衝突
寮に戻る道すがら、ベンチに座って呆けた顔で空を見上げる平民が目に入りました。
「何をしていらっしゃいますの。まもなく夕食の時間になるといいますのに。それに風邪ひきますわよ。あなたが苦しむ分にはどうでもいいですが、わたくしの体なのですから、丁重に扱ってくださいまし」
平民は変わらず空を見上げたまま、わたくしに向けて舌打ちをなさりました。
腹立たしいことですが、殿下方の理解できない言動に比べましたら、彼女の分かりやすい行為がマシに見えますね。互いが持つ感情のみに関しましてはお互い様ですので。
「あなたはよく空を見上げていますけれど、そんなに空が好きなんですの?」
「私とあなたは雑談するような関係じゃないでしょ。イライラするから離れてよ」
「あなたが授業中もずっと空を見上げているから申しているのです。そこまでなさるなんて、多少なりとも理由はあるのでしょうね。そうでなければ、わたくしへの嫌がらせの前に、先生への嫌がらせになりますもの」
「私はあなたも嫌いだけど、貴族も嫌いだから」
少なくとも、前世から殿下方には優しく接してもらっていたでしょうに、少々意外な返答ですわね。
「あなたのご両親は大変慈悲深い存在だといいますのに、なぜあなたはそれほどまでに捻くれてしまったのでしょうかね」
平民は手を強く握った後、深呼吸をしてその力を弱めました。
「なんであなたはそんなに高慢なの? 貴族だから? じゃあ、平民になった今もなぜそんなに高慢なの?」
高慢……そんな風に見えても仕方ありませんわね。
「それが公爵令嬢のあるべき姿だからですわ。貴族は国を導く立場の人間です。正しくなければいけません。その為には私情を無くし、感情も出さず、必要であれば周囲を正し、そしてわたくし自身がお手本となるべく、貴族としてあるべき姿でいなければいけないのです。たしかに、右も左も知らぬ平民のあなたに対して、少々無理な物言いをしてしまったかもしれません。わたくしも柔軟に対応するべきでした。ですが、わたくしが行った事に間違いはありません。わたくしを嫌ってくれて結構です。元よりわたくしはあなたの事、心底嫌っていますから」
平民はしばらくして、笑い声を響かせました。
「自業自得で死んだくせに、よくもまあ私を嫌えるよね。いや、好かれても償われても困るだけだけど。無理な物言い? 私が知らないとでも思った? 身分が下の人達使って、私に散々嫌がらせをしていたくせに。泥かけて、転ばせて、突き落として、持ち物ダメにして、私が聖女の祈りを持っていて怪我しないからって、それはそれは大層な事をしてくれたよね」
わたくしが彼女に人を使って物理的に虐げていた? そんな道徳の外れた行動、わたくしは望みすらしません。
「なぜ、わたくしが指示したと?」
「あなた好かれてなかったんだよ。毎回毎回、スティア様が望まれた事って教えてくれたよ」
……そう。表ではわたくしに笑顔を向けていても、やはり見ていたのはわたくしの身分でしたのね。分かりきっていた事ですが、こんな形で利用されていただなんて。……腹が立ちますわね。もっとしっかり目を光らせるべきでした。
「わたくしはそんな事一度も望んだ事も願った事もありません。責任を逃れる為にわたくしの名を使い、あなたに嫌がらせをしたのでしょう」
平民は上げた口角を下げ、しばらく口を黙ました。
「じゃあ、どちらにしろあなたは嫌われていたんだね。でも、そんな事どうでもいい。たとえあなたの指示でなく、その人達の意思で行なっていたとしても、私を痛めつける空気を一番最初に作ったのあなただから。あなたが知らなかろうが無関係だろうが関係ない。私はあなたを心底恨む。永遠に」
平民は一度強い怒りを覗かせ、最終的に向けた顔は嘲笑でした。
「そう。たしかにあなたの受けた仕打ちは散々だと思います。ですが、あなたもわたくしの人生を壊した事をお忘れなく」




