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侯爵家の婚約者(リライト版)  作者: やまだ ごんた


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8.

 魔力吸収の能力は非常に珍しく、魔力暴走を防ぐ唯一の手段でもあると同時に、人の命を奪いかねない能力だ。そのため、能力が発現した場合は王宮への報告が定められていた。

 シトロン伯爵家の末娘も例外ではなく、伯爵は6歳になったばかりのジルダを連れて王宮に来ていた。

 初めて見る王宮は、すべてがきらきらと輝いていて、幼いジルダには夢のような場所だった。

 首都にあるシトロン伯爵家は領地を持たず、王宮で内務官を担当する宮廷貴族だが、首都近郊に広大な農地や山林を所有しており、決して貧しくはない。

 しかし、邸宅は他の貴族のタウンハウスに比べてもこじんまりした、飾り気のない質素な建物だし、屋内もまた無駄な装飾物のないすっきりとした上品で洗練されているのかもしれないが、ジルダには物足りないものだった。

 

「お父様!こんなにふかふかの絨毯、私初めて!廊下よ?廊下なのにお家の居間よりもふかふかしてるわよ!……あ、あれは神話の月の女神の物語ね!こんな大きな絵を見たのも初めて!よく見たらこの壁飾りは彫刻なのね!」

 余程珍しいのだろう。普段は大人しく一人で遊んでいることが多いのに、今日は何度も制止する伯爵の言葉など耳には入らず、ジルダは謁見の間までの廊下を終始はしゃぎながら伯爵の横を歩いていた。

 自分によく似たわりに不器量な娘は、この不器量さでは嫁の貰い手も見つからないだろうと、幼いうちから諦めていたのだが、幸いにも魔力吸収の能力を発現させてくれた。

 魔力吸収の能力は親から子へ伝わるものではなく、偶発的に生まれる能力だが、それでも能力者の血筋を残したいと思う者は少なくない。

 エスクード侯爵のように類稀なる魔力量の持ち主などは、常に魔力暴走の危険に晒されているため、能力者を食客として招き入れたり、婚姻や妾として抱え込むことも少なくない。――もっとも、エスクード侯爵は素晴らしい魔力制御を持っているため、能力者を抱え込む必要はないようだが。

 それでも、シトロン伯爵家が王の覚えもめでたい存在になる事は間違いない。娘の功績いかんで侯爵への昇格か領地の下賜も有り得るのだから。

 シトロン伯爵は野心を胸に隠しながら、娘を謁見の間に連れて入った。

 貴族としての教育は初めていたものの、最初の謁見は通常7歳の年に行われるため、作法はうろ覚えだったジルダはぎこちなく貴族の礼をし、不器量な顔を緊張で更にいびつにしていた。

「そなたがシトロン公女か」

「い、偉大なるカスクート3世へご挨拶申し上げます。シトロン伯爵家、ジルダ・ラウラ・フィン・シトロンです」

「よい、よい。7歳の謁見ではない。楽にするがよい」

 王はそうジルダに声をかけると、王座に肩肘をついて思慮深げに顎に手をやった。

「魔力吸収はいつからだ」

「はい――3歳の頃からです」

 舌足らずな発音で、おずおずとジルダは答えた。


 一番下の姉とも5歳も離れているジルダは、遊び相手がおらず、一人で遊ぶことが多かった。

 そんな時、使用人が落とした小さいスクロールを拾い、何の気なく魔力を通してみたところ、灯りがついた。

 それまで使用人がスクロールを使って火をつけたり、照明に灯りを付けていたのを見ていたが、自分でしたのは初めてだった。それからちょくちょく使用人の目を盗んではスクロールを失敬して遊んでいた。

 ある日、いつものようにスクロールを失敬しようと調理場に向かう途中、いつもは閉じられている扉が開いているのを見つけたジルダは、好奇心を抑えきれず扉の中に入っていった。

 そこには、貯水槽から屋敷に水を送る送水ポンプが設置されており、送水するための魔法陣が設置されていた。

 ジルダは小さいスクロールではなく、大きな魔法陣に魔力を流してみたいと、その魔法陣に触れた。

 瞬間、自分の中の魔力がごっそりと抜き取られ、魔力が尽きる直前で手を離すことができたものの、その場で意識を失い、すぐに通りかかった使用人により発見された。

 ジルダは瀕死の状態だったが、本能的に死を回避するため、使用人の魔力を吸収した。

 幸い、ジルダの魔力量が少なかったことと、送水管を担当する使用人の魔力が通常の人間よりも大きかったことが幸いし、ジルダは3歳にして人殺しになる事も、自分の命を終わらせることもせずに済んだのである。


「しかし、自分の意志で能力を使えるようになったのは昨年からでございます」

 シトロン伯爵は、ジルダと使用人から聞いた顛末を王に説明した後、届出が遅れた理由を付け加えた。

「最初の出来事の際は、我々も気が付かずにおりました。しかし、昨年のことです――」


 ジルダの一番上の兄が魔力制御の訓練中に、魔力を放出しすぎて魔力不足に陥り、かつてのジルダと同じく意識を失ったのだ。

 通りかかったジルダが、傍にいた魔力制御の師から魔力を吸収し、それを兄に与えたため命に別状はなかった。

 しかし、第三者への魔力の移動を始めて見た魔力制御の師であるエタニエル師は、すぐさまシトロン伯爵へ報告し、ジルダの能力は両親の知るところとなったのである。

 シトロン伯爵も伯爵夫人も、仕事や家政に忙しいのを理由に、大人しく引込み思案で不器量な末娘にあまり関心を示さず、また怒られることを恐れたジルダが送水管の使用人に口止めしていたことから、ジルダの能力は実に2年もの間、家族の知るところではなかったのだ。


「魔力の移動だと――」

 王は深く腰掛けていた王座から腰を浮かせて身を乗り出した。

「はい。ジルダーー娘は非常に魔力の制御に長けているようでして。魔力吸収だけではなく、これまで不可能とされていた魔力の譲渡も可能なのです」

「なんと――それは」

 王は不器量な顔を下に向けて、大人たちの話を退屈そうに黙って聞いているジルダを見つめた。

 そして、少し考え込んだ後、顔を上げて侍従に何かを命じた。

 しばらくして、見た事の無い美しい女性が王の脇に連れてこられた。

 透き通るような美しい金髪に空のような青さの瞳を持つ美しい女性は、エスクード侯爵夫人だった。

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