遭遇
「名前は花宮灯」
「植武器の弓使い」
「家が裕福で箱入り娘だから、内向的で人見知り」
「でも……、まあ、これくらいかしら?」
何か言いたいことがまだありそうであったが、花宮灯の自己紹介は終わった。
自分のことを箱入り娘というのはどうかと思うかもしれないが、別に灯が自分の自己紹介をしたわけではないのだから、問題はないのだろう。
あるとすれば、留美が灯の自己紹介――いや、他人の紹介をしたことである。皮肉まじりに簡易的な紹介をした。
まあ、灯が自己紹介をする気がなかったため、空気を読んだというのならば聞こえはよいが……。
しかし、留美の紹介内容は間違ってはおらず、内向的で人見知りというのは紹介されなくてもわかる。
さっきから全く話そうとはしない。
留美が強行手段で灯を森の中へ引っ張り込んだのだが、留美はすぐに灯の腕を引っ張るのをやめていた。それでも、チームを組むことには了承してくれたのであろう、先程から、横に並ぶハヤテと留美のすぐ後ろに灯もついてきている。相変わらず、こちらが振り向いたときに目を合わせないように常に、前が見えるぎりぎりの高さの位置で視線を固定している。
よく内気な子がやる仕草で、右腕を左手でぐっとつかんでいる。最初は留美が無理やり引っ張った所為で、腕を痛めたかとハヤテは思ったのだが、そうではないらしい。
ハヤテが留美に尋ねたところ、いつものスタンディングポーズらしい。
留美が先ほども灯の紹介をしたのだが、留美と灯は同じ専門学校の卒業生ということもあり、互いに?とはいかずも、留美は灯のことをよく知っているらしい。そして、先程ハヤテに言わずに、渋った部分もである。
「良いかしら? 仮にもチームを組んでいるのだから、吸光蚊に遭遇したら、あなたもちゃんと戦いなさいよ」
足を一旦止め、完全には振り向かずに、灯に右半身を向けて念押しする、留美。
始めは低ランクの武器を所持している、ハヤテに向って言ったのかと思ったが、目線は灯の方を向いていたので、返事しそうになるのを抑えるハヤテ。
相変わらず、返答する気がない灯ではあるが、わずかに灯の整った顎が縦に揺れるのを、留美は確認できたらしく、再び足を動かす。
バリリリィィィーーー!!
突如、大きな落雷のような轟音が森に響き渡る。
当然ながら、空は雲一つない晴天であり、雷雲などは微塵もない。
それから察するに、悪魔か受験者のどちらかが放った音だと考えるしかない。
ハヤテたちは、それが吸光蚊の放つ電撃の音でなければ、受験生の放ったものとも考えにくかった。
「まさか……」
「いや、ありえないでしょ!?」
「……」
実技テストの説明で、吸光蚊の電撃は気絶する程度だと聞いていたハヤテたちは、この音が吸光蚊の電撃の音だとは信じられなかった。
もしこれが、吸光蚊の放ったものであれば、即死レベルである。
「もしかしたら、他の悪魔のものかもしれないわね……」
「確かに、この森に吸光蚊しか生息していないとは誰も言っていないね」
あくまでも、この森に吸光蚊が生息しているだけであって、吸光蚊しか生息していない訳ではない。 当然ながら、他の悪魔の存在も否定できない。
「でも、これが別の悪魔の電撃の音だとしたら、難易度は格段に跳ね上がることになるね」
「対象悪魔が危険度Eというだけで、テスト難易度自体はDまたはCくらいにはなるわね」
と、留美とハヤテの二人は冷静に分析を行っていたが、灯はその間、全く違う行動をとっていた。
「ヤナギ・ショット」
そう言葉が発せられると同時に、何発もの破裂音が響く。まるでロケット花火でも飛ばしているかのような、激しい音に二人の思考は一時停止する。
「「な、何!?」」
二人同時に破裂音のした背後――灯の方を振り向く。
そこには、大量の吸光蚊がいたのだが、すべて、地面に這いつくばるようにしてピクリとも動かない。一匹一匹のソーラーパネルのような日光を反射する羽に、穴があけられている。エネルギーの供給器官を破損した吸光蚊は、その時点で、絶命していた。
状況はすぐに理解することができた。
灯がそれらの吸光蚊を射抜いていたのだった。
右手に握られた、赤く光る大弓。灯の身長と同じくらいの長さはある。また、左手には、赤い花びらのような、扇状のものが先端についた矢。背中には、左手にある矢と同じものが、何本も入っている筒を背負っている。
それらの、情報で充分であった。
「花宮さん、強っ!」
葉本の紹介で、花宮は植武器を使うと、聞いていたハヤテは、状況をすぐに察知できた。思わず声が漏れるハヤテ。
「さすがね……」
花宮をよく知っている留美は、驚くようなことはせず、やはりと改まったような態度である。
しかし、ハヤテはすぐに疑問を抱く。
「これだけの群れがいたのに、なんで羽音一つしなかったんだろう?」
「こいつらは、羽音を聞かれないように、上空から滑空して私たちに迫ってきやがった。危険度Eのくせに調子に乗りやがって……」
ハヤテらの3人の口調とは異なる、セリフが聞こえたので、ハヤテはあたりを見渡すが、3人以外は誰もいない。
そんなハヤテを見て、留美は灯の方を指しながら言う。
「あいつが言ったのよ」
吸光蚊の亡骸の前にたたずむ灯の方を見るハヤテ。そこには先程の無表情な女性は見る影もなく、口角を吊り上げ、不敵に笑う横顔をハヤテの方に向ける女性がいた。
「あれが、あいつの本性よ」
「本性?」
「あいつは悪魔を目の前にすると、殺さずにはいられない衝動に駆られて、性格が一変するの!」
だから言ったのよ……と、不服そうな顔で、つぶやく留美。
「で、でも、これで目標は達成したんだし、いいんじゃないかな?」
と、留美をなだめようとするハヤテだが、そんなハヤテの考えを裏切る行動を灯がとる。
「何言ってんだ! まだ足りない! さっきの大物を狩りに行くぞ!」
突如、灯がハヤテたちに急接近し、頭上を飛び越えたかと思うと、後ろから留美とハヤテの制服の襟をつかみ、引きずりながら走り出す。
「えっ、ちょっ、こんな力どこから!?」
「また、説明するから、今は諦めなさい」
華奢な女性からは考えられないような力に驚きを隠せないハヤテであるが、留美はやはり予想通りというように、溜息をついて、抵抗しようなどとは考えようとしなかった。
ハヤテたちはさらに森の深部へと進むことになってしまった。