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神話級大戦の後日譚―ウサミミ領主の受難―  作者: ろーくん
第一編

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第3章4 不穏




 領地内でも一番発展しているだけあって、シュクリアの街で起こる事件数は元々多い。それでも戦前は領主が出張るほどのものはなく、相応に平和が保たれていた。

 それが大戦を経た後にこうも次々と事件が続発すると、街の人々の間にもよくない空気が漂いはじめる。



「どうなってんだ? もう大戦は終わったってのに、これじゃあ戦中よりも物騒じゃねぇか」

「ヤバそうな連中がウロチョロしてるからな。あいつらとっちめて欲しいもんだが、警備の連中はなにやってんだか」


「こないだの殺傷事件の時、領主様も直々に来てたって話だよ? なんかよくない輩が街に潜んでるんじゃあないのかねぇ? 犯罪者とかさ」

「どこからか流れてきた凶悪犯みたいな? ぶるるっ、おーこわっ」


「結構いい雰囲気で復興してたと思ったのに……。これじゃあ他所の小さな村とかのほうが安全かもしれないなぁ」

「オグル村の酒場には、カワイイ娘がいるって噂だぜ、いっそ移住するか?」


「シュクリアは利便性がいいからなぁ。できれば移住はしたくねぇよ」

 街の人々の会話は、おおむねこの街(シュクリア)の治安を嘆くものばかり。


 我関せずと言わんばかりに聞き流しながら歩くイフスのすぐ後ろで、メルロは人々の言葉に不安そうな表情を浮かべていた。



 ・


 ・


 ・


「大丈夫ですかね、二人だけで買い物なんて?」

 ドンはリビングの椅子に腰掛け、お茶を一口飲みながら浮かない表情(かお)でポツリと漏らした。


「懸念がないわけじゃないけどね。でもそれを言い出したら、イフーはいつも一人で行ってるわけだし、心配してもしょうがないかな」

 シュクリアまでは決して近いわけではない。だがイフスの特殊能力のおかげで行きは速く、今頃はすでに街に着いている頃だろう。

 今回は同じ女性のメルロが同行しているから衣服の心配もない。


 だが先日の殺傷事件やこれまでのシュクリアでの事件の数々、怪しい連中の存在などを考えると、二人の身を案じるのも無理はなかった。


「そういえば領主様。御領内に不審な連中がウロついてるって話は、もうしやしたよね?」

 その問いにはミミがその事を失念していないかを確かめる意志が含まれていた。

 ドンの心配の深さが見え隠れする一言に彼女は少し真剣に、しかし力を入れすぎないよう肩の力を抜いて答える。


「ん。シャルさんに渡した封書……ドンさんが届けてくれたアレにも記されてたし、気は配ってるんだけど」

 そこまで言って、彼女は破顔(はがん)した。落胆する理由はドンにも察しがつく。


「人手不足……ですか?」

「そう。警備にも調査にも割ける人手なんていないしね。一応はシュクリア町長に一連の事件の犯人達について詳しく捜査するよう指示はしておいたけれど、焼け石に水かなー」

 凶悪犯罪を未然に防ぐのはかなり難しい。それなりに治安を高めるための方策はとれても、犯罪者はその間隙(かんげき)をぬって犯行を行う。


 しかも突発的に発生した事件とは違い、連中は明らかに計画立てて暴れている。殺傷沙汰は結果に過ぎない。強奪されたものや被害の詳細を調べれば調べるほど、そこには明確な意図が見られた。



「(まぁ想像はついてたし、“ 予想通り ” の流れでもあるんだけど。かといってできる対処もあまりないんだよねぇ)」

 被害にあった領民には申し訳なく思うが、現状ではどうしようもない。

 今後の治安悪化を考えると胸が痛むが、ミミは自分の心の内に秘めたる考えを変える気はなかった。


「ハロイドにお出かけになられた時みたく、ナガン侯に兵をお借りしちゃどうですかね?」

 帰り際のあの兵士達の様子を見る限りミミへの覚えは上々のようだったし、ナガン侯との仲は良さそうに見えた。なら兵を貸してもらうくらいはとドンは軽く考える。


 しかしミミはその提案を首を横に振って即座に否定した。


「それは無理……ううん、厳密には無理じゃあないんだけれどもね。格が違うとはいえ私達は貴族同士だから、そういうのも単なる貸し借りの話では済まされなかったりするの、面倒だけど」

「? と、言いやすと??」


「多分、メリュジーネ様なら私が何を要請しても快く受けてくれるとは思う。けど、私達の間では良くても貴族社会っていう大きな視点から見ると、他の貴族を助けるのに権力を用いての案件って、れっきとした貸し借りになってしまうの。んーと……ナガン家がアトワルト家を助けた、っていう話になっちゃうわけね」

 個人同士の話であっても、双方の家同士の事として捉えられてしまう。それが貴族社会における面倒な家柄関係の一つである。

 当人達にとっては些細な事であっても、世間はそうは見てはくれない。



「しかもナガン家は名門の大貴族で、アトワルト家(ウチ)は中流の、下から数えた方が早いって感じの家柄だから。上位の貴族が下位の貴族を助けた、っていうのはいろいろと大事になっちゃいやすいの」

 ただでさえ不穏な動きをする貴族の存在に心当たりのあるミミである。かねてより貴族同士の関係については細心の注意を払っていた。


 そういった貴族の諸事情を地上に生まれ育ったゴブリンのドンが知らないのは仕方ない。

 かといってその辺りを深く掘り下げ、詳しい話までするわけにもいかないし、今後のためにもしないほうがいい。


 貴族社会の話はそこでとどめ、ミミは兵の貸し借りについての話に戻す。



「特に兵を動かすっていう、領主の権力を行使してまでって話になると、その中身がたいした事ないものでも」

「他の貴族の方とかは何か裏があるのではとヘンに勘ぐったりする、ってワケですね。なるほど……申し訳ありやせん、知らなかったとはいえ軽々しい事を言っちまいやして」


「ううん、提案自体は歓迎。かといって簡単に採用できないのも事実だけどね」

 そういって(ほが)らかに笑みを浮かべる。つられるようにドンも口の端を緩ませた。


「(はぁ、けど問題が解決したわけじゃないし、どうにかしなきゃならないのは間違いないんだけれど……歯がゆいなぁ)」

 お金さえあればミミの手足となる私兵を雇ったり、各町や村の治安維持の警備員を増員したりできるだろう。

 だがそんな余裕はもはや蚊ほども残っていない。


「(来年も減収は避けられないし、その少ない税収が入ってくるまでまだ半年近くもある。これ以上何かできる資金力はないし先々の事を考えると……やっぱり “ コレ ” でいくしかないなぁ)」


「二人とも、無事だといいんですが…」

「ん、…あ、うん。まぁイフーがいるから大丈夫だと思うけどね。危ない事は避けるだろうし」

 ドンの言葉に思考から引き戻され、ミミは心の中で彼に謝る。謝らずにはいられない。

 犠牲が出る事を知っていながら、自分がその犠牲をあえて課さんと考えている事を、彼に黙して語らずにいるのだから。







―――その頃、都市シュクリア、商店通りの路地。


「そっちへ逃げたぞ! 逃がすな!」

「へへ、追い詰めてやる」

「右だ、回り込め。油断するな、見た目よりも身軽だぞ!」

 大の男達が怒号を放ちながら路地のあちこちを走る。彼らが追っている者、それは一人の(・・・)メイドだった。



「いたぞ、こっちだ!」

「道を塞げ、包囲するんだ!」

「チッ、あの(アマ)ッ、俺を飛び越えてっ」

「だから言ったんだ。追えッ追えーッ!」

 十人近くの男達を翻弄しながら逃げる影は、煌めく飛沫をそのツインテールの毛先より流しつつ、街の “ 北門 ” を目指して走る。


「(メルロさんは無事でしょうか? あえて反対方向に向かっては見ましたが……)」

 男達が全員、自分を追いかけてきている事にホッとする反面、自身がこの後どうやって彼らから逃げ切るかについての考え(プラン)はまだない。


 しかし戦闘能力に乏しい彼女―――ルオウ=イフスにとって、どうにかして追っ手を振り切る以外に、この状況を乗り切る手はなかった。


「(まずは相手の視界から逃れて身を隠し……最悪、霧状になって飛んで逃げる事も視野に入れて―――)」

 そこまで考えて彼女は違和感を覚える。急に男達の声が聞こえなくなったのだ。


 立ち止まり、注意深く見回し、路地の角を覗き込んでみても男達の姿はない。少なくともイフスの周囲20数メートル以内には追っ手の気配が一切なくなってしまっていた。


「これは一体? ……ハッ!?」


 タンッ…ドカッ!


 ステップを踏んで飛びのいた。直後、自分が立っていた場所に一本の矢が突き立ったのを見て、イフスは射手がいるであろう空を睨み上げる。



「ほ~。領主のメイドというだけあって、身のこなしと直感のほどはなかなかじゃあね?」

 卑屈そうな河童(ウォーターインプ)が、高い塀の上でしゃがみながら、イフスを品定めするように見下ろしていた。


「もともと掠めるつもりで撃ったんだ。避けるくらい簡単だろ」

 その隣に、空に飛び上がっていた猿亜人(ハニュマン)が着地。新しい矢をつがえなおしている様からも射手が彼である事は一目瞭然で、彼女は必然的にその弓と矢を持つ両手の動きに対し、警戒を強めた。しかし―――




 タッ! シュビッ!!!



「!!!? っんく…ッウ!! かはっ」

 彼女の後ろから高速に迫った影。

 イフスが反応するよりも一瞬早く、その身をするどく突いた。


 地面の石畳が近くなり、身をひねってかろうじて受身を取る。左肩を擦りながら倒れたイフスは、自分を攻撃した者を確認しようと視線だけは相手に向けた。


「ほー、今の不意打ちでも受身が取れますか。程度の低いメイドではないようですが……ま、脅威ではないですね」

 自分を殴ったであろう片手を突き出し、両脚を開いて何かしらの武術の構えを取っている、小柄な竜亜人(ドラゴンニュート)

 構えを解き、手足を揃えて(たたず)まいを整えると、その身なりが商人然としている事に気付いた。


「(商人……まさか、ミミ様を狙って?!)」

 ワラビット族が過去に享受した不幸の歴史は、イフスもミミに仕えるにあたって勉強していたためによく知っている。


 今は奴隷売買(そんなこと)がまかり通る時代ではないと理解していても、魔王のメイドを務めていた彼女である。

 現在でも闇で動く者達(商人)が存在しているのは知っていた。


「ぐ…、ぅ…、はぁはぁ、貴方がたは一体…、なんの目的があって私を追いかけるのですか」

 イフスはかろうじて立ち上がるものの、全身は痛み、即座に逃げ出すことは困難。絶望的な状況だが、せめて少しでも情報を引き出そうと考え、問いただした。


「さて、それはわたしめにもお答えしかねますね。理由はまぁ様々ですが……」


 ヒュッ! ……ドスゥッ!!


「あっ、が……は、ぐ……!? な……んぐっ!!!」


 一瞬で間合いを詰められ、ボディーブローを受けて前屈するイフス。

 さらに彼女の上体が前のめりに傾く動きに合わせ、カウンターを入れるようにドラゴンニュートの片手が、イフスの口元を掴んで塞いだ。


「この場でわたくしどもが貴女にすべき事は決まっておりますので、とりあえずはそれを果たさせていただく事といたしましょうか」

「…っ、っ、ん……、ぅっ、~っ、ッ!!!」

 もがく彼女だがドラゴンニュートの片腕を振りほどけない。そうこうしている内にイフスの口を掴んでいる手の平、そこに持たれていた小さな玉が彼女のノドへと落ちてゆく。


 口内のどこにも触れず、ノドの壁面にすらひっかかる事なく内臓へと送り込む優れた投入術は、本人にまったく自覚させないままに異物を飲み込ませた。


「……これでヨシと。ひとまずは眠ってもらうとしましょう。後は―――」




 クロゥククロゥククロゥククロゥククロゥククロゥク………!!!


「!?」「!!」「ッッ!!」

 突如として彼らはカエルの鳴き声のような音に包まれた。ドラゴンニュートはイフスを放して地面に膝をつくと耳を塞いで耐えようとし、塀の上にいたハニュマンと河童は転げ落ちてそのまま気絶する。


「…ッ、な…に、…も………、の……」

 しかしドラゴンニュートもついに耐え切れなくなり、発声者を確認する前に石畳に伏して気を失ってしまった。

 睡眠系の魔法をかけられてすでに意識のないイフスは、幸いにもその音の効果を受けずに済む。




水辺の合唱は騒がしいケロッグ・ブレインバースト


 ――― トードマン系種族が、その声帯から発する事のできる音域と、魔力をあわせて発する特殊魔法。

 魔法というよりも技能に近い特性を持ち、発声の仕方を工夫する事で不眠を癒したり、衝撃波を起こして物理ダメージを与える攻撃とするなど、多岐に渡る効果を発揮することができる ―――



「………」

 大きく開け放った口を閉じ、メルロは呼吸を整えてからおそるおそる歩を進める。そしてイフスを何とか抱えあげると、周囲をキョロキョロと見回しながら他に危険な者がいないかと怯えつつ、可能な限り足早にその場から立ち去った。









――――マグル村の広場。


「東? どういうことだ。そっから東ってーとドウドゥル湿地帯じゃねーか」

 マグル村の皆に認められるほど、すっかり村に入り浸っているザードが首をかしげる。その足元にはぶちのめされて気絶している荒くれ者数人が縄で縛られて転がされていた。


「しかしこいつ等がやってきた方角は確かに東からだった。ドウドゥル湿地帯があるからさすがに真東からって事はないだろうけどこの村……オレスの東、2、3kmあたりで俺が見たのは、確かにコイツらだったよ」

 村人は地図でマグル村から東にあるオレス村を指し示し、さらにその東へと指を少しスライドさせた。


 荒くれ者達がとっちめられたのはこの村の酒場で “ おイタ ” を働いたためだ。


 ちょうど常連客であるザードが酒場に顔を出し、事が大きくなる前にこうして収める事ができたわけなのだが。


「(コイツぁ何か厄介な事が起こってるのかもな。シュクリアで俺が見た連中……まさかアレクスの野郎が?)」

 シュクリアの街を出る前、アレクスが接触してきた事を思い出す。


 正しい治世だの、正義がどうこうと言って自分を誘う彼に対してその時は事も無げに断ったが、今思えば他に群れて行動しているような連中の話は、このアトワルト領内ではほとんど聞いた事がない。


 荒くれ者達と対峙した際、連中がやたら威張り喚き散らしていた口ぶりから考えても、何か大きな組織に属して後ろ盾にしているようだったし、ザードは軽く瞳を伏せて両肩を落とした。



「ザード、そういやシャルールさんは? 酒場のほうは大丈夫だったのか?」

「ああ、こいつらがバカやらかす寸でのところだったからな。酒場は今、荒らされた後を片付けてると思うぜ。俺たちはこいつらを吊るし上げねぇとな」

 正義や平和、あるいは愛や平等など耳に残る綺麗な言葉をやたら強調し掲げる輩ほど邪悪な者はいない。


 なぜならそういった連中は、声高らかにかつ執拗に綺麗事を叫ぶことで自らを “ 正義の使徒 ” と思い込んだり、そのための行為の全てを “ 許される ” ものだと信じてやまないからだ。


 そして自分達に、もしくは自分達の主義主張に逆らう者を邪悪と一方的に定義付けてののしり、これを排除する事も辞さない……“ 暴力 ” をもちいてもそれを正当化する。


「(最低最悪だぜ。正義を標榜して悪を否定し、暴力を使う輩は総じて世の本質や真理ってのから最も遠いとこにある究極の世間知らずだ。世の中はそんな単純な天秤でどうにかなるものじゃあねぇんだぞ、アレクスよぉ)」

 仮に組織の下っ端連中が勝手に暴走した結果だとしても、組織の長たる者はその責任を負わねばならない。こうした荒くれ者を従えるのは構わないが、その手綱はしっかりと取らなければ崇高な使命や目的も夢想に終わる。




「……なぁ、この村の自警の数は5人だけか?」

「ああ、昔は20はいたんだがな。腕っ節に自信のある奴は先の大戦に……」

 それ以上は聞かなくてもわかる。勇み参戦し、そして帰ってこなかったというわけだ。


「(どっちみち、20人ぽっちでも少ねぇ。どうやらアレクスの野郎をぶん殴りには行けそうにねぇな……)」

 治安維持体制が万全であるなら、ザードは一人アレクスのところへ乗り込む気でいた。

 しかしこういった村に害なす連中がいる以上、軽々しくマグル村から離れるのは(はばか)られる。


 もどかしくはあるが敵の組織がザード一人乗り込んだところで、どうにかできるレベルである保障もない。


「(出目は悪ぃなぁ。クソッ、後手だぜまったくよぉ)」

 大戦の最中、共に避難した時にアレクスの危うさに気づいていれば……後悔してもいまさらだ。

 状況の悪さを考えるとザードの吐く息はどこまでも重かった。



「そっちはどう? 何かわかった?」

 バーメイドドレスの裾を結び、いかにも大掃除中のいでたちなシャルールがやってくると、男達は一気に明るさを取り戻した。


「おおぉ、シャルールさん」

「シャルール、もう酒場の方は大丈夫なのかい?」

「大変だったねー。まったくこのカスども、シャルちゃんに迷惑かけやがって」

「マスターは大丈夫かい、なんかケガしたって聞いたが」

 ワイワイと押し寄せる男達にシャルールは苦笑いを浮かべる。

 男達の隙間から、ザードの足元に拘束されている暴漢達の姿を見つけ、とりあえず事が収束した事を知ると全身から緊張を解いた。


「うん、ジロちゃんは平気。まぁ “ 本気 ” 出しちゃう前にザードさんが来てくれたのは幸いだったけど、ちょっと頭から出血しちゃってたから、今は包帯巻いて血が止まるまでじっとしてもらってる」

 ジロウマルは滅多に本気を出さない。仮に客がシャルールに対して行き過ぎたセクハラをしようとも怒ったり、力で排除するような事はしない。


 なぜならジロウマルは戦闘能力がかなり高く、その性質は殺害する事に特化している。ひとたび本気を見せたなら、高確率で相手を殺傷しかねないのだ。

 ジロウマル自身もそれをよく理解しており、問題を起こしてシャルールに迷惑をかけるわけにはいかないと普段から自制していた。


「まぁなんだ。こういう輩が来た時は、遠慮しねーでいいってマスターに言っといてくれな? 何よりもシャルールさんに何かあったりしちゃあ」

 だがザードの心配は無用だろう。もし本当にシャルールの身に何か起ころうものならば、ジロウマルは言われずとも容赦なく本気を出すに違いない。


「ありがとう、ザードさん。それより……」

 シャルールが荒くれ者達の方に視線を向けると、その場にいる全員が同じように視線を向けた。

 誰もが彼らを通して、今後も村の治安を乱す存在を気にかけるが……



「まいっちまうな。とにかく余所者に気をつけるくらいしかできねぇぞ?」

「いや、他にできる事はまだあるはずだ。まずはしっかりと村内の相互関係を」

「いまさらだろう? それとも俺らはそんな拙いお隣さん同士か?」

「…だな。そうなると、本当に厄介だぞ? 余所者全部入村お断り、っつーわけにもいかねぇしなぁ」

 男達が今後の対策を考えてあーだーこーだ言っている中、シャルールは何か忘れているような気がすると考え込んでいた。


「? どうかしたのかい、シャルールさん。浮かない顔して、困りごとならオレになんでも相談―――ありゃ?」

 だがザードの言葉も耳に入っていないという感じで、彼女は何かを思い出したように酒場へと駆けてゆく。

 男達が小首をかしげているとシャルールはすぐに戻ってきた。手に何か紙の束を持って。


「えーと、んーと、これが確かこっちで……、これに書く……だったよね、うん。皆、ちょっとお願いしたいんだけど」

 そういって彼らに束の中の紙の一部を差し出す。しかしそれは白紙だ。


「? なんだいこれは??」

「シャルちゃん、一体何をすりゃあいいんだい?」

 要領を得ない男達とは別に、ザードだけはその白紙を見た瞬間、目を細めた。


「これは……魔導具かいシャルールさん? なんでこんな “ 高価 ” なモンを??」

 ザードがつとめて真面目に “ 高価 ” と言った事で、男達は軽くぎょっとする。


 魔法の力を込めた道具はそれだけでも目が飛び出すような高値がついている。それが例え何の変哲もない小石であったとしても、込められた魔法の力次第では万金に値する値段がつく事すらある。



「ザードさんは知ってるの?」

「見たことはあるが詳しくは……って程度だ。ただ普通の紙にしちゃあ不可思議な輝きの粒が宿ってるのがいかにもって感じがしたんでね」

 だがシャルールの反応からしてザードの言う通りという事だろう。男達は改めてなんの変哲もない紙を覗き込んだ。


「ここに、皆の手で “ 嘆願 ” を書き連ねてくれない? この紙はミミ―――領主様から渡されていたものだけど、マグル村周辺で治安に懸念がでてきたらこれを使って欲しい、って言われてたの」

「どういうものなんだコレ? 書いたら何か起こるのか??」

 村人の一人が怪訝そうに紙面を見る。効果のほどが気になるのは当然だろう。ただでさえ彼らは魔導具というものに縁がない。伝え聞く程度にしか知らないのだから、男の反応は当然といえた。


「たしか……、書けば真にして心なる文言は残り、偽にして心なき文言は留まらず、<真実は心の中にトゥルー・モア・トゥルー>っていう魔法が込められてるとか。えーと、要するに嘘を書いても消えちゃうって事らしいんだけど」

 それはつまり、ここに書き留められる内容は絶対的に信用できる真実のみという事になる。


「じゃあこれにコイツらの事とか、いろいろ詳しく書きまくればいいってワケだな? よし、書くぜ!」

 ザードがいち早くペンを取り、シャルールより用紙を一枚もらう。それに続いて他の男達も用紙を手に取ると、その場に座り込みはじめた。


「あ! だったらさ、こいつら締め上げて洗いざらい吐かせるべきじゃあねぇの? その方がもっと有効な事をいろいろ伝えられるんじゃ?」

「だな。よし、それは俺たちがやる。まだ収穫前だ、空き納屋はいくらでもあるぞ。ぶち込んで埃を全部叩きだしてやるぜ!」

 彼らが今の村の窮状を正確に書き留め、然るべき者にその紙を見せれば、村の安全と安泰に手を打ってもらえる。

 それを理解した村人達は光明が見えたとばかりに誰もかれもがやる気を見せた。


 だが一体その紙を誰に届けるのかまでは、ザードを含めて誰も気にかけない。



「(これマジ……? うわー、まさかあの方(・・・)を動かす気なの??)」

 唯一シャルールだけが、やはり魔法の力の宿っている封筒に書かれている宛先を見て驚いていた。


 確かにミミは貴族だし “ 奏上 ” する事は可能かもしれない。だが村一つの治安のために動かすには過ぎた相手ではないのか?

 シャルールは軽く頬を引きつらせながら苦笑する。一体彼女は何を考えているのか? 何をしようとしているのか??


「(ちょっと治安に懸念が出てきたくらいでこんな手を打つ方法を私に届けてきた……。ミミちゃんってば何を企んでるのよ?)」

 空を見上げると、千切ったような無数の雲が強風にあおられて流れてゆく。遅れて地上にも突風が吹き、シャルールのスカートをまくりあげた。

 男達は口笛を吹くなどして喜んでいるが、彼女は特に気にすることもなく空を見ている。


 何か妙な胸騒ぎを覚えているのは彼女とザードくらいのものだろう。

 なんともスッキリしない嫌な感じを胸中深くに押し込む。自分のモヤモヤした気分を誤魔化すように溌剌(はつらつ)とした笑顔を浮かべて、彼女は書き終わった紙の回収をはじめた。









――――――シュクリアの路地裏。


「……ぐ、う、…………。ふぅ、逃げられてしまいましたか。まぁもとより目的さえ果たせばお帰りいただく予定でしたから、問題はないですがね」

 ドラゴンニュートはゆっくりと立ち上がり、全身をはたいて土埃を払う。倒れている仲間達を一瞥すると、助けもせずにその場から歩き出した。


「(さて、これで一手は打ちました。アレクスさんには申し訳ありませんが、ウンヴァーハ様の覚えをさらに良くするためにも、こちらはこちらで手柄を立てておかなくてはならないのでね、フッフッフ)」

 なんならあのメイドを捕まえて献上するのも悪くはなかったが、それでは一時の功にしかならない。

 ウンヴァーハの性格を考えれば、メイドを拷問にかけても手加減を知らずに無碍(むげ)に殺してしまいかねない。

 

 だがそれでは後にはつながらない。


 利用できるものは可能な限り利用しつくし、己の益に最大限つなげる。ドラゴンニュートはほくそ笑みながら入り組んだ路地から出て、見通しのよい大通りへと出た。



「バランク様」

 そういって声をかけてきた男にドラゴンニュートは目もくれず通りを眺める。男も彼の方を見ていない。一定の距離を空けて同じ方角を見ていた。


「部下の撤収は済ませました。ですが、街中に今回の騒ぎを不安視する声が広がっています」

「……そこに “ 我々 ” は含まれていましたか?」

「いえ、騒ぎの元凶に対する人々の認識は、荒くれ者達やならず者達といった大雑把なものでした。我々についての容貌などを語っている者はいまのところ確認しておりません」


「よろしい。騒ぎの下手人はあくまで “ アレクスの組織の者 ” でなくてはなりません。我々は美味しいところをかっさらい、しゃぶり尽くすのみ。部下はそのうち切り捨てます。雑多な連中とはいえ、スケープゴートに使うなら十分でしょう。うまく立ち回ってくださいよ? あなたには追加報酬を与えますので、重々よろしく頼みます」

 男は軽く会釈して立ち去る。彼はアレクスの組織に参加していた者だが、懐柔されてドラゴンニュートの商人―――バランクに通じ、今は彼のために動いていた。


「いいんですかいバランクさん。勝手に組織の下っ端をコキ使って?」

 意識を取り戻し、路地から出てきた猿亜人(ハニュマン)が、まだ気分が悪いとばかりに首をまわしながらドラゴンニュートの後ろに立つ。


 彼らはいつもこんな調子だ。一応は主従の関係ではあるが、それは最低限にとどまり、互いに必要以上に助け合ったりすることはない。

 敵対者の攻撃で気絶しようが命を落とそうが、まるで構わないその希薄な仲間関係はあくまで仕事上、互いの利益のためでしかない。


 そのうち河童も意識を取り戻すだろうがそれを待つ気は彼らにはない。大通りを行き交う人々に混じり、何事もなかったように雑踏に同化してゆく。



「なぁに。死んだらビタ一文払わなくてもいいんです。タダで使えるんですから、とことん利用しないと損というもの。それに、死ねば我々の事を誰かに告げる口も開けませんから」

「相変わらずだぜ。……それでこっちはこれからどう動くんだ? もうあまり“ 時間 ” はないんだろ?」


「ええ、アレクスさんが計画通りに事を運ぶ気であるなら、そろそろ自由に身動き取れなくなってきます。今後はそのつもりで動きませんとね」

 雑踏の中で会話しているにも関わらず、周囲の人々にその内容は聞こえない。声をひそめているわけでも特別な魔法や能力を駆使しているわけでもない。


 バランクは理解しているのだ。知人でもない道ゆく者の会話に興味を示す者はいないということを。


「今日仕込んだモノが有効に使えさえすれば、来るべき日に第一功をかっさらう事は確定的でしょう。次の仕事はさしあたり、掠め取るものを今の内にみつくろっておき、後日円滑に運び出すための準備を整えておくことでしょうかね」



 しかしバランクはまるで気づいていなかった。そんな雑踏の中にあって彼らの会話に耳を傾ける者がいた事に…………









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