牢屋の中から
「242番。出ろ」
照明もろくに無い、薄暗い鉄牢の外から囚人番号が点呼される。
「242番!」
再び、番号が点呼されるが、誰も返事をしない。
「根城ハヤテ! 貴様のことだ!」
先ほどまでの点呼の声が、怒鳴り声に変わる。
囚人の一人が、自身の囚人服の襟元に縫い付けられた番号を確認する。
「ああ、僕が242番でしたね……」
そういうと、囚人はダルそうに立ち上がり、鉄格子にゆっくりと近づく。
鉄格子をはさんで囚人と向かい合う看守。その隣には、看守の制服とは違い、黄色いラインの入った、ひざ下まで伸びる白いコートを着た、女性が立っている。
「242番。釈放だ」
看守は囚人と目が合うと同時に口を開く。
「えっ? 釈放ですか?」
「ああ、貴様の刑は免除された」
予想外の台詞だったのだろう。囚人は死んだような目を大きく開き、驚きを隠せないでいる。
それもそのはずだ。この囚人、根城ハヤテはある罪を犯し、懲役10年という実刑を1時間前に下されたばかりだ。
「驚くのも無理は無いだろうが、貴様の驚きが納まるのを待っている暇は無い。早く出ろ」
鉄牢の扉を開錠し、ハヤテの腕をつかみ、鉄牢から引っ張り出す看守。
いきなり引っ張られたため、足がもたついて、こけそうになるハヤテ。
「後はこちらの方について行け」
看守は隣の白コートの女性に手を向けて言った。そしてすぐに、掴んだままのハヤテの腕を放し、足早に立ち去った。コツコツという看守の靴の音が遠ざかっていく。
取り残された、ハヤテと女性。
「え~と……」
戸惑いながらも、女性に目を向けるハヤテ
すると、女性は何も言わずにハヤテに背を向け、看守とは反対の方向へ、背まで伸びる黒髪を左右に揺らしハヤテから離れていく。
「あっ……。ちょっ!」
ハヤテは置いていかれないように、足早に歩く女性の背を追う。
ハヤテは黙って女性に追従していき、階段を昇っていくと最終的に、日の当たる屋外に出た。
「ああ、日光だ……」
それほど長く鉄牢にいたわけではないのだが、やはり日光が気持ち良いのだろう。ハヤテは声を漏らす。白いコンクリートの地面と壁によって乱反射する日光のまぶしさを堪能し、目に活気を取り戻しつつある。
「やはり、日光は気持ちが良いな。あんな地下牢にいたら、気が狂いそうだ。」
そう口を開いたのは、白いコンクリートと同じように日光を反射する、白いコートを着た女性だった。
薄暗い地下牢では、ムスッとした厳しそうな表情の女性であったが、ハヤテと同じように日光を浴びると、一変して、とても優しそうな笑顔をハヤテに向ける。
「あ……。は、はい!」
ハヤテは女性のギャップに驚きつつも、何とか声を出して、返事した。
「ははっ。そんなに硬くなるな」
無邪気な笑顔を向けてくるが、子供っぽさは感じれらず、年上の美人なお姉さんのような雰囲気が出ている。
「自己紹介がまだだったな。ハヤテ君。」
「私は、退魔局第2支部“植部隊”副隊長の字弓だ」
「あざなは文字の“字”、ゆみは弓道の弓だ」
ハヤテに自己紹介を始める弓。
退魔局。人類に被害を及ぼす存在である、悪魔を打ち滅ぼすための組織である。
ハヤテは同じように自己紹介をしようと、口を開こうとするが弓に抑止される。
「いや、君のことはすでに知っているので、自己紹介は必要ないよ」
「そ、そうですか……」
ハヤテは女性と話すのは慣れていないため、どうも返事がたどたどしくなってしまう。弓のような美人はなおさらだ。
「第1級犯罪者、根城ハヤテ。年齢19歳。無職。個人取扱禁止退魔植物の栽培により、懲役50年の刑」
弓は、コートのポケットから書類を取り出し、それの文面の一部を読み上げる。
「間違いな?」
「はい」
ハヤテは、弓の目線が文面から再び自分に向けられるのを感じて、返答する。
「個人取扱禁止退魔植物とあるが、これにもいくつか段階があってな。君の栽培していたのは“退魔”植物なのだろうが、別にそんなものは、魔除けとしてどの家でも栽培している。犯罪にはならない。」
「しかし、君が罪に問われたのはその種類だな」
弓は個人取扱禁止退魔植物の説明をし、ハヤテに近づきながら、微笑む。
「ええ、知っています。 僕は、退魔植物のなかでも、禁止された種類のものを栽培していました。それが―――」
「「食魔種」」
ハヤテの言葉に、弓が重ねてくる。
そして、弓が続けて言う。
「食魔種とは退魔植物の中でも、最上級の退魔性を誇る。その名の通り、悪魔を喰らう植物。しかし、自我もあり、扱いが難しく、一般の個人レベルの施設では栽培は不可能とされている。下手をすれば栽培者本人が喰われることもある。別名“悪魔を喰らう悪魔”」
「僕はそれを栽培していたのが見つかって、逮捕されました」
ハヤテは弓の説明が終わると、付け加えて言った。
「あれほどの騒ぎを起こしたんだ。ばれないはずが無い。それも5体もの食魔種を栽培していた。本来ならば不可能だ」
「まあ、普通に栽培していたら不可能ですね」
ハヤテのその言葉を聞き弓は真剣な表情になる。
「でだ。君を釈放させたのは他でもない、その食魔を扱える君の力がほしい」
「退魔士になってくれ! ハヤテ君」
突然、本題を切り出してくる弓。
「え……。そんないきなり!?」
「いきなりで済まないが、君にとっても悪くないことだと思うぞ」
弓はハヤテに現状の詳細を説明した。
ハヤテには退魔植物使いとして、弓の植部隊に入隊してほしいこと。もう一つは、入隊してもらう代わりに、罪を帳消しにするということだった。帳消しにするといっても、途中で退魔士を辞めたら再び鉄牢行きらしい。
「退魔士……」
牢から開放されるとはいえ、退魔士は悪魔と戦う危険な職業だ。命を落とすかもしれない。そのことを考えると、すぐには決断できずにいるハヤテ。
そんなハヤテを見かねて弓は口を開く。
「植部隊には退魔植物を栽培できる専用の施設もある。君の食魔植物に限らず、数多くの退魔植物を栽培できるぞ」
「やります!!」
ハヤテは弓の一言によって即答した。目が輝いている。
ハヤテは退魔栽培が大好きで、時にはご飯も食べずに熱中していることもしばしば。その情報も、弓は掴んでいた。だから、食い付いてくると思い、施設の話題を出したのだ。