人望
意味はないと分かりつつも諦めきれないので、わたくしは今日も図書館に行きました。
もし学園で何かしらの糸口を見つけることができれば、わたくしが平民に対して下手に出る必要がなくなるのですから。
ですが、テストが近い為か勉強する生徒で溢れかえっています。普段静寂に包まれた図書館とは思えぬほど、小さな騒ぎ声が響いています。勉強に集中しているのかいないのか、曖昧なところです。
端から端までくまなく探しましたが、座れる場所がない為仕方なく予定を変更し、自室で勉強する事にしました。
◇◆◇◆◇
図書館から寮に戻る道中、つい中庭に目を向けてしまいます。
いつも平民はベンチに座って空を見上げていますが、昨夜雨が降って未だにベンチが濡れているせいか、流石に今日はいません。その事にほんの少し安堵します。
思えば、中庭をゆっくり見ることなんてありませんでした。前は我が家の庭の方が美しく洗練されていましたし、今は中庭を見れば平民が目に入ったので、あまり見ないようにしていましたし。
改めて見ますと、木々が青々とし、見上げれば澄んだ空が何の邪魔もなく目に入ります。吹き抜ける風は強すぎず弱すぎず、森の匂いを運んでいます。
ほっと息を吐いた直後、木から逆さまに顔を出した男性が現れました。思わず出した息を肺に戻しそうになりました。
「よっす! 噂の平民のマチってお前か?」
屈託のない子どものような笑みを浮かべ、赤髪に黒目の彼は木から飛び降りて近づいてきました。
欄干で仕切られているとはいえ、汚れきった彼の姿に思わず後退りせずにはいられませんでした。
いくら平民生活を経て、多少の汚れに対して抵抗感が無くなったとしても、汚れている相手に何の抵抗もなく近づける程落ちぶれていませんし。
「そ、そうですが何か?」
「いや〜スティア嬢と初日から言い争ってたって聞いて、どんなとんでもない奴なんだろうかと思って、一度見たいと思ったんだ。俺、ドーマン・ベル。しがない騎士の息子だ」
とんでもない奴だなんて、酷い言い草ですわね。
「マチと申します。家名を持たぬ平民です」
「よろしくな! あんまり悪い奴には見えないな」
馴れ馴れしい方ですね。いくらわたくしが平民であろうと、多少は礼儀を持った対応をしてもよろしいのに。
「どのような噂を耳にしていらっしゃるのかは知りませんが、わたくしは悪事には手を染めておりません」
「そうか。でもスティア嬢を怒らせたのは本当なんだろう?」
「そうですね。その事に関しましては事実です」
彼はにこやかな笑顔を少し引き締め、わたくしを真っ直ぐ見つめました。
「無意識にとんでもないことをやらかしたんじゃないのか? 俺、スティア嬢と関わったことあんまないけど、スティア嬢は他の貴族と違って身分の低い俺にも優しくしてくれるんだ。どこか心ここに在らずで、色々と言われているが、貴族の中で一番優しく俺ら身分の低い者の味方でいてくれるのはスティア嬢なんだ。そんなスティア嬢が怒るなんてよっぽどな事だと思ったからな、興味半分、警戒半分で声をかけたんだ」
彼女は学も礼儀もありませんが、人望を築くのは上手いのですね。その点に関してだけは評価いたしましょう。
一体彼女がどのように人と接しているのか、私が知る機会を得る事は無さそうですが。
「そうですね、わたくしからは相性が悪かったとしかいえません。他に用はございませんか? でしたら寮に戻りたいのですが」
彼は目尻を下げ、口角を上げて微笑んでいるというのに、どこか敵意を感じる不気味さがあります。
「おう! もういいぞ。スティア嬢については、あまり怒らせないであげてくれ。ただでさえスティア嬢は辛そうだからな」
辛い……ね。貴族教育を放棄し、自由奔放に生きているように見える彼女も、やはり周りからの評価には参っているのでしょうね。意固地にならなければよろしいのに。ある種、彼女はわたくしを陥れることに囚われすぎて自業自得の日々を送っているのでしょうね。どんな意図であろうと、平民がわたくしを意識していると思うだけで変に身体が震えます。




