トランプの・・・?
詩織が入り込んだ森は、高い木々が立ち並ぶうっそうと茂った深い森だった。さすがにジャングルほどの奥深さは無いが、木や草などの植物の密度は高く、あまり聞き覚えの無い野鳥の鳴き声が響く。木々の間から差し込む陽の光は非常に稀で、暗い森の怪訝な雰囲気に、詩織は少しビクビクしながら奥へ進んでいった。
森の中には幸い道があり、割と多くの人が常用しているようできちんと整備されている。詩織は誰かに逢いたいような逢いたく無いような奇妙な感覚があって、リコが言っていた【森のネコ】を探し、そう大きくは無い声で呼び掛けをした。
「お〜い・・・、ネコさ〜ん。」
詩織の声は、森の怖い雰囲気に負けているためか通りが悪い。そのことには自分でも気付いていて、なんとかもっと大きな声を出そうと試みるが、やはりどうしても歯切れが悪くなる。
なんとなく無駄な抵抗をしていうような気持ちになった詩織は、陽が差し込む背丈の低い草地を見つけると、そこにやんわりと腰を下ろした。
程なく、森の奥から奇妙な足音が聞こえてきた。足音は一人では無く大勢のもので、それはザッザと規則正しいリズムで詩織の方に近付いてくる。
何事かと詩織は木陰に隠れて様子を伺っていると、彼女はそこで信じられないと言うか、ある種予測できたものが近付いてくるのを目撃してしまった。
それは、トランプの札の柄を着込んだ兵隊たちだった。トランプ兵の衣服に付けられたマークはどれもハートで、そんな奇妙な軍隊が隊列を乱すこと無く、詩織が隠れている木のすぐ傍を通りすぎていく。
それはどう見ても【不思議の国のアリス】のパロディの世界で、詩織はこのクトゥルー神話を超える狂気の光景に、顔を青ざめさせブルブルと震えながら、とにかくトランプ兵が無事通り過ぎるよう心の底から祈っていた。
「触らぬ神に祟り無しなのだ〜。」
しかし、残念ながら詩織の願いは天には届かなかった。
訳の判らない恐怖心は大きかったものの、それでも若干【怖いもの見たさ】の気持ちもあった彼女は、興味本位でふっと木陰から顔を出し、おそらくトランプ兵の後ろにいると思われる女王の顔を見てしまったのである。そして存在感の大きい女王と隣に立つ陰の薄い王の姿を確認した時、その正体に驚き、思わず声を上げてしまったのだ。
「キ・キィちゃん!!?シュン兄!??」
そう、そこにいたのは悪趣味で派手な王族のドレスを着た輝蘭と、これまたあまり趣味の良く無い王服をまとった瞬だったのである。2人の存在感には明らかな差があり、輝蘭はどう見ても【王を尻に敷くトランプの女王】たる堂々とした風格がある。しかも不思議なことに、なぜか輝蘭の姿に違和感が無い。現実世界に酷似した人間関係を垣間見たような気がした詩織は、ただアングリと口を開けていた。
「誰かいるぞ!!」
「捕まえろ!」
詩織はすぐにトランプ兵に見つかり、彼らの数人が詩織を追いかけてきた。彼女の後ろから迫る気味の悪い感覚はビヤーキーの比では無く、詩織の表情は恐怖感を越え悲壮感すら漂っている。
「あの者の首をはねよ!!」
そして女王キララの発した叫びは悲壮感をさらに増大させ、詩織はもう何がなんだか判らず、ただひたすら森の外へ疾走した。
「これは夢だ〜!夢なのだ〜!!」
そして、そのすぐ後だった。
詩織は草の陰に隠れていた穴に足を取られ、再びその中に落ちてしまったのだった。




