星空の告白
合コンで知り合い、二年付き合った彼女を、郊外の山の展望台に連れて行った。ここはこのあたりでも有名な曰くつきの場所だ。“曰くつき”といっても、別に幽霊が出るというわけではなく、ここで告白すれば、絶対にうまくいくとかいう、都市伝説みたいな噂話のことだ。
天気にも恵まれ、満天の星空の下、俺は緊張を抑えながら話し始めた。
「俺たちさ、付き合い始めてから、今日でもう丸二年になるよな。だから、そろそろもう、けじめつけようかなって思うんだ」
自分の背中に回した手の中にあるものが、ずっしりと重く感じられる。ここまで来たというのに、その言葉を言い出す勇気が出ない。
「それでさ……、なんていうかその……」
曖昧な言葉で、どうにか場を繋げようとする。
「どうかしたの?」
彼女は俺の顔を覗き込んだ。先を促されている。彼女の目は、何もかもを見透かしているように感じた。俺は決心して、隠していた右手を彼女の前に差し出した。その右手の上に、黒い小さな箱が乗っている。
「だから、その、け、けっ、結婚してほしいんだ!」
喉につっかえていた言葉が、ようやく口から流れ出た。
「君の家、それなりに金持ちだろ? だから、こんな指輪でちょっとあれだと思うんだけど……」
小刻みに震える手で箱を開けた。中に入っている指輪が顔を出す。空に輝く星の光が反射して、幻想的に煌めいている。安物かもしれないが、今この瞬間、俺にとってこの指輪は他のどんなものよりも価値があるように思える。
彼女は嬉しそうに微笑んだ。しかし、すぐに真顔になって、話し始めた。
「私ね、実は元カレがいるの」
突然の告白。俺はただ訊きかえすことしかできなかった。
「元……カレ?」
「うん。その元カレにも、前にここでプロポーズされたんだ。
その彼とはね、会社の同僚だったんだ。いつも優しくって、私が仕事で大失敗した時も、庇ったり慰めたりしてくれて、最初は何とも思ってなかったけど、そのうちに彼のことが段々気になっていって、付き合うことになったの。私たちはよく、一緒に食事に行ったり、デートしたり……。楽しかったし、私、この人となら結婚してもいいと思ってた」
唐突な身の上話に困惑するばかり。彼女は構わず話し続けた。
「そして、付き合って一年が経った頃に、ここでプロポーズされたの。私、凄く嬉しかった。だから、OKの返事をしたわ」
「ちょ、ちょっと待って。じゃあ君、バツイチだったの?」
そんな話聞いたことがない。いや、バツイチだからってどうというわけではないが。
しかし、彼女は首を振った。
「ううん。彼とは結婚できなかった」
ホッと胸を撫で下ろした。
「私ね、聞いちゃったのよ。彼が電話で誰かに話しているところ。相手はわからなかったけど、私のことについて話しているのはわかったわ……」
そう、あの日。プロポーズを受けたあの日。彼は、帰り際、どこかへ行ってしまった。探しに行った私は、彼が物陰で電話をしているのを目撃した。
「……そう、ようやくうまくいったんだよ。一年かかったぜ。ほんとよかったよ」
私のことを話していることが分かった。友達にでも報告しているのだろうか。私はさらに聞き耳を立てた。
「あの女に取り入るのには、すごく苦労したからな。金もかかったし。まあ、親父が金持ちの資産家だからな。なに、すぐに元どころか、絞れるだけ絞り出すつもりさ。……ああ。そうだな。そしたらお前も連れて飲みに行ってやるよ。じゃあな」
興奮した彼の口から溢れてくる言葉に、私は絶望した。彼は、私のことなど、眼中になかったのだ。彼が欲しかったのは、最初から私のお父さんのお金。ただ、それだけだったのだ。
電話を切った彼に、私は近づいていった。驚き振り返った彼は、
「なんだ、びっくりさせんなよ。……もしかして、聞いてた?」
「ううん。なんにも」
私は、自分の中に湧いてくる感情を押し殺して、笑顔を作った。
「ねえ、せっかくだから、もうちょっとあっちで、夜景でも見ていかない?」
既に目的を達成し終え、帰りたそうにしている彼を強引に展望台に連れて行った。
そこで、私は、彼を……。
彼女の話をそこまで聞いて、俺は胸が痛んだ。彼女にこんな過去があったなんて。
「やってしまったのか?」
「うん。許せなかったから。怒りに任せて、つい……ね。身体が勝手に動いていたの。暗闇に消えていく彼の顔……。未だに忘れられないわ」
「それで……、その……」
何と言ったらいいのかよくわからない。こんな話聞きたくなかった。……もしかしたら彼女は、誰かに聞いてもらいたかったのではないだろうか。自分の心の奥底にしまい込んだ、忌々しい記憶を昇華したかったのではないか。これから結婚するという相手には、聞いてほしかったとか。そういうことなのだろうか。
それとも……、俺の事を疑って? 俺の事も殺そうとしているのだろうか?
俺はそんな男とは違う。断じて、金目当てなんかじゃない。
「もしかして、俺を疑ってるのか? 元カレみたいな奴じゃないかって?」
「そうかもしれないわね……。私、それから男性不信になっちゃったし」
やはりそうなのか。
「……警察に、この話は?」
深刻な面持ちで訊いたのだが、彼女は口を開けて唖然とした表情を見せた。
「警察? 何言ってるの? そんなことするわけないじゃない」
当たり前だ。そんなことをすれば、彼女の人生は台無し。出来るわけなどないだろう。
「……確かに、カッとなってやっちゃったけど、警察を呼ぶほどではないでしょ?」
「いや、流石に殺人ともなれば、警察沙汰になってもおかしくないだろ?」
彼女は笑い出した。
「なんか勘違いしてるよ。殺人? 私は、あいつの顔面ぶん殴って、振ってやっただけだから」
「えっ?」
「そんな程度で、殺すわけないでしょ。許せなかったから、怒って殴っちゃっただけ。そしたらあいつ、ビビって逃げてったわ。まあ、一応元カレだし、後から面倒なことになったら困るから、こういう事は今のうちに言っといたほうがいいかなって思ってさ」
「ああ……なんだ、そうだったのか……」
安心した俺は、腰が抜けた。両手で顔を覆う。少し泣きそうだった。結局、ただの勘違いだったのだ。
その後、彼女からプロポーズの返事を貰い、俺たちは見事、結婚することになった。
めでたしめでたし。
勘違いネタですかね。