表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
侯爵家の婚約者(リライト版)  作者: やまだ ごんた


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

90/90

【番外編】お役目の日

たくさんのブックマークと評価をいただきありがとうございます

ささやかですが、最後のSSをご用意しました

 石畳で整備された道を、小さなジルダを乗せた獣車がゆっくり走っている。

 出かける前にカインの魔力を食べさせた草竜は、機嫌よく貴族街を進む。

 あれよあれよと決まった、婚約と同時に贈られた獣車にはまだ慣れない。

 母や姉が社交に使うからと、ジルダから取り上げようとしたが、父であるシトロン伯爵が烈火の如く怒っていたのが印象に残っている。

 エスクード侯爵家の家紋が刻印された獣車で、奥方や姉が社交に出かけたらどういうことになるかを、伯爵はよくわかっていた。


「ジルダ!今日もありがとう。今日は何をして遊ぶ?」

「その前に、魔力の吸収をしないと……」

 ジルダの到着に、車寄せで待ち構えていたカインが大喜びで迎えると、ジルダは困ったように笑って答えた。

 カインはジルダを連れて、カインの子供部屋へ連れて行った。

 寝室とは違い、室内には柔らかい絨毯が敷き詰められていて、靴を脱いで遊べるようになっている。

「今日はここでしよう。あとからロメオたちも来るんだ」

 カインの無邪気な明るい笑顔に、ジルダもつられて顔が緩んだ。

 しかし、まだひきつれた不器用な笑みは抜けない。

 絨毯に座ったカインは、ジルダの頬を両手でつねった。

「こうやって笑えばいいんだよ」

「ひ……ひたい(いたい)……」

 ジルダが言うと、カインはすぐに手を離した。

 頬を抑えて、自分を不可解な目で見るジルダがたまらなく可愛かった。


 魔力吸収は4度目だった。

 魔力暴走の後は、カインも魔力が落ち着いていたので10日ほどは、ジルダの役目は来なかった。

 やがて呼び出されてから、5日、3日と日を縮めたのだ。

「5日でもいいと思いますが」

「僕はジルダに会えるなら毎日でもいいよ」

 3度目の時にジルダが提案すると、カインがすかさず言ったのを、エスクード侯爵は困った顔で見ていた。

「では、魔導士様の言ってた3日に1度にしましょうか」

「君に負担にはならないか?」

 エスクード侯爵が申し訳なさそうに言うが、だからと断っているわけではない事は7歳のジルダにもわかる。

「これからもお迎えに来てくだされば大丈夫です」

「わかった――もちろんだとも」

 エスクード侯爵家から、ジルダに合わせたかわいい獣車と御者が送られてきたのは、翌日のことだった。


「じゃあ、魔力を吸収しますね」

「ダメだよ!」

 ジルダが立ち上がってカインの背中に回り込もうとすると、カインはジルダの腕を掴んで立ち上がるのを止めた。

「こうしようよ」

 そう言うとカインは右手でジルダの左手を握った。

「僕はこっちがいい。だってそうしたらジルダの顔を見てられるでしょ?」

 思いがけない提案に、ジルダはつい吹き出してしまった。

「わかりました。じゃあ、こうしましょう」

 ジルダはカインの右手を両手で包むように握ると、ゆっくりと魔力を吸収し始めた。


「ジルダが来てるんでしょ?」

 8日前に会ったばかりのカインの従兄弟は、そう言いながら元気よく部屋に飛び込んできた。

 カインとは違う金髪に、利発そうなブルーグレーの瞳が印象的だった。

「ロメオ、静かにしろよ。今ジルダはお役目してるんだよ」

 後ろから茶色の癖毛の、気の弱そうな男の子が追いかけている。

「ティン=クェン、遅いよ」

「君が早いんだよ……」

 じゃれ合いながら2人はジルダとカインの隣に座って、嬉しそうに笑っている。

「やあ、ジルダ」

 少しだけカインに似た笑顔でロメオが言うと、ジルダは小さく頭を下げた。

「やあ」

 ティン=クェンも恥ずかしそうに挨拶をすると、ジルダはカインの手を握ったまま、もう一度頭を下げた。

「僕には挨拶はないのかよ」

 拗ねたようにカインが言うと、ロメオとティン=クェンは笑ってカインを見た。

 その顔につられて、カインも笑う。

 ジルダはそれが何となく嬉しくて、相変わらず不器用に笑うのだった。


「かくれんぼしよう!」

「あっちで僕とすごろくをやろうよ」

 カインの魔力吸収が終わると、待ちかねていたロメオとティン=クェンがジルダを取り合い始めた。

 ジルダは困って助けを求めるようにカインを見ると、カインはすぐにジルダの右手をロメオから奪い返した。

「ジルダは僕の婚約者だぞ!」

 その言葉に、ロメオとティン=クェンは大笑いしてカインをからかう。

 いつの間にか、ジルダも大笑いしてみんなで遊び始める。

 そんな光景がいつも繰り広げられていた。

 エスクード侯爵夫人が亡くなるまでは。


 エスクード侯爵夫人の葬式は、領地で行われた。

 夫人に別れを告げにきた貴族たちの列は、3日経っても減ることはなかった。

 夫人を悼むのは貴族たちだけでなかった。領地の人間も、侯爵家の周りに花を添えて行った。

 それほどまで愛されていたのだと、ジルダは夫人の優しい笑顔を思い出して、こっそりと涙を流した。

 葬儀の間、ジルダはカインが魔力を暴走させないか、エスクード侯爵家に留まり、注意深く見ていた。

 だが、カインの魔力は凪のように静かだった――いや、静かすぎた。

「おじさま。明日……明日、やります」

 夕食後、ジルダが声をかけると、侯爵は憔悴した顔で少しだけ微笑んで頷いた。

「カインは――やはり?」

 侯爵は、カインの目から感情が失われていることを案じていたが、どう声をかけていいのかわからなかった。

 母を失って悲しんでいる子供のそれでないことは、侯爵にも理解できていた。だが、それをどうしてやればいいのかはわからなかった。

 情けない――

 どこまでも、この少女に頼らねばならない自分に腹が立っていた。


 翌日、ジルダはカインの手を握っていた。

 あの日から、魔力を吸収する時はいつもこうだった。

 カインの魔力は悲しいほど何も感じられなかった。

 黒い魔力が、ずっとカインの心を守るように覆っている。

 ジルダはその黒い魔力をゆっくり吸収した。

 少しでも、カイン本来の明るく輝く魔力が戻るよう、願いながらゆっくりと、注意深く。

 だが、カインの心を覆う黒い魔力はなくならない。

 ――やっぱり、駄目か。

 ジルダは小さく溜息を吐くと、カインの手にひとかけらの魔力を流し込んだ。

 気が付かないほど弱く、だが優しくて温かい魔力だった。

 ――どうか……

 ジルダは願うようにその魔力をゆっくりと流し込むと、最後の最後にほんの少しだけ、自分の元に残した。

 それは無意識の事だった。

「終わりました」

「うん」

 カインの青い瞳はジルダを見る事はなかった。


 9歳の夏。ティン=クェンの水鉄砲を受けて、転んだ先にカウチがあったのは不幸だった。

 ぶつかった時に鈍い音と鋭い痛みが走ったが、ジルダは声を上げずに痛みに悶えていた。

 今口を開いたら泣き叫んでしまう。

 そうしたら――カインがまた不安定になるかもしれない。

 ジルダは目から溢れる涙を堪える事はできなかったが、何とか口を開かずに耐えることができた。

 ロメオが使用人に指示を出してくれたおかげで、すぐに治癒師に治療を受けられたのは幸いだった。

 しばらくは違和感が残ったが、折れた骨は綺麗に繋がってくれたようだった。


 怪我をした次の役目の日も、カインは不機嫌そうにジルダに右手を差し出した。

 ジルダは黙ってその手を包み込むように握ると、いつも通りゆっくりと魔力を吸収しだした。

 ――僕が……

 不意に、カインの心が流れ込んできたのがわかった。

 時折感情や光景が流れ込んでくる。

 だが、心が流れ込んできたのは初めてだった。

 聞かないようにしないと……

 ジルダは注意深く、慎重に魔力を吸収したが、無駄だった。

 

 ――怪我、治っててよかった。

 

 はっきりと伝わってくる。

 

 ――ロメオのやつ……僕の役目を取りやがって。ジルダは僕の婚約者なのに。


 不機嫌の理由はそれだったのか、とジルダは安心した。

 同時に、胸の奥が温かくなるような気がした。


 14歳が終わろうという、冬の月。

 カインは授業が長引いていることに、イラついていた。

 もうジルダが来る頃だ。

 また澄ました顔で、黙って魔力を吸収して帰っていくんだ。

 ここのところ、ジルダの態度はすっかり貴族の令嬢……というよりは、貴婦人のそれだった。

 先日なんかは、急に「手を握るのではなく、背中などにしましょうか?」なんて言い出した。

 これまで7年間も手を握ってきたくせに、なぜそんなことを言い出したのかを考えると、カインの胸はざわざわする。

「何を言ってるんだ。手でいいだろう?――君が嫌なら背中でもいいけど」

 不機嫌を隠そうともせずにカインが言うと、ジルダは黙って手を握って魔力吸収を続けたし、それ以降も言わなくなった。

 それがカインにとっては、より腹立たしかった。

 おかげでジルダへの態度も、そっけないものから冷たいものへと変わっていった。

 貴婦人ぶるジルダは、自分を嫌っていたあの人を思い出させる。

 ジルダもきっと、あの人と同じで自分のことなど――

 考えたくなかったが、そんな想いが浮かぶとしこりのように胸につかえる。

 授業はいつもよりも一刻ほど遅れて終わった。


 ジルダは、座り心地のいい安楽椅子の上で眠っていた。

 ――僕が授業を受けていたっていうのに……

 カインは、暖炉の前ですやすやと眠るジルダが憎らしかった。

 だが、その寝顔は14歳の少女らしくあどけない。

 いつもの澄ました顔ではない。

 カインはジルダを起こそうと椅子に手をかけた。

「おい――」

 そう言いかけた時、ジルダの唇が小さく開いた。

 それは、衝動というほかなかった。

 カインはジルダの唇に、自分の唇を重ねていた。

 触れる程度の口付けだった。

 カインの胸が温かくなり、次に恥ずかしさが襲ってきた。


 ――僕はなんて恥知らずなことを……


 思わずその場から駆け出したカインは、ジルダが起きたとアレッツォが呼びに来るまで、自室で寝具に包まっていた。

本編で触れられなかった「なぜ魔力吸収のときに手をつなぐのか」の秘密です


これにてカインとジルダのお話は終わりです

カインは続編に登場する予定です

続編の【最強魔法使いは異世界から帰りたい】もお読みいただけると幸いです

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ