閑話 世界を繋ぐ港の野郎ども ――――――
――――魔界。光速輸送貨物、発着プラットホーム。
仕事の終わる時刻が近づく。
ずらりと並んだプラットホームは、本日分の地上行きサンダーバード全羽がすべて発った後で、そのほとんどが空き。しかし発着のための出入口の扉は、まだ開いたままだった。
「シッポ署長、お先に失礼します」
「おーう、お疲れぃ。気ぃつけて帰れよー」
スタッフはすでに数えるほどしか残っていない。地上からの到着便を迎える最低限の人員を残すのみだ。
「ふぁぁぁ~。今日もよく働きましたってかぁ、はっはっは」
このほどよい疲労感と労働からもう少しで解放される、一日のゴールが見えた時の気分がなんとも心地よい。
よく生きているという実感と充実によるある種の幸福感をシッポにもたらしてくれる。
一通りあくびし終えると、今一度気を引き締めようとボロボロの制帽をかぶり直す。
―――と、まるでそれを待っていたかのような絶妙のタイミング。
1便の光速輸送貨物車が地上世界より舞い戻ってきた。
ビシャルルルッルルルッ!! ギャシシシュシュシュゥッ!!!
プラットホームに沿って伸びる金属路線が、サンダーバードの放つ電気を吸収する。
そして電気が金属を伝って線路終点に立つ2本の棒を駆け上り、その上に浮かんでいる宝玉へと吸収されていった。
宝玉は漏れ出る電気が周囲に飛び散らないようにする保護カバーの役目を果たす透明な箱のようなものに覆われている。
なので感電の心配はなく、シッポも余裕の態度で宝玉のすぐ近くまで歩み寄った。
「<発気より探る仔細> ……ほーん、まあいつもどおりだな」
シッポは何気なく用いているが、この魔法はかなり高位の情報取得魔法。電気のように物理固体としては扱いずらいものから、その発生元の情報を得られる。
他のスタッフは今回の運搬についてや地上世界の情報などを、直接サンダーバードから聞くが時間がかかる。シッポは面倒くさがっていつもこの方法で済ませていた。
バチヂチッ! ……ジュゥウウ
放電がおさまってゆく。
プラットホーム横につけて止まったサンダーバードは首を左右に振ってから息を吐き出して、ようやく落ち着いた。
『シッポよ、荷降ろしの手はずをたのむ。あと、手続きもな』
「わーってるよ、お前が今日の最終便、これで俺もあがりだ。荷台は外してお前もゆっくりしろよ。あとはウチの連中にやらせとくからよ」
『ウム。そうさせてもらおう』
バチンッ!
サンダーバードの身体に結ばれていたバンドが弾けるように外れ、荷台と魔獣の繋がりは絶たれる。
人間でいうところの背伸びにあたるのだろう。首を大きく前へと伸ばし、翼は逆に後方へと伸ばす。
ビシュリという音と共にカラダに帯電していた残りの電気を放電すると、翼を軽く2、3度はためかせた。
「ぶわっぷ?! おいおい、抜け毛がひでぇんじゃねぇか? あーあー、俺の腹にまで刺さっちまってるよ、イテテ…よっ、と」
汚らしい出腹に無数に刺さった、細かい黄色の針のようなものを1本1本抜きながら、シッポはやれやれと首を振った。
『そろそろ夏毛も抜け始める頃だ、ブラッシングも気をつけねばなるまい』
サンダーバードは、落ち着いてじっと佇んでいる時は流麗な毛並みの巨大で美しい黄色の魔鳥。だが、その羽毛1本1本は硬質の針のような形状をしている。
金よりも硬く美しいとされ、電気伝導率の高さは屈指。この毛を編んだ糸に電気を通すと、電圧も電流も加速度的に増していく。
そんな価値ある抜け毛は夏と冬で生え変わる際に集められ、様々な分野で利用されていた。
「もうそんな時期か。めんどくせぇがそっちも手配しとかねぇとなぁ」
よろしく頼むと魔獣が丁寧にお辞儀する。とその直後、その体躯が輝きながら縮んでいき、輝きが失せる頃には人型を成していた。
肌の色は白く、まったく色がない。瞳は黄色一色で瞳孔も見当たらない。髪は天を突くようにツンツンと尖り、後頭部から背筋にかけても鋭い体毛が伸びている。
肩口から手の甲の部分にかけては完全に体毛で覆われていて、まるで着物の袖のように手首の下に体毛の毛先が集中していた。
男性のようなカラダつきではあるが、一糸纏わぬ裸体ながらその股間部分に、それらしい性器の存在は見当たらない。
脚部もそのほとんどが体毛で覆われており、足先は鳥の鉤爪そのままだった。
「んじゃ軽くシャワーでも浴びて来いよ。お互い上がりだ、一杯ひっかけに繰り出そうぜ」
「ウム、付き合おう。では汗を流してくる、しばし待っていてくれ」
サンダーバードのこの姿は、シッポ達の社会にあわせて共存するための形態だ。
とはいえ、姿は無理に変えているところがあり、本人達にとっては全身に包帯をキツめに巻かれているような、窮屈な感覚らしい。
それでも魔獣本来の生では味わえないような楽しみを享受できるため、彼らは仕事終わりにはこの人型形態で町へと繰り出すのが常となっていた。
――――魔界、クロスポートサイドの街。
地上と魔界を繋ぐだけでなく、魔界全土への相互便も飛ばすトランスポートに併設されている街は、24時間常に賑わいを見せている。
通りには活気が絶えず、この街で暮らすと昼夜の概念が狂うとまで言われるほど繁栄していた。
そんな街中にあって、二人は比較的静かな大人のエリアの一角の店に飲みに入っていた。
「なんでぇ、まーたルリウスんとこの娘っこかよ?」
シッポが大げさにジェスチャーを取ったせいで、隣に座っていた少女は怯えて身を縮めた。
「あーら、ご挨拶ねぇシッポさん? せっかく若くてピチピチの新人を宛がってやったってのに、ご不満かい?」
それを見かねたのか、妙齢の妖狐人の女性が少女をサポートするように口を出す。しかし、同時にサンダーバードのコップに酒を注ぎ足す事も忘れない。
「いやぁ、不満ってぇわけじゃねぇぜ? でもよ、どこに行ってもあの “ 嬢ちゃん ” の “ ガキ ” ばっかいるもんでついな……へへ、すまねぇな嬢ちゃん、別に嬢ちゃんが悪いわけじゃねぇから、そう緊張せずもっとリラックスしな」
淫魔族の救世主たるクスキルラ=ルリウスも、シッポの年齢からすれば子供扱いするような相手。
しかしながら淫魔族が、虐げられていた時代を脱却してより数万年ほど経た今日、魔界のいたるところで彼女の子供たるサッキュバスを見ない日はない。
魔界における大先輩のシッポがいまだ独身なのに対してこの子沢山ぶり……軽くイラ立ちを覚えただけ。隣に座って接客しているだけの少女にはなんら関係のない話だ。
「まぁ、あの御方も相当だからねぇ。下手すると自分の子供が今、何人いるかも把握できていないんじゃあないかい?」
妖狐の女将は同族でこそ妙齢の大人ではあるが、ルリウスよりもはるか年下であり、シッポにいたっては赤ん坊を見るかのようなレベルでの年の差。
それでもシッポが彼女を年下扱いしないのは、相応に大人の立ち居振る舞いが出来ているためだ。
「とんでもねぇ族長様もいたもんだな。ハッハッハ、母親に負けてられねぇな?」
「ありがとうございますっ…が、がんばります」
シッポに肩をバンバン叩かれ、サッキュバスの少女は少しだけ緊張がほぐれたようにはにかむ。まだ言葉がどもり気味だが、歌姫にでもなれば人気が出そうな、いい声色をしていた。
「がんばるのは店の方にしとくれよ? 母親同様、子供つくって早々に働けなくなっちまったなんざ、勘弁しとくれ」
「こ、こここ…子供なんてそんな、わ、私にはまだ…は、早いですよぅ!」
「ハハ、落ち着けよ、あれは冗談だぜ。これくらい上手く受け答えして適度に流せねぇと……まぁ、初心なのがいいって奴も多いかもなぁ? ガッハッハッ」
シッポの言葉に、両手をブンブン振って顔を真っ赤にしていた少女はピタリと静止し、そして自分の接客の未熟さに気づいて別の意味で顔を赤らめた。
「ま、新人なんでね。それにまだ50歳そこらじゃしょうがないっちゃしょうがないさ、客には大目にみてもらってるよ」
女将は自らのシッポを口元にあててクスクスと笑いながら愉快そうに語る。が、その一方で、サンダーバードがグラスの酒を空けたのを目の端で捉えると、すぐさまボトルを傾け、笑顔で酒を注いだ。
「ふあー…すごいです。さすがカオンさんです…」
「ハッハッハ、そりゃあ嬢ちゃんとは年季が違うぜ? ああなりたいってんなら、イロイロがんばってイイ女にならねぇとな」
客にあわせつつ自分のペースを乱さず、会話をこなしつつもスマートに奉仕する。水商売に従事するものを下品に見る輩は少なくないが、カオンというこの妖狐の女将の働きぶりは、下手な貴族よりも高い品格を思わせる。
質の高い接客は店の信頼につながる。
だからシッポもこの店を贔屓にしているし、仕事仲間に紹介して店の客足にも貢献していた。
「フフ……子供ねぇ。そういえばサンダーバードのお兄さんは、もう子供は作ったのかい?」
「いや、今は仕事が充実している。そんな考えはないし相手もいない」
すると女将の目つきがトロンと甘く溶け、サンダーバードの耳元近くまで顔を寄せた。吐息が浴びせられるほどの距離だ。
「だったらさ……アタシが産んであげようか? アンタの…タ・マ・ゴ♪」
魔獣は主に2通りの繁殖方法で生まれる。
一つは高位の存在が懐妊する時から出産に至るまでの間、意識的に魔獣を産むように自ら調整する方法だ。
この場合、交配相手は誰でも良い。むしろ原初の魔獣はそうやって産み出されたものだ。
しかし意識して魔獣を産む事が可能なのは、相当に高位の実力者でなければ不可能。もちろん妖狐の女将にはこの方法で魔獣を産む事はできない。
もう一つは、魔獣と直接交配する方法である。片方が魔獣であれば、もう片方がいかなる種族であっても魔獣が生まれる。
交配の結果として新種の魔獣が生まれる事もあるが、大抵は力の強い魔獣の遺伝子が勝る。
妖狐の女将とサンダーバードが交配した場合、妖狐の女将が産む卵はサンダーバードである可能性が極めて高くなるのだ。
「ふぇえぇええ?! そ、そんな事したらカオンさん、お仕事はっ!??」
「落ち着きな嬢ちゃん。こういうのも接客ってぇもんだ、イチイチ本気にすんなって。ま、仮に本気だったとしてもだ、仕事やめる事にゃあならねぇから、安心しなよ」
シッポの言葉にサキュバスの少女は目を点にし、頭の上にハテナを浮かべる。
おそらくは普通の妊娠と同じように考えているのだろうが、魔獣の卵を身篭る場合は少し勝手が違うのだ。
「魔獣の卵は、ある程度大きくなりゃ外にヒリ出されんだ、腹がデカくなる前にな。あとは卵が勝手に大きくなって、そのうち生まれるって寸法よ、ングングング」
つまり妊娠というよりはカオンの子宮を借りて卵を作るだけであって、カオン自身に妊婦の日々が訪れるわけではない。
排出する際の卵の大きさも、たいていは鶏卵の2、3回り大きい程度のため、本来の出産に比べれば苦痛もほぼない。
「シッポさん、もう少し言い方はないものかい? ヒリ出すってちょいと下品に過ぎるでしょうに」
「ハッハッハ、すまねぇな。こういうタチなもんでよぉ」
「それにミュナ。ちゃんと注いでさしあげて、ボーッとしていてはいかんせんよ?」
言われてサッキュバスの少女はハッとする。見ればシッポはボトルごと酒をかっくらっていた。
さきほどから注いでくれないので自分で勝手に飲み始めたわけだが、客にそんな事をさせたとあっては、接客は大失点ものである。
「ああああああ、す、すみませ~んッ!! あうあうあうッ」
「ま、いいってことよ。こんくらいの失敗はやらかさねぇと、逆につまんねぇ女になっちまうもんだからなぁ」
言いながらシッポは思い返す。そういえばカオンもこの店に勤めだした頃はこんなカンジだったかと。
自分が魔族の生まれゆえに、他種族に比較して長生きなのは理解しているが、なんだか物凄く年寄りになった気分がして、少しだけしんみりしてしまう。
だがそんな感傷はこの場にそぐわないと、シッポは即座に酒をあおって忘れてしまおうとした。
「だ、ダメです! わ、私がお注ぎいたしますっ」
「おっとと……そうかい? んじゃ、お願いするかねっと」
失点から挽回しようと張り切るミュナに苦笑しながらも見守る赤ら顔のシッポ。それを見守りながらも自分の相手のグラスの状況を見落とさないカオン。
にぎやかながら穏やか、そんな雰囲気の中、3人のやり取りがまるで入ってこないサンダーバードも、ドキドキして顔が真っ赤に染まっているのを隠すため、ドンドン酒をあおっていった。
――――翌日。光速輸送貨物、発着プラットホーム。
『? シッポよ。8番はどうした? 昨日こちらに着いていたのではないのか?』
本来のスケジュールではいるはずの同僚の姿が見当たらず、サンダーバードは首をかしげる。
「ああ……昨日飲みすぎてな。ま、あとはちょっとイイコトがあったんで今日は休みを許可した」
『……お前も飲みすぎたか。あと寝不足のようだが、仕事は平気か?』
「問題ない。ま、調子が狂うかもしれんが、気にするな」
シッポは、二日酔いや疲労がまわると普段の下品で豪放な調子が出なくなってしまう。つまり態度や口調で調子が悪い事が丸わかりなのだ。
「(貴族の自分の方が骨身に染み付いてるってか……ハハ、笑えねぇな)」
しかもシッポの場合、かつての大貴族だった頃の感覚の方がより本性に近く、普段の下品な彼は、無理矢理そう繕っているようなもの。
認めたくはないがこういう時にそれを思い知らされてしまい、自己嫌悪に陥る。
「あー、仕事は仕事だ。ちゃんとやる。そんなに心配そうな目で見るな。大丈夫だ」
『うむ、大変だろうが頼むぞ。10番と12番は今日は向こうで止まりのはずだが、6番と20番、それに22番がこちらに戻ってくる。8番の抜けた穴はどうするのだ?』
「便数は増やせないからな。担当の荷を地上行きの連中に小分けして追加で載せてもらってる。いけるだろう?」
『うむ、問題ない。今日は向こうへ行く便が多いからな、8番の分ならば積載の範囲内で済ませられるだろう……どうした、腰まで痛めたのか?』
少女とはいえ相手はサッキュバスだ。シッポといえども酔いがまわった状態で “ お相手 ” するのは厳しかった。
「(俺も年か。腐るにはまだ早いと思っていたんだがな)」
今日の失態の侘びにと誘われ、勢いのままに付き合った自分を後悔する。
今朝方に至っては維持と高位魔族のプライドから、大人の凄さを知らしめてやったものの、それが今腰にきている原因だろう。
「……俺も若くない、という事だろうな。やれやれ早々ハメは外せんな、年は取りたくないものだ」
貴族の頃の口調になるのも、あるいは若い頃への未練があるからなのかもしれない。
そんな自分を心の中であざ笑いながらも、シッポは仕事に手抜かりなきよう気を引き締めるべく、ボロボロの制帽をかぶりなおした。
――――地上、トランスポート発着場。
ここは唯一、魔界との行き来を許された地上拠点。
小さな町と、それに併設するように建てられている光速輸送貨物用の発着場があるのみで、魔界のそれと比べても規模はかなり小さい。
だが、魔界からの荷のほとんどがここに着き、別途様々な手段でもって地上の魔界側領土各地へと荷が運び出されてゆく。
神魔大戦時には、行き交う物は9割が軍需物資となり、サンダーバード達が引く荷台は隙間なく積荷があったが、今は違う。
「ふーむ、今日は1200tか。だいぶ軽いだろう?」
『ああ、忙しかったかの頃と比べれば5分の1ほどだからな。楽で助かる』
サンダーバードと軽口を交わすスタッフは、笑ってはいるものの内心では少し危惧していた。
「(平和なのはいいことだが……日に日に地上への荷が少なくなってゆくのは)」
物を運ぶのが彼らの仕事だ。運ぶ荷が少ないということは、それだけ売り上げも落ちるという事。
地上で大戦があって魔界からの荷が減るのは仕方がないし、過去の大戦の直後も同じように減少していたから一時の事といえばそうなのだが、それでも一労働者として現場にいる者にとっては、減給や失業の心配はどうしても湧いてくる。
「…よし、受領手続きは完了だ。荷降ろしに入るからバンドを外して休んでくれ」
10番と書かれたプレートと、サンダーバードに結ばれていたバンドが外れる。荷台との連結が解かれたのを確認し、黄色の魔鳥は1歩前に進んで荷台の間隔をあけた。
荷台は3階建てで、合計5000t――がんばれば6500tまで――もの重量を載せられる。
木製だが、もちろんただの木で出来てるわけではない。魔界にある“ 魔白の森 ”より樹齢が万をこえるものを選定して切り出された木材で出来ており、高い耐電性がある。
1階部は高さ20mで、一番荷を積めるようになっている。2階と3階は高さ10mと1階部に比べて低くなっており、客車にも使えるようにと側面に開きの多い造りだ。
側面下部にはビッシリと敷き詰めるように並んだ3列の車輪があるが、これはあくまで離着陸時における足でしかない。
飛行中は、サンダーバードの放電を受けて浮力を発生させる魔法玉によって荷台も浮く仕組みになっている。
「荷降ろし担当はすぐに作業にかかれー。仕分け班は待機、降ろした順ではなく配達先別で処理するのを忘れるなよー」
プラットホームの先から先まで聞こえるよう張り上げられた声に対して、各所様々なところから “ うーっす ” という返事がかえってくる。
いつも通りの、もう何万回聞いたか分からない掛け声。全員わかってはいるが万が一にもミスは許されない。
ただ物を右から左へと運ぶだけの職業だからこそ失敗は許されず、確実な仕事こそ信頼を勝ち得るための全て。
『転送門などで大量の荷を運ぶことができたなら、いろいろと楽ができるだろうがな。だがそうなってしまっては、我々が仕事を失うか』
「だな。おそらく魔王様もそう思って、転送門の使用を厳しく制限しているのかもな。なんでもかんでも便利になっちゃあ、俺らのおまんま食い上げになっちまうってのがわかってらっしゃるだろーしっ……と。ふぅ~」
荷を運びながら会話を交わす現場の雰囲気は上々だ。これで給料があがってくれれば文句なしなのだが。
「ん? これは……アトワルト領行きか。送り主はまた “ ワラビット族一同 ” だな。ははは、噂の領主はよほど同族に好かれてるんだな」
アトワルト領は地上における片田舎の一つ。そこへ送られる荷は小さいものが多く、1週間に1個程度と数も非常に少ない。
それゆえスタッフの間ではアトワルト領宛の荷物を見つけるとちょっとした運試しよろしく、その日は何か良い事があるなんていうジンクスが、彼らの中で形成されつつあった。
「けど、その領主様は見たことねぇんだよな」
「ああ、確か魔界出身のはずだが。地上に赴任する際は転送門を使ったらしいからな」
「あ、でも俺。その領主の下に仕えるっていうメイドさんと話した事あるぜ。荷物と一緒にいつかの便でここに着いた時に」
「マジで? 可愛かった? それとも美人だったか?」
「んー、カラダつきは……まぁ普通? でも綺麗な髪でさ、なんつーかすっげー高貴な方にお仕えするメイドさんって感じの身のこなしと言葉遣いだったなー、なんか話してるだけなのにやたらドキドキしたのは覚えてるぜ」
「それはお前がオンナに飢えてるだけだからじゃねーの? ハハハッ」
雑談に花を咲かせても彼らの動きはまったく遅くはならない。手馴れた仕事は順調に進んでゆく。しかし―――
「?!! お、おい皆、ちょっと来て見てくれ!! こ、こいつぁ……」
荷を仕分けしていたスタッフの一人が、突如としてあげた真剣な声に、現場はピリッとした空気に包まれる。その場にいた全員が彼のもとへと駆けつけ、サンダーバードまでもがその巨体を寄せて覗き込んできた。
「どうした? 何があった。荷に何か問題でも――――な、なんだとぉ!??」
とある荷の箱の表面、中身が何であるかを記した伝票を指し示している指先が震えている。男達全員が固まり、声をあげる事も出来ずに、しばらくワナワナと震えていた。
やがて数秒の間をあけて、ようやく一人が口を開く。
「……さ、さ…サッキュバスのドレスッ!! そ、それも族長印だとッ、かなりの高級品じゃないかぁあぁぁッッッ!?!?」
本当はきちんと品名が記されているが、それを口にするのは男達には憚られた。なぜならばその品名を口にすれば、かろうじて耐えている彼らの劣情の堰を切ってしまいかねないほど、男心をくすぐる過激な品名だったからだ。
「………ゴクリ。い、一体誰が着る用だ!? も、もしかしてさっき言っていたメイドさんか!?」
「いや、ここを見ろ。サイズE~F用と書いてある。俺が見たメイドさんはないわけじゃなかったが、Dには足りなかったと記憶している。つまりこれは……」
ルリウスをデフォルメし、ウインクしている可愛らしいマークの下。箱に印字されている、対応体採寸の欄。
彼らの注目は、そのバストカップ部分の表記に集まった。男の悲しい性か、それだけで誰もが生唾を飲み込む。
「う、噂の…アトワルト領主が着る用……ということかぁぁぁぁぁ!!?」
「ま、待て落ち着けおまえら!! つまりまとめるとだな。アトワルト領主はワラビット族で、相当な美少女だという噂は前々から聞いている。そして…そのバストは、最低でも…Eで……」
「ぶっ!!!」
「お、おいバカ! 何妄想したんだか知らないが、鼻血そのまま噴くんじゃねぇ、荷にかかるだろ!?」
こんな現場で物言わぬ荷物ばかりを相手にしている男達である。
こうした僅かな女性の情報にすら興奮してしまうほどに純朴な性欲は、まるで思春期の少年のそれであった。
ならばそんな少年が次に抱く思いは何か? それは興奮対象への信奉のはじまりだ。
「……うおおお、アトワルト侯ばんざーい!!」
「ふおお!!! 俺、俺、ちょっとアトワルト領いってくる! ピンナップとか売ってるかもしんないし!?」
「いやいやいや、んなもんさすがにないって。第一そこまでアイドル並みに人気あったら、この近くの町とかにもとっくに出回ってるだろ」
「出回ってるの!? 買いに行かなくちゃッ」
「だから落ち着けって。そうは言ってないだろ、おまいらッッ」
プラットホーム上で混乱が生じ、業務が完全に滞る。
その時、ちょうど新しい便が別のプラットホームに到着した。
『? 誰も迎えに出てきていない??? ……なんの騒ぎだあれは?』
12番と書かれたプレートをかけているサンダーバードが首をかしげながらスタッフ達の騒ぎを遠巻きに見やり、怪訝そうに首をかしげた。
騒ぎの近くにいた10番のサンダーバードが顔を上げて振り返り、やれやれまったく呆れるよとジェスチャーで仲間に答える。
その様子に、どうやらくだらない事でバカ騒ぎしているのだと感じ取った12番は、バンドを外して荷台から離れると、騒ぎが落ち着いたら起こしてくれといわんばかりにプラットホーム脇でその巨体を丸め、我関せずといわんばかりに休眠を取り始めた。
――――――数日後、地上。アトワルト領、領主の館。
「届くのが遅かったですが、注文どおりの品で……うん、間違いないね」
「み、ミミ様。そのお召し物は……ミミ様がおつけに?」
荷物を検めるミミは、そうだよ? と軽く返す。
イフスの目から見ても結構な品である事は理解できるが、それ以上にいわゆる卑猥な方向性の服である事に眉をひそめていた。
「それじゃあ、さっそく出かけようかな」
「え、ど、どちらに? まさかそれをお召しになってですか!?」
「うん。マグル村にね、ちょっと用事があるから。それにコレ、シャルさんのから話を聞いて取り寄せたものだし、着こなしとかちゃんとできる自信ないから見てもらう意味でも含めてね」
少し言いよどみがあったような気がしたが、イフスは気のせいだろうとさして気に留めなかった。
それよりもなぜこんなドレスを着用して外出なさるのかがわからない。
「んー、これも仕事かな、領主としてのね。恥ずかしいならイフーはそのままでもいいけど……なんだったら館の留守番してる?」
「い、いえ!! ミミ様が参られるというのですから、私がそんな……で、ですがコレは……その……」
その問題のドレスを両手で持っているイフスの中での葛藤が、手に取るように見える気がするとミミは苦笑した。
「じゃ、私だけソレ着るから、イフーはウチのドレス着る? それならまだコレほどじゃないし」
男から見ると、ミミが着用しているドレスとその問題のドレスはデザイン的にそこまで大差があるようには思えないだろう。
しかし随所の微妙な違いは彼女達には大きく違って見える。
そして実際、似通っているとはいえ、そのドレスの効果はワラビット族のドレスにはない男心をくすぐるものがある事を、ミミは承知の上で取り寄せた。
「(さーて……それじゃ、がんばってエサをつとめるとしますか。これで隠れてるの全部、いぶりだせたらいいんだけどなぁ……)」
ミミは館からマグル村までの道中、そのドレスを着用したまま移動する。
中には発情期のオオカミがあてられて襲い掛かったりもしてきたが、魔法が使えるミミにとってこんな田舎でくすぶってるような程度のならず者など脅威にはならず、軽くあしらってゆく。
むしろそれが狙いなのだからどんどん襲ってきてくれたほうがよい。
そして、ミミは知らなかった。
道中、シュクリアを通り過ぎた時、トランスポート発着場の作業スタッフが休暇を利用してやってきていた事を。
そして、彼が一生分の神経をすり減らしながら、あのドレスを着用して移動しているミミの姿を多数盗み撮りした事を。
それらの写真や映像は後日、当然同僚達の間に出回り、彼は英雄となる。
そして、彼女のまったく預かり知らぬところで、その写真や映像は男達の夜を慰めるネタとなる。
日を重ねるごとに彼らの中でミミは女神様と化していき、いつの間にやら熱烈に信奉されるようになっていった。
“小説家になろう”のみに投稿している前外伝、
「神話級大戦の後日譚―ウサミミ少女の就任日―」
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に登場するキャラクターや内容が含まれていますので、合わせてこちらもお読みいただくといいかも。