第2話
少女の冒険は、今始まった。
今私が見ている景色、言ってしまえば。
大会の始まる前に見た景色、あの声が大会の開始を宣言した場所の景色。
……あの男と、戦う前の景色。
……端的に言えば、私は勝った。
もう少し言えば、倒せるか分からなかった男を倒す事ができ、私は勝った。
長く話すと……重力を込めた十字架を男の首目掛けて降り下ろしたら。倒せるか分からなかった男を倒す事ができ、男はその場で灰のように消えてしまった。
結果、私は勝った。
正直、後味は最悪だ。恐らく死んだ者だが、人を殺したのだ……いや、既に死んでいるだけど。
でも、何でだ?
私は、男の首に十字架を降り下ろす事。あの男を殺す事に、
躊躇いが無かった。
「……」
私は首を左右に振った。今は考えるな、今は……
そう、今は大会の話をあの声が話しているのだ。聞き逃すわけにはいかない声は話している。
イッカイセンヲカッタミナサン オメデトウ コノママ 二カイセンヲハジメマス
……相変わらず聞き録りにくい、別に文句は言わないが。
ニカイセンハ イマイルニンズウノ ヨンブンノイチマデ ケズリマス
4分の1か。
ルールハカンタン イマココニイルアナタタチガタタカッテ ソノカチスウノオオイジョウイシャガ
ジュンケッショウニアガレマス ナオ キゲンハゼンインガゼンイントタタカッタトキマデデス
ヒトリニタイシテナンドカッテモ サイショノイッショウイガイハ カウントサレマセン
全員と戦うのか……辺りを見る限り、軽く50は居る。後ろは見えないからそれ以上だろうな。
ナオ ショウリジョウケンハ アイテノタイリョクヲゼロニスレバカチデス
……ん? 体力?
体力ってなんだ? もしかして、あんな事しなくてもよかったのか?
その後の声が、それを肯定して。そして否定していた。
その後、私はあの声が言った言葉を繰り返していた。
私達には痛覚が無く、痛みを感じないようだ。しかし、体にはダメージが貯まって残るらしい。そしてダメージが最大限まで貯まると、私達は動けなくなり、それが敗北らしい。まあ、そのダメージは暫くしたら回復するらしく、戦いの最中でもそれはそうらしい。
……ちなみに、私があの時やったように人としての致命傷を与えると体力の減りは早いらしく、特に私は首を断ったので、一撃必殺になったらしい。
そしていま私は、よく分からない空間を歩いている。歩けているから床はある。前に進めているから、前はある。上は分からない、左右も似たような景色で、どこまで先があるのかは分からない。
ここで私と同じようなものと戦うらしいが、一向に出会わないな。
その時、扉を見た。
いや、扉と呼んでいいものか。空間に浮かんだノブの付いた板。と呼ぶべきか?
なぜなら向こう側が在るからだ。板の向こう側に手を回してみると、板の此方に手が触れた。
……板だな、板としよう。ノブの付いた長方形の板が空間に浮いている。そう考える事にした。
………いや、無理だな。
取り敢えず。これがあの声が言っていた舞台の扉か。こういった扉が幾つもあって、その中で戦う事も出来ると言っていたな。
……入ってもいい、もちろん入らなくてもいい。そういう事なのだが……どうするか。
まあ、物は試しか。
私はノブに手を掛けて、扉を前に開いた。すると光が漏れだした。
まるで光の無い空間に、切り取られたような光、その中に私は入った。
扉を閉めると、空間には再び光が無くなった。
扉の奥は、一言で言えば……都会。街等が上がる。そんな空間。いや、そんな場所に、私はいた。
あの扉を抜けた先がこんな都会だとは普通は思わない。元より普通じゃないけど。
私は自殺者だし……でも動いているし……十字架のネックレスで戦っているし…………
「……」
私は首を左右に振った。深く考えるな、今はこれが現実。私がいる場所なのだから、それを受け入れ、慣れてしまおう。
そんな訳で、あれから幾時間たったかは分からないが、幾時間ぶりかの街を歩いていた。
道路には車が走り、歩道には人が歩いている。色々な店が建ち並んでいる普通の街並みだ。
しかし、何故こんな都会があるのだろうか?
深くは考えない、簡潔に考えて簡単な結論を出してみる。
ここは、いわゆるステージみたいな物なのだ。平坦で障害物も何も無いあの空間か、障害物だらけ、例えば木や建物がある空間。どちらのステージで戦うかはあなたの自由です。と、言ったあの声の計らいだろう。と、勝手に答えを出した。
さて、答えも出たので、やるべき事をしようと思う。
相手を探して、戦って、そして勝つ。ここに来たからには一戦はしないといけない気がするので、私は歩きながら相手を探す事にした。
その時だった
「ねぇ、そこのキミ!」
後ろから声をかけられた。振り返ってみると、そこに声の主はいた。
恐らく同年代だろう、帽子を被った青年だった。こちらに手を振りながら近づいてきた。
「何でしょう」
「キミ、アレ……だよね?」
「……!」
まさか、あちらから来るとはな……
「……あなたも?」
「そっ、宜しくな」
青年は手を前に出した。
「……」
「ん? どうした?」
「……どうしたって、私達は敵同士ですよ? 仲良くする義理はない筈です」
「……仲良くする義理は、ないんだな?」
青年は手を下げて、静かな声で言った。
来るか? そう思ったが、次の言葉は予想外だった。
「なら……仲良くしない義理もないよな!」
青年は再び手を前に出した。
「なっ!?」
「なぁ、頼むよ、一人ってやっぱ寂しいじゃん?」
「……」
まぁ、いいか、深くは考えない。
私は手を取り、青年と握手した。
「よろしくな……で、いきなりで何だが」
「?」
「腹減らね?」
「……」
またもや予想外な言葉だ。こういうタイプは昔から苦手だった。
……でも、改めて考えると、確かにお腹がすいている。死者なのに? ゾンビが人を食らうみたいな物なのか? でも確かに減っているのは事実だ。
「でさ、向こうに出店が並んでたからさ、行って何か食わね?」
出店か……それも久々な気がする。でも、
「別に良いですが、私は無一文ですよ?」
私はあの時、靴と共に財布やら何やらは置いてきたのだ。持ってきたのはネックレス唯一つ、後なぜか脱いだ靴も履いていた。
だから……
「え? 知らないのか?」
……何を?
これからは、新たに覚えた事は復習すると決めた。そうでもしなければおかしくなりそうだから。
という訳で、あの帽子の男が教えてくれた事を復習してみる。
「何故だか、俺達は財布を持ってるんだ」
そうして探してみると、服のポケットの中に本当にあったのだ。しかも、前に使っていた。あの時置いてきた物と同じ財布だった。
「でな、その財布には特別な通貨が入っていて、扉を抜ける度に加算されるのだと」
そう言われ中を見ると、特別な通貨……見た目はどう見たって髭の生えたあの人の紙幣、それが三枚。
つまりは三千円……か? 円では無い気がするから、三千、としておく。それが入っていた。
「扉事に配給される額は違うみたいだけど、持ち越しが可能らしいぜ」
……つまりは、空腹になるなって事か? 他の物……例えば娯楽には使ってもいいのだろうか?
「ちなみに、その扉内の物は扉外には持ち出せない」
……訂正しよう、空腹を無くす為の通貨だ。
そうして私は今、帽子の男と共に食事を取っていた。出店とは言っても、販売カーだったので食べ物の種類は豊富だった。
見つけた一つのベンチに並んで座り、私はサンドイッチを、男はおにぎりを食べていた。
「しっかし、何で俺達が腹減る必要があるんかね?」
「そんな事を聞かれても知りません」
「だよな~はぁ、あの声に聞いときゃ良かったよ」
「……あの声と、話したのですか?」
「ん? いやいや、あっちが一方的に語っただけ、あんたも聞いてたろ?」
「……いえ」
「え、それってどういう事だ?」
「私は、勝敗の付け方を聞きましたが?」
「ええ! 俺知らねえぞ!?」
「なら、教えましょう」
教えてもらったお礼にと、私は勝敗の付け方を男に教えた。それの終了と共に、お互い食事を終えた。
「成る程な~体力をゼロにか……しかし、聞いた事が違うのはどういう事だ?」
「さぁ……もしかしたらですが、私達は二組あるのかもしれません。それなら聞いた事が異なってもおかしくは無いです」
「ん~そうかもな、でもこれから戦うって奴に、食事の方法を教えるって何でだろうな?」
「それも同じぐらい必要、という事なのでは?」
「なら、両方説明してもらいたかったぜ」
「確かに」
何か理由があるのだろうか?
おっと、また考える所だった。答えは出せないが、考えるのは後にしよう。
その時、ふと男が話しかけてきた
「そういや、何か共通の話題ってあるかね?」
共通の話題か、この際だ。色々聞いてみよう。何かあるかもしれない。
「年齢は?」
「17だ」
同い年。
「高校生ですね?」
「あぁ、でした。が本当だろうけど、高二だった」
同学年だ。
「好きな科目とかは?」
「……なぁ、流石にそれはやめねぇ? これは会話じゃねぇじゃん?」
確かに。
「あ! そうだ。一つあるじゃねぇか、共通の話題が」
「?」
共通の話題……何だ?
「あのさ~あんたの死に方は何だ?」
「……」
確かにそれなら共通の話題だが、そんな簡単に……まぁ、いいか。
「私は飛び降りで……30階建てのビルから」
「飛び降り! 凄い事するねあんたは!」
「……そういうあなたは?」
「ん? 俺はな………」
男は話し始めた。