やり返し
わたくしは平民を見つける為、学園内を練り歩きました。
そしてようやく、人目の付かぬ中庭で、呆けた顔でベンチに座り、空を見上げている平民を見つけました。
「あなたは一体、どのような日々を送ってきたのですか」
怒気を含ませたわたくしの声に反応し、平民は顔を上げたままこちらに目を向けずに顔を顰めました。
「何のこと? 不快なんだけど。私の前から消えてくれない?」
「あなた、公爵家の恥晒しと呼ばれているそうですね。わたくしの名を穢してくれましたね」
「それが何か?」
「わたくしの人生を奪っておきながら、わたくしの存在すら穢すなんて!」
「……私を散々虐げてきたあなたが言える事?」
「虐げた? わたくしはただ、貴族社会での礼節を教えたにすぎませんわ。それに対して勝手に反発し、精神をすり減らしたのはあなたでしょう」
「あなたは知っているから良かったでしょうけど、何も知らない人間に言うだけ言って強要して、挙句殿下達が勝手に言い寄ってきただけなのに私を悪者扱いして、それが全て私のせい? 本当にあなた、人の事何も考えていないんだね。そりゃ、民も思いやれな人間って言われるよ」
「なんですって──」
平民は顰めた顔から一変し、不敵な笑みを浮かべました。
「私はね、この姿に生まれ変わったって知ってショックだったし憎たらしくてしょうがなかった。でもね、できない事で叱られる時、名前を呼ばれるのがどうしようもなく嬉しく思えたんだ。スティア・フォールドはダメ人間だって。あんなに私を虐げてきたあなたの名が、出来損ないとして叱られているんだもん。私じゃなくて、あなたに罵声を浴びせているみたいで嬉しくて嬉しくて仕方がなかったんだ。だからね、公爵家の恥晒し。私はこの二つ名を気に入っているよ」
「何を馬鹿なことをおっしゃっているの。あなた自身を生き辛くしているじゃない」
「そんな事どうでもいい。だって、殿下は聖女の祈りを持つ少女、マチに惹かれ、彼女との婚約の為に婚約者である公爵令嬢と婚約破棄をし、その結果彼女は追放され、その道中、事故に遭って死ぬのだから。そうでしょう、スティア・フォールド様」
その時ようやく彼女は私と目を合わせた。その目には憎悪が浮かび上がっていますが、彼女の瞳の奥に映るわたくしの目にもまた、憎悪の色が浮かんでいるような気がしました。
「たしかに、前はそうなってしまいました。わたくしとしてはあなたが死のうがどうでもいいですが、わたくしの体があなたの運命に巻き込まれるのは心底不愉快です。死ぬならわたくしに体を返した後勝手に一人で死んでくださいませ。わたくしはわたくしの体を守る為、絶対に殿下と婚約破棄なんてさせません。ですので、あなたも少々わたくしの存在を貶すような行為は控えて下さいまし。この世の何よりも癪に触りますが、わたくしの尊厳の為です。わたくしがあなたの学と礼儀のサポートをいたします」
彼女の表情は憎悪から嫌悪に変化し、わたくしから目を逸らしました。
「あなたと関わるとか絶対に嫌!」
「わたくしだって嫌ですわよ! 勘違いしないで下さいまし!」




