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いま何回

作者: 佐久間
掲載日:2026/01/20

「いっこ投げてる間にもういっこ投げるだけだよ」


 中学校で藤井に教わったジャグリングは、案外人生の役に立ってきた。合コンでは4、5分程度であれば話題の中心でいられた。新入社員の歓迎会ではすぐに顔を覚えられた。上司宅でのホームパーティでは子どもになつかれた。中学校の一時期に少し熱心にやっていただけだが、体にしみ込んだ技能を、足が自転車の漕ぎ方を忘れないように、手はいつまでも覚えていた。


「投げたのがてっぺんに来たら、もういっこ投げるんだよ」


 必死で入学した大学4年間を典型的なモラトリアムで終えて、関東の地方都市のアパートから都心に引っ越すこととなった。高くなった家賃と裏腹に狭くなる部屋に期待しつつ、荷物をまとめていた。藤井に連れて行ってもらった専門店で買った青のジャグリングボール、一つ700円程度、それを3つ。中学生にとってはちょっとした買い物だった。穀物が詰まった布張りのボール、ビーンバッグ。新品のボールは光沢のある生地で丁寧に、そして頑丈に包まれ、美しかった。そんなボールが大学時代に一度も使わなかったバッグから出てきた。使い込まれたくたくたの状態で。


「投げるのが遅いと、どんどん間に合わなくなって、続かないからね」


 大学で学んだことはコスパの高い学食のメニューと喫煙場の込み具合、この程度の自分に就職に生かせる知識などない。逆にどの業界でもはいれる気がした。時代が向いている気がした、ただそれだけの理由でシステム開発会社に就職した。文系の俺にシステム開発の仕事はつらかったが、周りには恵まれた。徹夜や休日出勤は常態化していたが、仕事仲間と上司や顧客の愚痴を並べながらだらだらと続ける仕事は不思議と苦痛ではななかった。


「間に合わなかったら、次に投げるときにちょっと頑張って修正するのさ」


 結婚もした。嫁は大学時代からの付き合いで、飯の好みもあっていた。8年も付き合うとあまり色恋を感じることもなくなるが、セックスは続いていたし、記念日なんかのささやかな外食も続いていた。「籍入れないの?」。とどめは向こうからだった。その一言を発した彼女からは、俺が否定する可能性など微塵も疑っていないことがよくわかった。「明日の朝、ご飯食べるよね?炊飯予約しとくから」くらいの感覚で。


「100回も続いたら、もう落とさないよ」


 藤井、いま何回だっけ?


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