第20話 挑戦
知っているかもしれないが名乗った。
案の定、六本腕の男子はキョトンとした。
しかし、すぐに軽い感じの笑みを浮かべて見せる。
「シンキロウだ。苗字は別にいいだろう」
そう名乗り返した。
シンキロウ。シドウは頭の中で反芻する。
先ほど背の低い女子がそう叫んだのは聞いた。六本腕男子に渡すための武器を出したことからして彼に呼びかけた——名前を呼んだのだと思ってはいた。
ただ名前としては聞き慣れないものなので、シンジロウあたりと聞き違えたかもしれないと考えていた。
シンキロウ——蜃気楼。
イントネーションは違えども、結びつけずにはいられない。
そのままズバリ蜃気楼と書くのではないと思うが。
「ロウ」は普通に太郎とか一郎の「郎」だろうか。
「シン」と「キ」をどの漢字で書くかは選択肢が多すぎて正解できそうもない。本人に聞かねばわかるまい。
聞く気はないが。
シンキロウが言ったように苗字だって別に知らなくていいのだ。
名前だけ知っておけば十分だ。六本腕男子などという仮称ではない本当の名前さえ知れれば。
シドウは天の声の知らせを受け自分がやるべきことを決めてから、他者に名前を聞くことをあえてしてこなかった。最初の場にいた4人にも。のちに出会ってほんのわずかだか会話した関西弁女子とおかっぱ女子にも。名前を聞かなかった。
聞く必要などなかった。
この灰色の世界で出会った者たちの名前を知ったところで、天の声の話通りなら生き返った後には忘れてしまうのだ。聞いてどうなるものでもない。
名前を知れば情が湧くという考えも頭の片隅にあったかもしれない。名前など知らない方が思い切り戦えると。
だが、もし生き返った後もここでのことを覚えているという話だったら、名前を尋ねていたかもしれない。名前を知ろうとしたかもしれない。
自分が生き返るために倒した者、自分の手で生き返りの可能性を摘んだ者の名前くらい覚えておきたいと思ったかもしれない。いや、おそらく思っただろう。
そんなのは感傷にすぎないが。
これまで尋ねてこなかった名前を、六本腕の男子——シンキロウには尋ねた。
生き返られた場合、この灰色の地で他者の名前を知ろうが意味はない。
だが、生き返れなかったら——その場合どうなるのかは知らされていないが、この灰色の地から正式に死後の世界に旅立つことになるのなら、まんざら名前を知っておくことに意味がないとも言えなくなる。
自分が倒す者の名前を知ることに意味はなくても、自分を倒すかもしれない者の名前を知っておくことには意味がある。
自分を倒した者の名前くらい知っておきたい。
つまるところ、シドウは敗北を覚悟していた。六本腕と巨大薙刀を前にして。
シドウが戦ってきた者たちの中にも、自分を倒す者の名前くらい知りたいという考えの持ち主はいたかもしれない。自分はその者たちに名乗ることも名前を尋ねることもしなかったのに、シンキロウとだけ名乗り合うのは勝手と思わないでもない。
まあ、シドウが今のところ実際に倒した唯一の人物である関西弁女子はシドウのことを知っていたし。ほかの取り逃がした者たちもシドウに名前を尋ねてこなかったのだから、気にすることもないだろう。
この戦いで敗れた後に天国や極楽と呼ばれる世界に送られるならば、関西弁女子を始めとした敗退者たちに名前を聴く機会もあるかもしれない。
今はいい。
敗退後の話はいい。
敗北を覚悟しているが、負けると決まっていないのだから。
勝つためには先程考えたように、巨大薙刀の一撃を回避するのが第一だ。
けれど、シドウはそれをしたくなかった。
それをしたくないというよりも、それよりもしたいことがあった。
自分の鍛え抜いた蹴りと【足刀】の組み合わせを、巨大薙刀の刃とぶつけ合わせたらどうなるだろうか?
大太刀とは打ち合えた。
大太刀とぶつけ合った時の蹴りは牽制程度で全力とは言えなかった。
全力の、渾身の、本気の、必殺の蹴り。
それがあれに通じるか試してみたい。
これがもし大太刀と戦うことなく遭遇した事態だったら、そんな愚考は頭にも浮かばなかっただろうに。
無茶なことを考えず、大振りの攻撃を回避してから隙を狙って一撃を叩き込む戦法を選んだはず。
だが大太刀相手に勝負してしまった。勝負できていた。シンキロウたちの乱入がなければ押し勝てていただろう勝負だった。
真剣相手に互角以上に戦えたことで、自分の強さを実感して高ぶってしまった。
大太刀以上の武器相手にも打ち合えるのか、挑みたくなってしまった。
自分の強さがどこまでのものか、知りたくなってしまった。
だから、避けたくない。
真正面から、あの化け物じみた武器とぶつかり合いたい。
シンキロウは大仰な動きで薙刀を振りかぶりながら、こちらに向かって歩いてくる。
いくら腕力が事実上三倍以上になっているのだとしても、足腰が多少なりとも強化されているのだとしても、あれを持って走るのは無理がある。
間合いと威力は脅威であっても、やりようがないわけではない。
真正面からぶつかり合うことなどない。
それでも、シドウは避ける気はなかった。
接近してきたシンキロウが薙刀を振るう。
シドウの蹴りの間合いに合わせるかのように。シドウが【足刀】と薙刀の刃をぶつけ合わせことができるようにしたかのように。
してくれたのかもしれないし、使い慣れない長い武器のために目測を誤ったのかもしれない。
どちらでもいい。
シドウは蹴りを放った。
鍛え抜いた肉体で、磨き上げた蹴りを。
生前の鍛錬の成果を全て込める心意気で。
巨大薙刀の刃とつま先が触れ合う前にシドウは能力を発動し、つま先を刃に変えた。巨大薙刀には劣るものも大きく厚く重たい刃に。
足が刃に変わったことによる物理法則を無視した加重は、蹴りを加速させる。
刃と刃が衝突した。
凄まじい金属音が鳴り響いた。耳ではなく、体に響くような。
事実、響いていたのだろう。骨の髄まで。
軸足から地面を踏み締める感触が消え、浮遊感を覚えた。
巨大薙刀を振り抜いたシンキロウの姿を捉えることができた。その姿が遠ざかる。
自分は打ち負けたのだと、理解できていた。
巨大薙刀とぶつかり合った結果、吹っ飛ばされたのだ。
無謀な勝負の結果は、順当なものだった。
車に跳ねられたかのような衝撃で宙を舞い、シドウの意識は飛んだ。
いかにシドウが鍛えていようが、受け身の稽古をしていようが、意識が消失してはどうしようもなかった。
意識を失っても無意識に受け身を取れるような超人的な域にシドウは達していない。
シドウは側頭部からもろに硬い地面と激突することになった。
首がおかしな方向に曲がった。頚椎が折れていた。
シドウは意識のないまま、自分がどんな不安に致死的なダメージを負ったのかもわからぬまま、光となって消えた。
シドウマモル。空手家。
己の信念に従って1人で戦うことを選び、1人で戦い抜いた。
得難い機会を逃さず、全力で挑んだ。
もし正面から戦わなければ勝てたのだとしても、他の者と協力し合っていたら生き返られたのだとしても、選んだのはシドウ自身。
悔いはない。




