第1話
……回りが暗い。目を開けてないからだろうと思ったが、眼は開いている。
しかしそれ以前に……。
私は、死んだ筈だ。
飛び降りで、手には確か……あった。
十字架のネックレス。私の唯一の心残りの欠片で、あの人からのプレゼント。
一緒に持って行くつもりだった。死んだ人の棺桶にその人に縁のある物を入れて一緒に燃やす時のように。だから持って飛び降りた。
そして、持っているということは……私は死んだのか?
でも死んだからといって、絶対持ってるとは限らない。
なら……私は生きてるのか?
分からない……今、私はどうなっているんだ?
私は……何なんだ?
そんな時だった。
コッチ ダヨ
声が聞こえた。水の中から聞いたような、聞き取りにくい、子供のような声だ。
コッチ コッチダヨ
誰の声かは分からないが、私を呼んでいる。それだけは分かった。
コッチダヨ……ハヤクオイデ
私はおそるおそる声の呼ぶほうへ足を伸ばしてみる。音も無く、足に地面を踏む感触が伝わった。床はあるようだ。感覚があるのは、生きてるからか? 実は死んでも感覚があるのかもしれないな。
そんな事を考えていたら、回りの異変に気付いた。
………誰かいる。右に2人、左に3人、右に1人増えた。前にも1人いるな。
コッチ……ダヨ……ハヤク……オイデ
皆、謎の声を聞いてその元へ向かっているんだろう。とりあえず一人じゃないのに安心し、私も声のする方向へと暫く歩いてみた。
しばらく行くと、周りのだれか達が急に止まった。私も合わせて止まる。
その時。謎の声が聞こえた。
ヨウコソ キミタチハ エラバレタヨ
声がさっきよりはっきりと聞こえる。やはりあまり年を感じられない声だ。
しかし……選ばれた? そして君たち?
キミタチハコレカラ タイカイニシュッジョウシテモラウヨ
大会? 出場って?
モチロン ユウショウシタラ ケイヒンガデルヨ
……景品?
マズハ イッカイセンヲハジメルヨ
一回戦?
ココデ サンカニンズウヲ ハンブンニサセテモラウヨ
この声は何を言っているんだ? とりあえず、重要そうな単語を思い出す。
君たち。選ばれた。大会。出場……そして景品。
つまり私は、何かの大会に出場しているのか。死んだはずなのに……。
しかも、もう一回戦が始まるらしい、人数を半分にするって言っていたが、どういう意味だ?
その時だった。急に浮いた感覚に襲われ、そして、目の前が真っ暗になった。
私は思った。あぁ……やっと死んだんだ。と、今のはきっと何か幻聴のようなものだったんだ。
これが死後の世界か、やっぱり、暗いな。
これで本当に……さよなら……かな。
皆、そして……。
サヨナラ
そして目が開いた。前にはさっきみたいな空間がある。そして前には、誰かが立っていた。
「お前が相手か?」
声と姿を見る限り、二十代の男だ。手には何故か鉄パイプを持っている。
「俺は運が良いようだな、こんな娘が相手とは」
何を言っているんだ?
その時だった、
「!!」
男が鉄パイプを振り上げてこちらに突っ込んで来た。それを私の頭目掛けて降り下ろしている。
ガキンッ!
「っっ!」
とっさに振り上げた両腕を交差して鉄パイプを受ける。
かなり痛い……音がする。
「ふん。反応がいいな、だが、いつまで持つかな?」
ガキンッ!
男は再び鉄パイプを振り上げ、振り下ろした。
再び両腕に当たり、痛い音が……いや、痛そうな音がする。
何だ? コレは?
「この……!」
2回当てても変化しない私に怒った男が鉄パイプを高く振り上げた時を見て、私は後ろに下がった。
そして腕を確認する。両腕共にあんな音がしたにも関わらず、よく動いている。血も出ていない、内出血すら無いようだ。普通ならば、骨が折れていてもおかしくない音と回数だった筈なのに。
それよりもだ。なぜあいつは攻撃してきたのか……。
予想は……つく。これが一回戦と言うやつなのだろう。人数を半分にとは、一対一で戦って、負けた方が脱落。といった感じなのだろう。
なら話が早い、私も戦えばいいのか。
でも、もしも勝ったらどうなる? いや……勝って、どうする?
景品の為に、何だか分からない物の為に戦うのか?
それ以前に、大会に参加するのか? 今まさに死のうとしていた私が?
……だが、引っ掛かる事が一つある。景品についてだ。
決められた物の指定が無かった。それは何だっていいって事に繋がるだろう。
……いや、この際何だっていい。
もしかしたら、あの人に会えるかもしれないなら、せめてもう一度だけでも、会えるならば。
私は、大会に出る。
私は、戦う!
……とは言ったものの。どうやって戦えばいいか……。
相手は鉄パイプで、リーチが此方よりもある。いくら痛くないからと言っても、特攻はしたくないしな。
何か武器は無いのか?
その時だった。
コンニチワ
頭に、あの声が聞こえた。耳にではなく、頭に直接届けられている感じだ。
ツギハ アナタノバンデス
あなたの番? 声は言葉を続ける。
アナタモ エラバレタモノトシテ エラブケンリヲエマシタ
選ばれた。選ぶ権利を得た?
アナタニトイマス タタカイマスカ? ソレトモ コノママ シニマスカ?
戦いますか? それとも死にますか?
……簡単な二択だ。
答えは既に出ている。
私は戦いを選ぶ!
声には出していないが、頭で思ったその言葉をその声は聞き取ったらしく。
ワカッタ アナタハタタカイヲエランダ ナラ ソノタメノブキヲアゲルネ
戦う方向で話が続いた。
アナタガモッテキタソレガ タタカウブキニナルヨ
持ってきたそれって……。
ソレヲモッテ ツヨクオモッテ タタカイタイ トネ
私は右手で握りしめていたそれを見た。それをそのまま再び握りしめて……思った。
私は 戦いたい!
すると右手から光が溢れた。元より暗い場所での急な光に、私は目を閉じた。
少しすると、光が消えた。私は目をあけると、そこにあった物を見た。
右手には1メートル30優にはあろう十字架。左手、いや左腕には鎖が巻き付いていた。
私が持ってきた物が、持ってきたそれが、十字架のネックレスが、戦う武器になったのだ。
「これが……私の武器」
チナミニ ブキニハソレゾレ ノウリョクガアルカラネ ヒントハ……
あの声がまだ聞こえる。能力か……、
声は、こう言った。
アナタノ シニカタ ダヨ
「!!」
私の、死に方?
私は……。
その時だった。
「……っ!」
ガキンッ!
気配を感じた私は、即座に振り向いて十字架を前に出した。すると、男が降り下ろした鉄パイプに当たった。
「ちっ、運がいいな」
男は間合いを開けて鉄パイプを構えた。今まで静かだったのは気配を消して私の後ろに回っていたのか、だが急に起こった発光と、私の手に握られていたものを見て慌てて仕掛けたと。
「だが、いつまで持つかな?」
男が何か言った気がしたが、そんなのムシだ。今は能力についてだ。
死に方、か……私は、あのビルから。三十階立ての屋上から飛び降りたんだ。
それがヒント?
何だ……飛び降り……降りる……落ちる……落とす?
……そうか。分かった気がする。私の武器の能力が。
後は、試してみるだけだ。
私は十字架を前に構えて、男に向かった。
「おっ? 戦う気になったのか? だが残念だな、勝つのは俺だ!」
ガキンッ!
鉄パイプと十字架がぶつかる。
「私は……負けない!」
すっ、と左腕を前に出し、思った。
ジャラリ……
すると変化が起こった。
「なっ!」
男が気付いた時にはもう遅かった。左腕に巻かれていた鎖が伸び、男の右手と鉄パイプに絡み付いた。
鎖は自由に動かせるのか、それなら次の実験だ。もし私の考えが当たっていたらだが……。
私は絡み付いている鎖に、思った。
落ちろ
私の予想は、正しかった。
カラーン
男の持つ鉄パイプが下に落ちた。
「なっ…」
いや、違う。男が右肩から、鎖を巻いた方から床に倒れたのだ。その際に手から離れた鉄パイプが床に落ちて音を出した。
なるほど、私の武器の能力は落下……つまりは、重力か。
能力はこれでいい、そう思った私に新たな疑問が浮かんだ。
どうすれば勝ちなのか、だ。
私がそうのように、痛みを感じないこの男を、既に死んでいる私達をどのようにしたら勝ちなのか。
幸いにも考える時間はある。更に重力を加えた鎖により男は動けなくしたし、鉄パイプも男が動かない
限り届かない所に蹴り飛ばしておいた。能力を警戒したが、何も起こらない。心配するだけムダか。
さて、どうする? どうすれば勝ちだ? 相手は恐らく私と同じ死者だ。
死者……私と同じ……死んだ者……私も……死んだ……自ら……自分で……自分を……殺した。
「……!?」
私は首を左右に振った。こうやって、深く考えるのは昔からの癖だ。それで良い案が浮かんだことはあまり無い。
流石に自重しよう。特にこれからは、戦いの最中とかが十分にあり得る。痛みは無いようだが、流石にああなったら……。
……ああなったら?
そうか、それは今、実験できる。
もしも当たりならそれで良い。もしもハズレでも、それでも良い。
試すなら今だ。運良く材料が在るのだから、試さないでどうする?
そして私は実験を始めた。
内容を言えば、右手に持った十字架を高く振り上げ、
重力を掛けて、下に。
唯……下に。
下に在るものの。ある部位目掛けて、振り下ろすだけ。
ドスッ
……私の予想は、当たったようだ。