呪われた魔法
連日土砂降りが続く日々。そんな中、お母様は床に伏せてしまわれた。
前世ならば大したことのない病。お医者様にすぐ診てもらえましたし、薬も暖かな布団も、清潔な環境も全て揃っていたのですから。
でも、ここにはそれが何一つありません。
お医者様なんて呼べませんし、病に詳しい方もいませんし、薬なんてとても買えません。寒さも凌げぬ薄い布団に包まれたお母様に、お父様は一日中水で冷やした我が家で一番綺麗な手拭いを額に乗せていました。その手はふやけて、赤く染まっています。
お母様が落ち着き、深い眠りについてようやく、お父様は食卓の椅子に座りました。その背中はいつもの元気を無くし、恐怖に縮こまっているようでした。
その晩、夜中に物音がしたので部屋を出てみますと、お父様が外に出ようとしていました。
「お父様? 何をなさっているのですか? 外は未だに悪天候でしてよ」
「起こしちゃったのか。すまない。畑の様子を見にいくだけだよ」
力なく笑うお父様の服の裾をわたくしは引っ張りました。
「なぜ、ロープが必要なのですか」
「それは、その……はぁ、マチに隠しても意味はないな。お母さんに薬を取ってきてあげようと思ったんだ。どんな病も治せる、聖女様の祝福を受けた花が存在すると昔教会で聞いたことがあるから、それを取ってこようと。明け方には帰るから、安心してお母さんと待ってて」
わたくしは服を掴む力をさらに強めました。
「ダメです。行ってはなりません」
その花はわたくしも前世で聞いたことがありますし、場所も知っています。だからこそ、お父様を行かせてはいけないのです。
貴族が知っているのに、なぜその花を手に入れようとしないのか。簡単な事です。無謀だからです。
「すぐ戻るから。それに、いつまでもお母さんが辛そうにしているとマーちゃんも辛いでしょう。お父さんがどうにかするから」
「いけません!」
わたくしは強く、大きく声を出しました。
「貴族が……騎士を遣わすことのできる貴族ですら手を出そうとしない花です。死んでしまいます。お父様、死んでしまいます! お父様が死んでしまったら、残されたわたくしと、床に伏せてしまわれたお母様はどうなさればよろしいのですか?」
わたくしの瞳からは涙が溢れ出ていました。無意識でした。なんで泣いているのか、理解できないのです。決して涙は見せてはいけない。あれだけ前世で徹底していたはずですのに、どうしてわたくしは今、泣いているのでしょう。
お父様はロープを床に落とし、わたくしをその大きな身体で包み込むように抱きしめました。
「分かった。行かない。側にいるよ。マーちゃんとお母さんの側にいるよ。だからもう、泣かないで」
その言葉でようやく涙は止まりました。
◇◆◇◆◇
お父様を連れてお母様が横になられている部屋に入りますと、どうやら騒ぎが耳に入っていらしたのか、体を起こしていました。
「寝ていなきゃダメじゃないか。辛いだろう」
「ありがとう、あなた。マーちゃんもありがとう」
「いえ、わたくしは別に何もしていませんわ」
お母様は必死に隠そうとしていますが、その身体は小刻みに震えています。
「わたくし、今日はお母様と寝て差し上げますわ」
「そんな、マーちゃんも病気になっちゃうよ」
「……わたくしがお母様を温めて差し上げると申しているのです」
少し強引に布団に入りますと、お母様は困惑しつつも嬉しそうに抱きしめてきました。
「ありがとう。とても暖かいわ」
わたくしの前世の固有魔法は炎。ここで炎を出す事はできませんが、もし今のわたくしが使える魔法が炎でしたら、体温をもっと上げて、さらにお母様を温めることもできるかもしれません。やってみる価値は十二分にあります。
前世の要領で魔法を軽く発動しますと、お母様の病は一瞬にして治りました。
でも、それはわたくしが温めたからではなく、わたくしが発動した魔法の力。
お母様は一気に楽になったと驚嘆していますが、わたくしは全く喜べませんでした。それどころか無性に腹が立ってしかたがありません。
この姿でなければ……いえ、この姿でなくとも、わたくしはこの魔法を喜べないでしょう。
あの女と同じ、聖女の祈りの力なんですから。




