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第8章2 祭りの準備は方々で




 森の部族の村で火の手が上がったその頃。





「おーい、こっちこっちぃ! 指示によるとソレはここだって!」

「了解ッス! じゃ、これはここで……よいしょっと!」

 狐獣人(フルナ)の手招きに、影潜悪魔(ノーヴィンテン)が大き目の石柱を運ぶ。


「どうだった周囲の様子は。姐様の読み通りか?」

「うむ、まったくもってして。エイセンの言うベギィ一味とやらの影も形も見受けられなんだ。マグル村より動いておらぬのは本当のようだ」

 狼獣人(エイセン)の問いに、今しがた周辺警戒に出ていた半身猟犬(ハウロー)が犬形態を解きつつ答えた。


 オレス村跡地。ミミの命を受けたフルナ達は指示通りに行動を開始。オレス村を中心に各々の作業を行っていた。






「へぇ~、思ってたよりいい動きしてるわね。悪くないの雇い入れたじゃない、ミミちゃんってば」

 ネージュは切り株椅子に腰かけ(まきつき)ながら遠巻きに彼らの仕事ぶりを眺めている。


 まだ遠くが薄っすら明るい夜の帳が降りた時間。スレイプニルの脚ならシュクリアまで余裕で帰り着きはするが、ネージュ達はオレス村跡地に立ち寄り、ここで一晩明かすことにした。


 理由は先の、アレクス達を街道にて襲った連中の存在―――ああいった手合いがまたぞろベギィ一味より放たれる可能性を考えてのことだ。

 この北街道の基点となるオレス村跡地はまさに要所であり、もしマグル村滞在中のベギィが新手を差し向けた場合、この周囲を通ることになる確率が高い。


 ネージュことメリュジーネであれば、たとえ大回りで迂回されようともその気配を察することができる。ひいては連中の動きを知る一助になるという期待もあった。




「ですが彼らを手伝わなくてもいいのでしょうか?」

 ハイトとしては仕事中の現場にお邪魔している感が強く、焚火を囲んで自分達だけくつろいでいる申し訳なさでソワソワしてしまう。


 そんな彼を(たしな)めるようにネージュは口を開いた。


「仲間や友達を大事に思うのは美徳ね。でも仕事は仕事で別。彼らだってミミちゃんっていう上司から仕事を申し付けられてる身なの。……言うなれば一種のプライドってもんがあるのよ、配下の身としてのね」

「ええ、っと……それはどういうことですか??」

 アラナータも、まるで手伝うという事自体がいけないかのように話すネージュに、困惑気味に問いかける。


 魔界本土に生まれ育ったものの、二人は普通の村に生まれた一般人。村では助け合いが当たり前だっただけに、不思議に思うのも当然だった。


「彼らからしたらこの仕事は上から自分達に(・・・・)申し付けられた領分、ってこと。特に領主なんて立場ある者から命令を賜るっていうのはね、それだけで栄誉ある話なの。にも関わらずその栄誉を感じてるお仕事に、たとえ善意からのことであっても無関係な介入者(おてつだい)を喜ぶと思う?」

 余計なお世話やお節介という言葉があるように、誰かを手伝ったり手を差し伸べたりすることが必ずしも良いことだとは断言できない。


 とりわけ、単なる親兄弟や友達といった間柄ならまだしも、上下関係がしっかりとしている場合は、仕事を命として与えられるということの意味はかなり重い。


 ―― 命じる側は、その仕事を完遂できる者と判断して任せる信頼と、もし失敗した時は命じた者としての責任を背負う覚悟をもつ。


 ―― 命じられる側は、自分なら出来ると信頼されている証として受け止めるし、その信頼に応えねばならないと奮起する。


 正しい(・・・)主従関係がそこにあれば、仕事や使命といったものの価値は非常に大きくなり、誰にも穢されたくも踏み込まれたくもないとさえ当人に思わせるほど崇高なるものと化すことは、現実にありうるものだ。





 メリュジーネは大貴族の生まれの者として、そして自身も領主という立場にある者としてそれをよく知っている。

 主従関係とは厳格にして立場に違いがあるからこそ、そこに品格や(ほま)れといったものが生まれ、あるいは求められるのだという事を。


「言っても貴方達だって、クイ村でムームちゃんのお仕事を手伝ったでしょ? その時点で既に十分なの。これ以上は出しゃばり(・・・・・)になると理解なさい。歓待されることを素直に受け止めてくつろぐことが、今の私達のお仕事よ」

 ハイト達はポカンとして言葉が出てこなかった。

 実際、おもてなしされる(・・・)側にも、される者としての在り方が求められるため、そこまで気楽なものではない。



 ―― 第一に、相手方に迷惑を掛けない事。


 これは、相手のおもてなしを妨げない、断らないという意味だ。相手のおもてなしに対してなんでもかんでも謙遜し、断ろうとするのは間違いである。

 素直に受け止めることこそが、迷惑をかけないという本来の意に沿う。



 ―― 第二に、静かな居方(いかた)を心掛ける事。


 子供ならばともかく、お邪魔した先で好き勝手に動き回ったりすることは好ましい事ではない。静かに座り、静かに嗜み、静かに会話を成すことが肝要である。

 それを成す指針となるモノこそが礼儀作法(マナー)なのだ。



「持て成す側もそーだけど、持て成される側にも相応の態度とか言動の取り方ってもんがあるワケ。……ま、ここじゃそこまできっつく意識する必要ないけど、少なくとも彼ら自身(フルナ達)から何か言われない限り、こうしてのんびり火にあたってるのがこっち側の正解よ。分かった?」


「は、はい……な、何となくですが……」

「ふぇ~……な、なんだかすごい世界のお話を聞かされた気がします……」


 “ 税さえ納めていれば、民草ほど安楽なものはなし ”


 その民草からすると、贅沢で豪華な暮らしができる大金持ちや権力者は、それこそそちらの方が安楽なものだと思う事だろう。

 しかし、彼らは本当に何にもせずに(ぜい)(むさぼ)れるわけではない。


 日々多くのことに気を回し、高い能力を求められ、したくもない人間関係に腐心することを宿命づけられている。

 そのいずれかを損なうだけで、その大勢の者が羨む利点の数々は簡単に失われてしまうほど危ういものであり、一種の才覚が必要不可欠。


 しかし民草はそんなこと考えもしないだろう。良いところだけを見、それが全てであるかのように考え、羨み、そして妬む気持ちでもって上を見上げるのだ。




「……とりあえずシュクリアに帰るのは明日にして、今夜はここで一泊するわよ。そんでハイト君。ヤキモキしているキミに一つお仕事してもらいましょうか」

「はい? お仕事、ですか??」

 急に振られてきて思わず目をパチクリさせるハイトに、メリュジーネはフフンッと得意げに微笑んだ。


彼らの分も(・・・・・)含めて、寝るトコ用意するから手伝って(・・・・)頂戴―――これがどういうことかは、分かるわね?」


「! そ、そうか。寝るところを用意するのは彼らのためになるけれど、彼らの仕事の範囲外のこと。それにメリュジ―――ネージュさんから頼まれた仕事で、ネージュさん自身から手伝いを要請されたわけだから……」

 ハイトが呟くようにネージュの言葉の意味を紐解く。それを聞いてアラナータもなるほど、と両手を軽く自分の前で叩き合わせた。


「それなら皆さんの手助けにもなりますし、動いてもいい事になるんですね!」


「そーゆーこと。覚えておきなさい、どーしてもお手伝い(・・・・)したいと思った時はね、できるできないで止まるんじゃなく、どうすれば出来るのかって考えるのよ。何も目の前の見えてる事にこだわる必要はないの。間接的にでも誰かの力になる方法ってのは、リラックスしてのんびりと観察(・・)してればけっこー見つかるもんよ」

 言われてハイトはハッとした。


 フルナ達は自分達に課せられた仕事に集中し過ぎてか、夜の闇が深まってきているというのに、最低限のかがり火以外、一夜を明かす準備をしている気配がまったくない。

 そのことをネージュは、のんびりと焚火に当たってくつろぎつつ、彼女達の様子を眺め観察する事で気づいていた。


「(す、すごい……やっぱり僕らには及ばな)」

「はーい、その沈みグセは直しなさーい。そんな事考えてる暇あったら出来ることをする。何もないなら馬鹿みたいな顔でくつろいで余裕を作りなさい、分かった?」

 まるで瞬間移動。一瞬で巻き付かれて絞められたハイトは、懸命に蛇の尾の中でコクコクと頷く。


 ネージュは、よろしいと一言発すると同時に彼を解放した。








――――――領主の館前。


 シュクリア南方の、片道数時間の登り道の先。

 周囲にある無数の山丘よりも一段小高い丘に建つそれは、先の反乱騒ぎでボロボロになって久しい。風雨にさらされていた事もあって、以前よりもさらに酷い有様になっていた。


「地理上、南ではここが一番最適な位置(・・)になるかと思います」

 客人がいるので側務(そばづと)めにイフス、護衛にドンが随行。

 メルロ、ルゥリィ、ラゴーフズらをシュクリアに残してミミは今日、アイシルにこの場所を案内していた。

 さる重要な仕儀を行うために。


「成程……」

 彼女(アイシル)はそう呟きながら真剣に建物を見上げる。


「数か月前までは(わたくし)の居住邸宅でしたが、見ての通りですので今は半放棄状態にあります。中の間取りなどは分かりますが、入るのはもう危険かと」

「大丈夫です、館の外で問題ありません。標高がほどほどに高い位置ゆえ、有効な範囲もそれなりの広さへと及ぶことでしょう」

 そう言うとアイシルは、館の玄関から10mほどの位置の道上でしゃがみ込んだ。そして手の平に魔力を集中すると、そのままポンッとスタンプを押すかのように地面へと押し付ける。


「まずこれで一か所。魔力の循環溜まりを精製致しました。この辺りの魔力素を吸収し、溜め込んでゆくでしょう」

 今回は準備だけ。

 目的を果たすには魔力が不足している。なので空気中の魔素を希薄にして、モンスターの発生環境が整いづらくしつつ、本命は足りない魔力を溜めるため、魔素を吸引する魔法陣の設置だ。


 これ自体は本来、ミミにも出来ること―――しかし今の状態ではもはや魔力のまの字すら扱えない彼女に代わり、アイシルが協力してくれる事となった。



「お客様にご協力いただけて本当に感謝しております」

 ここで申し訳ありませんと言うのは間違いだ。一度引き受けてもらった以上は言うべきは謝意である。 


「いいえ、お身体お大事になさってください。魔獣生みはとても大変な難事……それに、これも我々の妹(シャルール)を助ける一環ですから」

 ニコリと微笑むアイシル。しゃなりとした全身の微かな揺れ動きと同時にたわむ巨大な胸。


 ドンは頑張って視線を明後日の方向に逸らし、理性を保つ。

 その隣でイフスは、じっとアイシルの胸部を注視しながら自分の胸に何度も触れつつ、悔し気にぐぬぬと小さく唸っていた。



「あー、えー…っと、その領主様。今回は一体何をやろうとしているんですかね?」

 アイシルの色香から気を逸らすのに必死なドンは、とにかく疑問に思ったことをそのまま質問し、会話で意識を紛らわせることにしたらしい。


「フフッ、そうですね。場合によりましてはドンさんに走ってもらうことになるかもしれませんし、説明しておきましょう。これはひし型結界術式(ダイアモンドバリアー)の準備です」

 そういってミミは、両手の人差し指同士と親指同士をくっつけ、自分の胸前でひし型を作ってみせた。


「儀式型魔法の一種です。いくつかの核となるポイントを設置し、これを頂点として結ぶように展開―――今回のモノは囲うその周囲にも効力を及ぼすタイプのものですから濃淡の差はありましても、ほぼこの地の全域(アトワルト領)に及ぶかと思われますね」

 繋ぐアイシルの説明にドンがほぁー、と感嘆した。目の前に並ぶ美女と美少女二人の醸し出す何ともいえない美の圧が彼の優れた知性を鈍らせ、説明の理解にやや時間を必要とさせる。


「それほどのものをお仕掛けに……どのような効果を成すものなのでしょうか?」

 いつもの調子が出ないドンに代わってイフスが疑問を呈する。

 するとアイシルは片方の人差し指を天に向け、もう片方の人差し指でその頂点を抑えた。


「簡単に申し上げますと、余所者(・・・)をマーキングする結界、ということになりますの」

 中指を立ててその頂点を中指で抑え、薬指を立ててその頂点を抑え、小指を立ててその頂点を抑え……ようとして抑えられないといったジェスチャーを行ってみせると、その抑えられなかった小指をツンと横から突っつく。


「本当でしたら、もっと早くにこの結界を試したかったのですが、担える人材に乏しく、今までは手を出せませんでした。ですが今回、アイシルさんのご協力で何とか実現のメドが立ちました、本当にありがとうございます」

 ミミは重ねてアイシルに礼を述べる。


 魔法は、その効力や規模に難易度が比例するといってもいい技術。とりわけ大規模な敷設タイプの儀式系魔法の場合、いかにミミがやり方を知っていて実際に行える力があったとしても一人では不可能。

 どうしても魔法に精通した者が複数人必要となる。


 今回の結界術式には本来、最低でも魔法に精通した者が3人(・・)必要だった。それでも、一部の魔導具などで不足を補うなどの追加処置が必要不可欠になるほどに、背伸びして何とか……というところである。



「(これで南は(・・)どうにか。でもようやく1か所だし、まだ上手くいくかどうか……気は抜けないなぁ)」

 ミミが少しだけ視線を、倒壊寸前の館に背を向けてから自領内の遠景へと向け直すのと同時に、ドンが少し恐縮気味に手を挙げた。


「余所者をマーキングってことは、このアトワルト領内の者じゃあない連中が一目でわかるだとか、そういう事ですかね?」

「ええ、その通りですわ、ゴブリンさん。ただマーキングの対象はこの術式の主導権を持つ者の感覚に依存しておりますから、今回の場合はアトワルト様の感覚で余所者と定義される者……ということになりますね」

 アイシルが腰を軽く曲げて上体を下げ、まるで小さい子に教えを説く親のごとく説明する。

 当然、その色気はドンにいっそう近づき、このゴブリンは思わず目線を泳がせ、逃げるように上体を後ろへと反らした。


「……メルロさんがいらっしゃらなくてよかったですね」

 珍しくイフスの意地悪な呟きに、ドンはギクっとして両肩を上げる。

 アイシルは可愛らしいですねと笑顔でドンの様子を伺いつつ、クスクスと微笑んでいた。




「そ、そういえば領主様、さきほど走ってもらう、っておっしゃられていたのは?」

 懸命に逃げる――もはやすがる――ようにミミに話を振るドンに、当のミミもつい笑みをこぼす。


「この術式結界はひし型の頂点―――つまり合計4か所に同じような仕儀を仕込む必要があります。ですが今回のものは少しだけ特別で、正規の方法ではないやり方をする予定で、5か所に仕掛けを施します」

「それはつまり、魔導具か何かをその他のポイントに持っていくと、そういう事ですかね?」

 ミミがそうですと頷く横で、アイシルが少し驚いたような表情を見せた。


「まあ、とても頭の良いゴブリンさんなのですね。素敵です」

 ニッコリと包容力ある母性的な笑顔。

 別にドンを侮っていたわけではない。一般的にゴブリンは知能が低い個体の方が多いゆえ、アイシルが驚く方がむしろ真っ当な反応だった。


 ドンは照れる。だがそれ以上にドンの中の(おとこ)が盛り上がってきそうになって、照れてる場合ではなかった。

 奥歯を噛み締め、男の哀しい(さが)に抗い、苦しい笑顔と掠れるような声でそれほどでも、と謙遜の言葉をなんとか紡ぎ出すその様子は、傍目には大変に面白い。


「それでミミ様、他の箇所はいずこなのでしょうか? 場所が遠いのでしたら私もお役に立てるかと思いますが」

 イフスに聞かれ、ミミは眉をひそめながらうーん、と考えだす。そして指折り語りだした。


「まず南がこの館跡の前、次にひし形の東のポイントはクイ村跡地(・・・・・)、この2か所はとりあえずは大丈夫なのですけれど、問題は西と北のポイントです。なにせ西はマグル村(・・・・)、北はちょうど(くだん)森の部族の村(・・・・・・)になりますから」

「! それはちょっと難易度高そうですね、どうにかなるんですかい?」

 マグル村はベギィ一味がいるし、森の部族の村はその拠点にされて久しい場所だ。密かに仕掛けを施せたとしても、後で気づかれて破壊なりされてしまえば結界を張った意味もなくなる。


「大丈夫、とは言えませんね。ですが上手くいきますとベギィ一味を余所者―――つまりは侵入者(・・・)と私が断定できます。そうなれば、指名手配の手はずを整える事もできますから」

 結界でマーキングされるというのはつまり、見た目にもそれがハッキリと現れることを意味していた。


 この地の領主であるミミは、特定の人物を “ 指名手配 ” できる権限を持っている。

 結界の理由として、たとえばモンスター・ハウンドの事件を手引きしている者を炙り出すためと領内に喧伝したならどうなるか?


 ベギィ一味の周囲にいる者達が、ベギィ一味を見る。気づく。通報する。

 場合によっては追い立て、排しようとするところまでいくかもしれない。


「(その場合は、向こうが構わず暴れ出すとかちょっと危ない可能性もあるかもだけど)」

 なりふり構わなくなられたら厄介。けれど逆に、それはそれで取り押さえる口実になる。


 当たり前のことだが、怪しいというだけでは特定の誰かを “ 指名手配 ” することは出来ない。

 しかし……


「なるほど……そういう結界で、それに反応したという事を根拠に、連中を指名手配するってぇわけですね?」

「その通りです。おそらくは逃走をはかるとは思いますが、指名手配されますと魔界本土にもその情報は送られますし、地上でも各領に情報として伝達されます。……少なくとも今後、彼らはおいそれとした行動をとれなくなるところまで追い込むことができる算段です」

 もちろんそれだけのためにこんな大規模な儀式魔法を企んでいたわけではない。


「(マーキング効果に付随しての抑制(・・)効果―――それに)」

 ミミはチラりと西の方を見た。結界の採用は今後(・・)も見据えてのこと。



「それでは残りの1か所とはいずこなのでしょう? 5か所なのですよね?」

「問題ありませんよイフス。すでにフルナさん達がその5か所目で頑張ってくださってるはずですから」



  ・


  ・


  ・




――――――オレス村跡地。


「いやー、助かったよー。日をまたいじゃうってぜーんぜん思ってなくって、ボク―――(わたくし)、完全にうっかりしてましたっ、ありがとうね!」

 メリュジーネがクイ村同様に魔法で基本を作り、そこに簡単な雑草を使ったベッドなどを設置。

 簡素ながらしっかりと夜風から身を守れるだけの寝床が出来上がった。


 フルナが感激してハイトの両手を握ってブンブン上下に振るう。


「あ、え、はい、どう、いた、しまして、半分以上、ね、じゅさんっ、がっ」

「ハイトさんハイトさん、松明が一本余ってしまいましたけど、どうしましょう?」

 アラナータがやってきてくれたおかげで、ようやくフルナのブンブンから解放されたハイト。

 思っていたよりも松明が多かったと、アラナータの腕の中の本数を見てあちゃあとため息をついた。


「ちょっと準備しすぎたな。残ったものは馬車の隅に載せておこう、いざっていう時に使えるはず」

「そうですね、そうします―――あっ、そういえばムームさんがあの泥のコのための泥を取りに行きたいと言ってたんですが、どうしましょう?」

「あー、うーん、この辺からだと今からじゃ湿地帯までいくのはちょっと遠いし危ない、近くで良さそうな土を見つけてもらって水と混ぜて作るべきだ。僕も行くよ」

 なんだかんだで一晩明かす野営の準備を担ってみれば、やる事は次々と出てくるもので、ハイトはそれなりに忙しかった。


「(あれ? そういえば……ネージュさんはどこ行ったんだろう?)」

 


 ・

 ・

 ・


 オレス村はフルナ達の作業場。


 そこには何やら作られている最中のモノがあった。どうやら祭壇のようだ。



「これって……へーえ? ミミちゃんってば面白いこと考えてたのね。方向性は(・・・・)少し違うようだけど、私と似たようなこと企んでたわけだ」

 見ただけでソレが何かを理解したネージュは嬉しそうに微笑んだ。自分が独断で行っている行動は、どうやら有益に実を結びそうだと確信し、安堵の表情を浮かべる。


「けど、そうなるとここで一泊するのはちょっとばかしマズい選択だったわね……念のために隠しといたほうが良さそうだわ」

 右手を挙げて軽くパチンと慣らす。すると建設中の何かに、軽いモヤのようなものがかかった。


「とりあえずはこれで良しっ。アレ(・・)が見ても違うモノにしか見えないはず……さてと、あんまり姿消してても怪しまれるし、さっさと戻るとしますか」

 周囲には誰もおらず、気配もない。

 ネージュはしかと確認してから、その辺をダラダラ散歩してきたという(てい)を装いつつ、全員がいる寝床の方に向かって移動した。







「ただいまー。あー、疲れたわ~、この村、面白そうなところ何もないのねぇ~」

「あ、ネージュさん、お一人で出歩かれると危ないですよ。もう真っ暗ですし、皆さん心配しかけてたんですから」

 出迎えたアラナータが邪気のない笑顔で(たしな)めてくる。メリュジーネは一瞬、ごく一瞬ながら感情を止めた。そしてすぐに笑みを返す。


「……。…それは悪かったわね。せっかくだし知らないところってどんな感じか見てみたいじゃない? つい散策したくなるのよねー、まあ何もなかったわけだけど。あーお腹すいたわー、今日のゴハンはなーに?」

 まるで子供のようなことを言いながらいつもの様子に戻ったネージュ。アラナータをかわして皆が火を囲ってるところへと合流する。


「(さーて、むしろこっち(・・・)のがどうしたものかしらって感じよねぇ。ジャックの奴は何かしてんのかしら。何もしないでのうのうと遊んでたらただじゃおかないわよ?)」








――――――シュクリアから東、ドウドゥル駐屯村へと向かう街道の途上。


「……、ふー。久しぶりに手傷というものを負いましたが、良いものではありませんねぇ、やはり」

 草むらに大の字で倒れていた商人は、ムクリと起き上がって割れた己のメガネを外す。そして無造作に何度も振るったかと思えばソレは煙となって消えた。


 直後、懐からまったく同じ真新しいメガネを取り出して着用しなおす。



「さて、あちらさんにも結構な深手を負わせたつもりですが……ふむ、気配を完璧に消していますか。当然の選択でしょうが、いささか張り合いに欠ける」

 立ち上がり、完全に直立すると身体のホコリを払いながら周囲を見回す。ジャック自身、平然としているようだがその身の至る所には大小様々なキズが出来ていた――――――彼も満身創痍。


「……まぁ良いでしょう。此度はこの(あた)りで退きますが、次の機会があれば当然、死を覚悟しておいてください」

 どこに向けたともわからぬ呟きを残し、ジャックは悠々とシュクリアの方角へと歩き去る。

 雰囲気や態度はいつものようでいながら、その歩く速度はゆったりだ。確実に戦いの深手がその身を疲弊させている。




 しかし()は身を潜め続けた。ジャックの姿が完全に見えなくなり、かつ気配を感じなくなってもなお十分な時間を空けてから、ようやく止めていた呼吸を再開した。


「……ふー……。ぐっ、痛……ジャックの奴め、あれほどの実力を隠していたとは……な」

 長く伸び、冬を前に枯れた色へと変色している雑草の、月明かりにて落ちる影が不自然に動く。数秒の内にローブの男へとそのシルエットを変化させた。


 途端に影から影が分離するように、血がポタリポタリと滴る。



「(予定外の負傷だ。クッ、奴を甘く見過ぎたか……この深手では下手な仮装(カバー)は取れんな)」

 何になりすまそうとも深い怪我を隠すことは難しい。痛みをこらえても何かの拍子で動きに不自然なものが生まれるし、治療のための医療にかかるのもイザという時に脚が付きやすくなる。


 薬や包帯を調達して自前で治すのが一番だが、これも購入時に危険が伴う。


「(手持ちは包帯一巻きと傷薬少々だけか。チッ、どこかで身を潜め、ある程度の回復を待つより他ないな)」

 大幅な予定の乱れはもどかしいが、慎重に慎重を重ねなくてはならない。

 ケガに焦って尻尾を見せるわけには絶対にいかない。


「ジャックめ、それも込みという事か。まったくもって喰えん奴だ、昔から(・・・)

 適度に痛めつければ慎重を優先せざるを得なくなる。それは行動の遅延、いや確実に行動中断につながるという事を、ジャックは見越していた。


 だからトドメを刺すことなく去っていったのだ。既に十分であり、わざわざ探す労力をかけてまでなお戦いを続ける必要がないと判断した。



「( “ 我ら ” のことを喋るほど、この地の領主に義理があるとも思えんが、奴の今後の動向には注意が必要だな。さて……)」

 ローブの男は怪我の痛みをおして立ち上がる。肩を上下させ、呼吸を整え直し、痛みを和らげられるところへと心身のコンディションを持っていく。


 やがて痛覚による微細な揺らぎを完全に止めた肉体が、怪我など微塵もしていないかのように立ち振る舞える状態になったのを確認して、ようやく彼は歩き出した。


 ジャックが去っていた方角―――僅かに北寄りに。




「(ともあれ今一番の気がかりはベギィの奴だ。問題がなければ良いのだが)」

 怪我を負った分、イザというときに彼が取れる選択肢は大幅に少なくなった。

 仮にベギィが問題を起こしていたとしても、それに介入して処理するだけの余裕はもはやない。


 それでも彼が現場に赴かんとするのは、最悪の時は全てを見聞きして間違いのない情報と報告を持ち帰るため。


 場合によっては容赦なく仲間など切り捨てる。それは “ 彼ら ” の間では当然のこと。



「(第一は回復、第二でベギィの観察、第三に撤退といったところか……やれやれ、我ながら情けない選択肢が並ぶ)」

 だからといって、その原因となったジャックを憎んだり恨んだりすることはない。純然たる現実として真っ向から今を受け入れる。

 余計な感情や因果論、それ以外の過去を振り返るすべての思考は無駄にして無意味なもの。


 彼らはどこまでも現実主義(リアリスト)であり、その信念や信条に対して忠実。


 ゆえに彼らはここまで進んでこれたと自負している。常に事実なるを()って前向きで積極的なれど慎重に、そして正確な判断に基づいた行動を取る。



 かつて滅びかけた彼らはそうやって生き延び、長い時間をかけてその息を吹き返した。

 だからこそ強い。




――――――ミミにとっての最大の幸運は、そんな危険極まりない存在と言える彼らが近くにて暗躍しながらも、明確に敵対的な意志や行動を取ってこない事であった。









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