第11話 対峙
見上げる先にいたのは、最初の場にいた男子のうちの1人。恵まれた体格を持った茶髪の男子。
1人で戦う決意を瞳に宿していた。選ばないことを選んだであろう少年。
宣告した通り、再び合間見えたからには敵同士。
1対1。
戦わぬ理由などない。
もとより戦いはすでに始まっていた。平屋の上に立った少年が何かを投げつけてきて、シドウがそれから身を躱したところなのだから。
鉤爪の付いたロープ。横目で確認する。
鉤爪が巻き取られるかのような勢いで茶髪男子の元に戻っていく。
む?
シドウは不可解に思った。茶髪男子はロープを手繰り寄せるような動作をしていない。鉤爪の反対側に巻き取るための機構があるようにも見えない。
手繰り寄せたのでも巻き取られたのでもないならば——縮んだ?
鉤爪の付いた自在に伸縮するロープ。それを出現させる能力。そう判断する。
なかなか優れモノに思える。
しかしそれは利便性、つまりは道具としての評価であって、武器として優れているとは評価しにくい。
武器としては決定打に欠ける。
先ほど投げてきた金属製の鉤爪がシドウに命中していても、それだけで勝負が付くことはなかったのではないか。
とはいっても重量のある金属のフックだ。その威力は侮れない。
胴体や手足に食らった場合、決して小さくない痛手を被ることになるだろう。打撲で済むか、骨折までいくか。
頭部に的中すれば大きなダメージを負う。当たりどころが悪ければ、戦闘不能か致死的なレベルの損傷を受けてもおかしくない。
かといって一回や二回、攻撃をヒットさせたところで相手を仕留め切れるかというと難しいはず。
投げるという攻撃方は正確性に欠ける。狙って急所に命中させるのは容易くない。
無論、接近してぶん殴る手もある。頭部を狙うならば、投げるよりも殴る方がいい。
あの男子の屈強な肉体から繰り出される重たい打撃。相当な威力だろう。それでも一撃で確実に相手を倒し切るのは簡単ではない。
結局、彼が打撃で相手を仕留めるには、数回以上の攻撃が基本的に必要となるだろう。
彼は戦い、他者を倒す覚悟を決めている。だからといって他者に数度、もしかすると十数度に渡り攻撃を加える真似ができるのか。
一撃で相手を仕留められるならば、なるべく相手を苦しめずに済むならば、相手の苦しむ姿を長々と見なくていいのならば、思い切って攻撃もできよう。
だが、相手が苦痛に喘ぐ姿を延々と見ることになって、彼は耐えられるのだろうか。
彼だけの話ではないか。攻撃力の低い能力を与えられた者に共通する問題だろう。
今はそんなことを考えている場合でもないか。
茶髪男子はロープを頭上で回転させて、遠心力を貯めている。
おそらく先ほどは地上を歩く者に気づかれにくいよう伏せて待ち構えていたのだろう。そしてシドウの接近を待ち、立ち上がって鉤爪を投げてきた。そのため勢いが足りず、不意打ちではあったが難なく回避できた。
次の投擲は遠心力を利用している分、速度と威力が増すだろう。それでも来るとわかっている攻撃。躱せないことはない。
鍵爪の届かないところまで退避する手もある。
先ほどもそうしていたようだが、鉤爪を投げると同時にロープを伸ばしてはくるだろうが。どれだけ伸びるかはわからないが、投げて届く距離には限界があろう。
逃げようと思えば逃げることも可能だ。
形成不利なわけでもないのに逃げるつもりはないが。
鉤爪の届かないところまで退避しても勝負にならない。
かといって平屋の屋上とはいえ高所にいる相手。シドウの手足は届かない。攻撃するためには、あそこまで登らなければならない。
見た限り、中から屋上に出られる構造にはなっていない。茶髪男子は鉤爪の付いたロープを使って登ったのだろう。鉤爪を引っ掛けることさえできたら、ロープを縮めて楽に登れたはず。
しかし、シドウがあそこに登るとなるとだ。跳躍して、ヘリを掴んで、よじ登る。
シドウは空手家であって軽業師やスタントマンではない。飛んだり跳ねたりは不得意だ。得意なのは、あくまでも地に足をつけて繰り出す技だ。
それにそんな真似を試みたら、攻撃されるに決まっている。ヘリに手をかけることができても、よじ登る前に確実に攻撃を受ける。
となると、投石。
空手家としてはやりたくない。
となると——
緊迫した空気の中。
シドウは後ろに退がる動きをとった。
鉤爪が投げ放たれた。
逃走を選んだと判断して逃すまいとしたか、あるいは助走をつけて跳ぼうとしたと思ったか。どちらにせよ、シドウが何かする前に攻撃することを少年は選んだ。シドウの狙い通りに。
シドウは鉤爪を躱し、ロープを掴んだ。
茶髪男子が目を見張った。誘いに乗ってしまったことに気づいたか。
だが、気づくのが少し遅かった。シドウはロープをすでに力一杯引っ張っていた。
茶髪男子は引きずられ、平屋の屋上から転落した。
ドンと言う音ともに茶髪男子は着地し、顔を歪めた。
平屋の上からとはいえ、足に相当な衝撃があったはずだ。折れまではしていないだろうが痺れた程度でも、すぐさま動き出せないことには変わりない。
シドウは一気に間合いを詰めた。
接近すると、少年の体に火傷とアザがあるのに気づいた。今はそれらについては考えない。
一撃。入れた。腹に拳を。
少年は唾液を撒き散らす。
足刀による上段蹴りで一気に勝負を決める!
そう考え、蹴りを繰り出したが避けられてしまった。頬の皮を切るだけにとどまる。
眼光鋭かった少年の目に怯えが見えた。
シドウは攻撃を畳み掛けようとしたが、茶髪男子は身を翻して走り出した。ロープはいつの間にか消えていた。
茶髪男子は撤退を選んだ。
シドウと同様のことを彼も考えていたのだろう。1人で勝ち残るためには、引き際を見誤ってはいけないと。
彼は見誤らなかった。形成不利と判断して、即時撤退を選んだ。
追いはしたが、逃げ切られてしまった。持久走においては向こうが上だった。
いや、持久走だけではない。ロープを掴んで引きずり降ろせたのは不意をついたからこそ。よーいどんの綱引きなら向こうに分があったはず。
純粋な肉体的スペックにおいては総合的に向こうの方が上。逃してしまったことで後々厄介なことになるだろうか。シドウに対抗する手段を考えられてしまうかもしれない。
だが構わない。
来るなら来い。
シドウはまた歩き出す。




