出て行くのを簡単に見過ごしてくれるような雰囲気には思えない。

 いかに敵の指揮官がたいした事がなくとも戦力差は明らか。打ち勝つ事は不可能だろう。



「とりあえずだ。こっちも戦える人数としちゃ悪くねぇ頭数揃えられたし、まずは時間稼ぎだな。退路の確保と町の人々の避難を完璧に行うまでは粘らねぇと」

 南東のガドラ山。そこが最終的な避難場所となる。


 かつてミミがこの地に就任してきた日、魔界よりの転移門からこの地上世界へとはじめて降り立った場所でもある。

 もしもの時は、そこへ村や町の人々を避難させるようにとミミから(おお)せつかっていた。


 と、なると現状では勝つためではなく、人々が無事そこまで逃げおおせる体勢を整え、避難が完了するまで耐えるための防衛戦をドン達は展開しなければならないことになる。

 そのためには敵に避難先を悟られないようにする必要もあり、かなり難しい戦いを迫られるが、不可能ではないとドンは思う。理由は自陣営の士気の高さだ。


 町の男達から戦闘に耐えられる有志を募ったところ、想像よりも多くの人々が名乗り出てくれた。ドン達の総兵数は800人程になり、中にはちょうどサスティに滞在していた旅人まで加わっていたのだ。

 志願兵が多かった理由、それはこれまでのアレクスの組織の者が各地で行ってきた非道にあった。

 特にシュクリアでの度重なる騒ぎは、アトワルト領内を旅する者達の間で情報が共有され、ならず者組織に対する正確な認識と嫌悪感が十分に拡散していたのが、サスティにおいての志願兵の数と士気の高さにつながっていた。

 町の、拠点としての防御力を合わせて考えれば2000そこいらの敵と渡り合うには十分だろう。ドンが指揮を間違えない限りは、だが。



 緊張がこみ上げてこようとする。が、

「退路の確保は任せてください。ドン殿も無理をなさらずに」

 避難指揮を取るゲトール町長が持ち場に向かおうとするついでに気さくに声をかけてくれた事で、プレッシャーはほどよいところで留まってくれた。


「ああ、大丈夫だ。ゲトールさんも気をつけてな!」

 町を囲う防壁は高さ10mほどで正直心もとない。一応、防壁の前には木柵が張られてはいるが仮作りの簡素なもので、簡単に破壊されてしまうだろう。

 だがドン達の勝利条件は町を守りきることではない。足りない戦力は知恵でカバーすればいい。




「(大丈夫だ。オレなら……オレならやれるッ)」

 敵を翻弄する策を練りながら距離を詰めてくるベッケス軍を睨む。

 防壁の上に並んだ男達。ある者は矢を引きしぼり、ある者は大きめの石を持った両腕に力を込め、ある者は細い木の先端を鋭く切っただけの出来合いで粗末な投擲槍を構えた。


 800……600……400……200……100……


 敵の最前列が近づいてくる。もっとも射程のある弓でも届く距離は80m程度が限界。有効なダメージを与えるためにも、さらにぐっと(こら)えて敵を引きつける。


 90……80……70……60、50、40!!


「今だ、撃てぇ!!!」


 ドンが吼えたと同時に矢が飛ぶ。

 距離が詰まって一気に走り出した敵の群れの中に矢が吸い込まれ、1人、2人と突き刺さってゆく。


 だが死なない。


 か弱い人間種ならばともかく、多くの種族は矢の1本や2本ではよほど急所に直撃でもしない限りは殺せない。

 だがダメージはあるし、攻めようとするその勢いを()ぐには十分だ。


「どんどん撃つんだ! 壁に張り付いた奴には石を!! 後続を断つのも重要だ、手近な奴ばかりに気をとられるな!! 倒そうと考えなくていい! 町に入れなきゃ十分、より多くの敵を攻撃して負傷させるんだ!!」








――――――アトワルト領北東端、オリス村。


 南西方向、オレス村からとおぼしき爆音が鳴り響いてより小1時間。村内の状況は一変していた。


「あいつら見つかったか!?」

「いや、まだだ。くそ、外に逃げた様子はないし、まだ村内にいるはずだ」

「女子供は見通しのいい広場に集まれ! 暗がりや家の中に閉じこもると危険だぞ!!」

 捕縛していたはずの連中は縄を抜けて周囲にたむろしていた村人の一角を崩して逃亡。


 村の出入り口各所を20~30人がかりで素早く封鎖して見張らせる体制を構築し、逃亡したならず者達を探して大勢の村人達が村内を探し回っている。

 その指示を出したのはもちろんホネオだ。ここで連中に逃げられてしまうのはよくないと判断しての事だった。


 ―― 広場に20人。全方位を 見張るように ――


「わかってやすよ、ホネオさん! まかせてくだせぇ」


 ―― 村のそとも、3人組をつくって 周囲 見回らせて ――


「了解! おーい、そこの2人、ついてきてくれ、村の近辺見回んぞー」


 オリス村の結束は強い。

 高い協調性によってこういう時、素早い対応が可能だがホネオはまだ安心できないと思案する。

 なにせ相手のバックには天使側の工作員がいたのだ。もっと組織的な行動や計画が隠れていてもおかしくない。

 だが、情報が足りない。尋問で本格的に情報を引き出す前にこの騒ぎが起こったせいだ。特に狙いや企みを暴きだすためにも逃げた連中はなんとしても捕えたかった。しかし―――


「おーぉい、みんなー! ホネオさーん!! ハァハァッ」


 つい今しがた村の外の見回りに出たはずの3人が息を切らしながら大慌てで戻ってきた。そして

「た、大変だ! 外、外に!! ヤバそうな奴らが300人くらいいるッ」

「な、なんだって!?」

「ヤバそうって……まさか今探してる連中と同じような輩なのか?」

 コクコクと頷く彼に、村人達は顔を見合わせた。


 ―― 逃がした連中が 呼び寄せた とは 考えにくい ――


 仮に既に村の外へと脱していたとしても、この短時間で何百という仲間を引き連れて戻ってこれるわけはない。

 とすれば考えられる可能性は必然と浮かび上がってくる。


 ―― はじめから 計画。オレス村の爆発が 合図だった可能性 高い ――

 

「じゃ、じゃあ連中、すでに近くに潜んでたって事ですか!?」

「狙いはやっぱこの村か?? おいおい、300って……やっぱ武装とかしてたのか??」

「あ、ああ……バラバラで統一感はなかったが。村から南、だいたい1~2kmくらいのところにたむろしてた。ゆっくりだけど村に近づいてきてる」

 小規模とはいっても村人の総数は1000人ほどはいる。

 しかし戦える者となると敵と同数程度だろう。オレス村に爆発と黒煙が立ち上った事に加えて、先のドミニクという天界側の工作員の件を考えれば、連中の狙いはこの村の制圧である可能性が高い。


「……ど、どうしましょうホネオさん!?」

「逃げるしかねぇんじゃ…」

「どこへだ!? 領境越えて北へいったって、最寄の村まで何十キロ離れてると思ってる!?」


 ―― 戦うしか ない。すぐに 防備 ととのえよう。 ――


「で、でも逃げてる連中はどうするんで!?」


 ―― もちろん 探す。 でも 村の外 逃げるなら 放っておく ――


 その一文に、彼らは えっ!? と揃って驚きを口にする。

 あれほど逃がさない体制を強いて捜索していたにも関わらず、今度は一転して逃がしてもよいというのはいささか納得のいかないものを感じていた。


 ―― 逃げた連中、たぶん 攻め寄せてきた 連中と合流 する。 ――


 ―― なら そのまま一緒に 叩けばいい。 ――


 ―― それに、今は 外の連中 対応する 優先 ――



 ……こうしてオリス村もまた戦いへと突入していった。




 外の300人ほどからなる部隊はオレス村を攻めるプライトラの指揮下にある分隊で、オレス村への攻撃に先立ってオリス村から10km南方地点で時が来るのを待っていた連中だった。

 幸いにも規模は小さいとはいえ、オリス村は古くからの設備に恵まれ、村の出入り口さえ固めてしまえば容易に村内へと攻め込まれない。

 武装もままならず、人数も少ない村人達でも篭城戦を行えるのは不幸中の幸いだった。しかし……


「ぐふっぅ! ちくしょう、油断した」

「下がって手当てを受けろ、俺が代わる!」

 戦闘がはじまってから1時間足らず。

 死者こそまだ出てはいないものの、じわりじわりと負傷者が増えてゆき、徐々に防衛に当たる人員が不足しはじめた。

 特に防壁の合間や上部から弓を射る迎撃要員は外からの攻撃で負傷しやすく、中には包帯を巻いた状態で矢をつがえる者も出てき始めた。


 ―― 思ったより、きびしい。いつでも 逃げ出せるよう 皆を北へ ――


「ホネオさーん! だ、ダメだ! 北の出入り口にも連中、まわりこんできやがった!!」

 プライトラの分隊、およそ300人は余裕をもって攻めてきている。

 決して焦らず、ゆっくりと矢弾を村へと撃ち込んでいた。それゆえ攻撃手に数を割く必要がなく、その多くを村人を逃がさないよう包囲する要員に割り当てられる。


 一方で村人達は敵を減らさなければ脅威を取り除けない。なので攻撃の手が一番多く必要になる。

 だが外に打って出ての直接戦闘は不可能。装備も経験も開きがある相手に、村という拠点の助けを欠いた戦闘など自殺行為にしかならない。


「くっそ、一人も逃がさない気かよ」

「まずいぞ、もっと北側にも人を回さないと」

「南と西だけで精一杯だ、そんな余裕ないぞ!?」

 ほぼ同数の戦いで普通ならばホネオ達オリス村の方が拠点ある分有利である。だが勝利条件が異なる現状では勝手が違う。


 敵は、最終的に村を制圧できれば良いのであって、焦って攻め立てる必要がない。

 その分、ケガ人が出てもすぐに引っ込めて治療に当たらせられるし、なんなら無理に攻撃をしかける必要もない。

 加えて社会の鼻つまみ者(ゴロツキ)達は野宿など慣れっこな上に、今回の行動のために部隊に必要な物資の準備もバッチリ用意してきているようだった。なんなら1ヶ月くらいこうして村を包囲し続けることもできそうなほどに準備万端な雰囲気さえ感じる。


 しかし村の方は違う。

 いつ攻撃されるかもわからない緊張に晒され続け、頼みの防壁も徐々に痛んでいく。

 村内に食料の蓄えこそあるものの、武具は乏しい。矢にしろ投石にしろ急遽用意したもので、その材料も十分な量が確保されているわけではない。

 近接戦闘には痛んだ物も含めてた農具ばかりだ。食うには困らずとも長期戦に耐えられるかは不安があった。



「………」

 ホネオは懸命に考える。かつては一兵卒として使役された身ではあったが、将としての力はない。多くの知識を有してはいるが、軍事的な戦略や策を立てる参謀的な知能も才能もない。

 有効な戦略が思い浮かばず、歪まないはずの眼窩の空洞が今にも泣きそうにクシャクシャに歪みだしそうなほど、強い不安に駆られる。


「……………」

 何気なく拾った石を自分の可能な限りの力で壁の向こうへと投げる。だが敵に当たった様子はない。

 かつて現場で戦っていた頃と違って造物主亡き今、こうして存在できているだけでも不思議なホネオには、さすがに戦う力までは残っていなかった。

 個として戦場に貢献できる力もなく、集団を勝利に導く手立ても思いつかず、ホネオの何も入っていない頭蓋骨の中が、焦げ付くような深い苦悩で埋まってゆく……


「大丈夫ですよホネオさん。戦闘は俺らに任せてください!」

「そうそう、ホネオさんは何か策を考えてください!」

 戦いの最中だというのに彼らが向けてくれる笑顔は実に爽やかだった。



  ―――思いつかない、何も。


 村を守るための考えが、作戦が、何も、何も思いつかない……

 村人の期待に応えられない苦しみに、骨のみのその身体が崩れてしまいそうな辛さを感じる。

 何もできない、何も、どうすることも、自分にはできない。

 改めて思う。自分は知識を記憶こそできても所詮は骸骨(スケルトン)でしかないのだと。

 蓄えた知識を、情報を活かすための知能はないのだと思い知って無力感が全身を包んだ。


 カシャン、カシャン……


 ゆっくりと1歩、2歩と後退する骨の足。ガクガクと膝のあたりが震える。しかし不意に村人の視線を感じて、とっさに背伸びをするような仕草を取った。それは誤魔化しだ。

 本当は自分の無能さに恐怖していたのに、まるで壁の向こうの様子を伺おうと背伸びしたり、ジャンプしようとしているかのごとく振舞ってしまった。


 何も考えつかない、なんて絶望的な事を言えるはずがない。

 村人達の間でホネオの存在は大きく、その発言に一喜一憂する。彼らの喜ぶ姿を見たくて、彼らの平和な日常を見守る事が生き甲斐となって、そして今日まで生きてきた。

 ここで彼らを、彼らの村を失うような事になればその瞬間、自分はバラバラになって崩れ落ち、この意識すらも完全に消失してしまいそうな気がする。



 イヤだ、失いたくない。でも、でもこの状況を乗り切る手立てが思いつかない……


 葛藤が巡る。どこまでも。


 そんな中でも懸命にひねり出さねばならない。

 皆が無事であり、この難局を乗り切るために。





 ―― 攻撃中止。 矢と石 ためて ――


「? わ、わかりました」

 外の連中が本気で攻め寄せてくる気が、いまのところないというのであればやたらめったら攻撃しても無意味だ。

 攻撃の際に身を乗り出さなければならない分、敵はそこを狙って着実にこちらの戦力を削いでくる。

 これ以上の戦力低下は避ける必要があった。



 ―― 時間かせぎ。これ、空 撃って ――


 ホネオは奮える手で持った矢を1本、弓を持った村人の一人に渡す。その(やじり)には火が灯っていた。


「これを空に向かって撃てばいいんですね? わかりました」


 シュヒッ……


 しかし何事かが起こるわけではない。

 矢が空高く舞い上がり、やがて落ちてきて火が風で消え去り、地面に突き立つ。あたりはしばし静かになるが、何かが起きる様子はない。



 ―― ブラフ。これで敵 慎重になる、と思う ――


 自信はない。

 昔読んだ軍略書か何かにあった逸話を真似てみただけのチープな作戦だ。敵が1本だけの火矢を何かの合図と考えてくれれば成功といえる。


 篭城戦を考えると、今の村には怪我人を癒す時間と矢を作り石を補充する時間が必要だった。戦いながらそれを成すためには敵に本気で攻め寄せられてもらっては困る。

 慎重にさせるための(ブラフ)、ただそれだけの事でしかなく、ならず者達を蹴散らすための決定的な作戦というわけではない。


「………」

 苦しい。しかし、こんな事しかできない。

 汗などかかないホネオだが、冷や汗というものが流れるとしたらこういう時だろうかなどと思う事で彼は現実逃避し、必死に精神の安定を図る。


 敵は静かになった。

 このまま数時間くらいは大人しくしていて欲しいと思うが、そうもいかないだろう。


 ―― 数人で いい。なるべく たくさん 石、集めて ――

「は、はい」


 ―― 矢 作る人数、少しでも 増やして ――

「わ、わかりました……」


 ―― すぐに 動ける 軽傷者。治療 いそがせて ――

「あ……い、いえ、いってきます」


 緊張が伝わったのか、彼らは少し不安をにじませていた。

 ホネオをしてもこの状況を打開できるような素晴らしい妙案が思いついていないのだと、指示の内容を受けて感じ始めたのだろう。

 まだ士気は高いといってもどこまで保てるかは時間の問題だ。


 ジワジワと敵の数を減らし、決定的なタイミングで総攻撃……奇しくも双陣営が考える戦法は同じ。しかしそれを実際に行える力があるのは荒事の経験多いならず者達の方。






 ……そして、戦況を一気に(くつがえ)せるような(ひらめ)きよ、何か起こってくれと願いつづけて5日。

 時間稼ぎのための小さな作戦を数度織り交ぜ、ギリギリのところで戦い続けてきたオリス村にも限界が近づいていた。


 防壁の隙間から伺える敵の数、少しは減っただろうかという気休めを口にする射手達に、もはや負傷していない者はいない。


 敵の攻撃にもっとも晒されやすい見張り台に登っている者は、その身をかがめたまま咳き込み、満足な敵情観察もできずにいる。

 懸命に治療を続けてきた女達にも不眠不休の疲労が見え始め、村の中から石という石はなくなり、矢を作るのに必要な金属や木材も底をつきはじめていた。


「食料は、ある。けど……ぐ、うッ」

「無理に動くな、休めるうちに休んで少しでも傷を癒さないと」 

「わかってる、けど……けど、このままじゃあ」

 村人達をもっとも苦しませていたのは医療品不足だった。


 戦闘による負傷とその手当てに必要な薬や包帯がこれほど多く必要となるとは誰も思っていなかった。ほとんどの家は常備品しかなく、村内の医者の蔵からも全てを持ち出したとて5、60人分の治療で全て消えてしまった。

 村を包囲されているせいで自然に生える薬草などを調達しにゆく事もかなわない。薬ももはや、薬効を期待して一部の食材を転用する事で民間療法的に凌いでいるような有様だった。



 ―― すまない、みんな。――

 謝るホネオに彼らはただ笑顔を向けるだけ。

 ホネオさんのせいじゃない、と言いたかったが、口を開く気力すら失いかけている。


 ―― もしものときは 私が囮となって、みんなの ――

 ホネオが村の人々を逃がすべく決死の覚悟を決め、その旨を伝えようとスケッチブックにペンを走らせていたその時―――



 ドブシャァアッ!! ドガァッ!!



「な、なんだ!?」

「んだテメェ!? 何も――……」


 ドシュッ! ブシュウッ!! ザブシュッ!!!


 突然の阿鼻叫喚。

 しかしそれは村人達に起こった事ではない。外で村を包囲したまま、余裕の隊列を敷いていたはずのならず者達に降って湧いた惨事だった。


「な、なんだ!? 何が起こってるんだ???」

「わ、わからん。だが連中が……次々と殺されていってる……」

 信じられない光景だった。


 血の雨が地面から空に向かって降るかのような凄惨な様相が村外で広がっている。

 そして、その中を悠々と進んでくる大小2つの影は散歩でもするような足取りで襲い掛かってくるならず者を、その歩みを止める事なく(ほふ)り捨てていった。


「あははは、手ごたえなくても数がいると蹂躙する快感? みたいなのを感じらてて楽しーですねー、魔王……とと、タスアナ様?」

「お前という奴はまったく……まあ質が伴わない分、数の多さで少しは戦い甲斐があるかと期待してはいたのは事実だが。しかして個々の質があまりに低すぎると数がいようとたいしてかわらんな」

 グレムリンの女性と鎧を着た男。屠った敵への感想が対極のこの二人によって、オリス村を取り囲んでいた300人のならず者達は唖然とする村人達が見守る中、みるみるうちに蹴散らされていった。




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