9.青色のカプセル
早朝、午前5時。
自慢じゃないが僕はこんな時間に起きたことはない。本当に自慢にならなかった。
学校はまだ始まらないが、こうして早朝起床する癖をつけることで、朝に日課を行うことができるようにしよう。
また、ガチャガチャも落ち着いて回せる。どっちもメインの用事なのだ。
案の定、体を起こした僕の目の前にはガチャガチャの機械がある。もしかしたら毎日じゃなくて休みの日だけとか、ゴールデンウィーク限定だとか、そういうこともありえるのだが……願わくばこのままずっと続いてほしい。
500円玉の棒金は既に解体していて、10枚ずつ机の上に立てて置いてある。僕はそこから1枚拾い上げて、迷うことなくガチャガチャの機械に挿入した。
3回目ともなると手慣れたもので、ガチャの余韻とかそういうのもない。パッと回してパッとガチャが消える。
ソシャゲのガチャ演出だって、最初は見るけど次からスキップするだろう。
今日は青いカプセルが出てきた。中身はやはり紙一枚。
そこにはこう書かれていた。
――――――
【虚偽感知】
この世のすべての欺瞞から、あなたは解放される。
嘘を嘘と見抜くことができる。
あなたはもう誰にも騙されることはない。
――――――
消えるカプセルと紙。詐欺に引っかからなくなる能力を手に入れたようだ。
あとはインターネットを使うのにも役に立つか。嘘を嘘と見抜ける人じゃないと使うのは難しいらしいからね。
どういう原理で嘘だと判断しているのか、なんて少し考えたけど、それを言ってしまえば【念動力】もそうなので深く考えないことにした。超能力ってそんなもの。
――――――
姫宮 夜嗣
15歳
状態:正常
筋力:36
反応:65
瞬発:51
精神:63
魅力:53
常時発動能力:
【虚偽感知】▽
特殊技能:
【自己分析】▽
【念動力:レベル1】▽
――――――
ステータスを確認すると、新たに常時発動という欄が増えていた。
カプセルの色の違いで欄が別れているので、もしかすると青いカプセルが常時発動、赤いのが特殊技能、という具合なのかもしれない。パッシブスキルとアクティブスキルみたいだな。
僕が「嘘かどうか知りたい!」と思わなくても、相手の発言が嘘なのか勝手に判定してくれるということか?
うーん、それはそれでちょっと邪魔な気がする。「行けたら行く」に毎回反応しそうだし。
とはいえこの【虚偽感知】、ササッと試せない類のものだ。【念動力】と違って、僕に対して嘘をつく相手が必要になる。
まぁそのうちわかるだろう。どうせ人類みんな嘘つきなんだから、すぐにその効果のほどがわかる。
「ネバゴナギブユーアーッ、ネバゴナレッチュー……おや?兄上、おはようなのだ!」
「おはよ、朝からその歌のチョイス嫌いじゃないよ」
「ワハハ!ネット社会に生きる現代人の心の癒しよ!」
その感想はいまいちよくわからないけど、今雪音が歌っていたのは、所謂ネットミームと呼ばれるもののひとつである。
釣り動画とかでよく使われる歌らしいが、僕は海外のネットミームは触るくらいしか見ていないのでそこまで詳しくない。
「おやおや兄上よ、鼻毛がめちゃくちゃ出ておるぞ」
「え、うそっ」
「嘘なのだ。ワハハハハ!!!兄上も走りに行くかの!」
「……行くからちょっと待って」
とっさに鼻を隠すも、嘘。
なんだこいつ、朝からテンション高いな。しかし、今の嘘では【虚偽感知】は発動しなかった。
ということは、すぐに嘘だとわかる事柄、もしくは騙そうとしていない場合は発動しない?と少し考えるも、まだ発動したことがないからわからないことに気付いたので放置することにする。
既に嘘を嘘と見抜けていないので、あまり有用な能力ではなかったのかもしれない。
雪音は既に走りに行く準備が整っていた。まだ僕が目覚めてから10分も経っていないので、雪音は5時より前には起きていたことになる。一昨日はもっと遅い時間に僕と走りに行ってたけど、もしかしてあれ2回目だったのか?すごい体力だ……。
軽く身支度を済ませ、雪音の待つ玄関に向かう。やはりダボっとしたジャージに着られている。
またもほほえましく見ていたら、雪音がジト目で僕を睨んできた。
「兄上はもっと視線というものに気を遣うべきなのだぞ」
「あ、スンマセン」
ちょっとまじめに怒られた。
「いつもこの時間に走ってるの?」
「我はそうなのだ!紗凪殿も、平日だったら基本これくらいの時間に走っておるのだが……休日はもう少し遅いようだの。昨日は初めて休日に会ったぞ」
「へー」
「じゃから今日は紗凪殿には会えないじゃろうな?」
「いや、そこは別に気にしてない」
並んでジョギングする雪音は、わざわざ僕の視界に入ってきてまでそのニヤニヤとした顔を見せてきた。かわいい。
天津さんのことは気に掛けようとは思っているけど、休みの日にプライベートな時間まで気にしだしたらそれこそストーカー行為になるだろう。
なので、ひとまず学校が再開するまでは気にしていない。
「ワハハ、我には隠さなくても良いのだぞ!血を分けた兄妹ではないか!我も気になる相手ができたらきちんと言うからの!」
「ありがとう。けど父さんに言うなら母さんもいる時にしてね」
「こ、心得ておる……」
以前、彼氏ができたドッキリを僕と父さんに仕掛けた雪音。
僕としてはドキリとしたものの、祝福はできた。結局ドッキリだったので何もないんだけど。
だが、父はそうもいかなかった。初めて父があそこまで激昂した姿を見せた気がする。
普段優し気な父の雰囲気が消失し、空気が一気に重くなったのであっさりとドッキリであることを吐いたが、あのままだとどうなっていたのやら……。というか本当に彼氏ができたら父さんどうするんだろう。
また、二人ほど犬の散歩をしている人とすれ違ったが、天津さんではなかった。
「よし、兄上よ、そろそろ帰るのじゃ」
「おっ、そうだな」
20分ほど走ったあたりで、雪音が手を叩きつつ言うので、適当に返事をする。
今日は割とペースを落としてくれていたので、問題なくついてこれた。普通ランニングってこうだよね。全力疾走の連続じゃないよね。
雪音は一人だったらもうちょっと走るのだろうか?この程度のランニングを日課にした程度では、雪音のあの無尽蔵の体力と速力が身に就くとは思えないのだが……。
「さぁ帰ろうすぐ帰ろう、カエルが鳴くから帰ろうなのだ」
「ちょ、背中汗かいてるって」
やけに急かすように背中を押してくる雪音。背中に汗をかいていたせいで、服が密着すると気持ち悪い。
だが構わず雪音は押してくるので、渋々従う。
「お兄さんだ」
静かな住宅地に、やけに響いた声。
小さく静かに話しているはずなのに、透き通るようなその声は、昨日聞いたばかりの声であった。
「お兄さん、おはよう」
「あ、昨日の子だよね。おはよう」
昨日のゴスロリ少女。
いや、今はゴスロリを着ていないのでもうゴスロリ少女ではないのだが……まあいいか。
雪音と同じくらいの身長で、雪音と同じように少しダボっとしたジャージを着ている。このジャージ、雪音と同じ中学のジャージということは、少なくとも中学生なのか。
こんな時間に思わぬ再会を果たしたが、雪音もいるので文句を言われることはないだろう。
当の雪音は、顔に手を当て天を仰いでいた。
「雪音と仲良くしてくれてありがとうね。僕は姫宮夜嗣。君の名前を聞いてもいい?」
「……?ボクは堤名場 絵瑠。親しい者はティナと呼ぶ。……お兄さんもそう呼ぶことを許す」
アッッッ!ボクっ娘だッッ!
どうも最近周りに現れる人たちが特徴的な子ばかりな気がする。
堤名場、聞いたことのない珍しい苗字なので、そこを取ってそういうあだ名になったのかな?
「あはは、ありがとう。じゃあティナさんって呼ぶね」
「むう、敬称など不要。ボクの同胞ベリアルの兄であれば、呼び捨てにしてほしい」
「テテテテテティナ?ここ、こっちにこい」
雪音が復活したと思ったら、顔を真っ赤にしながらティナの首根っこを引っ掴み引き摺っていった。
あれかな、厨二病特有の"真名"みたいな。ティナに同胞って呼ばれてたし、厨二病仲間なんだろう。ゴスロリだったり蜘蛛を渡してくるのもその延長なんだろうな。
……にしてもベリアルって。雪音、自分のことベリアルって呼ばせてるんだ。おもしろ。




