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夜の鍵  作者: 小夜
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帰り道

挿絵(By みてみん)

「マム、遅いな〜。」

挿絵(By みてみん) 

その日の夕方。詩織はひょんなことから鳳町の近くの公園で、待ちぼうけを食うはめになっていた。

 待ち合わせの相手はもちろん真夢。

 この日も放課後に詩織と真夢は申し合わせて一緒に夕方まであそんでいたのだが、今日は帰宅後に真夢から電話があり、なにか渡す物があることを忘れたということで再び近くの公園で待ち合わせたのだが、いつまで経っても真夢が現れる様子が無く、詩織は仕方なくベンチの上で彼女が現れるのを待ち続けていたのである。

 すでに陽は斜めに傾き、石着山に続く浅い山並みの向こうに姿を消そうとしている。薄暗くなった町並みには小さな明かりがポツポツと灯り始め、帰宅を急ぐ学生やビジネスマンの姿もちらほらと目立ってきて、詩織はあくびをしながら、ただ黙って真夢が現れるはずの通りの向こう側に視線を送っていた。

 

 詩織の頭に、不意に小さな睡魔が舞い降りてきた。

 今日はいつもより体を激しく動かすようなあそびが多かったので、その疲れと辺りの薄暗さ、そしてほんのりとした暖かさがこのイタズラ好きの悪魔を呼び寄せたのだろう。睡魔は誘惑の魔手を詩織の肩にかけ、彼女を眠りの世界の向こう側に誘おうとする。最初はそれに精一杯の抵抗をしていた詩織だったが、明日が土曜日ということが彼女の気持ちに「少しぐらい」という想いを廻らせてしまったのだろうか。彼女はベンチの背もたれに体を預けると、コックリコックリとかわいい船を漕ぎ始めてしまった。


「眠い・・・。マム、まだ来ないのかな〜?」


 もう詩織がこの公園に来てから、30分近い時間が過ぎようとしている。いつもの彼女ならすぐに家に駆け戻り、真夢の家に電話をかけ直すなりの行動に出ているだろう。

 しかしこの季節は気候も良く、疲れた体を癒すのに最適とも思えるほどにベンチの座り心地が良かったというのもあり、遅くなったら家に帰らなければと心のどこかで思っていた反面、その『待ちぼうけ』という状況を甘受していた。


 そして、それからどれだけ時間が過ぎただろう。

 もう眠りの国に入国する一歩手前まで詩織が足を踏み出した時、詩織が向いていた方向とは別の場所からだったが、やっとお目当ての真夢が姿を現した。真夢はキョロキョロと辺りを見回し、何かを探すような仕草を繰り返している。

 詩織はベンチに座っている自分に気が付いていないのだろうとあっさり考え、立ち上がり真夢に声をかけようと右手を上げたが、その時彼女はある違和感を持ち、真夢に声をかけるのを躊躇した。

 本来なら人探しをするなら、大抵の人間なら人が居そうな場を探すのが当然だろう。例えばブランコやベンチ、滑り台やジャングルジムなど、普段から詩織が真夢と一緒に時間を過ごしてる場所に目が向くはずである。ところが不思議なことに、真夢はそんな場所には全く目を向けようとせず、草むらや木の根元など、まるで何か小さな物でも探すような行動を続けていたのである。


「マム、どうしたのだ。落し物でもしたのかな?」


 おまけによくよく見ると、真夢の服装がさっきまで一緒にあそんでいた時とは全然違っているばかりか、さらに大きく奇妙な物を頭に乗せている。

 辺りがもう薄暗くなっているので、その真夢の頭の上にある物の正体はすぐには判らなかったが、詩織が真夢のすぐ傍まで駆け寄った時、彼女はその白くかわいらしい頭上の物体に気付き、ほんわかと奇妙だが微笑ましい印象を受けた。


 真夢の頭の上にあった物。それは、ネコの耳の形をした被り物だった。


 真夢はどこで手に入れたのかは判らないが、よくコスプレで使うようなネコミミを被り、公園の中をキョロキョロと歩き回っていたのである。


「マム、どうしたのだ?」

 相変わらず探し物をしながら詩織に目を向けようとしない真夢に業を煮やした詩織は、思い切って少し大きめの声で彼女を呼び止めた。すると真夢は一度はちらりと詩織に視線を送ったものの、それでも探し物を止めようとはしない。そんな真夢に大きな違和感を持った詩織は、彼女のすぐ傍まで駆け寄ると、木の根元を覗き込んでいる真夢に不思議そうに声をかけた。真夢は横に立つ詩織を全く意識していないようだったが、彼女の言葉を聞いて、初めて詩織に応えた。


「マム。さっきから何してるのだ?」

「え〜とね・・・、帰り道を探してるの。」

「帰り道?マムの家ってあっちの・・・。」

「ううん、その帰り道じゃ無いよ。シオリちゃんも探してよ。」

「???」


 真夢の提案をたいがいは断らない詩織は、彼女と同じように付近の地面をキョロキョロと見回すが、そもそも『帰り道』を探すのに地面付近に目をやっている真夢の行動の意味がよく判らない。詩織は真夢に具体的にどんなものを探しているのか聞こうと思ったが、彼女の真剣そうな表情になんとなく聞きそびれて、仕方なく真夢の傍で探し物の手伝いを続けた。

 そして、それから3分ほど過ぎた頃だった。


「あ!あった!」


 突然小さな声を上げた真夢に釣られて詩織が同じ木の根元を覗き込むと、彼女はその場に奇妙なものを発見した。そこにはこの公園のことをよく知る尽くしているはずの詩織ですら初めて見る、大きな穴が開いていたのである。

 穴はちょうど子どもが一人入れるぐらいの大きさで、周辺の暗さのせいか穴の深さのせいか、その底ははっきりと見ることが出来ない。しかし穴の奥からは微小ながらも風が吹き出していて、しかも空気が流れるような響きが詩織の耳に伝わってくる。

 本来こんな小さな公園の片隅に深い穴が存在しているはずが無いということは詩織も理解しているつもりだが、それでも彼女は、この穴がどこか信じられないぐらいに深い所に通じているのではと思った。


「何これ?もしかして深いのか?」

 ところが真夢はこの詩織の台詞の意味をどう理解したのか、不思議な返答をしてきたのである。


「あった☆やっと見つけた。多分これだよ。」

「え?だからマムの家って・・。」

「見つけてくれてアリガトウ。それじゃ、バア〜イ♪」


 すると真夢は詩織に一度だけニッコリと笑顔を見せると、穴の中に飛び込んでしまった。

 突然の真夢の驚く行動に目を丸くした詩織は、うわぁと悲鳴を上げて穴の中に落ちていこうとする真夢の腕をつかんだが、人一人の重さは小学生がつなぎ止めることが出来るほど甘くは無かった。

 落ちていく真夢に釣られるように、詩織もまた穴の中に落下してしまったのである。


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