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25分の1の——シドウ  作者: シンサク


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第9話 臨戦

 逃走!

 関西弁女子はシドウとは交戦せずに逃げ出すことを選んだ。

 だが、それもまた闘争。

 最終的に5人に残りさえすればいいこの戦いにおいては、敵わぬ相手から逃走を試みるのも戦術の一つ。

 シドウも状況によっては退却をためらってはいけないと考えていた。

 ゆえに、敵に背後を見せる彼女の選択を卑劣だの姑息だの責める気はさらさらない。

 シドウに背を向ける前の関西弁女子の目は気迫に満ちていた。

 勝ち残るために、生き返るために、今自身ができる最善手は逃げること。そう判断したから彼女を決意を持って駆け出した。シドウから必ず逃げ切ってやる、と。

 そうだ。それでいい。その場しのぎの言葉を並べて戦いを逃れようとしていた時とは違い、覚悟と意思を持って行う全力疾走。戦術的撤退なら立派に戦いに臨んでいると評価する。

 ならば、こちらは全力で追うまで!

 シドウは少女を追うために走りだそうとした。動こうとした。

 しかし、シドウの体は動かなかった。ピクリとも。硬直したように。

 なんだ!? 何が起きた!?

 疑問が浮かび、答えにすぐさま思い当たる。

 能力!

 関西弁女子が与えられた力は、他者の動きを止めるもの!

 背を向ける前に目を見開かせ、シドウを睨みつけた。おそらく、それが能力発動の条件。

 凝視した相手の動作を停止させる能力。

 離れていく関西弁女子の背中を見ながら、シドウは理解する。

 急に動かそうとしても動かなかった肉体が動いた。

 あまりにも突然動き出したため、バランスを崩しかけた。体幹を鍛えていなかったら、転倒していたかもしれない。

 シドウは駆け出し、関西弁女子を追い始める。

 彼女がシドウとの戦いを回避しようとしたことにも、共闘を提案したことにも、自身の力を使える能力と評したことにも得心がいった。

 彼女の他者の動きを止める能力は確かに使える。有用だ。

 もし、シドウのように素手でも戦える者がこの能力を与えられていたら、単独でも十二分に脅威となっていたことだろう。

 動きを止めて一方的に攻撃される。

 あるいは、間合いを詰められる。

 だが、関西弁女子は非力な女子だ。たとえ動きを止めても、刃物でもなければ独力で対戦者を倒すのは難しい。

 関西弁女子にしてみれば、単騎で敵に挑むのではなく仲間と共に戦うための能力。連携をとってこそ力を最大限に発揮する能力と言えるだろう。

 関西弁女子が動きを止めて、仲間が攻撃する。仲間の能力が離れたところにいる敵にも届くものなら、なおよし。

 もし彼女が仲間と逸れておらず共に行動していたならば、シドウは詰んでいたかもしれない。

 シドウが動きを止める能力から解放されて駆け出してすぐに関西弁女子は走りながら上半身と首を捻り、こちらに顔を向けた。

 そして再びシドウを睨み付ける。

 しまった!

 シドウの体が再びピタリと静止する。

 走る体勢で急に動きを止められて、今度こそ転倒するかと焦った。

 しかし、超常の能力による身体静止ゆえか、不自然な姿勢のままで倒れることもなく止まっていた。

 これならば、停止から解放された瞬間にそのまま走り出せる。

 その判断は正しかった。能力が解け、シドウは何事もなかったようにスムーズに走り出した。さながら、動画の一時停止が解けたかのように。

 関西弁女子がまた体を捻りシドウを睨む。

 また動きを止められる。

 またシドウが動き出すと、彼女は同じことを繰り返す。

 およそ二秒。それが動きを止められている時間。

 そして、おそらく二秒動きを止めた後、二秒は能力を使えない。発動した瞬間から数えれば四秒、能力を使用不可になる。

 ひたすら対象を凝視したところで、動きを止める続けることはできない。

 できるならば、走りながら振り返る真似などせず、シドウの方に体全体を向けたまま後ろ向きに走ればいい。

 関西弁女子が振り向き、シドウの体が止まる。シドウがまた動き出し、また関西弁女子が振り向き、またシドウの体が止まる。繰り返しだった。

 まるでダルマさんが転んだ、だな。

 ダルマさんが転んだでは、鬼は逃げたりはしないが。

 シドウは体が止まっている間に場違いなことを考える。

 関西弁女子は必死でシドウの動きを止めつつ走る。

 もし互いの走力と体力が同程度だったならば、能力を使うたびに距離が開いていき、関西弁女子は逃げ切れただろう。

 しかし、走力はシドウが上だったようだ。繰り返し繰り返し動きを止めても、関西弁女子とシドウの間隔は開かない。

 加えて、男子で格闘家のシドウの方が体力が上であるのはわかりきったことだった。

 振り返る少女の顔に汗が、表情に疲れが浮かんでいる。

 一方、シドウはまだ余力を残している。

 距離は次第に縮まっていく。

 そして、足がもつれたかのように少女のスピードがガクッと落ちた瞬間、シドウはスピードを上げた。

 関西弁女子が振り向こうとした時には、シドウは間合いに入っていた。蹴りの届く間合いに。

 シドウは上段蹴りを放った。関西弁女子の首を狙って。

 静止能力が発動するよりも速く、シドウのつま先が少女の首元に届いた。【足刀】の能力によって、刃へと変化したつま先が。

 刃となったつま先は、少女の首を過ぎ去った。

 足刀は鮮やかに少女の首を断ち切った。

 女子の頭が傾き、地面に落ちた。

 関西弁女子の頭と胴体が光となって消えた。

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