指導
入学式も終わり、わたくしは寮の部屋で過ごしています。家から持ってこられるものが少量の衣類のみの為、前世の頃と比べ、かなり簡素な部屋になってしまいました。
カーテンにベッド、お風呂など、その辺りがしっかりと揃っているだけありがたいと思いましょう。
わたくしはソファの代わりにベッドに腰掛け、一息つきます。
「初日から本当に散々な目に遭いましたわ。まさかあの平民がわたくしの姿になっているだなんて、言い表せないほどの屈辱です……わ」
よく考えてみますと、おかしくありません?なぜ、あの平民がわたくしの姿で過ごしていますの? それに、殿下も前世で見た時と全く変わっていらっしゃらなかったような……。まるで過去に戻ってしまったかのよう……過去に……。
「もしかして、わたくし過去に戻っていますの?」
いえ、そんな、そんな馬鹿な事あるはず──! ……いえ、それ以上にわたくしとあの平民の姿が入れ替わっている方が馬鹿げた事ですわね。
「死んで、過去に生まれ変わって、愚者になって……なんて滑稽な人生ですの」
こんなの、あんまりですわ。
──決めましたわ。わたくし、絶対自分の姿を取り戻してみせますわ! 煮湯を飲まされようと決して諦めません! そして、必ずやわたくしの人生、全て元通りにしてみせます!
◇◆◇◆◇
決意を新たにしたはよいものの、この姿と身分ですとやれる事がかなり制限されてしまいますわね。まずは真摯に勉学に励み、わたくしの価値が魔法だけでないと知らしめるのが一番ですわね。
寮に届けられていました教本を開いて、十五年の知識のブランクを埋めていきます。
書かれている事が懐かしくて、過去を想起させるのと併せて、今のわたくしは平民として学園で過ごさなければいけないのが辛くてしょうがなくなります。以前のわたくしが素晴らしかった分尚更そう思えてしまいます。
夕食の時間になりましたので、わたくしはペンを置き、食堂へと向かいます。
ビュッフェ形式の食事。以前のわたくしはほんの少量ずつ取っていましたが、平民生活を経て少々卑しくなってしまったようで、お肉やフルーツを中心の食事となってしまいました。
ボソボソで硬いパンに遥か遠くに味を感じるほんの少し色の付いたスープ、茹でただけの芋。ずっとそんな食生活で、お肉は中々食べられず、フルーツに至っては口にできなかった食生活でしたので、無理もないのかもしれませんわね。
ビュッフェから一番遠い端っこの席で一人で食事をいただきます。
「ご一緒してもいいかな?」
そうわたくしに声をかけられたのは殿下でした。
特にわたくしの返事を待つこともなく、目の前に座られました。
わたくしから話しかけるのは失礼にあたる為、特に反応せず食事を続けます。
「食べ方、すごく綺麗だね」
平民生活をしていたとしても、体に身についたマナーは決して忘れる事はなく、わたくしは特に問題なく食事ができていましたが、よく考えますと今のわたくしは平民。カトラリーを問題なく使えるのは殿下からすれば驚きでしょうね。
「お褒めいただき光栄です。皆様の真似をしてみたのです。問題ないようで安心いたしました」
「見ただけでできるなんて凄いよ。僕の婚約者、今日君と言い合っていた女性なんだけどね、彼女はテーブルマナーが苦手らしくて、正直今も怪しいんだ」
思わずわたくしの手が止まりました。
長く貴族生活を過ごしていたでしょうに、テーブルマナーが身についていないですって? わたくしの姿で無様な姿を見せているというの⁉︎
「その点、マチさんは本当に綺麗だよ。初めてとは思えないくらい。マチさんならすぐに馴染めるだろうね。よければ色々と力に──」
「申し訳ありません。少々重大な用事ができてしまった為、失礼いたします」
わたくしは食事を持って、一人で食べている愚者の隣に座りました。
「食事が不味くなるんだけど」
「あなたの食事がどれほど酷い味になろうとどうでもよいどころかいい気味ですが、わたくしの姿で無礼を働いているとなると話は別ですわ。わたくしが教えて差し上げますから、テーブルマナーを身につけなさい。わたくしの真似をするくらいなら、あなたでもできるでしょう」
文句を言う彼女に無理矢理フォークとナイフを握らせてわたくしの真似をさせました。
以前でしたら触れるなんて絶対嫌でしたが、今回は触れる相手が自分の姿ということもあり、そこまで嫌悪感がありませんでした。それどころか、わたくしは肌まで滑らかで完璧だと改めて証明されたような気がします。




