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破壊の妙諦  作者: みのー
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序章

2012年。暗黙の均衡という平和を保った世界。ラテニアを含め、如何なる小国、大国であれど、周辺国に睨みを聞かせ、緊迫化した世の中。目に見えぬ攻防戦をあちらこちらで繰り広げ、収集のつかなくなったその世界に、一つの禍根が産み落とされる。ロートスタンのとある有名大学によって開発された、第六感発現システムにより、魔法にも似た非科学的能力の存在が検知された。その名の通り、第六感、又の名を霊感、超感覚的知覚、ESPなどなど、所謂現実的にあり得ないとされていた事柄の存在の発見だった。それは忽ち世界を震撼させ、技術の伸びが落ち始めた各国への新たな機転となる。世界中の科学者達がこぞってロートスタンへと向かい、世界のトレンドは第六感一色へと化した。


それから100年の時が流れ現代へ。時代はかつての世の中から大きくかけ離れた、全く異なった世界へと変貌を遂げていた。最先端技術は既に科学技術に代わり、第六感技術の研究へと移り変わっており、あらゆる分野にその幅を利かせている。特に軍事技術で目覚ましい進歩を遂げ、各国の睨み合いにあらたな様相を呈していた。その原因とも呼べるべきものが、第六感の特色の一つである外界に対する超常的干渉。これは能力次第、つまり保有する特異能力によっては、戦略兵器に匹敵するほどの力へと成り上がってしまうのだ。


そして、ラテニアもその喧騒の例外に漏れず、ロートスタンより持ち帰った技術を進歩させ、大国にも劣らぬ力をつけていた──。






「仕事だ、あや


とある公園にて、二人の女が言葉を交わす。片方はベンチに腰掛け、もう片方は遊具に身体を預けては、呑気に鼻歌を歌っている。声をかけた方は二十代後半と思われる見た目をしており、真っ黒なスーツに身を包み、見事なまでにスタイルが強調されていた。女は眼鏡を掛けており、眼鏡越しから見える赤色の瞳は、どこまでも虚ろだ。女の眼前には仮想画面バーチャルモニターが、映し出されていた。尤も、仮想画面は光の屈折を利用したもので、映し出された画面を見ることが出来るのは、それを操作している女のみである。


「今回はどんな仕事なの?」


荘厳な雰囲気を漂わせる女と相反して、明るげな声をあげる文と呼ばれた少女。こちらは赤色のフレアスカートにブレザーという、現代の標準的な制服を着ており、まだ学生なのだと分かる。


「仕事の内容はゼロ機関より抜け出した能力者の『停止』。詳細はお前のお手伝いAIに送信済みだ。終わったらいつものようにメールしてくれ」


ベンチに座った女はそれだけ伝えると、そそくさとその場を去って行く。遠くの方でパーマのかかった真紅の長い髪が風になびき、それを鬱陶しそうに払いのけているのが見え、女の性格が窺えた。


「ふぅ……。これはまた大変なことになったなあ」


少女は女が去っていくのを最後まで見届け、独白を呟く。幼い顔立ちながらも、その顔には憂鬱な相好が影をさし、若干大人びて見えた。


少女はポケットから仮想携帯を取り出し、電源をオンにする。ブオンという電子音が響くと同時に、先ほど少女と話していた、女の前に現れていた仮想画面と似通ったものが、彼女の目の前に映し出された。


彼女はその画面を慣れた手つきで、操作する。幾分かの操作を終え、画面が切り替わり、そこに映し出されたのは小ぢんまりとした部屋だった。


「秋ちゃん!起きてー!」


彼女は画面にそう呼びかける。呼びかけてしばらくすると、何もない空間に揺らぎが生じる。と、同時に何時の間にか部屋の中央にメイド服を着た女が立っていた。それはお手伝いAI。いくら第六感技術の振興が盛んに行われようとも、人類の利便性への追及は未だ継続している。このお手伝いAIも、その片鱗にすぎず、名前の通り人工知能を搭載しているが勿論人間ではなく、機械だ。お手伝いAIの行動は既存の入力された命令以外にも、その容量の許す限りの行動パターンを組み込むことが可能である。しかし、既存の本能にあたる部分である知識欲のシステムが主な動作の一つであるので、勝手に情報を蓄えていくのであるが。


「お呼びでしょうか。文様」

「うん。第六位シックスから任務の情報貰ってるでしょ?いつものようにナビゲートしてくんない?」

「畏まりました。少々お待ちください。文様の現在位置を確認中です」


秋と呼ばれたお手伝いAIは赤色の瞳を閉じ、文の現在位置を検索する。本来位置検索は、お手伝いAIにないシステムであるが、どうやら彼女のもつAIはそれを行うことが可能なようだ。つまり彼女のもつ秋は市販で売られているお手伝いAIとは、一線を画していることになる。


「現在位置把握しました。逃走中の能力者の位置は既に入手済みです。情報は脳内にダイレクトに更新し続けますので、特殊索敵装甲をお付けください」


秋のいう特殊索敵装甲(Stealth Search Scope)、通称トリプルSは、ある一部の人間のみが保有する現在発明された中でも最高の業物である。表向きは眼鏡もしくはゴーグルのような外見をしているが、これを使用することによって起こる現象は、眼鏡やゴーグルのような視力改善、または水害防止程度のものではない。

まず一つ目に索敵と書かれているように、これはある特定のターゲットを、持ちうる情報の限りを尽くして、電気信号によって大脳に働きかけることによって、常に眼前にターゲット情報とその位置を表示し続けることが出来るのである。言わば立体GPSのようなもので、思考を切り替えることによってあらゆる角度からでも、ターゲットを捉えることが出来る。

そしてもう一つの能力は、第六感の能力の一つである他に干渉する能力を応用して、特殊索敵装甲の周辺に空気中の水分を固め、ミラーを作り光を反射、また反射させない物質を高圧縮させ、遮蔽をつくり、それらを組み合わせることで装備者をステルス状態にすることが可能なのである。勿論、こんな大それた所業をやり遂げようものなら、装備者である文に多くの能量(第六感によって存在すると云われている空気中、または人間内から生み出される能力の元となる力の量のこと)を要求されることになるのだが、それは杞憂のようだった。


「よっし、いっくぞー!」


特殊索敵装甲を装備した彼女は、眼前に表示された情報を辿ってターゲットを追跡する。その表情には嬉々とした表情が浮かんでいるが、目だけは笑っていない。彼女の身体は駆け出すと同時に、ステルス機能により、捉えることは不可能となり、残されたのは不自然に揺らめく草木だけだった。


――――――――


時間にして8時をちょっと過ぎた頃。100年経ったラテニアでは、夜と言えど多くの立ち並ぶビルによって明るさを保っていた。ほとんどのビルは縦長で、その姿形は過去の物より見栄えがいいものの、何ら変わりはない。だがそんな縦長のビルの中に囲まれて、点々とその存在を示す異形のビルが存在する。まるできのこのように、上部にいくにつれ、ドーム上に広がった建物があったり、丸い球体のような建物があったり……。そのような不自然な形をした建造物が建っているのはやはり、第六感技術があってのもの。それらは瞬時に人間の生活に適用し、その性能を知らしめてきた。


だが、どんなものにも例外はつき物。


「なるほどね……。やっぱ実物を見なきゃわかんないものね」


とある横長のビルの屋上の手すりに手をかけ、今にも落ちそうな状況で文はそんなことを呟く。両手は辛うじて柵に掴まっているものの、その手は震えており、危うさを感じさせる。能力者の停止が目的だったのに、逆に追い詰められてしまい、現在はステルス機能に、能量を回す暇をなく、絶体絶命のピンチに追いやられていた。脳内に文を心配する秋の声が聞こえるが、彼女にはそれに神経を使う余裕はないようだ。


「なるほどな……。お前が機関の犬か。随分と手こずらせおって……」


柵の向こうの暗闇から体格のいい男が、文の方へと向かってくる。彼こそが今回、第六位シックスに頼まれた文のターゲットである、長江譲二。筋肉質な体型に、鋭さを帯びた眼光。その見るからにキレものな彼は、一切の傷を負っていなかった。譲二の腕にはノコギリのようなものが蠢いており、徐々にその姿を映し出す。彼の手の中で荒ぶっていたそれは、明らかに水で出来ており、カッターのように鋭い刃となって空気を切り裂いていたのだ。空気中の水分を圧縮し、高圧力で射出し、飛び出して空気中に霧散した水を、再び圧縮する。実に効率のいい能力の循環使用だった。


「はあ……。ついてない。やっぱり無傷じゃ倒せないかあ」


一方追い詰められていた文はというと、呑気な口調で溜息を漏らしている。譲二の操るウォーターカッターが目前に迫ってきているというのに、その顔は依然として余裕の笑みを浮かべていた。だが、ビルの屋上ということもあって、強い風が彼女の身体を揺らし、彼女の手が片方離れ、その笑みは強がりなのだと分かる。


「生意気な……。死ね」


男は一言。対した感情も入れずに、ポツリと呟く。それだけ口にすると同時に、文を柵ごと横薙ぎに一閃する。予備動作のない強烈な一撃。その早さたるや、視認出来るような生半可なものではなく、彼のような屈強な肉体だからこそ織りなすことができる、鮮やかで力強い攻撃。


当然呆気なく、文は身体を切られて死んだ。──かと思いきや、ビルから落ちて行くのは切り離された柵のみ。男はあり得ないという表情を浮かべながらも周囲を素早く警戒する。流石は能力者なだけあって、その戸惑いは一瞬だった。あり得ない事に対する免疫力はかなりのものらしい。後ろを振り返ると、男の遥か後方に、切られたはずの文が、何事もなく突っ立っている。ただ、不自然なことに彼女の立っている地面が他より少しばかり窪んでいた。


「……どういうことだ?一体何をした?」

「やだなー。私達第六感発現者の中ではその質問は禁句タブーでしょ」


男が険しい顔で文を睨みつけるのに対し、何とも緊張感のない声でそれをはねのける。交差する視線。


沈黙の中、先に動いたのは男の方だった。ぶん、という音が聞こえたかと思えば男の左手から生えているウォーターカッターが、彼女に向かって一直線に伸びる。その全てが人間の身体では受け止めることの出来ない一撃必殺。直線上にいた文には今度こそ避ける術はない、と思われたが、またしてもその攻撃を躱す。いや、あれは躱すなんてものじゃない。瞬間移動かと思うほど、彼女はその位置を点々と変えていた。


「じゃあ、そろそろいくよ?」


そんな掛け声と共に、彼女の身体がふっと消え、男の視界からその姿を消す。視界には何も映らず、聞こえるのは風の音を掻き消すほどの、不気味な轟音。いや、よくみればメキメキと地面がひび割れており、その亀裂は徐々に男に近付いていっていた。男がそれにようやく、気付いたときには、時既に遅し。バキリという音が、男の手前の地面で鳴ったかと思えば、男の身体は後方へと弾き飛ばされていた。ぐわっという声と、くぐもった打撃音が響き、宙を舞う男。それを見届けるのはいつの間にか、先程まで男が立っていた場所に、腰に手を当てて突っ立っている文。

咄嗟に空中で体勢を立て直そうと一回転して着地を試みるが、下を見て、心臓が止まるのを男は感じた。街を行き交う人々の姿がゴミ粒のように見えるその場所は、何の障害もない宙。文の攻撃によって、弾き出された結果、男は本来彼女に合わせるはずだった絶望を自分が感じる羽目となった。その時点で男の思考は身体と一緒に弾き出され、意識は朦朧としていた。狂ったような恐怖が身体を締め上げ、生きる気力を根こそぎ、男から奪い去っていった。


――だから、男は気づかない。自分をそのような目に合わせた女が、男の襟首を掴み、掬い上げてくれていることに。その時点で男の意識は完全に失われ、文のなすがままに引き上げられる。男の強靭な肉体を軽々と持ち上げる彼女の腕は、先ほどと何ら変わりない。


「お疲れ様です、文様。今回は感情殺しを使用しませんでしたね」

「ううん、まあ相手には使わなかったんだけどねえ……」


引き上げた男を適当に放り出すと、彼女は身体を投げ出すように倒れ込む。身体を慎重に曲げ、両手で足を押さえる。彼女は苦しそうに眉根を寄せ、額にびっしりと汗をためていた。呼吸も不規則で、一呼吸毎に肩が大きく揺れている。


「足の損傷は免れなかったみたい」


彼女が両手で押さえている足は、見るからに悲惨で思わず目を背けたくなるほどのものだった。黒色のニーソックスは、大量の血を染み込ませ、それでも止まることのない血はコンクリートの床にどくどくと流れ出している。


「第六位に報告し、ゼロ機関に救助の要請をお願いしておきます。少々お待ちください」

「ありがと……。そうしてくれると助かる」


彼女は思う。今日が夜で良かったと。出なければ足の傷は相手にばれてしまい、その行動を読み取られてしまうかも知れないからだ。

そして、そんなことになったら──本当に彼の行動そのものを殺す羽目になってしまうから、と。


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