ヴェルフの愛
114話の前の辺りのお話
三人目の子を持って改めて思ったのが、やはり我が子は可愛いという事だ。生まれたての我が子が可愛いのは勿論の事、大きくなった二人の子供も相変わらず可愛い。
反抗期というものを知らなかったのか、変わらず俺を慕ってくれる娘。純粋に真っ直ぐ育った息子。二人とも大切な我が子で、目の中に入れても痛くないくらいに愛おしい。
親馬鹿? うるさい、我が子を愛して何が悪い。あんなにも可愛く育った子供達を愛でる事になんの問題がある。
そんな天使を産んだ妻は、相変わらず美しいとしか言いようがない。贔屓目抜きでもセレンは美女で、下手すれば十歳は若く見られる美貌の持ち主である。
おっとりとした儚げな外見とは裏腹に言うべき事ははっきり言う所も、夜は結構に甘えてくる所も、というかセレン自体が愛おしいから全部好きだ。何処が一番好きかと言われても全部としか答えようがない。
余談だが、最近セレンに俺の何処が好きかと聞いたら「駄目で残念な所も好きよ」と言われた。……誉めてるのか分からないが、そんなセレンも可愛い。異論は認めない。
「何人居ても可愛いものね」
「そうだな」
すやすやと安らかに眠る我が子を眺めて、夫婦揃って頬を緩める。乳離れはまだまだ遠い息子は、今は愛らしい寝顔ですやすやと眠りに入っていた。
ルビィは俺似、リズはセレン似で新しい家族はどちら似かと思っていたが、セレン似だったらしい。というか色合い的にはリズと同じ、色素の薄い髪にうちの一族特有の紅玉にも似た瞳だ。
「将来はリズそっくりになりそうね」
「セレンそっくりの息子って事にもなるだろ。童顔っぽそうだな」
「ルビィは結構童顔気味だけど、将来はあなたみたいな顔立ちになるのかしら」
ルビィは俺の血を色濃く継いでいるから、ひょっとすると今からは想像出来ないような凛々しい顔立ちになるのかもしれない。俺は可愛さのない顔だとよく言われるし、似てるならルビィもそうなる可能性がある。
まあ、跡取り息子が一族の血を強く受け継ぐのは悪くないんだがな。
ルビィも大分大きくなった、と呟くと、セレンは「リズなんかもうすぐ大人よ」と柔らかく微笑んでいる。
……ああ、そうだな、リズももうすぐ大人だ。小柄であどけない顔立ちをしているが、あと数ヵ月すれば成人の時を迎えるのだ。
成人すれば当然責任と付きまとうし、侯爵家の令嬢として求められる事も増える。つまりは何処の馬の骨とも知れん輩から求婚の手紙がごっそり届くという事だ。今でさえちらほら届いているというのに。
……リズがそれに応える事はなさそうだが、例外が二、三人居る。
一人は殿下。
これは立場上だが簡単には蹴れない。まだ成人していないから正式な申し出はされてないが、割と時間の問題な気がする。あの生意気だった殿下が成長して娘に求婚するのは複雑だ。
二人目は、セシル。
あいつは家の命令だな、但し嫌がってる素振りはないし、何だかんだで仲良くやってはいけるのだろう。リズもセシルなら構わないと言っているし。
俺としては、立場と仲の良さを考えてセシルが一番相応しいとは思う。王家に嫁ぐよりは負担が少ないし、何だかんだでセシルもリズに優しいからな。
それに、ルビィが一番懐いているってのも大きいな。本質を見抜くルビィが絶大な信頼を寄せている辺り、人柄も窺えるものだ。
そして、最後はジル。
こいつはただひた向きにリズだけを想って、リズの為、というか自分の為に研鑽を積み重ねて来て、果ては爵位まで得やがった。執念深いのはサヴァンの血の成せる業だとは本人には言わないでおくが。
従者でありながら、貴族になり、リズに懐かれた存在。
本来ならば弁えろと言いたいが、最早過ごした時間が長過ぎて突っ込むのが今更な気がする。昔指摘して引き剥がしておけば良かったと後悔している程に。
「リズは嫁には出さんぞ……!」
「じゃあ婿入りかしら」
「却下だ!」
「あなた、うるさいわよ。ミストが起きるわ」
「ハイ」
可愛い愛娘をほいっとやれるものか、と拳を握ったものの、妻に窘められては黙るしかない。幸いミストは起きた様子がなく、愛らしい寝顔を見せてくれている。
不完全燃焼な感情を燻らせる俺に、セレンは苦笑い。
「……あなたもそういう所はまだまだよね、リズの意思を尊重してあげなさいな」
「可愛い娘だぞ、これが冷静になってられるか。認めた奴にしかやらん」
リズを幸せに出来ると確信した奴にしかリズを任せたくない。というかそもそも他の野郎に任せたくないのが本音だが、行き遅れて女としての幸せまでも奪うつもりはない。
取り敢えず、絶対にリズを幸せに出来る奴、リズを泣かせない奴が条件だ。あと生活安定してて不自由させないのも条件だな。縛り付けたり侘しい生活させるとか論外だ、リズは浪費家じゃないしそれなりに稼ぎがあれば余裕で養える筈だ。
リズには相応しい相手を、と意気込む姿をどう思ったのか。セレンはころころと笑って、細い指先で俺の頬をつついては可愛らしく首を傾げた。
「ふふ、そういう所はお祖父様そっくりよ?」
「どこがだよ」
「分からない?」
しっとりと微笑む妻に抱き締めたくなる衝動を抑えつつ、首を振る。分からないというより分かりたくないな、何であんな頑固親父と一緒にされなければならんのだ。
「ふふ、多分ね、リズもあなたと同じ事するわよ」
「……止めてくれその予想は」
セレンが言うと当たりそうで怖いんだよ。セレンの勘は恐ろしい程に当たるからな……ルビィにも引き継がれているから、色々やりづらい。助かる時もあるが、今だけはその予想が当たって欲しくなかった。
俺と同じ事をする、という意味が分かるからこそ、それだけは避けて欲しい。リズと争うなんて御免だ。
……かといって放っておけば今度はジルが仕掛けて来そうな辺り、この地位も楽なもんじゃない。俺という籠から助け出してしまえばあっちのものだからな。
「あの子は、本気で好きになったら親の制止も聞かない子だと思うわ。その相手が誰になるかは分からないけれど、誰であっても認められなければきっとあなたと同じように、力ずくでも親に認めさせると思うの」
「……力ずくで悪かったな」
「いいえ? そのお陰で私は素敵な夫と結ばれて、子宝にも恵まれたのだから文句はないわよ」
「……セレン」
「ふふ」
穏やかに微笑む愛しい妻は贔屓目抜きに美しく、愛らしい。いつまで経っても、俺はセレンから離れられる気がしないな。
元々俺から求婚したのだが、まさか此処まで惚れ込むなんて想ってもなかった。俺は運命なんて曖昧で馬鹿げたものを信じてはいないが、セレンとの出会いだけは必然だったのだと信じたい。
最愛の妻を抱き抱えて頬擦りしながらも、考えるのは愛しい娘の事。俺もセレンも、願うのはリズの幸せだ。
願わくば、今まで会った三人の誰かが、リズにとって俺のような出会いであるように。
そして、……とても腹立たしい事だが誰かがかっさらって行くまでは、俺に守られたままで居てくれるように、願った。
……ジルだけは、拐おうとしたらどうにか阻止してやろうかと思った今日この頃である。




