5.意外な一面
色々と見て回った後は銀行に寄って、僕のお年玉から捻出し、500円玉50枚の棒金に両替した。買い物で端額が500円になるようにお札を出しまくろうと思っていたけど、銀行ならある程度無料で両替できるなんて知らなかった。
「にしても500円玉なんて何に使うんだ?」
「500円玉貯金しようと思って」
「それ、わざわざ500円玉に変えてすることなのか……?」
「なんかお札より貯まってる気がしない?」
父さんは、ちょっとわかるけど。とだけ呟いてハンドルを握り直した。どうやら上手く誤魔化せたらしい。
まぁ、別に悪いことに使うわけではないから後ろめたいと思うこともない。そりゃあ、靴下の中に500円玉詰めて武器にしますとか言い始めたら殴ってでも止めるべきだけど、今のところそんな予定はないので安心してほしい。
「兄上よ?もし変なあるばいととかに巻き込まれたり、おかしなことがあったら父上や母上にちゃんと相談するのだぞ?」
「そうよ~、変なことには巻き込まれないのが一番なんだから~!」
「いや、闇バイトのために両替してるわけじゃないからね?……あ、それで思い出したけど、僕バイトしたい」
闇バイトで思い出すのもどうかと思うけど、今朝考えたようにアルバイトは始めたいと思っているのでそう話を切り出す。我が家はお小遣い制ではなく、お金は必要な時に必要な分だけ支給するという方針だ。自由にできるお金はないものの、今日のように大きな買い物をするときにお金を出してくれるので、一長一短である。
まぁ、今日買ってもらった分は返そうと思うけど。さすがに高いし。
「はーん、女だな。隅に置けない息子だ」
「こら、あなた。女じゃなくて、女の子でしょ!夜嗣はそんな呼び方するようになっちゃだめよっ?」
「兄上、やっぱり紗凪殿のことが……」
「ちがいまーす!!!!!!!!!」
この家族はどうやらどうしても色恋に結び付けたいらしい。そして母さんは大体少しずれている。
女の子に貢ぐ為、アルバイトを始めるわけじゃないから!……ホントだから!
「まぁ、そう否定しなくてもいいさ。もうアルバイト先に目星はつけてるか?」
「いや、まだ探してもない。一応言ってから探そうと思ってね」
「はは、真面目かよ。いい子に育ってんな本当。俺の知り合いにツテはあるんだが……俺も仕事内容について詳しくは知らないから、話だけでも聞いてみるか?」
「あー……うん。お願いしようかな」
仕事内容がわからないのは少し不安だけど、話だけなら聞いてみてもいいだろう。
そんな、それこそ父さんのツテなら闇バイトにぶち込まれることもないだろうし。これで話を聞いたら猫を探す仕事なんて言われたら、さすがに裸足で逃げ出すかもしれない。
父さんは少し悩んだ末、母さんにスマホを渡して、アレに電話かけてくれと言った。母はアレで伝わったらしく、すぐに電話をかけはじめる。
「もしもし、私。……うん、そりゃあ妻、だもの。妻だから私がかけてもおかしくないよね?うん。そう、それはどうでもいいから。うん。この間言ってた、人手が欲しいって話。え?いや、私の旦那は行かないよ?行かせないし。話を聞きたいのは私たちの息子。うん。私たちの息子が話を聞きたいって言ってるから、場を設けて。え?今日?……ちょっと待って……夜嗣、今日すぐ話がしたいって言ってるんだけど、大丈夫~?」
「えっ、あ、うん」
「わかった~!……今日でいいから。うん。一時間後ね。送っていく。は?私の旦那は帰らせるよ。大人の承諾?私でいいでしょ。私たちの息子なんだから……は?いらないなら最初から言わないで。じゃあね。また後で」
助手席にいる母さんの顔は、真後ろに座っている僕からは伺うことはできなかった。
だが、明らかに母さんの様子はおかしかった。いつもはおっとり天然系だったのに、明らかに父さんのことを自分のものだと意識させる話し方をしていたのだ。
端的に言って、怖い。え、なんだ?もしかして父さんの元カノとか、そういう立ち位置の人だろうか。
話の場に同席させようとしているあたり、未練があるとか……そんな相手に対する電話を母さんにさせるって……。
いや、ポジティブに捉えるなら後ろめたいことはなにもしていませんよ、というアピールになるのか。
結構諸刃の剣だったろうに、そんな状況でも紹介してくれる父さんに心で感謝を告げておく。
「はぁ……あなた、一度帰ったら夜嗣を送っていくから」
「あ、ああ……」
いつもは剽軽な父さんが、言葉を失っている。僕も母さんがここまでイライラを表に出すのは初めて見た。
まさか、バイトをしたいという話からこんなことになるとは……。
そして妹よ。いつもは騒がしいのにこういう時は気配を消して外を眺めるのはやめなさい。
その後も沈黙が支配する気まずい車内で、僕たちは一言も喋らずに家に帰ったのであった。
「到着よ」
「え……ここ?」
約一時間半後。急いだほうがいいんじゃない?と言う僕の言葉に、ん~?とニコニコしながらはぐらかし続けられ、結局約束の時間より若干遅れて到着した。
家からの距離的にはそう離れているわけでもないので、完全に母さんが待たせるためにのんびりしていただけなのだ。
アレとやらがどんな人物かはわからないが、女同士の譲れない戦いでもあるのだろう。
そして到着した僕のアルバイト先候補。早くも僕は帰りたくなっていた。
生い茂る植物。虫の鳴き声だか鳥の鳴き声だかも聞こえてくる。
そんな市街地とは思えない風貌の土地が、目の前に広がっていた。
ほとんど機能していない門を抜け、獣道と言っても過言ではない道なき道の先に、植物に覆い隠されて外観を完全に把握できない建物があった。
「はぁ、相変わらず汚い……帰ろうかしら」
「失礼だな、緑豊かだと言ってくれ」
「っ!」
呆然としていると、突如として後ろから声をかけられ、驚きのあまり僕の声は喉で止まった。
後ろを向いた母さんに追従して僕も顔を後ろに向けると、女性の胸が目の前にあった。
ぐっ、と後ろに引かれ、強制的に距離を取らされる。
「フフ、昔から変わらず独占欲の強い女だ」
「それはどうも。この子も旦那も、あなたのじゃないので……もっと待たせてやればよかったかしら」
「ああ、大丈夫だとも。30分ほど早い時間を伝えていたから、私は今からがちょうどいいからね」
ケタケタと笑う、長身の女性。くすんだ灰色の髪は一見するとボサボサで、だらしがなさそうである。疲れ切っているのか、死んだ魚の目に隈が目立つ。口から覗くギザギザの歯は、その長身も相まって凶悪さに拍車をかけていた。
身長が166センチの僕の目の前に胸が来るということは、この女性、身長が2メートル近くあるのか。属性てんこ盛りすぎるだろ。
やはり母さんは嫌がらせのためにわざと遅刻しようとしていたみたいだが、それすらも見透かされている。それほど長い付き合いなのだろうか。
「君は夜嗣君、だったかな。よろしく。ワタシはアレ・グリモワール、アレと呼んでくれ。君のお母さんとお父さんとは昔から仲良くしていてね」
「あっ……姫宮夜嗣です。今日はよろしくお願いします」
手を差し出しながらそう言ったアレさん。まさかのアレさん本名だった。
外国人っぽい名前だけど、両親と昔の知り合いならずっと日本にいるんだろうな。
その手を取り握手をするが、母さんの視線がとても気になる。
「アレ、絶対に手を出すんじゃないわよ」
「わかっているとも。ワタシもさすがにそこまで命知らずではない。……夜嗣君から求められれば、話は別だがね」
「殺すぞ」
うわぁぁぁぁ!母さんの聞いたことない暴言が炸裂した!
今までおしとやかで、天然で、マイペースで、怒っている姿もどこかぽやぽやとしていた。そんな母が今、敵意をむき出しにしてアレさんを睨んでいる。
女性は怖いだなんてよく言うけど、これがそういうことなのだろうか。お願いだから僕のいないところでやってほしい。
母さんと別の女性が喧嘩するところは見たくない。
「……安心したまえ、少年。君のお母さんのこの態度は、ワタシにだけ向けられるものだ。いつもの君のお母さんが、本当の姿だから」
「あ……夜嗣、ごめんなさいね。お母さん取り乱しちゃって……」
「え、うん。大丈夫だよ」
母の意外すぎる一面を目にしたが、不安そうにしていた僕に目聡く気づき、フォローを入れるアレさん。
それに対して素直に謝罪する母という構図から、なんだかんだこの二人はやはり長い付き合いで相性も良いのだろう。
父との関係性については、今ちょっと深堀りする勇気はないからいつか聞くことにしよう。
まぁ、それはそれとして。
こんな場所で、なんのアルバイトをするというのだろうか……。