66.
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完結まであと20話です
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「さすがにあの辺に大穴を開けるわけにはいかないだろ?」
隊員たちのところへ帰る道中、ティン=クェンは笑いながら胸元からスクロールを取り出し、カインに見せびらかすようにひらひらと振ってみせた。
「土のスクロールに炎のスクロール。持っててよかったよね。――ところで、カインは何しに来たの?」
意地悪い笑みを浮かべながら、ティン=クェンはカインの顔を覗き込んだ。
カインは苦虫を噛み潰したような顔でティン=クェンの顔を見た。
ニヤニヤと楽しそうに笑う顔は、子供の頃のままだ。この根性悪には何を言っても無駄だろうと諦めの溜息をついた。
「本当にお前は――」
「性格が悪いのはお互い様だよ」
ティン=クェンは、含みを持たせた口調でカインの二の句を継いだ。
この一年のことを言っているのは、重々に理解できた。
そう言われるとカインは何も言い返せない。それをわかった上でティン=クェンが言っているのは、カインも理解していた。
「遠出とは言え、今は仕事中だぞ。ティン=クェン卿」
以前とは違う、親しみのこもった皮肉がカインの口から出て、ティン=クェンは嬉しかった。
「そうだね。――この辺りの主要な大型魔獣はこれで大体駆除できたと思うんだけど」
「ああ。元々そう数は多くなかったが、今回はかなりの数を掃討できたと思う。――ティン=クェン卿のおかげで」
「問題は、なぜこの辺りにゴブリンが出没したのか――だね」
ティン=クェンの言葉に、カインは深く頷いた。
「それも、結界の切れ間を狙って――だ」
二人は無言になりながら、隊員たちの元へ足早に歩を進めた。
「下がれナジーム!」
森を抜けようとした辺りで、ラエル卿の悲鳴に似た声がこだました。
カインとティン=クェンはお互いの顔を見合わせると、すぐに声の方角へと駆け出した。
「ラエル卿!」
木々が開けた場所に出ると、かなり先でラエル卿とカルマイ卿、そしてナジームが何かと戦っているのが見えた。
大型魔獣ではない。
ラエル卿とカルマイ卿を守るように、ナジームが剣を振るっている。
その姿は、まるで剣舞のように軽やかで美しかった。
「カイン――オヴィーの群れだ」
ティン=クェンの声に我に返ると、ナジーム達を襲っている魔獣の正体が見えた。
膝丈ほどの体長しかない小型の肉食獣が、彼らを取り囲んで代わる代わる襲い掛かっている。
それは無作為な動きに見えたが、実に統率の取れた動きであることをカインも、ラエル卿たちも知っていた。
ナジームの剣は、オヴィーの体を的確に捉えているが、小さすぎて致命傷を与えることが難しい。
ただ、おかげでオヴィーたちも、ナジームを突破してラエル卿たちを襲うことが難しいようだった。
「ナジーム!そいつらと戦うんじゃない!群れの頭を叩くんだ!」
咄嗟にカインはナジームに叫んだ。
「頭ってどいつだよ!」
オヴィーは森の、特に湿った場所を好む。砂漠にはいないのだろう。
カインは舌打ちして、彼らを襲う群れを注視した。
「ティン=クェン、スクロールはまだあるか?」
「水と炎と土、どれがいい?」
「炎だ。ナジームを焼け」
そう言うと、カインはティン=クェンから離れてラエル卿たちの元に駆け付けた。
数匹のオヴィーがラエル卿たちの剣を避けながら、揶揄うように突いては距離を取る。
カインは防御の魔法陣を展開すると、「やれ!」と叫んだ。
その瞬間、ティン=クェンが放った炎がナジームを取り囲んだ。
「隊長!ナジーム!!」
ラエル卿がカインとナジームを代わる代わる見たその時だった。
ナジームは剣を振ると、ひらりと炎を避けるように体を宙に舞わせた。
炎は残されたオヴィーを燃やすと、すぐに消えてなくなった。
カインは、残りのオヴィーがに怯んだ隙を逃さなかった。
構えた剣で薙ぎるようにオヴィーの体を切ると、残りのオヴィーは森の中に消えていった。
「カイン、お前俺ごと燃やすつもりだっただろ」
剣をしまいながらナジームがカインに歩み寄ると、カインは鼻で笑ってみせた。
「お前なら避けれると思ったんだが。僕が買い被りすぎたのか?」
その態度を見て、ナジームは唇を歪ませた。
「ささやかな仕返しって事だな。それなら甘んじて受け入れてやるさ」
二人の間の空気が、険悪でなくなっていることを感じて、ラエル卿は自分の首がつながった事を理解した。
揚水ポンプの周辺では、隊員たちによって中型から大型の魔獣の死骸が積み上げられていた。
カインは魔導士にねぎらいの言葉をかけると、結界の魔法陣に残りの魔力を注入して、今回の仕事は終了した。
「あとは地元のハンターに任せて大丈夫でしょう」
ダーシー卿は、思ったより早く首都に戻れるのが嬉しそうに言った。
怪我人は数人程度出てはいるものの、ハンターにも騎士隊にも死者はなく、派手な戦闘のわりに処理が早く済みそうだったからだ。
「今回はかなりの数でしたからね――魔石もこんなに集まりましたよ」
麻袋いっぱいに、魔獣から抜き取った魔石を抱えてカルマイ卿が嬉しそうに見せに来た。
「ゴブリンにビビッてたくせに現金な奴だな」
「う――うるさい!ビビッてたんじゃない!」
ナジームが揶揄うと、カルマイ卿は顔を赤くして言い返した。
集めた魔石は、市場の半分の値だが王宮が買い取る仕組みになっており、隊員たちのちょっとした小遣い稼ぎになっている。
いつもなら小型魔獣から中型魔獣の魔石が10個程度手に入れば上等なところを、大小合わせて50個以上手に入ったのだ。
もちろん、全員で均等に分配するのだが、それでも大した額になる事は間違いなく、自然と笑みもこぼれると言うものだ。
「しかし、本当にいいんですか?ティン=クェン卿。あなたが狩った分までいただいてしまって」
「ご心配なく、カルマイ卿。私が必要な分は確保していますから」
ティン=クェンは笑顔で自分の荷物を指さすと、カルマイ卿の肩を抱き、耳元で囁いた。
「婚約者も恋人もいない僕よりも、カルマイ卿は物入りでしょう?フォーブス子爵の娘さん――でしたっけ?」
「なっ……なぜそれを」
ティン=クェンの囁きにカルマイ卿は顔を真っ赤にして飛びのき、これ以上暴露される前に魔石の入った袋を抱えて宿所に走り去って行った。
「あまりうちの部下をいじめてくれるなよ。ティン=クェン」
カインが笑いを噛み殺してティン=クェンを見つめる。
ティン=クェンは笑いながらカインに近付くと、カインの肩に手を回した。
「いいじゃないか。独り者のやっかみだよ。――それよりゴブリンだ」
カインは頷いた。
「昨日までの討伐では姿を現さなかったのに、今日になって突然現れた。昨年の事も考えて偶然とは考えられまい」
肩に回されたティン=クェンの腕を面倒くさそうに振り払う。
「ゴブリンはめったに人前には姿を現さない。だが全くではない――一度ならば偶然も考えられるが」
「誰かの策だとしたら――誰が、何のために――だね」
「何のためにかはわかる。――明らかに僕を狙っている動きだ」
カインの悔しそうな声に、ティン=クェンは黙って頷いた。
翌日は片付けだった。
魔獣の死骸をハンター達と協力して解体し、食える肉や中型魔獣までの素材はハンターたちに報酬として譲られる。
大型魔獣などの高価な素材は、後日別部隊が引き取りに来るため、ポンプ場の管理人が保管することになっている。
骨や皮を剥ぎ取り、食える肉を取り分けると、あれだけうず高く積まれていた魔獣の残骸は小さな山にまで減っていた。
カインはカルマイ卿に炎のスクロールを差し出すと、残骸を燃やすよう指示した。
残った死骸の殆どはゴブリンのものだった。
ラエル卿は頷くと、スクロールに魔力を通して、豪炎とともに魔獣の残骸を燃やし尽くした。
「これでゴブリンへの恐怖は払拭できただろう」
カルマイ卿の後ろ姿を見ながらカインが呟くと、隣でティン=クェンも小さく頷いて同意した。
一行は昼に出発し、途中の町で一泊してから首都に戻った。
首都に戻ったカイン達は、王宮の議会室で今回の報告を行っていた。
街道の結界が壊されてから1年近く経ったが、未だに犯人は見つかっていない。
公国からも、同じ魔力を持つ魔導士はいなかったと報告が入っただけだった。
その為、調査は手詰まりのまま、その一件も関係者の中で風化しかけていた頃だっただけに、王宮にも緊張が走った。
「しかし、あの森は奥深くにゴブリンの巣がある事は確認されています――また、前回と違いゴブリンは我々を襲うために来たわけではなく、大型魔獣に追いかけられて逃げ出てきたようにも見えました」
ティン=クェンが補足として伝えると、貴族達はざわめいた。
「あの場所は毎年繁殖期になると、魔獣が狂暴化する――確かに偶然の線も考えられるが」
「しかし、一体なぜ」
「首都に壊滅的な攻撃を与えるならポンプよりも水道橋の方が――」
貴族達が口々にざわつく中、エスクード侯爵とアバルト侯爵、そしてオルフィアス伯爵だけが静かに考え込んでいた。
だが、カインの目にオルフィアス伯爵の口元は嗤っているように見えた。
議会室を後にしたカインとティン=クェンは、駐屯所のカインの執務室迄一言も話さなかった。
外ではどこに耳があるかわからない。
だが、カインの執務室なら、会話が外に漏れる心配はない。
足早に獣車に乗り込み、獣車が町中を駆けている間も、二人は口を開かなかった。
城門近くの駐屯所に到着し、執務室になだれ込むように入ると、漸く二人は顔を見つめ合わせて口を開いた。
「オルフィアス伯爵だ――」
ナジーム再登場はいかがでしたでしょうか?
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