第5話 宣誓
そういえば、残り5人になったら生き返りの前にその意思を確認するようなことを言っていたが、必要なのだろうか。5人まで残っておきながら、生き返りを望まない者が存在するとは思えない。ただのお役所仕事的な手続き、手順なのか。
しかし1人、もしかしたら生き返りの話自体を蹴るかもしれない者はいるのではないか。絶望に心を囚われているかのような、自分を襲った理不尽ゆえにこの世を恨んでいるかのような暗い瞳を生前していた少女。
だが、ポニーテールの女子の目は生前のように暗い濁ったものではなくなっていた。ここで気がついてからすぐのような、普通の少女のようなものでも。
その目には強い意志が宿っていた。決意のようなものが見て取れた。
彼女はやる気だ。生き返りをかけた戦いに挑むと決めている。
生き返りのチャンスがあると聞かされた時は、生き返ってもまた車椅子の生活に戻ることになるのを恐れているかのようだったのに。
詳細を聞いているうちに前向きになったのか。死んで歩けるよりも、生きて歩けない方がいいと思い直したのか。
それだけでは説明がつかないほどに、少女の目は強固な意志を感じさせた。
茶髪の男子も覚悟を決めた目をしていた。
強い意志を秘めているのはポニーテールの女子同様だが、違うのは悲壮なものを感じさせること。
ああ。
わかっているのだ。この少年も。
他者と組む選択は、協力関係を結んだ者以外と敵対するということ。
生き返る者とそうでない者を選ぶということ。
見捨てるということ。
命の重さをこの少年はおそらく誰よりも感じている。
だからこの少年は選んでいる。
選ばないことを選んでいる。
己の命を取り戻すことと己以外の命を選ばないことを選んでいる。
1人で戦い抜く気だ。
自分以外の24人全てを敵とするつもりだ。
流石にこの場でいきなり、なりふり構わず、他の者を攻撃する愚を犯すつもりはなさそうだが。シドウがそうするつもりのように、この場は一度離脱するつもりだろう。
シドウもまたチームを作る気など毛頭なかった。
チーム間で争うルールだったら従うつもりはあったが、自由ならば1人でやる。
無論、戦わず隠れるつもりは微塵もない。
1人で戦って、1人で生還の権利を手にする。
他者の命を選ぶ真似をしたくないという気持ちもありはする。だがそれはさほど重要視してはいない。
格闘者としての矜持が理由としては一番大きいだろうか。
空手の試合では常に1人だったから、ルールならともかく、いまさら他者と協力して戦う気になれないのかもしれない。
単純な格闘能力では、25人の中で突出しているがためにハンデをつけたいというのもあるだろうか。
チームを組まないことで、生還の権利獲得の可能性を低くすることになるが、それはそれ。与えられたチャンスに全力に挑む信条とは別に曲げたくないことはある。
1人というのは間違いなくハンデとはいえ、勝ち残れる自信がないわけではない。自信がなくて単独行動を選ぶほど愚かでもない。
シドウは競技の範疇とはいえ戦い慣れているし、自分の強さを信じている。
だが茶髪男子は、いくら肉体的に非凡なものを持っていて超能力を与えられているにしても、独力で勝ち抜ける自信を持っているわけではないはずだ。
だからこそ、その目には悲壮な覚悟が写し出されている。
生還を強く望んでいるのに絶望的な道を歩み、そのチャンスを棒に振るような真似をしようとしている。
シドウにとって他者と組まない理由の一つでしかない命を選別しないこと、それに茶髪男子は何よりも重きを置いている。
シドウは、その選択を気高いとさえ思う。
シドウがさほど生還に執着していないのとは違う。
シドウとて生き返りたくないわけではない。
生き返られるものならば生き返りたい。
だが、死者が生き返るのはおかしいとも考えている。
死んだ者は死んだままがこの世の摂理ではないのか。
神か、その使いとおぼしき存在が許しているのだから、構わないといえば構わないのだが。
結局シドウにとっては、他の者にとって得難いチャンスを与えられたのなら全力で挑むという信条があるからこそ、これから始まる戦いに——制限時間のカウントは動き出しているから、すでに始まっている戦いに挑むという話。
信条がなければ、他の者に生還のチャンスを譲っていたかもしれない。
だが譲らない。敗北するまでは譲れない。
死んでしまっている今となっては矛盾しているが、それがシドウマモルの生き方なのだ。
だから、次に茶髪男子と会った時には容赦しない。次に合えば敵同士。茶髪男子に限った話ではないが。
「どういうことだと思う?」
金髪男子が誰に言うともなく問いかけた。
金髪男子とて生き返るためには戦わざるを得ないことくらいは承知しているだろう。
だから、戦えということだろうとわざわざ言わず、
「やるかやらないかだろう」
と、シドウは応答した。
「やるかやらないかって——あんたはどうするつもりなわけ?」
ぼんやりとしたとも言える問いかけをする金髪男子。
びくついた様子で成り行きを伺う帽子女子。
この2人は覚悟ができていない。これから自分がどうすべきか、決められていない。
いま不意をつけば、簡単に2人とも倒してしまえる。
だが、シドウはそうする気はない。この場で開戦する気は無い。すでに決めていた通りこの場は争わず立ち去る。
だが、その前に伝えておく。宣誓しておく。この場にいる全員に。
「やる」
シドウは静かに答えた。
「死んだ人間は生き返らない。それが普通だ。しかし、俺たちには生き返りのチャンスが与えられた。特別にだ。不遇の死を迎えた人間ならば誰しもが望むであろうが得られることのないチャンスをだ。
俺はそういう得難いチャンスを与えられた時は、全力でことにあたることにしている」
金髪男子は「なるほど」と頷いたが、シドウの信条をどこまで理解できているのか。
構わず続ける。
「俺は行く。1人でだ」
茶髪男子とポニーテール女子はさほど驚いている風ではない。シドウのことを知っていて、そういうことを言っても不思議でない人物だと思っていたのか。
「この場でお前たちと戦うことはしない。お前たちには考え、心含めて様々な準備をする時間が必要だろう。だが、次にどこかで会った時は、準備がすでに終わっているものとみなす。容赦なくとりにいく」
4人に対してというよりは、金髪男子と帽子女子への忠告。戦いの準備、戦わない道を選んでも襲撃に備える準備。なによりも心の準備を整えておけ。
1人で戦い抜くと決めた以上、両者とも敵。助言めいたことを言う必要はないのだが。それでも言っておく。同じ組みに振り分けられた縁もある。
両名とも、シドウの言葉の真意を測りかねているようだった。
「それでは失礼する」
背後を攻撃する真似はこの4人はするまい。
シドウはその場を立ち去る。
少し歩いて何げなく空を仰ぐ。
残り人数を示すカウントが24になっていた。




