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6.簡単なお仕事

「君には猫を探す仕事をしてほしいんだ」


「えっ、帰ります」



 最後に念押しのように、「襲われたらお母さんに言いなさい」と言い残して母は帰っていった。

 本当に紹介の顔合わせ程度のものだったようだ。帰りも歩いて帰れる程度の距離なので、特に心配はしていない。

 

 心配だったのは道なき道と外観の見えない建物だったが、道は歩いてみると意外と通れた。獣道ってこんな感じなのかなぁ、と少し考えてしまったが。

 建物についても、植物が生い茂りすぎているだけで、中まではさすがに侵食していなかったので思ったより綺麗だったのだ。

 あくまで外観よりはマシ、という程度だが。

 何語かもわからない本だったり、箒とか大きな羽だったりが床に散らばっているので相当に汚い。

 


 そんな足の踏み場も少ない場所で、客間と呼べるのかもわからない位置にあるソファへ腰掛けるよう伝えられ。対面に座ったアレさんは、開口一番そう言ったのだ。


 猫を探す。闇バイトでよく聞く言葉だ。

 その実態は、高級車がある場所を回って、地図上に印をつける仕事をすることだという。

 まさか、父と母の共通の知り合いが闇バイトの斡旋をしているとは思いたくもなかったが、こうして聞いてしまったからにはもうどうしようもない。


 

「まぁ話は最後まで聞きたまえよ、少年。フフ、期待通りの反応をしてくれてワタシは嬉しいな」


「はぁ」


「そうだな、クイズ形式にしようか。ここでワタシがしている仕事は何だと思う?」



 さすがに面と向かって闇バイトの斡旋です。なんて言うことはできなかったが、ふとアレさんと目が合った瞬間に、全身に鳥肌が立つ。

 相変わらず死んだ目で僕のことを見ているのだが、あまりの目力に冷や汗が垂れた。まるで、僕のことを外見だけではなく内面まで見透かしているかのように……。



「えっと……」


「フフ、緊張しているのかい?ワタシは少年と仲良くしたいな。忌憚のない答えを望んでいるよ」



 そんなこと言われたって、こんな雰囲気でとても言えない。僕がしばらく黙ったままだと、ふっと雰囲気が軽くなったような気がした。アレさんは、いつの間にか目の前に置かれていたコーヒーを一啜りして語りだす。



「ああ、本当に懐かしい。ヨル……君のお父さんも、ワタシと初めて会ったときにそうやって怯えていた。ほら、ワタシはこんな見た目だから、怖がられるのは慣れているんだ」


「え、そうなんですか?」



 意外だ。僕の父は結構な恐れ知らずで、強面のチンピラお兄さん達に絡まれても一歩も引かない。目の前で警察に電話をかけ始める余裕すら見せるので、僕もそんな強かな大人の男になりたいと密かに憧れたものだ。

 確かにアレさんからは不思議な威圧感を感じる。まさか父さんも、この威圧感に怯えているとは。



「ああそうさ。ヨルも、あー、君のお母さんも、ワタシに殺されるんじゃないかってくらい怯えていてね。それはもう可愛かった」


「へぇ、意外です」


 今じゃあんな態度だけどね、とケタケタ笑うアレさん。

 確かに、アレさんの話が事実なら母の変わり様に驚くが、さすがにそんなに怯えていたというのは誇張だと思う。



「それに比べたらまだ慣れているほうだね、少年は」


「まぁ、さすがに殺されるってくらい怯えることはないですね」


「そうだよ、さすがに殺したりなんかはワタシもしたくはないからね。さぁ、どうせ君は闇バイトの斡旋だなんて思っているだろうから、答えを提示してあげよう。これを見るんだ」


「これは……?」



 床に散らばるガラクタの中から、ひときわ大きな木の板を持ち上げるアレさん。

 そこには、「便利屋アレグリ」と書かれていた。



「ここは便利屋。便利屋アレグリ。言ってしまえば何でも屋さ」


「便利屋……アレグリ……」



 名前が安直すぎるのも、外に掛けるべきであろう看板のような木の板が室内にあるのも一旦置いておく。

 アルバイトの初体験が便利屋って、そんなことある?

 もっとこう、スーパーのレジ打ちとか、居酒屋の注文聞いたりする人とか、そういうのだと思っていた。

 蓋を開けてみると、何でも屋?明らかにハードルが高すぎる。が、普通では体験できないアルバイトに心も引かれる。それが合法なら、何でも屋って少し心惹かれるものがないだろうか。



「それで、最初に言ったように、君には猫を探す仕事をしてほしいんだ」


「すみません、その猫を探す仕事というのがピンと来ないんですが……」


「フフ性急過ぎたかな?ここいらに生息している野良猫や、脱走している可能性のある家猫、猫の集会場所だったりもそうだな。猫にまつわる色々を探してほしい。これは、アルバイト初体験の君にしてもらいたい研修みたいなものだと思ってくれ」



 どうやら、猫を探す仕事は本当に猫を探す仕事だったみたいだ。

 それにしても、研修とはいえ仕事内容の意味がわからない。



「その仕事に一体どういう意味が……」


「便利屋は、依頼に対して深く理由を求めてはいけない。ワタシが犯罪に類するものではないか確認して、それから今後君に任せていこうと思うから、君はあまり深く考えすぎず、自分にできる範囲で仕事をしていけばいい。もちろん、いやな仕事だったら言ってくれていいから」



 つまり、僕たちにとって一見なんの意味もないことだって、依頼した人からすればなにかしらの意味はあるということなのだろう。



「まぁ今回の猫を探す仕事に関しては、ワタシの友人から君のために受けてきた依頼だからね、失敗も成功も特にない、本当に研修さ。この研修を通して、君には報告や連絡のやり方、仕事の進め方というものを学んでほしい」


「は、はい……」


「なに、ヨルと……あー、君のお母さんからも頼まれているからね。悪いようにはしないし、そもそもこの仕事。慣れると楽しいよ」



 ニヤリと笑うアレさんは、心臓が跳ねるくらい綺麗な顔をしていた。











 早速ではあるが、僕とアレさんはアレグリから少し離れた公園に来ていた。

 猫探しの仕事を進めるためだ。



「まぁ本当に猫を探す仕事なんて、たいていの場合犯罪だったりするからこれが最初で最後だろうね」


「あ、やっぱりそうですよね」



 隠語としての猫探しだけではなく、普通に野良猫の居場所や集会の場所を探る人が居たとしたら、大抵の場合犯罪行為に繋がるのではなかろうか。

 猫を虐めてやりたいから野良猫を見つけたいという不届きものもいるだろうが、猫が好きだから餌をあげたいなんてことになっても面倒だ。野良猫に餌付けをするのはその近隣の住民にとっては迷惑行為になるし、地域猫として愛されている猫であればわざわざ便利屋に頼んだりしなくても人に慣れているだろう。

 そういう部分を危惧していたのだが、僕の初仕事はそういうものではないようだ。……だとしたら、一体どんな人がこの依頼を出したんだろうか。すごく気になってしまう。



「少年は、猫を探すのは得意かい?」

 

「いえ、気にしたことがないですね……」



 猫は好きだけど、別に野良猫を触りたいほど好きってわけでもない。引っかかれたり嚙まれたりして病気になったら堪ったものではないからだ。

 故に、猫を自分から探したことはない。たまにいるのは見かけるけど。



「野良猫っていうのはね、早朝か夕方に見つけやすいんだ。今は丁度いい時間帯だから、歩いている野良猫もいたりする。そうだな……その辺りに居そうだ」



 アレさんが公園の端に植えてある植え込みの近くにしゃがむ。

 すると、植え込みから錆色の強い野良猫が甘えるような声を出しながら出てきた。

 随分人に慣れているようで、アレさんが差し出した手にすり寄っている。



「この公園は、人に慣れている猫が多い。ここを起点に、野良猫がどこに向かうのかとか、そういうことをまとめる練習をしてみてくれ」


「わかりました」



 数回野良猫を撫でると、アレさんは立ち上がる。やはり身長がかなり大きいので、図らずも見上げる構図になってしまう。

 見上げた拍子に後ろへ下がった僕の足音に驚いたのか、先ほどまでおとなしくアレさんに撫でられていた野良猫が驚いて走っていく。



「あっ……」


「フフ、猫は警戒心が非常に強いからね。君みたいに見知らぬ人間が物音を立てたら驚いてしまうのさ」


「そうなんですね……あれ?」


「ん?呼んだかい?急に呼び捨てなんて、少年。君は積極的なんだね」


「いや、ごめんなさい。違います。あの、あそこに僕の妹っぽいのが……」



 アレさんの名前が紛らわしいのは置いておいて。

 猫が走り去っていった先を目で追っていると、その先に見知った姿を見つけた。

 雪音だ。遠くからでも、あの小ささとあの髪の毛は非常に目立つ。

 誰かと一緒にいるようなのだが、少し口論をしているような雰囲気を感じる。



「ああ、雪音ちゃんか。一緒にいるのは……ふむ、少年。君はあの子を知っているかい?」


「いえ、わかりません」


「そうか……。それならちょっとここで待っていてくれ。ああ、あの子は人見知りだからね。深い意味はないから」



 ゴスロリドレスを着た金髪赤目の少女が、雪音と話している相手だ。

 だが、少なくとも僕はあの女の子を知らない。

 正直にそう伝えると、アレさんは雪音たちの方に向かってしまった。

 アレさんは雪音を知っているようだけど、雪音はアレさんと面識あるのか?言っては悪いが、いきなりこの風貌の人が近づいてきたら怖いと思うのだけど。

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