7.大切なプレゼント
雪音とアレさんと、もうひとり少女が話をしている様を、遠巻きに眺める僕という構図。雪音はアレさんと面識あったんだな。車の中での様子からして、もしかしたら父さんとアレさんの関係も知っているかもしれない。
それにしても、この構図はさすがに僕が不審者すぎるからちょっと離れていようかな……警察に職質されても困るし。
などと考えながら周りに休めるところがないか見渡すと、結構近いところで警察官が僕のことを見ていた。
なんともタイミングの悪い状況に、思わず警察から目をそむけて踵を返してしまう。いや、明らかに怪しい行動。僕だったら職質してるね。
「ねぇねぇ君、ちょっといいかな?」
「あっ……はい、なんでしょうか」
「あの子たち、知り合い?」
捕まったぁ……と、頭の中で渋い声が聞こえたような気がした。捕まってないけど。
警察官は笑顔で聞いてくる。が、目はあまり笑っていないように感じた。それもそうだ、夕方暗くなりつつある場所で、どう見ても小学生くらいの少女を眺める男。不信極まりない。
だが、僕も別にやましいことをしているわけではないのだ。一緒にいた人が妹たちのところに行っただけなのだから、正直にそう言えばいい。
「はい、親の知り合いの人と、妹とその友達です」
「ふーん……ちょっと来てもらえる?」
「は、はい」
警察官は、妹たちの方を向きながら僕を手招きした。これはあれだな、事実確認だな。よかった、本当に知り合いで。
いや、知り合いじゃなかったら僕が悪い奴なんだけど。
職質らしきものを受けるのが初めてなため、ドギマギしながらついて行く。
「そこの君たち、ちょっと聞いていい?このお兄さん知ってる?」
「あ、兄上?!どうしてここに?!」
「……おや、警察のお方。すまない、ワタシの連れなんだ。連れの妹たちが見えたから、ちょっと離れて話していただけだよ。心配するようなことはなにもない」
「……」
驚きの声をあげる雪音。アレさんが僕といることを話しているのだと思っていたが、そうではなかったようだ。
アレさんは、さすが大人の対応をしている。その風貌から職質慣れしている可能性も考えられたが、流石に言えなかった。
金髪ゴスロリ少女の方を見てみると、目が合った。とても眠そうで、今にも消えてしまいそうなほど繊細な容姿。この年代の女の子なら僕の妹に勝てる容姿など存在しないと思っていたけど、この子は良い勝負をするかもしれない……。妹が活発系ロリなら、この子は幸薄系ロリで系統が違うから一概には言えないけど。
「そっかー、それじゃああんまり遅くならないように気を付けるんだよ」
思っていたよりも職質?は即座に終了した。まぁ、職質というよりもただの確認だったんだろうなと納得する。
警察官が僕たちに手を軽く振りながら去っていく。どうも、警察官と話すと緊張していけない。悪いことをしていないのに悪いことをしている気分になる不思議な力を持っているんだよね。警察って。
「すみません、アレさん。僕不審者だと思われたみたいです」
「いや、タイミングが悪かっただけだろう。君は仕事の続きをしてくるといい。ワタシはもう少し雪音ちゃんたちと話があるからね」
「兄上、また家で!なのじゃ!お仕事頑張るのじゃ!」
「……」
おお、雪音が余所行きの喋り方をしていない。ということはかなり近しい友達なのかな?この子は。
さっきは口論をしていたように感じたけど、アレさんが話しかけてからピリついた空気は消えている。仲直りできたのだろう。
「わかりました。ねぇ君、雪音と仲良くしてくれてありがとうね」
「……」
「あ、兄上、無礼を承知で言うのじゃが、向こうに行っててほしいのじゃ……」
「まったく、わかったよ。じゃあまた家でね」
雪音も思春期。友達といるところを肉親に見られるのはやはり恥ずかしいだろうし、僕も勝手に挨拶したのは悪かった。
これは家で不機嫌になる可能性がある。帰りにご機嫌取りのアイスでも買って帰るとしよう。
そうだ、アレさんたちが一旦別行動するなら、向こうの方でこっそり【念動力】の練習でもしよう。石くらいなら浮かせられるだろうから、手に持っていてもおかしくないくらいのものをほんのり浮かせて……と、歩き出した瞬間、手を握られた。
「あれ?どうしたの?」
「これ、あげる」
「兄上!ダメなのだ!」
振り返った僕の手のひらを引っ張り、自分の手の中に入っていた何かを僕にくれようとするゴスロリ少女。
雪音、そんなに焦らなくてもいいのに。と考えていると、手にカサカサと妙な感触がした。
ゴスロリ少女が手をどけると、僕の手の上には手のひらほどの大きさの蜘蛛。
雪音は声にならない悲鳴を上げ、アレさんも、心なしか緊張しているかのような顔をしている。
ゴスロリ少女は、先ほどまでの表情とは打って変わり、ニヤニヤと笑っていた。
「この子、アシダカグモ?わぁ、かわいいね」
「えっ」
渡された蜘蛛を僕が持ち上げて観察し始めると、ゴスロリ少女はその表情を崩して驚いていた。
雪音も、アレさんも同様にひどく動揺した顔をしている。
「あ、もしかして僕を驚かせようとしたのかな?アハハ、ごめんね。僕昔から蜘蛛好きなんだよね」
「あ、兄上……」
蜘蛛は益虫だ。害虫を食べてくれる。だから僕は昔から蜘蛛が好きなのだ。
多分、雪音も同じドッキリでも仕掛けられて驚いたのだろう。だからさっきはピリピリしていたとか、そういうことか。
雪音、多分蜘蛛苦手だろうし。というか虫全般苦手だった気がする。
「でも今から僕はお仕事に戻らないといけないから、この子は君が大事にしてあげて?」
僕の手の平の上で所在なさげに動き回るアシダカグモを少女の方に向ける。
僕が驚かなかったことに対してひどく動揺しているゴスロリ少女は、おずおずとその小さな両手を僕に差し出した。
その時、特に近づけたりしていないのに、蜘蛛がゴスロリ少女の手のひらに向かって跳ねる。おお、賢い。飼いならした蜘蛛の賢さに対して一番驚いた。
そして少女はその手を無造作にポケットに入れた。
あれ、それ潰れてない?大丈夫?……まぁ大丈夫か。
「それじゃあ僕は行くから。アレさん、またのちほど」
僕は居直して歩く。ある程度離れて少し振り向くと、ゴスロリ少女だけがジッと僕を見つめていた。
ごめんよ、ドッキリ失敗させて……あの両親にドッキリで鍛えられてるから並大抵のことじゃ驚かないんだ……。
そこまで考えて、警察官に職質されるドッキリなんてされたらビビり散らかすんだろうなぁとも思ってしまった。ちょっとベクトルが違うだろうけど。
「凄いな……」
外だというのに、思わず声が漏れる。今僕は、公園の外にあるバス停のベンチに腰掛けて、【念動力】を試していた。
見られても言い訳できる程度の、拳くらいの大きさの石を持ってきて、手の中で浮かせる。
上下左右奥行関係なく立体的に動かすことは、ほぼ無意識でもできる。僕が考えた通りの動きをしてくれるのだ。
動かす速度に関してはオープンに実験するわけにもいかないので、今は試せない。
回転。石を手のひらの中でぐるぐる回すが、これがまた難しい。ゆっくりであればそんなに意識しなくても回せるのだが、この動きはどちらかというと「回るように端を動かしている」という状態なのだ。
タイヤや扇風機のように、中心を回すことで全体的に回す、という感覚が掴みにくい。多分モーターとかの動きをきっちり意識できれば、だいぶ改善されそう。
こんな便利な能力が500円で手に入るなんて、本当に宝くじに当たったような感覚だ。
「はぁ……たのしい……」
ボソッと呟きながら、追っていた野良猫が動き出したので驚かせないようにゆっくり後を追う。
手に持っていた石は、その辺に放り投げた。