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第9章2 転換と応変




――――――魔界のとある監獄。




「ふんふん……なるほどねぇ。じゃあ、そっちの聴取は順調なんだね? ああ、口が軽けりゃ恩赦もありえるってのは伝えなくていいよ。今なら連中、ペラペラ喋るからね、取引カードを切るのはもったいないだろう。ああ、ああ……じゃ、全部聞き出したらまとめて上に提出するんでまた後で、よろしく頼んどくよ、ああ。それじゃあね」


 看守長は、手にしていたクリスタルの円盤のようなものを机の上に置く。途端に輝きの失せたソレは、ちょっと変わった形の手鏡にしか見えない。




「便利だろう? 他の監獄とやり取りが出来る魔導具さ。まぁ、コイツも旧型で随分と古臭い方だけれどもね、地上から来たモンにゃ十分モノ珍しいだろう?」

「は、はい……噂には聞いちゃいましたけども……」

 そう言ってエイセンは軽くその部屋を見回した。


 看守長の部屋―――至るところに大小様々な形の鏡のようなものが設置されてあって、魔力の輝きを放っているのもあれば、シーンとしているものもある。

 椅子に腰かける位置から全てが見えるように配置されていて、それぞれの下には識別番号のような文字と数字が記されたプレートが貼られていた。


 それだけじゃない。


「(あっちの魔導具は水を湯にしている……? あれは……光の文章がずらっと下から上に流れて……内容は、何かの書類みたいだ)」

 あちこちに魔力の輝きを灯した道具の数々が並んでいる。どれ一つとして、地上では見た事ないものばかりだった。


「こういう勤務地だからねぇ、環境は揃うのさ。仕事以外のモノも色々とね」

 どの魔導具がどんな効果を成しているのか分からないが、確かにこの部屋だけで生活していけそうなくらい、不便さはないように見えた。

 下手な町や村で暮らすよりもよほど居住環境は良いのだろう―――もっとも、イザと言う時に監獄に収監されてる魔界の凶悪犯罪者をとっちめられるだけの腕と責任を背負っているからこその好待遇だろうが。




「あ、あのそれで……」

「大丈夫だよ、どこの監獄も聴取は順調そのものさ。むしろ気味悪いくらいに口が軽いって、みんな(・・・)驚いていたよ。まあウチもそうなんだけどね……よほどそのベギィって奴には人望がなかったようだねぇ」

 彼らは知らないが、その口の軽い者達の多くはベギィによって役立たず扱いされ、監獄へと逆召喚(送り返)された者達だ。

(※「第8章4 密かなる結界形成」参照)


 積もりに積もっていた不満が再び監獄へと戻されたことで爆発。しかも元囚人でないにも関わらず、まとめて牢屋の中にぶち込まれた者さえいた。

 取り調べで、彼らが何もかも洗いざらい知ってることを聞かれる前に怒涛のごとく話すのも当然だった。



「そ、それじゃあ!」

「ああ、魔界からも動きがあるよ。もうちぃとばかし手続きやら何やらかかるだろうが、まず間違いなくね。特別法規措置(エマージェンス)の使用も適正と認められるだろうし、オルファシィールの嬢ちゃんが咎められることは何一つない。それどころか事の運び次第(・・・・・・)じゃあ表彰されるかもねぇ、ホッホッホ」

 エイセンはよしっと喜ぶ。

 だが看守長は微笑みながらも、内心ではそこまで上手くいくとは思っていなかった。


「(そのベギィってのが “ 連中 ” の一味だとしたら大金星だ。けれども " 連中 " 相手は、今の嬢ちゃんの手にゃあまる。むしろ取り込まれたり口封じされたりしないかが心配だねぇ)」

 もしもベギィを捕らえて魔王様に引き渡し、そこから “ 連中 ” の情報が引き出せたら、まさしくミミは大手柄だろう。

 しかし “ 連中 ” はそんなに甘くない。魔王や神をして長年その尻尾を掴みきれないでいるような難儀な相手―――むしろミミの力では下手に手を出すよりも、逃げて距離を置く方が大正解と言えるほど、厄介な敵なのだ。


「(……嬢ちゃん、深入りするんじゃあないよ)」










――――――地上、モンスター討伐の駐屯地。




「……どうですかね、連中は?」

 ドンは、完全に気配が近くにないであろう事を確認してからミミに問いかけた。


「ある程度は予想してた通り……かな。事前の情報とも一致してるし、不審なところもなし―――今のところは、だけど」

 ベギィ一味と面会し、スティンから聞いた情報を整理してみて、ミミの中で大きな想定外はなかった。

 とりあえずは安堵。しかし懸念がないわけではない。


「問題は戦力かな。やっぱり」

「戦力……ですか。ていいますと?」

 今回のモンスター討伐の主力はドーヴァが集めてくれた傭兵たちだ。


 これを中心として、ドンがまとめたシュクリアの民間有志によるサポート要員たちやザードら実力者が脇を固めた上で、なお作戦を立てて当たる―――それが当初の予定。


 ところがベギィ一味が加わることになったせいで、その構成を変えなくてはいけないかもしれなくなったのだ。

 理由はシンプル、彼らは戦力として強すぎる(・・・・)


「元から魔界の荒くれさん達なわけだしね。足並み揃えにくいから扱いに困る感じ」

 スティンから聞いた限りでは、スティン自身もザードと互角の実力者だと言う。その彼が、連中の下っ端と1対1でなら何とか勝ち目を見いだせるかもしれない……と言っていた。


 つまりベギィ一味はもれなく全員がそれなりに強い。


 もしかすると、ようやく戦力をかき集めてこれから討伐しようとしているモンスター―――ストライク・ハウンド級の強さが当たり前のレベルばかりである可能性すらある。





「……あまりに強い相手だと、結界内に留めるのも大変だし」

 声を潜める。

 今回のモンスター討伐はモンスター自体を何とかするのもそうだが、もう一つの大きな目的として、ベギィ一味を結界内に捕らえるという思惑がある。


 だがここまでの話を総合すると、それもかなり厳しいかもしれない。ドンは息を飲んだ。


「……最悪、暴れられたら捕まえるのは無理ですかね?」

「だね。人数は本命のベギィを入れて全部で20数人って聞いてるけど、1人1人がこっちの主力10人分くらい強いと仮定すると、結界の効果込みでも厳しいはず。アレクスさんが上手く(・・・)やってくれたみたいだけど、それだってその時になってみないと実を結ぶかどうかは分からないし」


 そもそもが魔界本土のならず者たちで、半数ほどは獄中の囚人だったような連中だ。残念ながらどのような利用の仕方をしようが、どうしても信頼性に欠ける。

 アレクスの作戦に限らず、彼らに働きかける策は成功しない事を前提として考えておかないといけない。


「その場合はあくまでベギィ1人に絞る……捕らえる事が出来れば一番ですが、なかなか難しいでしょう。アレは得体が知れなさすぎやす」

 ドンの目から見て、ベギィという男の強さは異次元だと言っても過言ではなかった。


 ある程度荒事に通じている者は、相手の強さを曖昧ながら肌で感じとる。もちろんその感じ取ったものが相手の強さの全てではない。

 そこに憶測と想像を加え、どの程度のものかを想定する―――その想定の時点ですでに、ドンから見たベギィとはとんでもない相手になっていた。




「そうすると……うーん、やっぱり奥の手は使わないといけないかもしれないなー」

 できれば軽々しくは使いたくない。

 ミミは既に色々と手を打っている。結界のみならず打てる手は全て打って、用意出来るかぎりの矢をつがえてもいる。

 それは裏を返せば、矢をすべて使いきってしまったらもう次がないという事だ。


 今回のモンスターやベギィ一味の件で終わりではない。領主をやっている以上、何かしらの問題はこれから先も起こる。

 新しい奥の手()が補給できるまで、大きな一手はなるべく使わずにどうにかしたいと思うのは、ミミの領主としてのジレンマだった。


「奥の手……ですか」

「うん。まぁメリュ―――ネージュさんがいること自体、もう奥の手っぽい気がしないでもないけど。ただ、色々考えるとネージュさんはあんまり動けない(・・・・)から、奥の手に数える事は出来ないんだよね」

 言ってしまえば、おそらくベギィ一味総がかりでもなお本気のネージュの方が強い可能性はある。


 しかし、いくら偽名を使って一般人を装っていても派手に暴れ過ぎれば(・・・・)当然、悪目立ちしてしまう。

 正体がバレて広まるようなことになれば今は良くても、後々にメリュジーネがお忍びで隣領に手を貸したという話になって、広まるだろう。


 アトワルト領の境界線に執事(ロディ)に手紙を出してメリュジーネが配置させたナガン軍は、モンスターの越境を懸念しての対策であり、あくまで自領防衛のためだとまだ言い張れる。

 しかし当然、その理屈でいけばナガン軍は今回、アトワルト領内には一歩も入れない。


 それだけ制約を受けなければいけない状況下だ。

 メリュジーネことネージュが大暴れし、脅威的な敵を全てぶっ倒す、なんて働きは絶対に出来ない。




本人(ネージュ)もその辺は分かってるはずだから、あくまでいちナーガ族の範囲に行動を抑えるだろうしね。……だから別で奥の手は必要になってくる。特に、ベギィ一味に対しての」

 ミミとしては本来、結界がその奥の手のつもりだった。しかしベギィ一味が想定よりも強いとなると、結界の効力も焼け石に水程度にしかならない可能性を覚悟しておかなければならない。


「それで、その奥の手っていうのは何なんです? 今から何か準備が必要でしたらすぐさま動きやすが」

「ううん、その必要はないよドンさん。準備はもう済ませてる(・・・・・)から。問題があるとしたら、その奥の手を使うためにはモンスター討伐を成功させることが前提になってる、ってことくらいかな。……最悪、もう一つの方法もあるけど」

「もう一つの方法??」

 ドンとしてはなるべく事前に把握しておきたいのだろう。想定外のことが起こっても対処できるように。


 ミミは少しだけ考えると、小さく微笑んでから口を開いた。


「……私が、モンスター・ハウンドに掴まってその住処(すみか)(さら)われること」





  ・


  ・


  ・


 ザードとアレクスが、交代しながらベギィ一味を警戒する中、駐屯地の外部分に拡張部を追加し、彼らの滞在場所の整備が進んでいた。もちろん彼ら自身がその労力として働く。


 そんな中、ベギィは何もせずに手下の働きを興味なさげに眺めていた。


「(とりあえずは落ち着けるか。……問題はここからいかにするかだが)」

 ベギィとしてはそこが悩ましい部分であった。

 正直なところを言ってしまえば、もうモンスター・ハウンドは処分してしまって何ら問題ない。当初は自分の動きを悟られにくくするために置いた駒でしかないからだ。

 

 しかしこの地の領主と対面してしまった今となっては、モンスター・ハウンドの存在意義はない。むしろこれをいかに上手く利用して、状況を自分にとって良い方法へと持っていくべきかをベギィは考えていた。




「ベギィ様、1つ目の天幕の設営を終えましたぜ」

「ん、ご苦労。ならばさっそくそちらに移るか。やれやれ……ようやく野宿から解放されるわけだ?」

 いかにもな嫌味に、報告した手下は気分を害する。だが顔には出さずに何とか作り笑いで誤魔化した。


「これでも急いだんで勘弁してくださいよ、ハハ……」

「(フン、役立たずどもが、せいぜいこの程度の雑用が関の山か。所詮は雑魚、最初から期待が高すぎたのやもしれんな)」

 今はまだ領主側へのポーズもあって表向きは平静を装うベギィだが、その不満は煮えたぎったままだ。

 それが時折漏れ出して、手下たちを不快な気分にさせている事に彼は気づいていない。


「(このクソ野郎め、そのうち目にモノ見せてやる……)」

 まさか自分への忠誠心がこれっぽっちも残っていないなどと、疑いすらしていない―――それがベギィの最大級なミスの一つであった。






「ほう、森の部族の村よりはマシだな。悪くない」

「へぇ、向こうの連中が手伝ってくれたので……あちらさん、結構手際が良くて助かりやした」

 出迎えた手下はヘラヘラと気の抜けた様子でそう伝えてくるのがまた腹立たしい。


 つまり自分が目をつけた者どもは、こんな天幕(テント)一つ設営するのにも、地上の片田舎の連中に劣っているというのか、と怒りが沸騰しそうになる。


「はぁ……まぁ良い。とりあえずは待機だ。他の天幕が出来次第、貴様らも勝手に休め、しばらくは様子見だと全員に伝えろ。もちろんこれ以上下らん真似をして、足を引っ張らないようにも忠告しておけよ?」

「へ、へい……あの、領主側が接触してきたらどのように?」

 そんなことも分らないのかとますますイラ立つベギィ。魔界本土から連れてきた者でも、デキが悪いとここまで愚鈍かと嘆きたくなる。


「何のために “ 村長 ” がいると思っている。話はそちらに通せ、いちいち我に伺い立てるようなことか?」

「ひいっ、す、すいません! じゃ、そのように言っときます!」

 慌てて出ていく手下。自分一人になったのを確認すると、ベギィは盛大にため息を()いた。




「(さて、だ……こうなってしまった以上、あるいは領主に取り入る方向性で動くのも悪くないかもしれん)」

 秘密裏の拠点確保は厳しくなるが、上手く事を運んで領主(ミミ)に評価されることで、合法的に拠点を得られる道筋もある。


 あくまでもこちらの素性と活動を認識されなければ問題ない。むしろ全てを隠して暗躍する形で拠点を設けるのは、バレた時に言い訳がきかずに色んな意味での危険性がある。


「(ふむ……思惑悪くない次善策。だがそのためには、やはりこのモンスターの一件を素知らぬフリして、上手く解決に手を貸さねばならん。……あの売女(アイシル)に睨まれたのは手痛いな)」

 あくまで表向きの言として、シャルールにかけた " 呪 " を解くのにモンスター討伐が必須であり、それを手伝うという理由でベギィ達は今この場へと参上している。


 シャルールの件で淫魔族のトップに近いアイシルの不興を買っている現状況は、かなりのマイナスだった。


「(……そもそも、あの無能どもが勝手な真似さえしなければ、こんなに俺様が悩むこともなかったのだ、クソッ! クズどもに過ぎたオモチャを与え過ぎたというのか? 忌々しいッ)」

 再び荒波たちそうになる精神をどうにかなだめる。過ぎたことを四の五の言うのは無能な者のすることだと自分に言い聞かせながら。


「(……領主側が我らにマイナスイメージを抱いているのはまず間違いない。あの獣人(アレクス)リザードマン(ザード)が監視しているのがいい証拠だ。現状、信頼はゼロと見て間違いあるまい)」

 そうなると、まず領主から信頼を得ることが第一。


 それは非常に面倒でうっとおしい話だった。低レベルな者に頭を下げ、媚びへつらうような事をしなければならないのかと思うと、ベギィは怒りを通り越して哀しくすらなってくる。


「(……ワラビットなどという下等生物にこの俺が頭を下げる? 笑えん……なぜこうも計画が狂った? 完璧だったはずだというのに、クソックソックソッ!)」

 この世のどんな種族よりも優秀な種族。あの魔王や神さえも越える存在だという自負。

 ベギィの嘆きはやがて思索から飛び出し、その場で地面を幾度も踏みつけるというみっともない行為を誘発させた。




 ―――傲慢。


 だが真なる “ 一族 ” の者ならば必要な謙虚さを併せ持っている。


 そこから慎重さが生まれ、我慢強さや忍耐が身に付き、そして何よりも重要な使命感が沸き起こる。

 過ぎた行動を(いと)(おそ)れるようになり、正確で計画的に動くようになり、なおかつ失敗と見れば即座に方針を転換する決断力すら有するに至る。



 ベギィの失敗は、それらが未だ(つたな)いことに起因していた。なので己が優れている者であるという思い込みだけでどこまでも増長してしまう。


 平静な精神と客観的な視点を持って、活動する地の環境に合わせ、理解し、溶け込みきるという事ができない―――(ゆえ)に何をどうやったところで不自然さが生まれ、怪しまれてしまう結果となる。



「(……)」

 その者(・・・)は軽く肩を落とした。同時に少しばかりの安堵感も覚える。


「(動き始めておいて正解だったようだ。此度(こたび)の行動がどのような結果になろうとも、ベギィの奴はもうダメだな)」

 始末されないで済んだとしても、最低でも引き上げさせられて何らかの懲罰を与えられ、低レベルな作業に回される事になるのは必至。


 そんなデキの悪い同族の末路などもはやどうでもいい。その者(・・・)は既に、ベギィの行動のツケをカバーするべく密かに動きだしていた。










 ミミ達にとって、ベギィ一味の動きは警戒すべきもの。一方で、上手く利用しつつ、網の深い場所に追い込みたくもあった。



「ぇえ~、つきましてはぁ、ワシら以下20名……いかようにもお手伝い致しますゆえ、どうぞ遠慮なく役目を割り振っていただきたいとぉ」

 偽村長がわざとらしい老人言葉で申し出るは、自分達への仕事の割り振り願いだ。


 ミミの要請で今後についての打ち合わせに呼ばれ、話し合う最中ながら、多くを任せてもらえない事に焦れている様子だった。


「(ベギィから何か言われてきたっぽい。んー、接触を増やしてこっちの事を色々探らせようと? ……ううん、この積極的に働き口を探す感じはどっちかっていうと―――信頼関係の構築、かな?)」

 ベギィが恐るるに足りないのはこういう部分だ。


 種族も弱小で貴族位も低いミミだが、それでも万を数える魔界諸侯の椅子の一つに座る者。

 貴族同士のやり取りや腹の探り合いなど、基本中の基本として息を吸って吐くのと変わらない感覚で行える。

 ところがこのベギィ。そんな彼女からすると、行動や思考が今ひとつ複雑さや深さに欠けている相手なのだ。


 それもひとえに地上の文明を遅れてるとバカにし、ミミを下等生物と侮り、己が神や魔王よりも優れている一族の、将来有望な優れた存在と自負しているからこそ。


 爪と脇が甘い―――少しの情報から多くを察することを求められる上流階級を知るミミから見れば、彼の思考や企みは看破しやすかった。


「(油断だけはしない、それが前提。で、ここは相手のお望みどおりに)」

 ならば働いてもらおう、存分に。

 その上で結界の深い位置にと考えた場合の最適解を考える。そして―――




「この拠点から、北に1kmほど行ったところに今、(やぐら)を組んでいます。その麓に、万が一モンスターが北に進路を取った時のことを考え、罠を仕掛ける準備をしている方々がいますから、そのお手伝いに4、5人ほど寄越してもらえますか?」

「おお、それはそれは容易いことですじゃあ」


「それと、南東に2kmの地点で少数が伏せています。モンスターの動向と状況に合わせて動く精鋭隊ですが、ここに気取られずに移動できる方で食糧などを配達してもらいたいのですが、適任者がいらっしゃれば5人以下で選出してもらいたいのです」

「大丈夫でございますぞぉ、3、4人ほど心当たりがございますればぁすぐにでも編成いたしまする」

 ミミはついほくそ笑みそうになるのを我慢する。


 この偽村長は、聞いた話ではその正体、上に立って人々をまとめるようなタイプではないとのこと。

 この辺りの人選の適当さもベギィの弱みだ。おそらくこの偽村長は、ミミの仕事の指示に込められている(たくら)みには気づいていない。


「(いつ手勢が分散させられてることに気づくかな? 文句言ってきたら素知らぬフリで聞き返して、あとは臨機応変に……ってとこだね)」

 ベギィ一味は全部で20数名。そのうちベギィ本人と偽村長、そしてその従者役2名の4人以外は、ベギィに愛想つかしてアレクスの持ちかた話に密かに()っている。

 (※「第8章5 奔走するは本番の前」参照)


 つまり現時点でもベギィはほぼ丸裸だ。しかし、その丸裸のベギィですらこちらの当てることのできる総戦力をもってしても、どうにか出来るか怪しいというのだから、まったくもって楽観できない。


「(私達にとって一番困るのが、なりふり構わずに力づくに出られること……それもより早い段階で。最良なのがとにかく逃げようとしてくれること……捕まえられなかったとしても、こっちに被害が出なくて向こうは今後の動きを取りづらくなるから)」

 時間を稼げば稼ぐほど、魔界本土も相応の動きを見せてくれるはず―――最高なのは、ベギィが犯罪者認定されて、指名手配情報と捜索の手が地上全土に回ることだ。


 自分達の手には負えなくても、それでベギィのことは安心して他に任せられ、以後はさほど気にしないで済む。



「(手柄っていう意味じゃあ、私たちで捕まえて突き出せるのが一番だけど、そこまでは欲張り過ぎだしね)」

 それが簡単に出来る領主であれたらどれほど良いか。今回にしても考えに考え、手を尽くしてようやくなのだ。


 弱小種族で貧乏な田舎領主の悲哀を感じながら、ミミは疲労感溢れるため息をついた。



  ・


  ・


  ・


「―――領主からの要請は以上でございまする、ベギィ様」

「そうか、ならばそのようにするがいい。くれぐれも向こうの気を悪くさせるような真似はせんよう、クズどもに言い聞かせておけ」

「ははっ」

 偽村長の報告を聞いてもベギィは何とも思わず、またミミの思惑にも気付くことはなかった。


「ふん、まぁ順当か。後から参じた者を用いるとなればその程度が限界よな」

 部下達に要請された仕事は基本、雑用役ばかり。実際ベギィが領主の立場でも、同じような仕事の割り当てしか出来なかっただろう。なので特に不満を感じることもない。


「(問題は、ここからどうやって領主の覚えをめでたくするか、だ。最良はやはり、モンスターを目の前で仕留めてみせることだが……)」

 あくまで手持ちの戦力による連携と作戦でことに当たろうとしているところに、ずけずけと横やりを入れて圧倒的な力で倒して見せても、むしろ引かれて不興を買う可能性の方が高い―――怖れ(・・)という名の不興を。


「(主戦力とされる傭兵どもが一度モンスターに蹴散らされ、そこで改めてこちらが討伐の主導権を買って出る、それが一番自然かつ理想的か。しかし……ストライク・ハウンドは自律させる形で精製(・・)してしまったからな。後から細工や強化を施すことも、操作する事もできん……)」

 ベギィの目から見ても、領主側戦力は十分モンスター討伐に耐えられるものが揃っている。

 そこに作戦をもって当たるというのだ、現状でも彼らだけで討伐は成功するだろう。自分達は完全に蛇足で、このままでは何の役にもたたなかった惨めな参戦者で終わる。


「(新たにモンスターを精製してしまうか? ……いや、リスクが高い。何より今は下手な動きをしては怪しまれる。チッ、動きずらいことこの上ない)」

 正直なところ、手下が離れて仕事に就くのはベギィとしても都合が良かった。ベギィの中では、手下どもは役立たずの無能という評価で定まっている。


 今後、この状況から好転させていくためにも重要なことは一切任せられない。かといって好き勝手させておけば、またぞろ自分の知らないところで面倒を引き起こしかねない危惧もあった。


 だが領主側で仕事を割り振られて向こうに手綱を握ってもらえば、その間ベギィは無能な手下のことを気にする必要がなくなる。少なくとも精神衛生的には楽になれるし、自分の行動に専念できる。



「さて、とりあえずは適当な者(・・・・)に接触し、ご機嫌伺いでもしておくとするか」

 何も領主本人に直接アプローチする必要はない。彼女の周辺にいる配下でもいいのだ。接触し、会話を行い、己の心証を良くしていく……そうすれば、配下越しに領主にも伝わっていく。


 何なら領主の配下でなくともいい。この拠点にいる間、誰かれ構わず自分の印象を良い感じにするように行動していれば、自然と彼女にも伝わるはずだ。



「(! そうだ、何なら悪しき印象や風聞をすべて無能どもになすりつけてしまうのも良い手だな)」

 自分の配下にこれまでの悪い印象をすべて引き受けてもらう。それを自分が大々的に罰するなりしてみせれば、少なくとも自分一人の印象は大きく改善される。


 まさに悪魔のような考え方だが、そもそもが自分の役に立たたせるために()し従えた者達――――――むしろ少しでも自分の役にたてることを有難く思うべきだとさえ、ベギィは考える。


「(良い筋書きと準備を怠りさえしなければ、効果はさらに見込めるかもしれん。幸い、今をもってして対外的にはこちらの代表者は村長に仕立てた者だ……うむ、なかなか有望なプランだぞ、前向きに計画を立てる価値がある)」

 ついに手下を切り捨てて踏み台にしてしまうことを躊躇わなくなったベギィ。



 すでに黒幕と見破られて久しいというのにその事を知らない彼は、己が下等種族と侮るミミの手の平の上で、滑稽にも愚かな踊りを続けるのだった。







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