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25分の1の——シドウ  作者: シンサク


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第6話 練習

 開始数分で1人脱落した。

 早い。

 とはいえ、早すぎることはない。

 何者かが早急にその場にいた誰かを攻撃して倒した。もしくは返り討ちにされた。

 あるいは、シドウのように1人でその場を立ち去ろうとした者を背後から攻撃したか。

 褒められた行為では決してないが、ルール無用である以上、反則ではない。

 仲間になるつもりがない者をむざむざ行かせるより、勝ち残るためにはむしろいい手とも言える。

 問題があるとすれば、そういう卑怯と取れる行動を取ってしまうと、残った者たちにチームを組むことを忌避されかねないことだろう。

 少し時間が経過してもカウントが減らないようなら、その場は丸く収まったことになるのか。それとも別々に行動することになったということなのか。二者が争っている隙に他の者たちはその場を離脱したというのも考えられなくもない。

 チームができていなかったら、シドウには好都合だ。

 1人で戦い抜くと決めたとはいえ、むやみに複数人を相手取るつもりはない。

 しかし、単独行動を選ぶ者は多くないだろう。1人きりの者と遭遇する機会はそうそうないと思っておいた方がいい。

 相手が2人までなら積極的に戦う。なんらかの超能力を持っているにしても、2人なら勝算はある。

 3人以上だろうと、戦いを避けられないなら避けるつもりはない。挟み撃ちや囲まれることだってありうるのだから。

 1人か2人の者たちとしか戦わないことにしたら、逃げ隠れしつつチームを組んだ者たちが潰し合うのを待つばかりになるだろう。

 それはシドウの誇りが許さない。

 とはいえ、隙があれば逃走も辞さない。

 それはシドウの誇りも許す。

 これは一対一の試合ではなく、25人入り乱れての生存競争、いや生還競争なのだから。競争というのも違うか。すでに24人になっているのはともかくとして。

 時には逃げるのも戦術だ。退くのも道理だ。

 この灰色の世界全体が勝負の舞台と考えれば、逃げるのではなく一旦相手から距離を取るだけとも言えるのではないか?

 柔軟に考えた方がいい。

 これは空手の試合ではない。真剣勝負だ。

 試合の時、真剣でなかったわけではないが。

 シドウは立ち止まる。

 構えを取る。

 上段蹴りを虚空に向けて放つ。

 生前と変わりない技のキレ。死にはしたが、積み重ねた練習の成果までは死んでいない。

 練習は大切だ。

 もう一度、上段蹴りを放った。今度は能力を使って。つま先を刃に変えて。

 与えられたばかりの力を実戦で実践するものではない。

 何度か繰り返す。

 練習に夢中になるあまり、あたりに気を配るのをおろそかにしてはいけない。常在戦場の精神ではなく、戦場そのものにいることを忘れるな。奇襲を喰らう恐れが常にある。

 とはいえ、この場にすぐさま誰かがやってくる可能性は低いだろう。シドウのように単独行動を即断即決した者はともかく、チームを結成することにした者たちの初動は遅いはず。話し合いや簡単な自己紹介、互いの能力の教え合いなどに時間を取られるのだから。

 今しばらくは、多人数に襲われるリスクは低いはず。

 1人相手なら、先手を取られてもなんとかできる自信はある。

 いきなり能力を実戦投入する方がリスクは高い。練習するなら今しかない。

 たとえ頭の中に入れられた情報が、あたかも以前から能力のことを知っていたかのような鮮明なものであっても、知識と実践には雲泥の差がある。

 知識を詰め込むだけで実行できるならば、多くの日本人は英語を流暢に話せるはずだ。

 ちなみにシドウはあくまでも知識、筆記ならば英語は得意教科である。

 数分程度の練習。それ以上はチームに見つかるリスクが高まると判断して終わりにする。

 充分だ。

 この能力は、シドウと相性がいい。シドウの鍛えた技と合わされば、極めて強力な武器となる。

 他の者ではそうはいくまい。というより使いこなすのは無理だ。

 武道を学んでいない者、蹴り技が不得意な者が扱いきれる能力ではない。

 シドウのように蹴り技に精通している者が使って初めて真価を発揮できる力だ。下段、中段、上段蹴り。前蹴りに横蹴りに回し蹴り。各種蹴り技を使い分けられてこその能力。

 普通の者では、せいぜい対戦者の足元を蹴りつける——切りつけるくらいが関の山だろう。

 シドウは仕上げというように、廃墟の外壁に蹴りを放つ。

 ギャン! という硬質な音が響く。

 シドウのつま先が変化した大振りの刃は引っかかることなく振り抜かれた。

 壁に大きな切り跡ができている。シドウの蹴りの威力があってこそではあるが、凄まじい強度と切れ味だ。

 人体など軽く切り裂ける。肉どころか骨ごと切断できる。

 この威力、切れ味で上段蹴りを放てば——

 戦う。実質、殺し合うようなもの。すでに死んでいるのだから殺し合いではないが、行為としては相違ない。

 シドウは己の両頬をひっぱ叩いた。

 パシンといういい音がした。

 気合いを入れるためもあったが、確認のためでもあった。

 頬がじんじんと痛む。

 痛覚はある。

 能力の練習で汗もかいている。

 足刀で己の指の皮膚でも切ってみれば、血も滲むだろう。そこまで確認することはない。

 生身の肉体ではなくとも、血肉が通っているのと変わらない。霊体とか幽体というものが元来そういうものなのか、天の声の主が生前と変わらぬ感覚で動いて戦えるようにそういう風にしているのか。

 なんにせよ、殴られればこちらが痛いし、斬りつければ相手が痛い。

 皆死ぬ前に散々苦痛を味わっているはず。死んだ後まで必要以上に痛い思いをすることもない。痛みを覚える間もなく即死した者もいるかもしれないが、それは置いとく。

 なるべく苦痛を味わせることなく勝負を決めたい。自己満足かもしれないができることならそうしたい。

 苦痛が長引かないように一瞬で勝負をつける。シドウの技と足刀の組み合わせならできるはず。

 とはいえ、戦いの最中に一撃必殺だけを狙えるわけもなし。泥仕合、血みどろの戦いになることもあるだろう。生き返りをかけた戦いに参加する以上、それは皆理解しているはず。

 たとえ逃げ隠れすることを選んだ者であっても、見つければ原則容赦はしない。

 隠れるのも逃げるのもバトルロイヤル形式においては勝ち残るための手段の一つ、作戦なのだ。直接戦うつもりがなかろうと、生還権争奪戦に参戦していることに変わりない。

 真に戦う気がない者なら、生還の権利を得るチャンスを手放すだろう。すでに死んでいるから違うといえども、殺し合いと変わらない行為を拒否する人物がいてもおかしくない。

 案外、最初の脱落者は自ら戦いの舞台から降りたのかもしれない。

 しかし、この戦いに棄権という制度があったか? 思い返してみれば、天の声は棄権について言及していない。

 ならば棄権するには与えられた能力で自らを攻撃するか、他者に介錯してもらうしかないのか?

 そういえば落ちたら即失格となる川があるはず。

 そこに自主的に飛び込めば棄権になるのではないか?

 即失格なら、溺れ苦しむこともおそらくあるまい。

 よくわからない決まり事だと思っていたが、棄権志願者への処置の一環なのかもしれない。

 シドウは棄権と川についてはそれで納得することにして、再び歩き出した。

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