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第7章3 ゆるりと解け、紡がれる道筋



 モンスター・ハウンドが退(しりぞ)いた後、傭兵達は振る舞われる料理に舌鼓を打っていた。


「ほお、この肉料理、見た目よりなんと柔らかい…」

「プハー! こんなにもクセのない乳酒は初めてだ、さすがゼルヴァラン産だな」

「これは…口の中で滑らかに?? なんとも不思議な食感だ、面白い」


 一仕事の後だけに傭兵達はもちろん、料理を提供する隊商(キャラバン)側も安堵の表情を浮かべ、場は和やかな雰囲気に包まれている。とてもつい先ほど戦闘があった場所だとは思えなかった。





「じゃあ領主様は最初から、料理で傭兵達の心を掴むつもりだったんですかい?」

 自分も一皿持ちながら問うドン。だがミミは意味ありげに笑みをこぼすだけで、肯定も否定もしなかった。


「それは理由の3分の1くらいかな。そもそもアトワルト領(ウチ)の料理じゃないし、それで言うと傭兵さん達の心を掴むのはゼルヴァラン領になるんじゃないかな。今回は傭兵の皆さんに、直にモンスター・ハウンドと一度対峙してもらう事が主目的。言うなれば予行演習ってところ」


「予行演習? ですけども今回の件でモンスターの方が警戒を強めちまうんじゃあないですかね??」

 ドンの疑問はもっともだが、それ以上に今回の戦闘には利点が多いとミミは見ていた。


「戦力になる傭兵さん達の実力を私達が直に確かめられたでしょう。ドンさんも彼らの戦う様子を直接見た方が対策とか作戦とか色々考えられるんじゃない?」

「それはまぁ…想像してたよりもデキるのが多かったですし、確かにそうですね」

 さらにミミは、片手を軽くあげて人差し指だけを1本立てる。


「一つ。彼ら自身も今回の討伐対象がどの程度のものか感じてくれていると思うし、本番の準備とかもしやすくなるはず」

 人差し指を立てる。


「二つ。モンスターが警戒してくれれば、街道を行く人が襲われる危険が薄れるからね。もう少しこっちの準備が整うまで時間が必要でしょ? その間、更に被害が拡大しないようにしなくちゃいけなかったから、むしろ警戒してくれた方が都合がいいの」


「なるほど、それは確かにそうですね」

 ベギィ一味の存在が明るみになった事もあり、ザード達戦力になる者がマグル村から離れ難い状況。



 ドーヴァとゴビウに、彼らドーヴァ推薦の傭兵達。今回の戦闘で、やはり確実に仕留めるには彼らだけではもう一つ不安が残る事がハッキリした。相手が逃げなければ勝てるが、結局逃げられてしまっている――――単純な人員不足。


「(何とか戦える数を整えきるまで確かにもうちっとばかし時間がかかる…)」

 ドンが現状を分析していると、ミミは薬指も立てた。


「そして3つ目は今回分の報酬。今、お金はちょっと出しづらいからね。かといって、ただでさえ無理にお願いしてるところにまた追加で宝石出してコレでお願いしますっていうのも彼らのモチベーションに繋がらないし」

「そうか! それで料理を振る舞う事をその穴を埋めるのに利用したと。上手く考えたもんですね、領主様」

 しかしミミは少しだけ残念そうに一呼吸、息を()いた。



「…本当は、隊商の方々に領内の町や村をまわって貰いたかったんだけどね。だけど食材が足りない。いくらウチが田舎だっていっても領民は万単位。すべての口に美味を届けるには彼らの物量じゃ不可能だし」

「…なるほど、そっちはいっそ諦めてしまって、別で有効に利用する方法を考えたってワケですか」

 美味な食事は人の心の荒みを緩和する、十分に価値あるモノだ。


 今回の戦闘にしても本来なら傭兵達に報酬を支払わねばならない。が、ミミとしては手持ちは心もとないし、討伐本番の後に彼らへと支払う成功報酬の内容が決まっている以上、なるべく追加の支出は避けたい。


 かといってタダ働きはさすがにお願いできない。もしこの場にゴビウがいたら、現状ですらも激怒モノだろう。いくら美味でもたかが料理、彼の性格からいって報酬に見合う価値があると認めてはくれないだろう。



「用意できる料理は増えないし、振る舞える分量を有効に活かすためにも、ゴビウさんが留守にしている間に…ネ♪」

「ハハッ、領主様も結構ズルいことを。ですが効果は抜群かと思いやす」

 言いながら傭兵達の方を見るドンにつられ、ミミも彼らへと視線を巡らせた。


 誰もかれもが満足そうな表情で食事を楽しんでいる。

 金が第一の彼らではあるが、たまにはこういうのも悪くないと(おおむ)ね好意的に受け入れてくれているようだった。


「傭兵やら兵士やら、荒事がメインな奴はその職業柄、粗末な食事に慣れ親しんでるモンばっかですから。旨い料理を振る舞われるのは気分的にデカいはずです」

 見ればドーヴァも、気に入った料理の屋台前でおかわりを所望している。傭兵達のそんな態度こそ、今回のミミの策は有効であった事の何よりの証明だった。





「…そういえば領主様、ドーヴァ殿をいつの間に篭絡してたんです?」

 問うドンは呆れ半分面白がり半分といった風だ。ミミは含むところありと言わんばかりに軽く目を伏せて微笑む。


「篭絡だなんて人聞き悪い。ま…私も女だからね、女の武器(それなりのモノ)を持ち合わせてるつもりだし実績も十分――――うん、自信があったのは事実かな。昔…といってもそんなに昔でもないけれど、大物をおとした(・・・・)事だってあったんだから、フフッ」



 ミミがしたり顔でそう語っていた同時刻。


 魔界のアルガンド領はロイガル城にて、老いたる狼王(ウルヴス・ロード)が盛大なクシャミをかましていた。





 ・


 ・


 ・


――――――――魔界、アルガンド領。


 隠居の大貴族、ロイガル=ヴァン=アルガンドの私領である。本来魔界はすべて、魔王の領土であり、魔界に領地を頂くことは事実上、魔王様より貸し与えられているに等しいものだ。

 しかしここ、アルガンド領は非常に珍しい “ 私的領地(プライベート) ” ……すなわち、完全にロイガル=ヴァン=アルガンド個人の所有物として認められている地であった。




「んー、要約するとー…トラブルのせいで “ 客人 ” をこっちに送り出せないから、もうちょい待ってね、ってカンジかなー」


 ロイガル城、謁見の間。


 白虎天狼(ハーフ・シリウス)のミィガルフーがそう言って持ってた手紙を手渡した者こそ、この地の主たる狼王(ウルヴス・ロード)、ロイガル本人であった。


「そうか……まぁ仕方があるまいのう。ミィフよ、迎える支度は出来てはおるのじゃったかな?」

 娘であり、同時に(めかけ)の一人でもあるミィガルフーは、彼の膝上に座って両脚をブラブラさせながらロイガル宛の手紙の束を処理している。その体格差からもいかにロイガルが巨躯であるかが際立っていた。


「とっくにねー。部屋いっこ空けてー…ま、ドワーフ族ならちっこい部屋でも平気だと思うけど話聞く限り、いちおー貴族出で復権目指すって話でしょそのヒト? だからガオ(にい)がアルガンド家の威風的なものも見せつけるべきだって、けっこーいい部屋準備してたよ」

「ふむ、ガオウルの差配なら間違いなかろうて」

 ロイガルには数多(あまた)の子がいる。言うなればアルガンド領は、彼を神とした狼系獣人族のための世界といっても過言ではなかった。






 地位として正式には存在しない “ 大公 ” 。魔界で唯一そう称される貴族の城に、かつて彼の息のかかっていない非狼系獣人の少女が滞在していた事があった。


彼女(・・)の願いとあらば、親父(オヤジ)も引きうけるだろう事は以前より分かっていたが……まさかドワーフの世話を押し付けてこようとはな」

「言い草よ…、グラウは彼女(・・)が嫌いか? よく板上騎戦(ボードゲーム)で対戦していたではないか」

「嫌いではないが、他人の世話をよりにもよってこのアルガンドに押し付けてきたという事が気に喰わぬのだ」

 グラウと呼ばれたのは見目麗しい美形男子。魅力として内に内包するワイルドさが薄っすらと滲むような、優男ながらに不思議と頼もしそうな雰囲気がある。


 そんな彼の、やや乱れた髪の先がサワサワと揺れ動き、そのご尊顔にオオカミの瞳が見え隠れする―――――人型と獣人型でトランスフォームが可能なタイプ。


「まぁまぁ、押し付けてきたというほどの事でもあるまい。仮にアルガンドの名を利用せんというのであれば、もっと頻繁にあれやこれやと頼みにしてこようぞ? こうして稀に親父(オヤジ)様を頼ってくるという事は、それだけ彼女には手に余る事なのだろう、あるいは…」

「あるいは、なんだ? やはりやましい企みが裏にあるとでもいうのか?」

 巨大な城の長大な廊下を歩く二人。窓の外でゴロゴロと暗雲が雷鳴の気配をみせると同時に、グラウの姿がやや狼寄りへと変わってゆく。

 彼は感情によって獣人型へと無意識に変身してしまうらしく、未熟さを呈していた。


「落ち着けって。…彼女にとって、親父(オヤジ)殿は数少ない後ろ盾…それもとびっきりのコネだ。かといってこれを頻繁に振りかざす事はできない。なぜなら彼女には親父(オヤジ)殿に返せるモノがない」

 かつて少女は、己の貞操を捧げてしばしその身をロイガルに預けることを代償にして、偉大なる狼王の協力を得た。

 それはつまり財や権力、あるいは名声などに乏しいという事。他に差し出せるモノを持たなかった少女が強者の助力を得るにはそれしか方法がなかったのだ。



 いくらコネクションといえど、完全に無償で協力する者はいない。


 ()われた側は、大なり小なり対価を期待して()けるのが当然である。


「あくまで結果としての話だが、彼女は親父(オヤジ)殿を篭絡できたといって良いだろう。完全に恋慕の情のみで自ら(そば)に………妻にと望むメスなど彼女が初めてだ。そして今では彼女も一端(いっぱし)の領主だという。頼みごとが些細なら対価も安く済むだろうという計算もあって、我らを頼ったのやもしれん――――ほれ、どうどう。そんなすぐに興奮しているようではダメだぞ、グラウ」


「分かっている! ……ふぅ、いや、分かっているつもりでいるだけか」

 気づけばグラウは、完全に獣人化してしまっていた。まだまだ未熟である事を、変化しきってしまった己の姿が映る窓を見て、自嘲の息を漏らした。


「まぁこれも恐らくとしか言えんが、彼女はその “ 預け人 ”(ダルゴート) を通じて、我らがドワーフ族のコネを繋ぐ事も考えての上だろう。ソレが対価の一つと言うわけだ、我らにとっても益があると見越しているのだろう」

 アルガント領の獣人達とドワーフ族はあまり交流がない。アルガント領自体がロイガルの一族を中心とした狼系獣人族の聖地であり、他の種族に介在する余地がそもそも少ない。

 とはいえ技術や物品などでは、他領とやり取りしなければ手に入らないものも多くある。特にドワーフ族の技術や名産品には、アルガント領にはないものが数多く存在していた。


 しかし主であるロイガルの名声や地位の高さを考えれば、こちらからドワーフ族に物乞いするかのような外交はとてもできない。

 かといって安易に他系統種族を領内に招き入れるような事もしずらいし、反発もあるだろう。



「そこで “ 預け人”(ダルゴート) の存在が役に立つ、というワケか」

「そうそう。我らが預かり、その地位復権を助けたとすれば、それはもう立派なコネであり、我らが恩を与える形になる。“ 預け人 ” のドワーフを通じて後日、ドワーフ族から得られるモノは少なくないだろう。……彼女は頭が良いとは思っていたが、もしそこまで考えてのことならまさに本物だ。親父(オヤジ)殿が惚れるメスだというのも頷けよう」

 だが、それに対してグラウは気に喰わないと言わんばかりにフンッと鼻をならした。


「本当にそうであれば、だろう。…次の機会があれば、今度こそ負かしてやる」

「ハハハ、連戦連敗をまだ根に持っていたか、いい加減諦めればいいものを。本当に彼女は大人気だな」





 ・


 ・


 ・


 ―――――――地上、アトワルト領サスティの町。


「? …くしゅっ!」

「領主様、大丈夫ですかい? 少しカラダが冷えましたかね…何か温かいものを」

「大丈夫、ドンさん。たぶん誰か噂してるんじゃないかな」

 一仕事終え、傭兵達ともども引き揚げてきたミミは、サスティ町長との面会を終え、用意された宿で一休みしていた。


「それで、この後はどうします?」

「もう時間も遅いしこのまま一泊だね。サスティの現状も少し詳しく確認しておきたいし、今日の戦闘でモンスター・ハウンド討伐も何とかなりそうだって自信持てたから、この辺りの地形も踏まえて色々と調べておきたいし…」

 モンスター・ハウンドを本討伐する際、今回のように戦場を考えた上で戦力を展開しなければならない。

 今日戦った場所は相手も警戒するので次は別のところを想定する必要があった。


「お任せくだせぇ。地形については俺が調べておきます」

「うん、お願いねドンさん。イフーには早馬で手紙を送ったから問題ないとして――――っ、…………」

 不意に考えを巡らせていたミミの顔色が悪くなり、その上体が揺らぐ。片手を伸ばし、座っていたソファーの端を掴んで倒れることだけは何とか堪えた。


「領主様っ!」

「ん……安定していたと思ったけど…この感覚はひさびさだな。うん大丈夫だよドンさん、魔力をちょっと多めに吸われただけだから」

 魔獣の卵は順調そのものだという証でもある。しかし母体である彼女には負担がかかり、特に魔力は吸われ続けるために魔法を使う事ができない。


「本日は早めにお休みください、出来る限り精の付くものを手配しますんで」

 何とか全員が餓えないギリギリのところを維持している領内の食糧事情。

 残念ながらドンがどんなにサスティの町を駆けまわったとしても、大したモノは得られないだろう。

 だが結果は目に見えていても、心配させてしまったミミとしてはドンのその申し出に水を差すことはできない。素直にか細い声で、よろしくねと答えるだけで精一杯だった。


「(ここまで大喰らいだなんて、一体どんな魔獣が生まれるんだろう…)」

 既に安定期を過ぎたはずだ。にも関わらず、なお魔力を吸い上げてくる。

 魔獣生みは初めての経験とはいえ、ここまで長いこと魔力を奪われ続けるものなのだろうかと、疑問にすら思う。


「(魔王様があの時、何か悪戯したとか?)」

 本当なら石化して失敗する運命にあった小さな卵。しかし、魔王の処置によって卵は蘇り、再びミミの胎内で成長しはじめた。

 (※「第一編 10章4 欲望の破綻」「第一編 10章5 信賞必罰」参照)


 魔獣の卵を孕むためのお相手は、格という意味では魔王に比肩する最高クラスのご隠居狼。

 もしかすると、とんでもない魔獣に育っている可能性だってある。


「(これからも、まだまだ魔力を吸い上げられるかもしれないか。うーん、身に余りすぎる挑戦だったかなぁ。とにかく最低でも逝っちゃわないようにしないと)」

 魔力と生命力を吸われ過ぎて失敗の上、この世からオサラバなんて笑えない。


 もしも乗り切って凄いコが生まれたなら今後、今回のモンスターのような脅威にも頭を悩ませなくて済むかもしれない。

 ミミにとって難易度の高い魔獣生みは、父の跡を継いでアトワルト家の当主になった後の己に足りないモノの一つ、少ない手勢補充のためであり、最初からダメ元チャレンジだった。


 しかし、ここまで数年という長期間に渡り、かつ最高位者の介入まで受けてしまった以上は成功させたいという想いもある。


 貧血でもないのにクラクラする意識と視界に耐えながら、胎の中の命に思いをはせた。


 ・


 ・


 ・



「ちょっとすみません。近々モンスター討伐をするというのは本当でしょうか?」

 それはミミのために、ドンがまともな食を求めて夕暮れの街中を走り回っていた時のこと。


 ロクなものが置かれていない、あるいは空棚が目立つ商店が並ぶ小通りで突如声をかけられた。


「うん? ……何ですかね。あなたは?」

 ドンは怪訝そうに相手に振り返る。

 鼻と牙が立派な巨象獣人(マンモシア)という種族の男性がそこにいた。


「あ、す、すみませんいきなり。噂で聞いたものですからその、ガドラ山の…」

「噂っていうのは?」

 姿形(ナリ)の割には少し腰の引けた態度の相手に、ドンは領主(ミミ)に仕える者として恥ずかしくない振舞いと言葉遣いを心掛けつつ、相手をそれとなく伺った。


 牙こそいかつい印象を受けるものの、恰好や僅かな動きなど、全体的な雰囲気としてはただの町人。それもこの町に対して何ら臆するようなところも感じられない事から、現地人であると推測。



「ええと、その、今日のお昼ごろに、町から少し行ったところ……山脈の麓で戦闘があったと」

 そう語る巨象獣人(マンモシア)の周囲で、商店主や往来の人々も聞き耳を立てている。

 興味本位の野次馬というよりは、自分もその噂は気になっていた、という意志が四方八方から感じられ、ドンは少しだけ考えた。


「(不安に思ってる風じゃあなさそうだ。けどどう話たもんかな、正直に話すべきか、誤魔化すべきか……)」

 相手は町の人間。普通は不安から聞かずにはいられなかったのだろうと考えるところだ。

 しかし、そんな風には感じられない。彼らからはむしろ、どこか覇気のような前向きな意志が感じられる。


「…まぁ、噂にはなるか。その通りだ、領主様自らが戦える傭兵を連れて、一度当たってみた。結果は逃げられてしまったが、それなりの手応えはあったよ。逃がさないで倒しきれるよう、次に向けて方策をお考えになられているところだ」

 ドンは、素直に語る事にした。

 というのも今回の戦闘はドンの目から見ても成果があったと言えるからだ。


 これが悪い結果に終わっただけであればともかく、見通しは開けつつあるのだから、もし彼らが不安から聞いてきたのだとしても、語ることでその不安をある程度払拭する事ができるだろうと判断。


 さらに、ミミを持ち上げるように語ることで、彼らの領主(ミミ)への心証をあげる狙いも含める。

 実際に戦闘行動を行ったわけではないが、彼女が現地にいたのは事実だし、そうする事を決めたのも彼女だ。何ら嘘はない。


「「「おお…っ」」」

 人々から希望の感嘆があがる。

 ドンが、とりあえずは人々の不安を緩和できたようだと軽い安堵を感じていると、相対している巨象獣人(マンモシア)が、背の低いドンに向かって一歩その顔面をズイッと押さんばかりに下ろし迫ってきた。


「そ、その! あなたは確か、領主様のご側近さまですよね?! 以前、この町の戦いの折にもお姿拝見いたしましたが!」

「あ、ああ、確かにそうだ…が」

 前の反乱騒ぎの際、ドンはミミの命でこのサスティの町に赴き、町長や一部の長けている者と共に戦闘作戦の指揮を執ったことがある。

 (※「第一編 5章2 防衛戦ー南北の端でー」参照 )


 だがその事が一体何なんのか、相手の言わんとする事が掴めず、僅かに身を後ろへと引いた。


「その、わ、私もあの時参戦していたんです。そ、それでですねっ、今度もその…お、お役に立てないかと!」

 そこまで言われてようやく理解が及ぶ。要は討伐への参加願い――――志願者だ。



「(思いもしない事が起こるもんだ、まさかまさかだな)」

 しかし、同時にこれはどう対応したものかとドンを悩ませる。

 軽く周囲を伺うと、幾人かが同じく士気高そうな輝きを瞳に宿し、彼への返答次第では我も我もと次々名乗りでてきかねない。


 それ自体は戦力が欲しい現状では有難い話なのだが、ことはそう単純ではない。




「(前ン時に多少経験してるっつっても、普通の町人。戦力と呼ぶには…)」

 論外。


 何せ今日の昼の戦闘においては、自分(ドン)ですら及第点…いや贔屓目に見ても微妙という、無様なものだった。

 つまり、今回の件において “ 戦力 ” と呼べるのは最低でもドン以上の力量の持ち主である事に尽きる。


 そして、目の前にいる町人および話に耳を立てている周囲の人々の中に、そのボーダーを超える者は一人もいない。


 だがその意欲は素直に嬉しいし、汲み取ってやりたいという気持ちもドンにはあった。


「(雇用形態は…、金の問題もあるし……)」

 ただでさえ傭兵達に現金支払いを勘弁してもらい、宝石という物品での支払いで契約しているほど、ミミの財布はカツカツだ。

 彼らがいかに有志による志願といっても、用いる以上は報酬賞与を支払わねばならない。

 でなければミミの領主としての器量を問われる。公人とは、安易に人の親切にあやかれない、難しい地位と立場を有している者なのだ。


「(現実的に考えりゃ断るしかないんだが……)」

 かといって、ストレートに “ その気持ちは嬉しいが、残念ながらダメだ " とは言えない。彼らの気持ちの盛り上がりに水を差すことはあまりよろしくない。

 下手をすると、領主を狭量(きょうりょう)と罵るような展開になるかもしれないし、一番最悪なのは、意地になって勝手な真似をして現状を悪化させてしまったり邪魔になったりすることだ。



 素人の勝手ほど足を引っ張るものはない。



 なのでドンには上手く彼らの気持ちを抑え、穏やかにこの場を治める必要があった。


「(うーん、何かいい切り替えしは……。ん? いや、待てよ―――)――――お役に立てないか、って言ってたな、確か?」

「! は、はい! 何でも構いません、何でもしますっ!」

 ドンは、言葉というのは面白いなと感じる。


 そう。この巨象獣人(マンモシア)の男性は、一言も “ 戦いに加えて欲しい ” というようなことは言っていない。

 本人は戦力になる気で言ってるつもりだとしても、そうだと言明する言葉は一切放たれていないのだ。


「(直接戦力以外で用いる。実際、戦闘以外でもある程度の頭数は必要だったし、そうすると……)」

 ドンの緑色の頭が高速回転を始める。ゴブリン族としては優れている彼は、ミミ同様に学園を卒業している者だ。

 本気になれば僅かな思考でも深く物事を組み立てられる。そして結論を導き出し、彼はゆっくりと話しはじめた。


「まず、前提として一つだけ言っておく。戦力としては君を用いることはできない。モンスターは、常日頃から戦いに身をおいている傭兵(プロ)でさえも気を抜くと死に直結するほどの強さがある事を今日直接接触し、確認しているからだ」

 ドンの厳しい一言に、目の前の巨象獣人(マンモシア)だけでなく、周囲でも意気消沈していく。

 だがあらかじめ予想した通りの反応で、予定通り。ドンはさらに話を続ける。


「だが次回のモンスターの討伐は、単純な戦闘だけで倒すという話でなく、策を持って行うことを想定している。そのための人員が必要になるとして、以前より領主様が人材の選定を進めているんだが………」

 そこで間を開け、チラっと彼らの様子を伺ってみる。案の定、鎮まりかけていた士気が再びジワジワと盛り上がりはじめていた。


 彼らの中で、戦闘では役に立てない気持ちと何でもいいから自分らでも役に立てるかもしれない気持ちが逡巡(しゅんじゅん)しているのだろう。

 それでもジワジワと後者が勝ってきて、みるみる昂ぶってきているのが面白いくらいにわかる。


「残念だが、まだどういう人材がどれだけ必要かもわからない。戦闘力が足りないと判断した者は直接戦闘とはほど遠い配置で、作戦要員として起用する事になるだろう。…そうだな、領主様も一人一人に会ってる暇はない……どんな些細な事でも協力したいっていう奴だけ集めて4日後、シュクリアの領主様の住まいの前に全員ひと固まりになって来てくれるというなら――――」

 途端にワッと周囲が盛り上がった。


 サスティの人々の士気が高いのはおそらく、より脅威に近しい場所に住んでいるからだろう。

 直に襲われなかったとしても、日々の被害など生々しい話は尽きないはずだ。

 加えて街道の物流が細って直撃を受けている直近の街というのも大きい。人によってはモンスターに並々ならぬ嫌悪感や敵意を抱いている者だっている。


「必ず、必ずはせ参じます!!」

 加えて先の反乱騒ぎの際の戦闘経験のおかげで少しばかり自信がついているのもあるだろう。

 目には見えない人々の良い変化を感じられ、ドンはなんだか不思議な気分だった。


「できれば厳選してくれるとありがたいな。多くても100人以下で頼む、それ以上はダメだと思ってくれ」


 ・


 ・


 ・


「――――と、言うわけでして、思いがけず戦闘以外での作戦要員が確保できそうです」

 宿に帰った後、さっそく報告する。

 ベッドに横たわりながらドンが買ってきた軽食を口にしつつ話を聞くミミは、軽い相槌だけを時々返し、最後まで話を聞き続けた。


 が、報告が終わると同時に、ミミは長い兎耳の先端を軽くヘニャリと折り曲げる。まるで困ったと言わんばかりだ。


「話は分かったし、予想外に頭数が確保できるのも嬉しいけれど…ドンさん、お金のことは考えていなかったわけじゃないよね?」

 ドンがそんな失念をするとは思っていないが、彼の報告通りならば確かに戦力外ではあれど、作戦要員としてまとまった数を確保できることになる。

 しかし彼の話にはリターン――――つまり、その作戦要員たちへの支払いについての言及がなかったのが、ミミには気になった。


「もちろんです。それについては少し考えがあるんです。実は彼らの身元…職業(・・)を聞いてきたんですが多くが商人、あるいは大なり小なり商売に関する仕事に就いている者が多かったんです」

 ドンがそこまで言うと、ミミは うん? と引っかかるものを覚えてアゴに片手を当てた。


「それは…もしかして条件報酬(・・・・)を用意する、ってこと?」

「……かないやせんね、まさしくその通りです。この町の位置と彼らのモンスターに対する士気の高さを考えても退治後、それ(・・)がもっとも嬉しい報酬になると思うんですが、マズかったですかね?」

 しかしミミは、先ほどとは違って耳をピンと立てる。そして軽くほくそ笑むとドンの妙案を称える代わりに目で見て分かるように両肩から力を抜く仕草をした。


「ううん、ちょっと常道とは言えないけどない例じゃないから。そうそう使えない手なのは事実だけど、サスティの立地を考えるとむしろ今その手はここでしか使えないと思う」

 報酬とは、たとえば金にしろ品物にしろ “ 現物 ” を渡すのが基本だ。

 例外として特別な権利や免除、先の傭兵達にも行ったような高位の人物への紹介状などを報酬とするケースはある。


 しかしそれらは誰に対しても、どんな時でも使える手ではない。支払う相手や状況を選ぶのだ。少し事情が異なれば報酬にすらならない。


 そして、そんな難しい報酬の例外としてドンが考え、提したのが条件報酬。


 サスティの志願者に商売人および関係職業の者が多かった。

 そんな志願者達に用意される報酬――――それは街道の治安復帰後、物流における一定の優待条件を与える、というもの。


「上手くいけば領内の経済の立ち直りにもある程度効果があるかもしれないし、副次効果も期待できる……それに報酬内容としても彼らの望むところに沿えると思うから、十分に成立するはず。ありがとう、さすが」

「デヘヘ、いやたまたま思いついただけなんで。それに先走った事してしまいまして、少し不安もありやしたが…何とかなりそうで良かったですよ」

 少しずつ、固まっていたものがほどけていく。

 着実に解決に向けて進みだしたと感じながら、二人は穏やかに笑った。







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